8.モブ舐め厳禁
黒いまなざしは既にこちらの核心を射抜いている。
その上で、状況の仔細を冷静に見極めようとしていた。
「ずっと見てたけど、ぜんぶが変」
それはそう。
というかパイプオルガン路上演奏会はやっぱり目立ちすぎだったか。
アネットじゃなくても気付くよな。なんで行けると思ったんだろ。
「さいしょはいつもとそんなに変わらない優しいレイにいだと思った。けど変になったレナおじょうさまに逆らえなくて、結局たくさん悪いことしてた。なんだかんだでおじょうさまに甘くて、頭が上がらない。あれ、じゃあやっぱりいつも通り?」
言っているうちに自信がなくなってきたのか、唇を尖らせてむむ、と唸るアネット。ここぞとばかりに説得を試みる。
「そ、そうなんだよ! たしかに前世を思い出したけど、ちゃんとレイとしての記憶もあって! 別人ってわけじゃ」
「じゃあけっきょくレイにいが流されて悪いことしてるんだね。ダメだよ。牢屋に入って反省しないと。しょうらい自警団のリーダーになる人がそれじゃあ誰もついてこないよ。一緒に衛兵のおじさんたちのとこに行こ?」
「あっ、はい、それはそう、そうなんですが」
「盗んだもの返して、みんなに悪い事してごめんなさいって言えるよね? わたしも一緒にあやまったげる。レイにい、ずっと前にわたしがおじいちゃんの弓で遊んでて壊しちゃったときに一緒にあやまってくれたから、お礼。ね、ごめんしよ?」
ダメだ正論で諭されてしまった。加えて本来の二人の関係性がよくわかる思いやりが胸に迫る。ここまで言われて罪悪感を覚えないのは不可能だと思う。
『異世界の魂の影響でおかしくなってしまった』という責任転嫁ができないならもうレイ個人の責任でしかない。はい、当たり前ですね。ごめんなさい。
アネットは目を眇めながら俺からレナに視線を移す。
「レイにいより、おじょうさまがいくら何でもおかし過ぎるよ。前世の記憶が一気に流れ込んできたからって、そこまで人が変わったりしないって、おじいちゃんに教わった。わたしだって、しょっちゅうわんわん吠えたりしない。そんなには」
たまには吠えるらしい。
黒髪ポニテクール系女子がわんわん犬ムーブしているところを想像するとまあまあ和むかもしれない。ちょっとやってみて欲しい、と邪念が脳裏をよぎったのを察知されたのか、「がるる」と威嚇された。ありがとうございます。
「もう一度訊くね。どうしてたまに魂の色が変わってるの? 『流山令』とか『三島礼奈』って誰? なんで前世が重なってるの? 前世の前世ってこと?」
魂と転生が前提知識として存在するため、幼馴染に異物混入という可能性が最初から存在しているのが厄介だった。どう説明すればいいのか、この状況だと正解がわからない。正直に打ち明けてしまった方がいいのか? というか魂の色ってなに?
「漢字の名前。知ってるよ。異世界転生者でしょ。死者の陣営の悪名高い死霊将軍、教会で教わった。『織田信長』とか『宮本武蔵』とかの仲間なの? 悪いやつ?」
まあまあビッグネームが出てきた。あいつら強かったな、じゃなくて。
なんかこの世界の常識基準で話が進むせいで、俺たちがかなりヤバいボスモンスターみたいな扱いを受けそうになっている。誤解だ。
「いや、俺たちはそのへんの奴らより五百年くらい後の時代から転生してきた一般人ってだけで、そんな大物とは違うよ。そもそも俺たちは死者の陣営じゃな、い」
否定のためにそこまで言いかけてはたと気付く。
レナは極めて希少なネクロマンサーの資質を有している。
そして実のところ、それは偶然ではなく設定上の必然だ。
ただでさえ固有グラフィックありの高レアネームドキャラ。
物語の中で鍵となる『冥府の門』の封印場所に隣接する村の生まれ。
その『門』の監視者の血族から生まれた娘が普通であるはずもない。
とはいえロングスパンの伏線が回収されるのは終盤になってからだ。
レナは『門』を巡る戦いにキーキャラクターとして関わっているし、ルート選択によっては完全に死者の陣営に与してプレイヤーと敵対することもある。
つまり『死者の陣営じゃない』と断言するのはちょっと苦しい。
むしろ『死者の陣営だけど味方なんだ』と言い訳する方が正しいだろう。
「いや、本質的には死者の陣営ということもあるかもしれない。だが生まれや氏素性よりも大事なのはどう育ち、どう生きるかだと俺は思う!」
「死者の陣営ではあるんだ」
下半月状の半眼《目》でこちらを睨むアネット。どうでもいいけどこの表情差分が狂おしいほどすき。普通に半眼になるのと違って二次元のジト目って味わいがめっちゃ深いよね。何を言ってんだ俺は。若干テンションおかしいかもしれん。
