21.海
『お前ら、いつまでそんな感じでいるつもりだ?』
遠い声が胸の中で反響する。
ぼんやりと、これが夢の中だと自覚する。
前世の記憶。転生してからたまに蘇る、もう戻れない場所の残滓。
未練なのだろう。あるいは俺自身の弱さの発露か。
いずれにせよ、まどろみの中で俺にあらがうすべはない。
波のように押し寄せてくる夢を、ただ享受するだけだ。
『ポチくんさ、ずっとレナすけの相手してて疲れないわけ?』
また聞こえた。遠い潮騒の音だ。
照りつける日差しが肌を焼き、熱気と入り混じった湿気が不快さを掻き立てる。
過酷といっていいほどの夏だというのに、シーズンど真ん中の海水浴場は盛大に繁盛していた。砂浜を行き交う人々の表情は明るく、暑さ対策グッズを例年比より増しに増して、気合でレジャーを楽しむぞという気迫に満ち溢れている。
「あっちい」
溢れ出す汗を拭うのが徒労に思えてくる。
なんで俺はこんなところに来てしまったのだろう。
はやくも後悔してきた。
「レイく~ん、荷物とパラソルよろしくね~」
「はいはい、かしこまりましたよ」
なんて、毎年恒例のやりとりをしていると、ふと胸をよぎる寂寥感。
いつの間にか高校二年生の夏だ。
気楽に遊ぶことができるのもきっとこれで最後だと思うと、少し寂しくなるような、時間が惜しくなるような、そんな時期だったように思う。
貴重な青春を一秒だって無駄にできない。だというのに、俺といえば一年の初めにサッカー部を退部し、流れ着いた文芸部もなんやかんやあって退部し、なんとなく帰宅部をやりながらバイトと勉強と友人との遊びと自宅でのゲームに明け暮れる日々。
いやけっこう楽しんでるし充実してるな。
短期目標としては免許取得のために金を貯めて、あとは先を見越して実践的な英語力を身に着けたくて、といろいろ考えることもある。周囲を見ていると俺よりずっと未来を見据えて動いている賢いやつがやたらと多く、近頃は自分の幼さを反省することばかりで少し焦りもあった。
「別にいいだろ、楽しむときは楽しめよ」
なんて一年の時からつるんでる友達のカイは言ってくれるが、こいつこそ俺に焦りをもたらす最大の要因のひとつだ。敵を作りがちな俺にとっての数少ない友人の言うことなのでおとなしく受け入れたいが、自分に対する『これでいいのか』という思いは常に付き纏う。まあ言う通りにするのだが。
というか俺はクラス内で親しく話せる男友達が三人しかいないので学校をサバイブするためにはこいつらに嫌われるわけにはいかないのだ。
この地獄のような暑さの中、わざわざ海まで来てしまったのもそのせいである。
時は少し遡る。
きっかけは夏休み前、テストを直前に控えた教室での会話だった。
集団で海に遊びに行きたい、それも男女混合グループで、と言い出したのは親しい友人のひとりである外村だった。
「いや俺らそういう柄じゃなくね? カイはともかく」
「幼馴染女子と遊びまくってるくせになんだてめえ。つーかずるいぞ俺らにもチャンスをよこせ。具体的には三島さんと仲いい奈良坂と海に行きてえ。あわよくば距離を縮めたい! しかし俺が誘うのは無理! というわけで流山から三島さんに頼むって感じでどうっすか。おなしゃす!」
喧嘩腰だったり腰が低かったりと態度が安定しないやつだな。
別に誘うのは構わないのだが、俺から言ってレナ以外が来るかというと微妙なところだ。そのへんは外村もわかっていたらしく、しっかりともう一人にも声をかけていた。というかこっちが本命だろう。
「で、まあカイが来るなら女子も来てくれるかなって」
言ってて悲しくならないのかこいつ。お前のお目当ての女子が別の男に夢中だったらどういう気分になると思う? 海に遊びに行ってる間は地獄だぞ。
わかっているのかわかっていないのか、懇願する外村の表情は切実だ。
頼み込まれた当の本人であるカイはあまり気乗りしない様子でこう返した。
「どうすっかな。夏はハワイ行く予定あるからスケジュール次第」
「金持ちがよ。海外とか羨ましい」
「どっか行きたいとこあんの?」
思わずやっかみ混じりに口を挟んだら思わぬ問いを投げつけられた。
返答に窮する。咄嗟に出たのは自分でも意外な答えだった。
「クソ熱いから涼しいとこがいいな。北欧とか? スウェーデンあたり」
言ってから少し後悔した。未練がましい。
別にもう行くつもりなんてないのだが、それでも小中学生の頃に漠然と夢見ていた光景に無意識の憧れを残していたのかもしれない。
「ストックホルムの名前しか知らねえ~」
「雑に理想郷イメージあるよな。高福祉社会とかなんとか」
カイも外村もぴんと来ていないようで、怪訝そうな表情だ。
俺だってそこまで精度の高いビジョンはないが、リストアップできる程度に行きたい場所や住みたい場所はあったので、思わず口走ってしまう。
「まずノーベル博物館は行きたいだろ? アビスコ国立公園とか回ってみたいし、オーロラとか見たくね? テレビでやってたユッカスヤルビってとこのアイスホテルも一回行ってみたい。あとはゴットランド島のヴィスビューとかレナが喜、び」
普通に観光したい欲求が出てしまった上、余計な口を滑らせてしまったことで俺は盛大にからかわれることになった。
「なんだよ今から新婚旅行の計画立ててんのか~?」
「普段ツンデレやってても本心はこれってわけよ」
