6.倫理観バグミックス
「じゃあ、合図したら私があの人に話しかけるから、レイくんは後ろに回ってね」
「でもさ」
「あの人のステータスじゃ魔獣の攻撃を一回も耐えられないよ。そしたら回復薬もサンドイッチも燻製肉もお金もみ~んな消えちゃうよ。私たちが有効活用してあの人を守ってあげようよ。あの人のためを思って、持ち物を盗んであげるんだよ~」
「いや、理屈は呑み込めるんだよ。その通りなんだけど」
「は~い、それじゃはじめるよ~。レイくん、ご~」
小気味よく、リズムに合わせて、レナのスリは音楽的に進行していった。
長い指先が踊る。
五線譜の上を。色とりどりのリズムアイコンの上を。
軽快にステップを踏み、風が流れるように人々の間をすり抜けていく。
そうして、彼女の手のひらにはいつしか輝きが降り積もる。
金色の喜び。ひとつひとつを数えるたび、少女は花のように微笑んだ。
「ふふっ、なんか楽しいかも~。この世界でのはじめての共同作業だね♪」
「つーか共犯なんだよなぁ」
小さな村の至る所を二人で歩き回る。
広場のあちこちでターゲットの動きを観察し、移動経路を予想したら視線が少ない場所で片方が陽動。片方が実行。稼ぎはそこそこ。
武具店という名の金物屋では初期装備を更新できたし、強化素材も手に入れて効率的に強くなれた。ハンマーと金床まで盗んでいたのは、もしかすると自力で鍛冶スキルも磨くつもりなのかもしれない。意欲と向上心に溢れていて好ましいと思う。明日から鍛冶師のおじさんが困るという点に目を瞑れば。
パン&惣菜店ではかなり多めの食料品を手に入れて、ベーコンレタストマトサンドを二人で交換。多くのキャラクターにとって好物扱いのBLTサンドは序盤からずっと定番の信頼度上昇アイテムだ。「毎日ここで盗んで食べようね」と笑顔で約束を交わす。いや次も買わないのかよ。
釣り具店では釣り竿と餌と生魚を入手し、生臭さとゴカイを嫌がったレナが全てを俺に押し付けてきた。俺だって嫌だという言い訳は当然のように黙殺される。時間があれば川の方に行って釣りのミニゲームをやるのもいいかもしれないと伝えると、「私、デートで釣りって行ったことない。やってみた~い!」とはしゃいでいた。どうやら乗り気のようだし、別の日に実行する計画を立てた。
村の四方にある出入口付近には衛兵が詰めているのでなるべく近づかないようにしつつ、馬車駅の横にある馬小屋を偵察。レナによれば、衛兵を上手くおびきよせて遠ざけているタイミングなら馬ごと盗んで他の町に逃亡というテクニックが使えるらしい。嫌な豆知識だ。「私、騎士で乗馬が得意だから。その時はレイくんを乗せてドライブデートしてあげるね」とか言われたがそういうのって立場が逆の方が俺は、じゃなくて馬を盗むな馬を。
なんだかんだ文句を言っていた俺だが、レナがこういったデートに慣れているからか自然に楽しめてしまった。やっていることは良くないと思うのだが、気が付いたら楽しむ方向にリードされてしまっているのだ。こなれた感じに思うところがないでもないが、楽しそうにしているレナを見ると何も言えなくなる。
あちこち巡ってスリデートを満喫したレナが最後に向かったのは教会だった。
旧帝国時代様式の名残を感じさせる半円アーチと小さな窓、分厚い石壁といった特徴を持つ重厚な雰囲気の建物。中に入ると、計算された採光窓の配置によって奥に光が集まっているのがわかる。聖堂の奥には説教台と立派なパイプオルガンが鎮座していて、いかにもそれっぽいつくりだ。
内部は閑散としていて、聖堂横から行ける小部屋を覗くと机に向かって何やら作業をしている聖職者の姿が。本を二冊並べて一心不乱に書きものをしているのは、おそらく写本作業だろう。この世界だと本は教会の管理下に置かれていて、聖職者系の職業はスキルや魔法の習得に関連した写本スキルを保有している。前世が『司祭』であるレナも同様のスキルを有しているはずだ。
奥にいた修道女のひとりがこちらに気付いて立ち上がり、挨拶をしてくれた。
こちらも挨拶を返すが、思わずその服装に目が引き寄せられる。
というか生で見られたのが衝撃すぎてガン見してしまった。
このゲームの名物、きわどい服装の聖職者シリーズだ!
