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異世界ファンタジーゲームに一緒に転生した幼馴染が俺と自分のカップリングにドハマりしている~逆現パロのロールプレイ~  作者: 最近


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22.夢の境界




『誰にも言えなくて、つらかったね』

『どこか遠くに、二人だけで逃げてしまえればよかったのに』

『そうしなかったのは、流山くんが優しいからだよ』


 やわらかい言葉が傷口をゆっくりと癒してくれるような気がした。

  記憶が揺らぐ。ここはどこだっけ。

 すぐに思い出す。カイと話していたのは過去で、これは夢の中だ。

 レナたちと過ごした夏の日も、すでに遠い過去に思える。

 あの『宣戦布告』のあと、俺たちは何事もなかったかのように海での遊びを再開した。なんだかんだで雰囲気は良く、外村は目当ての奈良坂に『ソト』と呼ばれることに成功したり、内村は密かに付き合っていた後輩女子と遭遇してプチ修羅場になりかけたり、俺とカイはレナに埋められて腹の上に面白オブジェを建てられたりした。


「三島、選択って美術だっけ? 彫刻のセンスとかあんじゃねーの」


「え、ほんと? 彫像みたいな人に言われるとうれしいかも~」


 カイは有言実行の男だ。早々にレナに積極的なアプローチを始めている。

 互いに興味や関心の分野が全く違うはずだが、レナは猫かぶりモードの時は穏やかな受け身で聞き上手だし、カイは押しの強い俺様系みたいな見た目なのに相手の心情を洞察して言葉を引き出すのが得意だ。会話は手探りながら弾んでいるのがわかった。なんとなく面白くなくて、というか未来が見えてしまったので適当な理由をつけてその場から逃げ出す。情けない。

 日陰者らしくパラソルの下に避難すると、本を膝の上に置いたままイライラした様子で親指の爪を噛んでいる女がいた。どうもこっちに気付いているようで、不機嫌な声で話しかけてくる。先ほどの涼しげな様子はどこにいったのかと思う豹変ぶりだ。


「感じわっる。あいつまたうみの身体ガン見してるよ。マジすけべ。レナすけってあだ名、すけべが由来なんじゃない? ポチくんいんのに何考えてんのって感じ」


「よりにもよって俺の幼馴染の陰口叩きながらこっちも犬呼ばわりとか、真壁の方こそ何考えてんだよって思うけど」


 あまり話したことがなかったが、こうして話すと印象が変わる。

 レナと真壁は高校に入ってからずっと仲良くしていたし、あいつの話にも頻繁に登場する相手だ。てっきり気の置けない親友同士なのかと思っていた。

 嫌だなあ、あいつの友人グループが実はギスギスしてたら。

 残りのメンバーは面倒見のいいクラス委員と気弱そうな図書委員という組み合わせなので、そういう感じではなさそうに見えるのだが。

 女子ってわかんないな~と思っていると、真壁は鋭い目でこちらを睨む。


「レナすけにポチ扱いされてるからポチって呼んでんの。やってるあいつも悪いし受け入れてるあんたも悪い。これさえなければふつーに好きだよ。つまりポチくんがポチなせいであたしは友達の陰口言ってギスりそうなの。なんとかしろよ」


「他人に口出しされることじゃないから断る。俺をどう呼ぼうが別に構わないけど、本人のいないとこでウダウダ言うのやめろよ。だいたい、あいつがカイをどういう目で見てようがあいつの自由だろ。他人が否定するべきじゃない」


「そういうとこ、マジでいらつくんだよね」


 言葉通り、なんかやけに気が立っているなこいつ。

 レナが誰をエロい目で見ていようがこの女には関係ない。俺の心臓はねじ切れそうだがそんなのは俺の問題だ。何がそんなに不満なのかを考えて、すぐにぴんときた。

 もしかしてカイのことを狙っているとか?

