4.プレイスタイルで人間性を判断するの良くないよ
いきなり方針が食い違ってしまった。
俺は素直にレベル上げをするつもりだったのだが、レナはどうやら違うらしい。
確かに『デート』と『プレゼント』は手っ取り早く信頼度を上げる手段だが、今からやるのか? ていうかなんでこんな楽しそうなんだこいつ。
「いや、信頼度100以上のステータスボーナスはほぼ割合上昇だろ? 低レベル帯では恩恵薄いからレベル上げて基礎ステータス上げた方がいいって」
ステータスの数値上昇が『固定値で100加算』と『割合で10パーセント加算』だった場合、元のステータスが低すぎる現状では前者の方が有効な選択肢になる。終盤になるとステータス割合上昇の方が重要になってくるが、現在の俺のステータスは三桁であり、これが四桁になるまでは考えなくてもいい問題のはずだ。
ところがレナは不思議そうな表情で小首を傾げる。かわいい。
「いや基本はそうなんだけど、レイくんってどういう攻略サイト見てるの? 変なまとめ動画とか? モーションごとのヒット数とか最終ダメージとか付加ダメージの計算式にもボーナスの影響あるの知ってる? 職業係数と魂係数は? パッシブバフとアクティブバフの加算と乗算の違いくらいは把握してるよね? あと乱数の安定値って運だけじゃなくて信頼度ボーナスで下限が上昇するよ」
「知らん。え、なにそれマスクデータ? ってか俺、ゲーム体験を楽しみたいから基本的に攻略は詰まった時にしか見ない」
「ヌルゲーマーじゃん。私よりオタクでいっぱいゲームしてるはずなのにウケる」
けらけらと笑うレナにやや苛立ちを覚えるが、しかしマスクデータって隠されているものだし作り手の『そこまで気にしなくていいよ』ってメッセージなんじゃないの? 素直にプレイしているだけで『ヌルゲーマー』とか呼ばれるのは心外だ。普通だよ普通。平均的ゲーマーだって。
「いや、ざっくりフィーリングでやっててもそれなりになんとかなるじゃん?」
「う~む。私より何周もプレイしてるレイくんが微妙に頼りにならない。これは私がしっかりしないとだね。まあいいや。とりあえずお店入ろーよ。細かい説明は後で実地でするから。レベル上げはレベル上げでやるから大丈夫だよ」
どうやら知識量に差があるようなのでひとまず言うことを聞いた方が良さそうだ。それはそれとして、こういうところで頼りがいのないところを晒してしまったのはかなり痛い。恥ずかしさ以上に惨めさで胸が痛くなる。
そんなこちらの心境を知ってか知らずか、レナは意気揚々と俺を先導していった。
街の広場から目的地までは歩いてすぐだ。手をぐいぐいと引っ張られるが、俺はいまいちレナのペースについていけない。
ゲーム的な効率がどうこう、という話はまあいい。
それより『デート』という単語が思考の半分くらいを埋め尽くしていた。
別に大したことではない。二人で遊びに行くことくらい、今までだってあった。
ただ、そんな呼び方をしなかっただけで。
動揺しているのを誤魔化すみたいに口を動かす。
「えーと、結論としてはやっぱ信頼度って先に上げた方がいいの? でも序盤だと効率悪くね? あ、俺じゃなくて他の汎用ユニットとの絆を上げるってこと?」
「やってもいいけど、私がやりたいのは『レナレイ』だよ。も~、いいから行こ。あ、もうみんな集まってる。レイくん先に話しかけて、はやくはやく」
目の前にはこの村で唯一の雑貨店があった。
やや大きめだが素朴な木造家屋で、店の前に置かれた黒板に今日と明日の天気占いが記されている。今日も明日も晴れで、特殊なアイテムを使わない限りこの占いが外れることはない。『店主が魔法使いの店』の前には必ず存在する表示だ。