「むしろ死者の陣営を倒したいと思っている! 敵側の裏切り者ポジション! 敵の敵は味方って言うだろ! だからレナは俺たちの味方だ! 今は敵に対抗するために、仕方なく、緊急避難として、強引な手段で力を得ようとしてるだけなんだ! 本当のレナは優しいまま、善良な心の持ち主なんだよ!」
「なら、なんで人から盗むの? どうして墓を荒らすの? ほんとに人殺しをしようとしているの? レナおじょうさまは、悪いネクロマンサーなんじゃないの?」
反論できねえ。さすがにライン越えの行動だよな。
日中の悪行は完全にバレていると考えていい。
俺も加担している以上、下手な言い訳をすれば即座に矢が飛んでくるだろう。
そしてたちが悪いことに、レナが『悪いネクロマンサー』になろうとしている疑惑そのものは事実なのだ。
「私の解釈だと」
沈黙を保っていたレナが、ここで口を開く。
どこか底知れない静けさを湛えた瞳は、まっすぐにアネットを見返していた。
強い意思を押し返すように。敵意を跳ね返さんとするかのように。
滔々と語り出す。
「レナというキャラクターはね、本質的には邪悪なの。魂の芯から。前世の前世の、と遡っていった転生祖の時点で運命は決まっている。生死の価値を冒涜するのがネクロマンサーの在り方なんだから、その才能があるレナは『そう』なの」
レナは本来なら死者の陣営側の存在だ。外道の才に恵まれながらも輪廻の陣営で戦うことを選んだ彼女は、死者の陣営にとっての裏切り者であり異端者でもあった。
だがそれは運命に縛られることを意味しない。
ゲームと言う選択を重んじる物語媒体で彼女の姿が変化し得るのは、キャラクターの未来が決まっていないことを示していると俺は思う。
プレイヤーの選択によって、善にも悪にもなれる。
それはキャラクターに限らず、人が選ぶ道の全てがそうであるはずだ。
レナの見解は、違うのだろうか。
答えは、俺の予想とはズレていた。
「じゃあなぜレナは輪廻の陣営なのか。レイがいるから。幼馴染の存在がレナをかろうじて人らしい姿に留めている。己の中にある邪悪な衝動を抑えながら、幼馴染との思い出と復讐心に縋ることで人類の側に踏み止まることができた、というのがレナの個別ストーリーの内容だから、レイの存在と不在がレナの方向性を決定するわけ」
「うん? こべつ? なに?」
不思議そうに未知のワードに戸惑うアネット。
俺たちの事情についてもわかりやすく噛み砕いて説明しないと、と思いつつ咄嗟に適切な言い回しを考える。
「えーっと、つまり俺たちは前世で色々あってこっちの世界の未来を知ってるんだ」
「二人の前世は占い師? 予言者だった?」
「そんな感じ! もうすぐ村が魔獣に襲われて滅ぼされる未来を視たから急いで対処しなきゃって、二人して少し焦ってたんだ! 拙速だったと思う、本当にごめん。レナには考えを改めさせるから、ここは穏便に」
「もうすぐ、レイくんが死ぬの」
俺の言葉を遮って、レナの声が夜を震わせた。
暗い、怒りとも憎しみともつかない熱を秘めた言葉だった。
あまりにもあっさりと人を殺そうとした女とは思えないくらい、レナの表情は悲壮感に溢れていた。『人間の命』を心から尊び、惜しんでいなければ出てこない感情。
彼女は死を恐れている。命の喪失を悲しんでいる。
人間らしい感情だ。レナは、その範囲が著しく狭いだけだった。
その中にいるのが俺だけであることを、俺だけは肯定するべきなのだろうか。それとも、それは正しくないと否定するべきなのだろうか。
レナの暴走は、この窮地の中にある限り止まらないのかもしれない。
「遺跡を棲家にしている中型魔獣に殺される。今の私たちじゃどうにもならないくらい強い怪物との戦いがこれから起きる。そのために非道な手段を使ってでも強くならなきゃ。私はレイくん以外どうでもいい」
「おじょうさま。ここはレイにいが生まれ育った大切な村だよ」
「だから配慮したよ? もしレイくんが死んだらこんなふうに穏便な手段なんて選ばない。村ごと消し飛ばしてファームした死霊軍団をワープゲートで王都まで運んでグリッチ使い倒しながら最速で全部めちゃくちゃにする。具体的には水爆からの汚染土地生成ニュークゾンビ王宮箪笥増殖コンボで三大陣営ぜんぶ消す」
「いみわかんないけど、もしかしてこのおんな、せかいのてき?」
「意気込み! 強い意思表明と誇張表現だから! そうさせないようにするから!」
無理のあるフォローをしつつ、俺は戦慄していた。
こいつまさか、墓荒らしからの住居侵入殺人未遂を『穏便な手段』だと認識していやがるのか?! これでも俺に配慮してたってコト?!