 ありそう。そもそも女子が誘いに乗ったのはカイがいるからだろうし、四人ともカイ狙いでもおかしくない。レナはいちおう彼氏いるけど、まあレナだし。

 温度低めな感じに見えたが、やはり女子はみんなああいう男に想いを寄せていたりするのだなあと思っていると、真壁は極めて不本意だと言わんばかりに眉間に皺を寄せて吐き捨てた。


「あのさ、うみとはもうなんでもないから。あたしが嫉妬して言ってるとか思うのやめてね。マジで不快。レナポチみたいに仲良くないから」


 素直になれないやつかな、という茶化しが一瞬だけ思い浮かんだが、それは自分がやられて嫌なことだったのですぐに引っ込める。それに真壁の表情からはガチめの嫌気が放たれていた。どうも単純な感情ではなさそうだ。

 なんとなく無言のまま、二人並んで海を見つめる。

 やや険悪な空気に、思っていたよりも相手への心証が悪い。

 気まずさをどう解消すればいいのかわからず、理由をつけてどこかに逃げようかと思い始めたあたりで真壁の方が口を開く。


「ポチくんはさあ。まわりに囃し立てられながら公開告白させられた上に流れでファーストキスを強要されて断れなかった小6女子の気持ちがわかる? しかもあっちだってほぼいじめみたいに強引にノせてきたくせに、後からやっかみでハブられんの」


 唐突に嫌なエピソードを開示してきたな。

 人間不信に陥りそうなほどの地獄だ。俺だったら暴れている。


「そういうの全部拒否ってきたからわからないな。レナが不本意な扱い受けてたらできる限りなんとかしてきたし、上手くいかなくても俺が傍にいるようにしてた」


「へー、お強くて羨ましい。あたしの幼馴染がポチくんみたいに相手の気持ちを考えてくれる奴だったらあたしもこんなひねくれなくて済んだんだけど」


 なんだ、幼馴染がいたのか。

 共通点を話題にするというのは、歩み寄ろうとしてくれている証拠だ。

 この空気をどうにかしようとしてくれていることがわかり、少し相手への印象が和らぐ。そこまで付き合いづらい女子でもないのかもしれない。


「えーと、その幼馴染とはあんまり仲良くない感じ?」


「うみ」


「マジで? 初耳なんだけど」


 うみというのは目の前に広がる光景のことではなく、カイこと矢田部海の本来の呼び名である。あいつは自分の名前の響きが嫌いなので周囲にカイと呼ぶことを強要しているのだ。そういやなんか本名で呼ぶなあとは思っていたんだが、ポチ呼びが気になってそれどころじゃなかった。


「こっちがこんなんだからさ。ほんと、もったいないって思うわけ。せっかく理想の仲良し幼馴染なのにね。贅沢じゃない?」


 横目でこちらを睨む真壁は恨めしそうに言葉を吐き出す。

 いまいち言っていることがぴんと来なかった。


「何が贅沢?」


「世の中には何一つ嚙み合わないし共感できない、たまたま小さいころに同じ場所にいただけレベルのつまんない幼馴染も存在するってこと。付き合ったと思ったらすぐに自然消滅するくらい。あたしのゴミみたいなファーストキスを返してほしい」


 知らない世界の話だと思った。

 俺にとって当たり前のものは誰かにとっては当たり前じゃなくて、感じられる価値だってまるで違ったものになる。

 きっとそれだって理想化したものだと思うけれど。

 『そんな風に羨ましがるような関係じゃない』と言い返したかったが、カイと真壁の関係だって俺には簡単に想像できるものじゃないだろう。わからないのはお互い様で、それなのに踏み込んでくるのはどうしてだろうと不思議だった。


「真壁、なんで急にそんな話を?」


「あたしはレナすけとポチくんにくっついてほしい派だから。スカっとしたよ、サッカー部の激寒オフサイド先輩を殴って停学になったの」


「暴力事件の美化はやめろ。どんな理由であれ俺は停学処分が妥当な正しくない行動をしたんだ。てか何そのあだ名」


「レナすけの元彼のノリとかセンスがめちゃ寒いって話。みんなで遊びに行くって話で誘っておいて、後から他の奴ら引き上げさせて二人きりになってから『君は恋のオフサイドトラップに引っかかったんだよ』って口説く手口を毎回やってるっていう。しかも滑ったの認めないし拒否ると無理やり迫ってくるとかいうカス」


「ええ、なんだそれ。夏だから涼しい話を作ってくれたとかじゃなくて?」


 もしかして急に話のジャンルがホラーになってた?