遠目に見てもわかりやすい『指輪』と『瓶』と『本』の図像が看板に記されたそこは、他の大きな都市なら別々に存在する『薬局』と『本屋』の機能が集約された店舗だ。ゲーム的には重要な装備カテゴリの『装飾品』を入手可能な場所であり、傷を癒す『薬品』や魔法などの技能を習得できる『本』も取り扱っている。ある意味、この村で最も重要な拠点と言えるだろう。
中に入ると、壁面に並んだ棚と中央の細長いテーブルに並んだ数々の商品、それから奥のカウンターで店主と駄弁っている若者の集団が見えた。
中心にいる半裸の巨漢の存在感が強く、まあまあ柄の悪そうな連中だ。
魔獣や野盗といった脅威に対抗するため、村の若者はみなレナの父親や兄から厳しい指導を受けている。『レイ』を中心とした自警団は村の治安維持を担っており、当番制で定期的なパトロールを行っている間は村の仕事を免除されていた。
だからこんな所でたむろしていても、それは治安維持のためという言い訳が立つ。いや今はサボりだと思うけど。
近づいていくと集団はすぐに俺たちに気付いた。
「戻ったのか、レイ! レナお嬢との件、親父さんは何て言ってた?」
「顔を見ればわかりますよ。状況は悪いようですね」
「くっそ、俺たちが不甲斐ないせいで、お嬢がどっかのジジイの嫁になっちまう!」
口々に声を掛けてくる男たちを、俺は頼もしく、同時にどこか遠い世界のことのように感じていた。感覚としては初対面。知識としては幼馴染。プレイした記憶を辿ると『そういやこんなんいたかも』という感じ。息を整えてから意識を切り替え、この世界における『レイ』として対応する。
「ごめんな、説得してみたんだけど全く耳を貸してくれなくて。応援してくれたのに悪いな、ニック、カマス、ムーダ。それから、えっと」
自警団の仲間たちに順番に声を掛けていくと、自然に俺と『レイ』の間隔が馴染んでいくように思えた。彼らは村で一緒に育った同年代の幼馴染で、大切な友達だ。
ニックとカマスとムーダのことはすぐにわかった。いずれも俺と同じく汎用グラフィックのモブキャラだ。『山賊』や『格闘家』や『チンピラ』などによく使われる上半身裸の巨漢・ニック。『学者』や『魔法使い』に割り当てられる眼鏡をかけた猫背の男・カマス。『村人』や『平均的な男性モブ』として出てくることが多い中肉中背で頭髪が七三分けの男・ムーダ。
俺と共に無茶な戦いを挑み、戦死し、ゾンビとなってレナに倒される運命の悲しきモブキャラたち。強制蘇生の後に敵対が確定しているため、固有の名前が設定されているというだけの脇役だ。全員、職業は『戦士』で前世は『熊』『学者』『狩人』。これといった相乗効果が期待できない雑さが寂しい。
ただ、ここに集まっているのは彼ら三人だけではなかった。
『俺』はそれが誰か咄嗟にわからず戸惑ったが、すぐに『レイ』としての記憶が彼らのことを認識する。
「ハンス、ヨハン、それにアネット。心配かけてごめん。けどまだ終わったわけじゃない。なんとかセンシスさんを納得させる方法を考えてみるよ」
残り三人は全て自動生成された汎用キャラだ。『レイ』が戦死するシーンで数合わせか賑やかしのように配置され、気が付いたら魔獣に倒されていなくなっている『普通の村人と魔獣の戦力差』を見せつけるためにいるようなキャラクターたち。
カマスは『馬鹿な、ここまでの力の差があるなんてっ』と言い残して死んでいくが、まとめて消えていく数名には台詞すら与えられない。
扱いの差はそれ以外にもある。
俺は一瞬、ハンスとヨハンをムーダの兄弟かなにかだと錯覚したが、この村で過ごしてきた記憶がそれは違うと告げていた。彼らはみなそれぞれ性格も得意分野も異なる他人同士だ。ハンスは明るくお調子者な村一番の俊足で前世は『駿馬』。温和なヨハンが作るパンは彼の父親の次に美味しくて前世は『料理人』。ただ、全く同じ『汎用立ち絵・平民男性A』のグラフィックが割り当てられているというだけのこと。
ランダムで名前と立ち絵が割り当てられる汎用キャラにはよくあることだった。
