23.衛兵トレイン
レイ・シンデラーという男は、いったいどんな人物だったのだろう。
あまりにも出番が限られているし、描写も必要最低限。
基本的に主な性格描写がメインキャラであるレナの回想シーンで語られているものくらいしかないため、『恋人の視点から見たレイ』しかプレイヤーは把握できない。
生存ルートでのレイはイベント数が少ないが、レナと良い関係を築いていることは窺える。ただ個人としての顔があまり見えてこないというのが俺の感想だった。
『こいつ、一人でいるとき何してんの?』
趣味が何か、レナ以外に大切なものはあるのか、将来の目標は、好き嫌いは、欠点やクセなどはないのか、そういった人間味がよくわからない。
言ってしまえばレナの物語を彩る添え物。
彼女を復讐者として目覚めさせるための『冷蔵庫の男』がレイだ。
記憶の同期を果たした後も、その印象はより強くなった。
『なんか家でずっと素振りと筋トレしてる。ストイックで片づけていいのかこれ?』
プロフィールは分かった。詳しい生い立ちや人間関係、職場での振る舞いや目標とする人物、食事の好み、実は蜘蛛が大嫌いなど疑問も解消された。
だが、それでも『薄さ』は変わらない。
最初に遭ったのは共感。幼馴染に対する想いという共通点。
そこから繋がった俺たちは、強い目的意識から迷わずにここまで来れた。
だが、それはそれで都合が良すぎるという気がする。
俺という異物が混ざり合ったにもかかわらず、それに対する大きな反発や違和感が発生することはなく、器として俺を自然に受け止めている。
村の人々から好かれているリーダー気質で、心優しく、レナのためなら死をも恐れない勇敢な若者。
『なんだそりゃ。ぜんぜん共感できない』
身勝手に転生しておいてひどい言い分だと我ながら思う。
しかし、率直な感想を言うとこうなってしまうのだ。
俺はレイがわからない。
なぜ彼は、こんな『上書き』されたような状況で当たり前のように『レナレイ』なんて茶番に付き合ってくれているのだろうか。
このゲームの世界は現実でもある。
なら、アネットやニックがそうであったように、レイだって生身の人間のはずだ。
もちろん、この世界の『レナ』もそう。
俺たちはロールプレイという言葉に囚われて、そこの意識が希薄だった気がする。
この世界で『レナレイ』を演じるというのは、もっと切実なことのはずじゃないのか? 死の運命に立ち向かい、幸福な結末に向かおうとすることなのでは?
『なあ、レイ。聞こえるか』
胸の中から、頭の中に問い掛ける。
対話をしようと試みたのは、この世界に来てからはじめてだった。
『お前は、どんな結末がいいと思う?』
わからないから言葉を投げかける。
理解できないから問いを重ねる。
近くにいるから。同じように考えているから。
そんな当たり前だけではきっと不十分だ。
レナが求めた『レナレイ』を、俺はもっと踏み込んで理解したい。
しなければならない。だからまずはレイを理解しよう。
心の中で伸ばした指先に、かすかに返ってくる感触があった。
まずはここからだ。
結果、なんかテンションがぶっ壊れた。
いや凄いんだこれが。
よく考えるとこいつらって田舎の自警団なんだよな(極めて強い偏見)。
若さを持て余した力自慢たちの『俺ら最強』ってエネルギーが暴走して無謀な怪物退治に突っ込む、って嘘みたいな原作のストーリーをそれっぽく再現すると勢いがマジでヤバくなる。パネェ。これもうガチめに気合入れて行くしかないっしょ。マジ俺ら村のみんなのために正義の戦い決めっから。待っててくれよ、レナ。愛してるぜ。
「みんな、今日は集まってくれてありがとう。俺の身勝手とも言える計画に賛同してくれたこと、心から感謝する! みんなはマジで最高の仲間だ!」
「うおおおー! 俺ら最高ー!」
「死ぬ時は一緒だぜー!」
酒でもやってんのかって感じのノリである。
マジかレイくん。君もしかして俺が本来のノリについてこれないと思って遠慮してくれてたのか。流石は田舎のヤンキー軍団のリーダー、コミュ力強者だ。
「知っての通り、俺たちの村はかつてない危機に瀕している。山にある遺跡の封印が綻び、魔獣が大量発生して麓への頻繁な襲撃を繰り返しているんだ。その被害の程は自警団として討伐にあたっている俺たち自身が一番実感しているよな。このままではいけない。そうは思わないか」