 本当にあった怖い話ってこういうことだっけ?

 俺はレナが別れたいのに許してくれないとか暴力振るわれてるとか勝手にゴム外されたとかそういう話を聞いて衝動的に暴れてしまっただけなので、実は相手がどういうやつだったのかあまりよく知らないんだよな。


「そんなんだったのか、あの人」


「あれは二年以上の女子から評判最悪の勘違い野郎だけどね。あたしはもとからあの系統は苦手だけど。ほら、少女漫画だとキラキラした金髪芸能人なみんなの王子様より当て馬のぶっきらぼうだけど健気な黒髪幼馴染を好きになりがちみたいなやつない? あたしそっち」


 首を捻る。俺はレナから借りた漫画とドラマの知識しかないのだが。


「言うほどあるか? そういうパターン?」


「イメージの問題! わかれ!」


 判官贔屓というやつだろうか。

 単に負ける当て馬男が好きなのかもしれない。


「遊びのつもりだったのに本気になっちゃうチャラ男とか?」


「ある」


「プライド高くて主人公を見下した言動をとっちゃうけどずぶずぶ深みに嵌っていく俺様男とか?」


「まあまあある」


「理解者の友人ポジションでずっと応援してくれてるし背中を押してくれるけど最後の最後でぽろっと本音漏らすやつ?」


「それ欲しい」


「真壁は俺をなんだと思ってるの?」


「健気にご主人様に尽くすけどキスシーン目撃しちゃって雨の中を必死に探して見つけた大切な思い出の品をそっと置いて立ち去るタイプの忠犬」


「なんで知ってんだよ。まさか見てたのか?」


「え、ほんとにあったの?!」


 なんということのない雑談をしてみると、意外にも真壁は話しやすかった。

 レナとは一部読書の趣味が共通しており、俺にも通じる話題などもあってそこから話を広げることもできたし、映画の趣味はかなり似ていた。

 レナが恋愛とファンタジー好きなら、真壁はSFとホラーとミステリ好き。

 おすすめを聞いたら『白夜行』と『容疑者Xの献身』と『青の炎』というタイトルを教えてくれた。学校の図書館にあるらしいので、今度探してみようと思う。


「なんかあたし、男子とこんなに話が弾んだの初めてかも。ちょっと楽しい」


「それ殺し文句じゃね? 俺じゃなかったら勘違いさせてるって」


「ポチくんだから勘違いさせたいのかもよ? あの頃は無自覚だったけどさ」


「あの頃って?」


 問いかけると、真壁は目を伏せて少し言いよどんだ。

 それから寂しそうに、名残を惜しむように言葉を続けた。


「ほら、これは記憶だから。うみのこと思い出して欲しかったから見せたんだけど、あたしの方はどっちかっていうと私情だし。十分楽しんだからもういいかな」


 視界が揺らめく。夏の熱気から温度が消える。どこまでも広がる夏空の蒼穹が、不意に朝と夜の境界を示す深い青に変遷していった。

 夢が終わるのだと、自然に理解できた。

 それから、全体像はまだ見えていないが漠然とした直観が告げている。

 これは引き金だ。

 俺たちが異世界に転生することになったそもそもの契機。

 全てのきっかけであり死因。ドミノ倒しの最初の一枚。


「真壁、お前」


「あーあ。けっきょく最後まであいつのポチくんなんだからなあ。流山くんさあ、いつか刺されるとは言ったけど、あたし以外に刺されるのはナシじゃない?」


 その言葉が意味するところを考える。

 詳細な場面、その決定的な瞬間はまだ思い出せない。

 ぼんやりと浮かんでは消えるのは、断片的な痛みの記憶と耳にこびりつく叫び、そしてその結末に至るための道筋。


「最初に覚えて。夢の境界に招かれた魂は三つだけだよ、ポチくん」


 真壁の声は不思議な響きを伴っており、閉所で反響し続けるように俺の耳にしつこく残った。夏の世界はいつの間にか消え失せて、夜明け前の空みたいな景色だけが目に映る色彩の全てになる。真壁綾は、その中心にいた。