話せば話すほど亀裂が広がっていくような気がする。
このままでは説得どころか戦闘が始まってしまうだろう。俺はどうやって止めればいい? というか、まだ魔獣とも戦ってないのにいきなり対人戦とか勘弁してくれ。
戦闘も辞さない姿勢のレナと焦る俺を交互に見ていたアネットは、しばらく何かを考えるように目を伏せ、構えたままの弓を少し揺らした。
それから目で俺たちの奥を示す。
「そのひと、ハンスじいじはおじいちゃんの友達」
唐突に、眠り続ける老人について語り始めるアネット。
いや、唐突ではない。それはあまりにも『正しい』言葉の選び方だ。
俺やレナが並べ立てたのは、どこまでも自分の都合に過ぎない。
アネットには、この世界の人々にだってそれぞれの人生と都合がある。
「おじいちゃんとハンスじいじ、小さい頃からずっと仲良しなんだって。わたしにも優しくしてくれた。息子夫婦が魔獣に殺されて、もし孫がいたらわたしくらいだったかなって、ちょっと悲しそうだった」
レナにとって幼馴染よりも優先順位の低い命は、別の誰かにとっての大切な幼馴染だった。考えてみれば当たり前だ。小さな村で生きていく中で、そうした人間関係が育まれるのは自然なこと。それぞれに価値があり、喜びと悲しみがあり、それらの積み重なった人生がある。殺すとは、それを一方的に終わらせることだ。
「やったのは、遺跡の近くを根城にしてる山のヌシ。わたしたちの世代は見たことないけど、おじいちゃんたちが良く話してる。いつも襲撃してくる小型魔獣とはぜんぜん違うって。わたしが赤ちゃんのとき、おとうさんとおかあさんをやった中型魔獣。きっと、レイにいを殺すのってそいつでしょ?」
ゲーム序盤、この村関連のイベントに登場する名持ちの中ボスは一体だけだ。
まず間違いなく、俺たちの仇は共通していた。
アネットと俺たちは敵意と危機感を共有できる。
その上で、彼女は俺たちの考えを否定していた。
「あれを倒すなら、二人だけじゃムリ。自警団みんなでも難しい。村の総力に加えて傭兵団も雇って、討伐隊を結成しないと無理だっておじいちゃん言ってたよ。ネクロマンサーがいたって、おじょうさまのレベルじゃ上手くいかないよ」
アネットはゲーム知識を生かしたテクニックや効率のいいレベリングなどの攻略法を知らない。だが彼女が心から俺たちの身を案じ、妥当な対案を提示してくれていることはよくわかった。
「無謀なことはやめて。もし二人にまだわたしの知ってる部分が残ってるなら、余計に止めないとダメだって思う。むずかしい事情があるなら、ちゃんとお話しして、みんなと考えを出し合おうよ。ハンスじいじだって、きっと力になってくれるよ?」
確かに、短絡的で乱暴な手段を用いたからといって成功が約束されているわけではない。最悪なのは、犠牲を払った上で失敗してしまうことだ。
加えてアネットの言葉は『手を取り合えるかもしれない人を殺すのか?』という倫理と合理の両側面からレナにアプローチしていた。
弓矢を構えた一触即発の状態ながら、アネットのスタンスは一貫して理性的だ。
だから均衡を崩すとしたら、レナの方がその歩み寄りを拒絶した時になる。
「モブキャラごときに、何ができるっていうの?」