「そうだそうだ! このままでいいわけあるかー!」
ぐっと拳を握り、村はずれに集まった仲間たちの前で決起集会を大いに盛り上げるレイ・シンデラー。こうやって見るとなかなかカリスマ性のある奴なのかもしれない。アネットの表情はめっちゃ冷えてるが気にしないことにしよう。
「現状、自警団と狩人衆は場当たり的な対処に終始している。根元を断つには遺跡に向かい、教会に保管されている作業手順書に従って再封印を施す必要がある。しかし、頭の固い老人たちは『遺跡を根城とする山のヌシの危険性から再封印作業は困難であり、東方伯領からの援軍を待つ必要がある』との言い訳を繰り返すばかり」
「ざけんなこらー!」
「ぬるいんだよジジイどもー!」
東方伯領の援軍が来てしまうということは、レナが結婚してしまうということでもある。レイにしてみれば、援軍の到着を待つ時間は死刑執行を待つような心地だったわけだ。そのへんの恐怖と焦りを、俺は魂の交流で実感していた。
慎重で確実な手段で村が助かってしまえば、レナは他の男に奪われてしまう。
それがどれほど苦しいことなのかは、俺の方が良く知っている。
だからこう思った。
『レイにそんな思いはさせたくない』と。
これは無謀で愚かな蛮行だ。本来の結果がそれを証明している。
仲間たちを巻き込んで死にに行くのは『正しくない』。
俺の理性と価値観はそれを否定している。
だが、この戦いを成功させて『正しかった』ことにできるのは俺だけだ。
大目標は二人の生存。
そしてバッドエンドを回避して、グッドエンドに辿り着くこと。
幸福を目指す。いま、俺とレイの意思はふたたび重なり合った。
「もう一刻の猶予もない。作業手順書はこっそり拝借してきた! あとは俺たちで遺跡に向かい、村を救うだけだ! 必要なのは勇気! そして俺たちの絆! それさえあれば、俺たちに敵はいない!」
「うぉおおおお!」
「俺ら最強! 俺ら最強!」
「ニック。カマス。ムーダ。ヨハン。ハンス。アネット。俺を信じてついてきてくれ! 行くぞぉおおおお!!!!」
俺たちは早朝というよりも深夜の勢いで山道を駆けあがっていく。
ノリ的に走り出したいところだったが、遺跡までの道のりは険しい。
装備なども充実させて積載重量もけっこうぎりぎりだし、戦闘の前にあまり消耗するのもよくないため、スピードは控えめに堅実な山登りを心がけた。山が身近な環境で育ったため、ここにいる仲間たちは登山を舐めたりしないのである。
えっちらおっちら移動していると、先頭の俺に後ろからアネットが追い付いてきてこっそり声を掛けてきた。
「何かあった? おじょうさまは?」
「何もない。それと、たぶんレナは来ない。俺たちだけで行くぞ」
「明らかに何かあったやつじゃん」
仕方ないだろ、めちゃめちゃ気まずいんだから。
あの流れで一緒に戦いに行こうとは言えない。
結局顔を合わせることなく出発することになってしまった。
奇しくも原作通りの流れだ。
胸を締め付ける苦しさと寂しさに見ないふりをして、俺はレイとして強がることを決めた。思えばこのゲーム世界ではずっとレナと一緒だった。
めちゃくちゃなことを繰り返す彼女に振り回される時間は頭を痛くさせられたが、どこか楽しくもあった。退屈とは無縁なあの瞬間のひとつひとつが、今は愛おしい。
「戻ってきたらいつでも会える。だから勝つ。それだけだ」
「レイにい」
精一杯の虚勢を聞いたアネットはそれでも何か言いたげに俺を見ている。
「あのね」
「言わないでくれ。決意が鈍る。俺は、あいつがいなくても戦えるって証明したいんだと思う。俺自身の決意なんて、あいつには伝わってないかもしれないけど。それでも行動で示したいんだ。俺はあいつを拒絶したかったわけじゃない、本当は」
「いやそうじゃなくて、レイにい。後ろから来てる」
「何だ? 敵襲か?!」
「レナおじょうさま」
即座に振り返った。
まだ村からそう離れていない。
木の柵に覆われた入口のあたりから、見慣れた顔の少女がほわほわした笑顔を浮かべながら小走りでやってきていた。
「お~い。レイくんや~い。私も行くよぅ~置いてかないで~」
「お前あの流れでその感じ出せるの?! そこは気まずくあれよ!」
俺はめちゃめちゃ気まずいが? どう話せばいいのかぜんぜんわかんないけど?
