診察室
「ササキジョウジさんですね?」
医師・・・と見える人間が、診察室に入った私に問いかけた。
「はい、先生に色々とお伺いしたい事が・・・」
と話した時、彼はカルテに走らせていたペンを止めて私を見た。
何から質問するべきだろう・・・
受付では保険証も何も提示していない。
しかし、のぞき見たカルテには、私の名前と生年月日、年齢が既に記載されていた。
「さて、何を聞きたいんでしょうか?」
眼鏡の奥に有る彼の双眼が私を見据えた。
「先ずは・・・そのカルテですが、なぜ私の名前が書かれているんですか?」
私は目の前に有る疑問を優先して投げかけた。
「困りましたねぇ・・・また記憶障害の症状が現れてます。」
「佐々木さんは2週間前から通院してるんですよ。」
「お薬、ちゃんと飲んでますか?」
彼はカルテの診察履歴を眺めながら、質問と共に答えた。
お薬?
私は処方を受けた記憶が無い。
しかも最初は、まさに初診の患者を診る対応だった筈なのに、今は通院患者に対する対応になっている。
「ちょっと待ってください。ここに来たのは今日初めてですよ?」
「2週間前って、どう言う事ですか?」
少し冷静さを失った勢いで、私は質問を続けた。
「えぇ~っと・・・ご覧になってください。」
彼はカルテの診察履歴を私に向け、日付欄を指差した。
今日は1992年11月9日。
初診日が・・・1992年10月26日。
2週間前の月曜日から通院している・・・事になっている。
これが彼の言う記憶障害なのか?
いや、私には通院記憶の欠片も無い。
「もう一度、脳波を測定してみましょう。」
「あと、少し落ち着くように、いつものお薬を飲んでください。」
彼は看護師に投薬の指示と脳波測定の指示を出した。
看護師は・・・彼女である。
受付に居た彼女が錠剤と水の入ったグラスを持ち、私の横に立っていた。
「はい、どうぞ。」
「これを飲んだら、あちらにいらっしゃって下さい。」
この薬は何の薬だろう・・・
投薬に承服できない私が錠剤とグラスを眺めていると・・・
「効き目の弱い安定剤ですよ。ご心配無く。」
彼女が私の左手に有る薬の説明をした。
この薬を飲んで脳波を測定しないと、この場からの解放は望めそうもない。
どうしようか・・・
私は錠剤を口に放り込むしぐさをして胸ポケットに滑り込ませ、右手のグラスに入った水を喉に流し込んだ。
そして・・・
歩いて・・・
診察台の方向へ・・・
水が・・・
・・・・・・・
「佐々木さん、佐々木さん・・・起きてください。」
「佐々木さん・・・」
「あ、はい」
私は軽い頭痛と共に目を覚ました。
「ここは・・・」
待合室で彼女に身体を揺すられていた。
「大丈夫ですか?」
「先程お呼びしてもお返事が無いので、来てみたらお休みになっていて・・・」
「診察室へ入る前に、診察券をお借りできますか?」
正面に立っている彼女が、私に問いかけていた。
診察券・・・
上着のポケットから財布を取り出してファスナーを開いてみると、そこには花園心療内科医院の診察券が入っていた。
私は診察券を彼女に渡し、診察室へ向かった。