空気が凍る。
冷たい刃で胸を貫かれたようだった。
レナは、ずっとそう思っていたのだろうか。
俺のことも『モブキャラごとき』と、最初から何も期待していなかったのか。
「そう。わかった。話し合いはおしまいだね」
「やる気なの? ステータス差がわかんないかな」
特に落胆した様子もなく、アネットはフラットな口調で拒絶を受け止めた。
淡々と、これまでの語り口と同じ穏やかさで言葉を繋ぐ。
自然体のまま、留めておいたエネルギーを解放するように。
皮手袋に覆われた指が弾かれたように後ろへ飛ぶ。
「なめんなよ」
空気が決裂した。前後して窓を割り砕いたレナが家屋を飛び出す。
標的の行動に反応して監視反撃が発動。
レナは軽微なダメージを無視して突撃するがその動きが急激に鈍る。
狩人の矢は足狙いの一撃だ。ダメージではなく『減速』という状態異常にすることを目的とした妨害技。対象の移動速度を鈍らせ、移動力を制限する効果がある。
狩人にとって間合いは生命線だ。近接攻撃力の高い騎士に近づかれたら終わりと言っていい。
だが、アネットの妨害が効いているためレナは相手に近づくことができない。
移動力に差があるため、レナが二歩進む間にアネットは四歩逃げてしまうからだ。
処理の順番としては『レナの移動開始』『アネットの監視反撃』『減速状態の付与』『レナの移動実行』となり、レナが妨害され続けている限りアネットには到達不可能という理屈になる。しかし。
「割り込みに割り込むスキルくらい、こっちにだってあるよ」
レナが剣を顔の前に立てながらゆっくりと移動する。
反射的に放たれたアネットの矢を、レナは構えた剣を払うことで弾いた。
『パリィ』という防御スキルだ。矢を弾くのはかなり困難だったはずだが、軽々とやってのけているのは豪運か、あるいは何らかのテクニックを活用しているのか。
レナは盗んだ薬瓶を取り出して一気に飲み干し、減速状態を解除して再び突撃。監視反撃の再使用時間には間に合わず、新たに矢を番えている猶予があるかどうかはギリギリ。思わず止めに入ろうと走り出した俺は目を疑った。
アネットが装備を持ち替えたのだ。
武器セット交換。
武器を持ち替えることで攻撃の後隙をキャンセルする小技。
隙の大きい射撃武器や大型武器などを使う際に大いに役立ち、チュートリアルのように敵のボスも『三段撃ち』などと呼んで使用してくる公式推奨テクニックだ。
アネットが装備したのはスリングショット。ゴム紐を用いたY字型のパチンコのような投擲武器だ。この世界の技術水準に思いを馳せる余裕もなく、弾き出されたのは不恰好な形の弾丸。原始的にも程がある、ただの大きな石ころが飛んでいく。
違和感がある。石にアイテムとしての価値はないに等しい。ただ重くかさばるだけの、そのへんに置いてあるオブジェクトだ。スリングショットで放つならもっと強力な弾丸が雑貨屋で販売しているはずなのに。
「どこ狙ってるのっ」
レナは歩みを止めることなくアネットに肉薄する。
放たれた石ころは標的に命中することなくレナの体の中心を逸れて側面へと流れていた。『標的』状態では命中しやすくなっているはずなのに?