「大嫌いとか言ってたろーが!」
「嫌いなとこは嫌いだけど、喧嘩しててもレイくんのことは好きだよ~!」
この世界に拳銃ってあったっけ?
いま、心臓を撃たれた気がするんですが。
がくりと倒れそうになり、後ろのアネットに支えてもらう。
体格差のせいで重たいのかぷるぷる震えていた。
なんかぼそっと「こいつらまじでふざけんなよ」とか低い声が聞こえた気がしたが、いい子のアネットちゃんがそんなこと言うはずもないよな。幻聴か。
感動的な再会からの仲間の合流、このまま一気に決戦という流れを予想していた俺だったが、しかしその直後、予想外の事態に見舞われる。
レナが出てくるとそんなんばっかだな。
「ねえ、レナおじょうさまの後ろ、あれなに」
アネットの戦々恐々とした声で俺も気付いた。
仲間たちもある者は愕然と口を開けて、ある者は恐怖に引き攣った顔で、レナを追いかけてくる存在を凝視する。
魔獣をも恐れぬ勇敢な戦士たちが、はっきりと恐れを抱いた瞬間だった。
「犯罪者だ!」
「追え! ひっ捕らえろ!」
「レイく~ん、衛兵攻撃したから、遺跡まで誘導するよ~!」
朗らかな笑顔の後ろから、憤怒に染まった表情で完全武装の男たちが追いかけてきていた。そのレベルは俺たちよりも遥か上。何なら自警団の団長とかレナの父親とかよりも上で、普通は倒すことを想定していない。
衛兵。村を守護する秩序の番人。
その間合いに入ってしまえば、俺たちに勝ち目はない。
「なにやってんだお前!!」
「えい、敵対心稼ぎっ」
ひょいと振り向いて小石を投擲するレナ。
こつんと衛兵に命中し、あちらは更に怒りのボルテージを上昇させていく。
追い付かれまいと必死に逃げる俺たちの最後尾で、一定距離ごとにレナは石を投げることで衛兵との敵対状態を維持し続けていた。
「いやいやいやいや! 遠くまで行けば追ってこなくなるから! やめろおい!」
「だからぁ、敵対状態を続けないと」
「連れてっても意味ねえだろ遺跡内部の画面遷移で消えるって!」
確かに衛兵を引っ張って強敵にぶつけるというのはいいアイデアに思える。
だがゲーム本編ではこのやり方は対策されていて、基本的にある程度まで拠点を離れると追ってこなくなる仕様なのだ。
レナがやっているように小石を投げ続けて敵対状態を維持することも可能だが、『ドリボ』は全てのマップが繋がっているオープンワールドではない。
別のマップであるダンジョンに入ったりしてロードを挟めば衛兵は消えてしまい、元の拠点に再配置されるだけだ。
「のんのん。レイくんってば忘れた? この世界は現実化してるってこと。本来のゲームなら無理なことでも可能になってるかもだよ? リアル化って、リアルタイムなオープンワールド化ってこと。ならこれだっていけるよ」
「なるほど、一理ある。あるけどさ」
レナの言うことは盲点だったし、素直に感心もした。
俺はレナに『この世界の人々は現実だ』なんて説教しつつ、まだまだ認識が甘かったのだと思い知った。しかし、である。
「それだと、俺たちはずっと犯罪者扱いのまま衛兵さんに狙われ続けるんじゃ」
モラルを無視しがちなゲーム脳に対する、極めてまっとうなツッコミ。
ああこれこれ。最高にレナと話してるって感じで頭が痛い。
レナは走りながら器用に舌を出し、こつんとぐーで頭を叩いた。
「てへぺろ♪」
「くそっかわいいからゆるす!」
「え、ふざけないで? わたしたちも共犯になるんだけど?」
ごめんアネット、ちょっとテンションがおかしくなってるのと、どう接したらいいのかわからなくて変なノリで誤魔化してるんだ。
どうかレナのかわいさに免じて許して欲しい。
「ねえ、なんかレイにいの頭のおかしさも加速してない? ここから先、わたしに全部ツッコミを任せる気なの? こんな仕打ちが許されていいの?」
理不尽さに震えるアネットに俺から言えることはひとつだ。
強く生きろ。俺もそうする。
そんなわけでアホの勢いで突っ走り、山をぜえはあ言いながら登って遺跡に到着。
遅れて追いかけてきた衛兵は万全の状態。
俺たちを待ち構えているのは大量の魔獣。
「よし行くぞみんなぁ! 衛兵さん、よろしくお願いしまーす!」
かくして他人まかせの決戦が幕を開け、衛兵無双が始まるのだった。