なんかゲームとかのシスターってやたら深いスリットの入ったスカート履いてたりするけど、この作品も動きやすさ重視という言い訳をしつつわりとそういう感じのキャラデザが多めなのだ。でも網タイツ履いてるのに実用性で切り抜けようとするのは無茶だと思う。網タイツ好きだから許すけど。
他にもミニスカ聖女、やたら煽情的な異端審問官などかなり攻めたデザインの聖職者がおり、ユニットとしての実用面でも優秀、痛いイタイほっぺた強く引っ張るな。
レナが物凄い目でこっちを睨みつけている。あ、これかなり激怒してる時のやつ。
「ひゃめろ」
「ぶっぶ~。目がえろかった。レイはレナとデートしてる時に浮気しません。解釈違いです。煩悩を消してくださ~い」
「えろくないって。汎用キャラのデザインがいいよねって感心してただけだし」
「はい嘘。レイくん今回は陽動係ね。スリのどさくさでお尻とか触りそう。変態」
「しねえよ痴漢じゃねえか。正しくないことは絶対やらないって」
「スリはするのに痴漢はしないなんて言い訳、信用できるわけないじゃん」
俺の言い訳を全く信じていないレナの視線が横顔を突き刺す。
レナはこういう時の浮気判定が厳しいタイプらしい。束縛やばそう。
「レイくんスマホ見せて? 女の子の連絡先ぜんぶ消すから」
「スマホねえよ。あと普通に困る要求やめろ。お前いつもそんなことやってんのか。ドン引きされるだろ」
「他の人の話やめてって言ったよね? あとこんな理不尽な要求はレイくんにしかやらないよ。常識的に考えて、恋人とはいえ他人にそこまでされるの嫌だよね?」
こいつ、自分の非常識さを自覚した上で行動しているのか?
単に性格がヤバい以上に厄介な女かもしれない。最悪だった。
「浮気とか不貞は大罪だからね? よりにもよって輪廻の神が見守る教会でそういう罪を犯すとか許されないよ。お説教してもらったら?」
「あ、ロールプレイ的な怒りなんだ。設定に入り込んでるな」
「当然じゃん。てゆ~か基本的にはみんな輪廻の神を信じてるわけだからさ。日本人的な信仰観はひとまず置いて、ファンタジー世界の住人としての価値観でやってもらいたいんだよね。破廉恥なのは禁止で~す!」
やや冗談めかしているが、異世界の人間に転生した以上、レナの言うことには一理ある。それらしく振る舞わないと社会の異物になってしまうからだ。
宗教や信仰心に関しても同じ。俺にとっては馴染みがないが、『レイ』はきちんと神さまを信じて善良な暮らしを心がけていたはず。魅惑的な女性に見惚れるのはらしくない。レナのいうことが正しかった。
「でも『ドリボ』の背景設定まあまあうろ覚えなんだよな。俺は雰囲気でストーリーやってる。レナって色んなとこの本に書いてある細かいテキスト全部読んでるの?」
「当たり前だよ~。っていうか、『夢境』は断片的なフレーバーテキストや散らばったドキュメントの記述を繋ぎ合わせて浮かび上がってくる壮大な神話を読み解くのもメインの楽しみなのに~、レイくんそれはもったいないよ~」
レナは設定オタクというか、より単純に活字大好き人間の傾向があった。
深く作品世界に没入していた彼女は俺に細かな神話の知識を教えてくれる。
かつて、魂を管理する『輪廻の神』はこの世界を作り出した。
この世界には様々な摂理や法則を司る神々がおり、中でもとりわけ強い力を持ち、輪廻の神と密接な関係を持っていたのが『創造の女神』と『冥府の女神』だった。
『創造の女神・人形師』と『冥府の女神・太母』の二柱はそれぞれが強い力を持ち、あらゆる生命とあらゆる死を管理する絶対者であったという。
魂は神より生じ、大地から形作られた肉体に宿り、やがては死に至る。
魂、生、死。三つの理の調和が保たれている間、世界は平和だった。
ところが。
あるとき輪廻の神は最も近しい二柱の女神たちに求愛されてしまった。
魂を管理する神が『太母』と『人形師』の間を移り気に行ったり来たりしていたものだから、魂は『死の領域』と『生の領域』を巡り続けるようになってしまった。これにより全ての魂は転生を繰り返すようになったのだという。
「なんか神話って物事の起源はこれ、みたいな説明になってるやつあるよな」
「みんな、始まりが気になるんじゃないかな。わかんないともやもやするじゃん」
何にでも説明がつくのは創作世界のいいところだ。
それはそれとして、この世界の神話ってまあまあしょーもなくないか?