 水着ではなく、どこか見覚えのある神秘的な羽衣。

 和洋のモチーフを掛け合わせて、翼と翅のイメージを透き通るチュール生地で織り込んだその衣装は、たしかゲームの最初と最後、オープニングとエンディングの演出で短い時間のみ目にすることができるものであった気がする。

 超然とした雰囲気の少女は、光の彼方から呼びかけてきているようだった。


「けど、ここに来ることができるのは死後の魂だけじゃない。無意識や強い願い、そして文字通り夢の底に沈んだ魂が限定的な転移を果たすこともある。あんたたちが言うところの『現パロエンド』に到達しなくてもね。こっちからそっちに行ってるから、『プチ逆現パロ』みたいな?」


「お前、ほんとに真壁か?」


 問いに対して真壁綾の姿をしたものは曖昧に首を振った。


「半々かな。本来ならあたしに人格はないの。あんたと会話するために、あんたと縁がある魂を媒介にして接触を試みている『夢の境界』の意思そのもの。ざっくり言うと、異世界転生の時に出てきて説明したり特典くれたりする神さま的な存在ってわけ。あたしこういうの『JKハル』しか知らないから理解あやしいけど、合ってる?」


「お、おお。多分。わりとエグめの例だけどなそれ」


 話しぶりで実感したが、真壁の言動は俺がよく知っているものだった。

 思い返すとあの海の日からだ。真壁とよく話すようになったのは。

 いつの間にか一年くらいの付き合いになる。

 一年、そうだ、一年経ったんだ。

 夏休みが終わって二学期に入り、カイは意外にも慎重にレナとの距離を縮めていった。十月あたりから付き合い始めた二人は予想通りこれまでにないくらい順調に交際を進めていき、レナとしては新記録となる一年が経過するところだった。

 交際一周年の記念日。一か月とか三か月とか半年とか、個々人の考え方にもよるがほとんどの恋人たちはその瞬間を節目として祝うようだ。

 カイから、そしてレナからもその知らせを受け取った俺は、その時の感情をあまりよく覚えていない。ただその時、俺の手の震えを止めてくれたのは確か。


『ね、その日さ、二人でどっか行かない?』


 受験生が口にするべき提案ではなかった。二人でレナとは違う大学を目指して時間を惜しむように勉強していた時期。まだ『ドリボ』の余熱が冷めきらないレナからの遊びの誘いを打ち切った俺は、三年になってから意識を明確に切り替えていた。

 熱意を共有していた仲間からの裏切りじみた誘惑。

 それでも、その時の俺にとってその誘いは救いで。

 同時に、すべての終わりだった。

 俺の人生は、その日に幕を閉じたから。 

 妥当な結末だ。俺だってレナを裏切った。

 選んでしまった。きっとそれが俺の罪だ。


『あたし、傷ついてたんだ。うみがレナと付き合ってもやもやしてて。ずっとつらかったんだって、ちゃんと受け入れて、認めたかった。だからね、流山くんにもそう思っていいんだって言いたいの』


 救われてしまったから、相手にも同じだけのものを返したかった。

 決して同じではなくとも、似た感情を共有できるから、傷を舐め合うように隣にいてくれることが嬉しかった。相手にとってもそうであればいいと思った。

 言葉を尽くして、俺の心の中で凝り固まっていたものをゆっくりと解きほぐしてくれたことに、どんな形でもいいから報いたいと願うようになっていった。


『流山くんが『尽くすことに意味なんてない』とか『優しさは失点してないだけ』とか言うのって、自分が報われてないのを正しいって思いたいからでしょ。でも普通、尽くしてくれたら嬉しくて相手のこと気になるよ。あんまりタイプじゃなくてもね、あたしなら好感持つかな。優しさって積極的に助けてくれたり、慰めてくれたりとかあるじゃん。ぜんぜん零点じゃないしあたしなら加点しまくってる。流山くんはめんどくさい相手で失敗体験を重ねすぎだと思うよ』