残る一人の女の子、アネットも同じだ。『汎用立ち絵・平民女性C』。
顔周りの髪を長く残した前下がりの黒髪ポニーテールで、無表情で黒目がちな少女のグラフィックは『好きなモブ子』の話題でよく言及される人気の容姿。無口だが心優しいアネットは村で一番の狩人ローレンの孫娘でもある弓使いだ。感情のないクールなまなざしでじっとこちらを見ているが、何を考えているのかは読めない。
吸い付くような執拗な視線だ。黒目がちな瞳に掴まえられたように感じるのは、アネットの前世である『番犬』としての性質によるものだろう。見張りに適した注意深さは夜襲や奇襲による不利な条件での戦闘を回避してくれるし、敵の盗賊や暗殺者対策としても優秀だ。ユニットの構成としては一番頼もしいかもしれない。俺もゲームやってた時は汎用キャラでいつも雇用していた記憶がある。
ふと、後ろからとんとん、と背中を叩かれる。
小声でレナが話しかけてきた。
「ねね、手鏡で確認したけど、汎用キャラみんなポーション持ってるよ。せっかくだし集めておこうか。あと装備いったん引っぺがして要らないの売る?」
瞬間、猛烈な気持ち悪さが俺の胸と頭を駆け巡った。
『当たり前の行動だ』という判断と、『みんなの物を勝手に奪うなんて良くない』という感情がせめぎ合い、喉のあたりでぐるぐると渦を巻く。
ハンスも、ヨハンも、アネットも、小さい頃から一緒に遊んだり、教会で読み書きや算術を学んだり、村を守るために訓練を重ねてきたかけがえのない仲間たちだ。
だがゲームという『数値比べ』の視点から見下ろせば、そこにあるのは価値の低い『その他大勢』でしかない。
なら俺は?
レナの目に、この世界はどう映っているのだろう。
名前とわずかなイベントが用意されているだけで、本質的には俺だって同じモブキャラでしかないというのに。
急にうすら寒くなるような感覚に襲われて、ぎゅっと拳を握りしめる。
こちらの不安も知らず、レナの表情と足取りは軽やかだ。友人たちを観察するように視線を巡らせると、そのままカウンターの奥を見る。
「あ~、でもそっちよりこっち先か。レイくん、ちょっと店主さんと会話してから『取引』状態になって。私、裏から回るね。しばらく注意引いててくれる?」
何だろうと不思議に思いつつ、店主のシヴォーンに挨拶をする。
この妙齢の女性もまた汎用グラフィックのキャラクターだが、小さい村ゆえに『魔法店』や『書店』が『雑貨店』に統合されている。そのため、この店の主人は『魔法使い』という設定だ。序盤ではそこそこ希少なNPCであり、村の防衛要員として動員する場合はそこそこ有用なキャラクターだった。
そんな彼女に明日の天気だのおすすめの商品だの、あたりざわりのない会話を振っていると、レナがこそこそとカウンターの裏に回っていくのが見えた。
シヴォーンは俺に注視しており、友人たちもこちらの会話を聞いている状況だ。
絶妙な気配の消し方。良く見ると靴をカウンターの入り口あたりで脱ぎ捨てている。足音がしないわけだ。
『しー』と口に指を立てるレナ。俺は『まさか』と思った。
いくら何でもそんなことはしないはずだ。
だって俺の前だし、何より『あんなこと』があったのだから。
しかし、俺の希望的観測はあっさりと裏切られた。
基本的に、この世界の女性の平均的な服装はゆったりしたオーバーチュニックで、腰には細帯を巻くというものだ。腰帯から下げた小袋は中世版の財布あるいはハンドバッグであり、このゲームでは見た目以上にたくさんの物が入る。帯の装飾や色合い、巻き方で個性が出るし、小袋のデザインや刺繍なども色々と変更可能である。
やや大きめのおしゃれ巾着袋にレナの手が伸びる。
鮮やかな手つきだった。同時にとても自然で手慣れた動作だった。
当たり前のルーティンをこなすように、幼馴染は窃盗を行った。
おいこら。