いいんだろうか。根本的なルールの転生が浮気のせいで発生していて。
もちろん良くはない。
この世界の基本的な法則が定まったのはいいものの、浮気性の恋人に怒った女神たちはこの世の理を歪めてしまった。
己の世界で輪廻の全てを呑み込み、恋人を独占しようと考えたのだ。
均衡が崩れ、異なる世界同士の浸食が始まったことにより、世界は大いに乱れ、冥府からは死者が溢れ、生命の形は歪み魔の力を宿す獣どもが跋扈するようになった。
「だから魔獣や死者が敵になるのはさすがに覚えてる。人形師方面のエンディングは魔獣ってかホムンクルスとか機械人形とか明後日の方向に飛んでくけど」
「レイくんロボットではしゃいでてかわヨだった」
「はしゃいでない。ふつう」
ゲームの主人公は作中現実である『こちらの世界』と夢と死、無意識と幻想の混ざり合う『あちらの世界』の境界に立ち、その歪みを是正するべく戦う、というのが基本的なストーリーとなっている。俺たちもそういう壮大なストーリーをなぞっていくのかと思うとまあまあ身が引き締まるが、それはそれとして。
「浮気が全部の原因なの最悪。なんか善の存在みたいな感じ出してるけど、悪いの輪廻の神だからね。個人的には輪廻の神ボコボコにするルートが欲しかったよ私」
「まあそれは同意。最初から一人に決めておけば迷わないだろうにな」
要約すると神々の浮気からの嫉妬、世界の危機! 三行もいらねえ。
痴情のもつれに世界を巻き込むな。みんな迷惑してるだろ。
明らかに正しくない設定に二人して義憤を燃やしつつ、俺たちは教会の内部を勝手に歩き回ってめぼしいものを物色した。
自分の悪行を棚に上げて神を批判する犯罪者カップル。神罰が下されないところを見ると、わりと悪行に寛容なのかもしれない。本人が後ろめたいことしてるしな。
「やっぱ教会は写本関係が美味しいね~。本来ならここが廃墟になった後で死体からドロップするアイテムとかもあるし、早めに確保できたのはいい感じだよ」
主な目的を達成したらしく、レナはご満悦だった。
その流れで聖堂の奥へとうきうきで移動。ひときわ目立つパイプオルガンに触れると、指先で触れて音を奏でる。
「演奏とかしてみるか? ここ、それでBGM変えたりできたよな」
「ん~? それより今は運びたいかな。ちょっとそこの入り口塞いで、他の人の視線を遮っておいてもらえる?」
ちょっと何言ってるのかわかんないですね。
嘘だ。本当はわかっていた。その上で信じたくないだけだ。
「せえのっ、よい、しょ~!」
「おまっ、それ、うっそだろ」
レナはがしっと勢いよくパイプオルガンを掴み、ぐっと持ち上げた。
そのまま腰の小物入れに収納。パイプオルガンはゲーム的都合により消失。
ぐっとレナが腰を落とし、重さに耐えるように踏ん張る。
そのままゆっくりと一歩を踏み出す。
ずしん。亀の如き歩みで、象さながらの前進。
「おい、なあ、レナ」
「ちょっと、待っててね~。重量オーバーで、ゆっくりとしか進めない、から。時間かかるけど、このまま広場に行くから」
「マジで言ってる?」
問うまでもない。こいつはずっとマジだ。
大胆過ぎる犯行に思わず開いた口が塞がらなくなる。
なんでそんなことを?
とてつもないハードな窃盗の代償としてゆっくりとしか移動できなくなったレナを見守っていた俺は、到着した村の中央広場でパイプオルガンを再出現させたことでようやく彼女の意図を理解するに至った。
「よ~しっ、演奏するよっ」
演奏するらしい。
そういや小学生の途中まで、一緒にピアノ教室通ってたっけ。
懐かしいといえば懐かしい。こういう昔を思い出すようなデートもありかもしれないと思えた。いや本当か? なんか頭がバグってきてないか、俺?
あと、めちゃめちゃ目立つと思うんだけど大丈夫かこれ。
案の定、そこら中から視線を感じる。視線に攻撃力があったら今頃は蜂の巣だ。
これ盗品だよな? ゲームだと大丈夫だからいいのか?
なんにもわからないまま、ノリと勢いで突き進む俺たちである。
もうめちゃくちゃだよ。