 生まれて初めて、俺はそうできることを知った。

 誰かを好きになるということは、生涯ただ一度の運命などではないのだと。

 俺はレナを選ばないことができる。

 広がった世界の先を示してくれたのは、真壁綾だった。

 過去ではなく、今の彼女を見る。

 あの時からさほど時間は経過していないはずだ。

 それなのに、ひどく懐かしく思えてならない。

 真壁は気恥ずかしくなったように少しだけ目をそらす。

 それからごまかすようにやや早口でこう続けた。


「夢に出るほどあんたのこと考えてる奴が四人しかいなかったから、あたしにお鉢が回ってきただけなんだけど。ご両親はダメージでかすぎて平静を保てないだろうし、うみはなんか忙しいってことで、消去法ね。外村と内村もそろそろ立ち直ってきてるみたい。人望ないよね、ポチくん」


「いやお前、それってさ」


「内心をからかわれるの嫌い。あんたと同じ」


「悪い」


「いいよ。あたしも悪い、ってか原因だし。まあ個人的な話は置いといて、そろそろ大事な話をしよっか。あんたが今、めちゃめちゃピンチだって話を」


 真壁、あるいはその姿を借りた神のような存在は、透き通るような表情に戻って俺を見据えた。ふと脳裏を刺激するかすかなイメージ。俺は前にも同じような構図で彼女と向かい合ったことがある。


「あたしとあんたはこの場所でいちど会っている。転生する直前ね。よくあるチートスキル? とか特典みたいなやつを授けたの」


「覚えてないな。つーかそんな便利なスキルがあったのか?」


「この『むきょう』だっけ? 二年の秋くらいからレナすけがめちゃめちゃハマってたゲーム。これって色んな『職業』と『前世の魂』にそれぞれ特性とかスキルとかあるんでしょ? なら『流山令』の魂にも何かしら意味があるとは思わない?」


 その発想はなかった。普通にステータス画面やレベルアップの際のポイント割り振りでは戦士と盗賊の項目しか見当たらなかったのだが、隠しコマンドでもあったのかもしれない。


「つまり俺とレナにも何か特殊な能力があるってこと?」


「あんたの願った特典はシンプルで誰でも予想できるようやつ。レナすけが無事かつ幸せであること。できればすぐ近くで自分が守る立場でいたいってこと」


「ああ、うん。あっさり明かされるやつだ」


 自分でも『それはそうだろうな』という内容だった。

 むしろそれ以外のことを望む自分が想像できない。

 真壁が呆れたように「ポチめ」と毒を吐いたが聞こえないふり。

 泣きそうな声に聞こえたけど、俺に何かを言う資格はない。

 何事もなかったかのように真壁は言葉を繋いだ。


「問題は、あっち側の願った特典ね。それがあんたの願いと微妙に衝突して、少しずつ歪んで形になったの。簡単に結果を言えば、あんたは今すごく劣勢ってこと」


「劣勢って、その特典だかずるだかは使えないとか?」


「正確には、これから使えなくなっていく、かな。このゲームってさ。星とかレアリティとか、主人公としての運命力みたいなやつがあるんだよね。あたしが読んだ異世界ものでもそうだったけど。誰もが凄いことをできるわけじゃない。メインキャラのレナと、モブキャラのレイではチートスキルの強さにも差があるんだ」


 やっぱりそうなるよな、と納得する。

 むしろそこだけ俺が対等だったり逆転していたりするのは都合が良すぎるというものだ。なんだかんだ言っても、こういう世界はレナの方が得意であるのが自然だ。


「結果としてあんたは色々な記憶を失った。てか、特にあたしに関することは事実まで捻じ曲げた。そうならないとレナすけにとって都合が悪いから。思い出してしまったら、また繰り返しになるってあいつは恐れてる。はっ、内心で負け認めてるって証拠じゃん。ざまあ」


 なんとなく、嫌な予感があった。

 例の痴情のもつれごっこで思い出した断片的なイメージから、最悪の結末が現実にあったことなのだという想像はできている。

 だが、細部がまだ不鮮明だ。

 それがレナにとって致命的な過去なのだと、真壁は語る。


「でもさっき、安定していた状況が揺らいでしまった。あのわがままな女が願った都合のいい創作世界は破綻しかけている。あたしが接触できたのは、わずかに生じた亀裂から手を伸ばせたからってわけ」