レナが剣を振りかぶり、アネットは落ち着いた表情で相手を見返す。
スリングショットから放たれた石の軌道。それはほとんどの女性が身に着けている小物入れに直撃するコースだった。
直後、石が消える。
最初から、アネットはアイテムインベントリを狙っていた。
「積載量オーバー。ずっと見てたって言ったよ」
がくん、と腰から沈む。レナが足を止めた。
パイプオルガンを運んでいた時ほどではないが、大きく動きが鈍っている。
そこに矢が突き刺さり、ふたたび『減速』状態に陥った。
二重の移動制限状態。ほとんど身動きがとれないと言ってもいい。
積載量オーバーによるデメリットは、回避や移動、攻撃や防御などあらゆる行動が鈍重になるという極めて重いものだ。レナはもう矢を払うことさえできない。
「よくばり。いっぱい盗むから、そういうことになる」
自動生成された汎用ネームと汎用グラフィック、レアリティは最低のコモン。
モブキャラであるはずのアネットが、ゲームシステム知識と攻略テクニックを駆使して高レアネームドキャラを追い詰めていた。
大きく距離をとったアネットは、そこから武器をローテーションさせながら怒涛の連続攻撃を行う。
ステータス差を覆すための連射に次ぐ連射、一方的攻撃の集中豪雨。
優勢な状況を維持したまま、アネットの攻撃が止まらない。
『標的』と『減速』の状態異常を重ね掛けすることで、狩人の持つ状態異常特効スキル『追い打ち』が発動。火力が20パーセント増加したことで着実にダメージが蓄積している。いかに圧倒的なステータス差があろうと、このままではレナが死ぬ。
「アネット、待ってくれ! やりすぎだ! 止まれ!」
叫ぶが、聞こえていない。
そこで俺はようやくアネットの表情に余裕が無いことに気付いた。
考えてもみれば当然だ。彼女は森の動物や魔獣に矢を放ったことはあっても、人を狙ったことなどないのではないだろうか。
『レイ』の記憶を紐解いても、せいぜいがならず者に威嚇射撃をした程度。
しかし殺害にまで至ったことはない。
アネットの無表情の中に、必死さが垣間見える。
レナの剣を一撃でも受ければ低レアかつ低耐久力の狩人は致命傷を負う。
アネットにとってもギリギリの綱渡りだったに違いない。
極限状況での命のやりとり。
切羽詰まった状況が、彼女から本来の冷静さや判断力を奪ってしまっている。
このままではレナが死ぬ。アネットが人を殺すことになってしまう。
どちらも看過することはできなかった。
俺は幼馴染を救うべく反射的に動く。
「間に合えっ」
咄嗟に飛び出してスキルを発動。『かばう』は自分を移動させながら味方を守る戦士の基本スキルだ。戦士のやることはシンプル。前に出て仲間を守るだけ。
身体を盾にしたから矢が直撃してしまった。激痛と低レベルゆえの限られたHPが削られていく感覚が心臓を竦ませる。慌ててインベントリから取り出した円盾を背後に掲げてダメージを軽減。レナに向かって叫ぶ。
「さっさと死体とか捨てて逃げろバカ! このままじゃお前も死ぬだろうが!」
「だめ、レイくんを置いていくなんてムリ! やだやだ、死なないでよぅ」
「自分の心配をしろ泣くなすぐ動けごめんなさいして反省!」
「ふえ~ん! 怒鳴らないで~!」
ふえ~んじゃねえぞこのアホ、中二のときのクラスドン引き事件から学んでねえのかふざけた鳴き声しやがってまさかあれから人前で発してねえだろうなマジではり倒すぞ、と殺意を覚えていると、ふと射撃が止まっていることに気が付いた。
振り向く。迷いに揺れる瞳と目が合った。
「わたしの知ってる、いちゃいちゃしてる二人だ」
いつの間にかアネットの敵意が途絶えていた。
どうやら、俺はなんとか戦いを止めることができたらしい。
レナはぐずぐずと泣いているし、アネットも話を聞いてくれそうな雰囲気だ。
とにかくアホにアホなことをさせないようにしつつ、アネットと一緒に今後について話し合ってみよう。そう前向きに考えた俺は、自分がまだ緊張していることに気付く。『かばう』がまだ発動可能な状態だったからだ。
戦士は基本的に敵から味方を守る職業だ。
敵意を向けられている限り臨戦態勢をとって不意打ちに備えるという基本性能が、俺に『油断するな』と告げている。
「アネット!」
飛び込む。『かばう』はかなり無理そうな距離でもカバーリングが間に合う優秀なスキルだ。盾で狩人の背後から迫っていた脅威に割り込み、衝撃にたたらを踏みながらもぐっと耐えた。気合で押し返す。吹き飛ばされながらも身軽に着地し、こちらを睨みつける爛々とした眼光は炎のようだ。
「嘘だろ、襲撃タイミングが早すぎる」
こんなイベントは知らない。なのに腕の痺れはどこまでもリアルだ。
獰猛な唸り声が村の暗がりの奥から聞こえてくる。
体高は俺の腰くらいまで。
しかし奴らが持つ牙や爪、疾走の速度は人間を十分に殺傷し得る。
野犬、あるいは狼のような姿をした獰猛な獣。
俺たちを襲ってきたのは小型魔獣。
『ハウンド級』と呼ばれる人類にとっての脅威だった。
それも、一匹や二匹ではない。
群れだ。
俺たちは、既に包囲されている。