 俺はレナを拒絶した。

 虚構の世界でのごっこ遊びを彼女は望んだ。

 幼稚園児のおままごとのような恋愛もどき。

 現実の自分たちにとっての未練、失われた時間と距離を取り戻そうとするかのような形ばかりのロールプレイ。

 『レナレイ』なんて言い訳を盾にして、彼女は暗黙の了解を否定していた。

 俺はそれを許せなくて、レナはそれだけに望みを託していた。

 破綻。その先に待つものが、前世と同じ結末だとしたら。


「箱庭に亀裂が入れば、そこから沁み出すのは箱庭を修復するための浸出液。つまりはかさぶたができる。そしてそれは迷いの中にあるレナを守る形をしている。わかる? あんた以外の、レナを守る者の形って意味」


 俺以外にレナを守る者なんて、この流れで思い浮かぶのは一人だけだ。

 この夢での回想の意味がわかってきた。

 言葉通り、真壁は必要な記憶を整理してくれたのだ。


「そしてそれは、傷を生み出したものを排除する機能でもあるんだ。気を付けてね、ポチくん。あんたはいま、本当の意味で死への導火線に火を点けてしまった」


 ゲームにおける死の運命や、圧倒的な強敵よりも恐ろしい相手。

 まっすぐな視線と堂々たる宣戦布告を思い出す。

 それから、一年後に成否を確認するはずだった賭けの内容も。

 向き合わなければならない。

 ここで目を背ければ、俺はずっとレナから逃げ続けることになる。


「封じられていた『門』が目覚めようとしている。こちらとあちらを繋ぐ冥府の道が繋がれば、見るなと禁忌を定められた洞窟が口を開く。愛する者の手を取りたいと願うなら、どうか迷わないで。そして、どんなに目をそらしたくなるような現実がそこにあっても、ちゃんと向き合ってあげて」


 曖昧で抽象的な説明。だが意味はわかった。

 ゲームの設定の話だったからだ。ちょうど、これから行こうとしている場所の話でもあった。なら問題はない。迷わず進むだけだ。

 俺の表情を見て、真壁は薄く笑みを浮かべた。


「ごめんね。あたしにはもう、ほとんどできることがない。何だかんだでレナすけも友達だからさ。どっちかだけに肩入れするのも難しいんだよ。だから、いまはひとつだけ教えてあげる。一番大事なことだから忘れないでね」


 ゆっくりと、真壁の体が宙に浮く。

 それとも、俺の意識が沈んでいるのだろうか。

 遠ざかる。夢の境界で触れ合った奇跡のような瞬間が、もうすぐ終わる。


「最初にそっちに行った魂は三つ。きっと三つ目の魂が状況を変える鍵になる」


「三つ? 俺とレナと、誰だ? 流れ的に真壁じゃないなら」


 消去法で一人しかいない気がする。

 が、そいつはさっき真壁が教えてくれた情報によると俺の敵だ。

 レナの望む世界から俺を排除しようとする敵が鍵というのはどういう意味だろう。

 それとも、まったく別のことを言おうとしているのか。

 真壁は無意味に言葉を濁したりはしない。

 たぶん、レナが俺の記憶を操作するように願ったのと同じことが起きている。

 俺は何か、レナにとっての重要な秘密を忘れている。

 三つ目の鍵というのは、きっとそのことだと直感した。


「お願いだから、二人だけで世界を閉じないでよ。蚊帳の外は寂しいでしょ?」


 何かを言おうとしたのに、声にならない。

 口がない。身体が、意識が、泡になって消えていく。

 夜が明ける。夢が終わる。伸ばした手は、もう届かない。

 二度と会えないのだと思った瞬間、流す涙さえ消えていく。

 そのかわり、零れ落ちた涙がわずかに残った俺の輪郭を濡らした。


「いつかきっと、帰ってきて。あたし、待ってるから」


 最後に、遠ざかる声と共に全てが光の中に去っていく。

 やっぱり俺は待っていて欲しいなんて思えなかったけれど。

 待っていてくれる人を泣かせるのは嫌だな、と少しだけ考えを改める。

 涙は、拭われなければならない。

 ある恋の結末が悲劇で終わったのなら、そのやり直しは喜劇で始めるべきだろう。

 その過程がどれだけ苦難に彩られていたとしても。

 胸に灯った暖かな熱を抱きしめて、俺はゆっくりと目を開いた。

 



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