外村ともうひとりの友人である内村が口々にコメントする。コンビ組んでそうな名前の二人は幼稚園からの幼馴染だとか。健全な関係そうで心底羨ましい。
そんな俺をじっと見ていたカイが、何がきっかけだったのか出し抜けに発言する。
「よし。じゃあ計画立てるか。大目標はソトとレイが彼女作ること、小目標は三島グループ誘って海行くこと。これで決まりな」
「俺は彼女とかいらな、いや違う、やっぱ海でナンパして作るわ。お前ら余計な気を回すなよ。レナに変な絡み方もすんな」
「はいはいツンデレツンデレ。レイのナンパとかぜってーまた失敗するわ」
不本意なやりとりを挟みつつ、計画は進行した。
準備段階ではそこそこ不安で『俺はどう考えてもそういうことするキャラではないだろ』と思いながら夜眠れなかったりしたのだが、レナは思っていたよりあっさり承諾してくれた。『おっけ~みんなに聞いてみる~』って感じだ。
その頃のレナは大学生の彼氏がいたから距離を置いていたのだが、八月の頭には既にあまりうまくいっていなかった。ちょくちょく俺の部屋に侵入してはだる絡みしつつ愚痴を零していくので『誘っても大丈夫』と判断したが、正しかったようだ。
そんなこんなで海に遊びに来る次第となったわけだが、案の定とても暑い。
全員が早くも後悔半分、空元気半分という雰囲気で始まった海水浴だったが、ただひとり涼しい顔でいるのが誰よりも屈強な男ことカイだった。
「よし、遊ぶからには全力でやるぞ。お前らマジ気合入れろ。男子は声出し、女子は紫外線対策。手ぇ抜くなよ」
「部活かよ」
思わず突っ込んだが、相手の表情は揺るがない。
こいつマジだ。どうかしてやがる。
他の面々もそこそこ退いていた。
矢田部カイは一言で表すと海で隣に立ちたくない男だ。
身長は確か186cmあたり。アイドルや芸能人とまではいかないが、クラスで一番と言っていいほどには顔がいい。だがそれ以上にクラスで制服に身を包んでいるだけではわからない要素が海水浴場ではひたすら目立つ。
昼飯はだいたい魚肉ソーセージや鶏ささみ肉サラダなど高たんぱくのものを好み、トレーニングの後はプロテイン。好きなものは納豆と豆乳。
海で露わになった肉体は屈強なアスリートというよりギリシャの彫刻といった趣であり、そのままボディビルディングの大会に出場して優勝をかっさらっていきそうなほどに仕上がっている。
一緒に海に来た女性陣は一人を除いて一様にざわめき、特にレナが目を見開いて「エッッッッ」とか抜かしていやがったのが印象的だった。横にいた俺が死にたくなったのは言うまでもない。朝のランニングと軽い筋トレだけじゃなくてメニュー増やすか。あとプロテインだっけ。高いんだよなあれ。
どのような場面であれ、カイにはいるだけで主役になってしまう存在感があった。
あらゆる面で隙がなく、俺が勝っている点なんて英語と現国と世界史の成績くらいしかない。ちなみにゲームも俺より上手い。こいつぜんぜんやったことないゲームを俺たちと遊ぶためだけに購入してすぐに追い抜いていったからな。
なんで俺はこんな完璧超人と友達やれてるんだろうか。
確か一年の時は同じクラスではあったが席が近いわけでもなく、俺の停学からのサッカー部退部事件まではろくに絡んだこともなかったはずなのだが。
「レイ、荷物番とか一人でいいから来いよ。財布とかスマホはロッカー預けたろ? 別に放置でもいいって」
それは遊んでいる最中のことだった。
レナの友人の女子と俺がパラソルの下で涼んでいると、カイがやってきて声をかけてきた。表情は明るいが、軽い違和感。視線が俺から少し逸れている。
「や、でも俺もちょい休みたかったし。真壁ハブる感じにすんのも良くないだろ」
海に来ているのに静かに読書をしている物静かな女子、真壁綾の方を振り向こうとしたが、カイは強引に俺の腕を掴んだ。
「いいから来いよ。そいつどうせ海とか来ても疲れるとか言って本読んでるだけだって。それともなに、お前もしかして真壁に乗り換える気かよ」
「は? いやぜんぜん違うけど」
冗談なのか知らないが、妙な疑惑を口にするな。真壁がびっくりするだろ。
別にそこまで疲れていたわけではないので、水分補給が終わったらタイミングを見て戻るつもりではあった。しかしこうやって女子を一人きりにしているのも何か居心地が悪い。なので考えていた誘い文句を口にする。
「それなら真壁さんも一緒に来たら? レナたちいるんだし、一緒に遊べばいいじゃん。荷物はほら、貴重品じゃないし、そこまで遠くに行かないから大丈夫だって」
「いいから来い。お前またやろうとしてるだろ。三島の周囲はやめろマジで」
急にカイが耳元に近づいてきたかと思うと、かなり強めの口調で囁いてくる。
え、もしかして誤解されてる? 俺が真壁に気があるって?
別にそんなつもりはなかったのだが、カイの目は本気で俺を咎めていた。
性急に感じるほどぐいぐい俺を引っ張って行こうとするカイに違和感を覚えていると、後ろからやや低めの声が響く。
「おかまいなく。あたしこの夏はアンディ・ウィアーの本を読破するって決めてるの。映画化前に『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を読みたいから放っておいて」
影の下にいる真壁綾はひどく夏が似合わない女だった。
顔周りにレイヤーの入ったショートヘアが微かに揺れて、狐を思わせる切れ長の吊り目がじっとこちらを見つめる。アイボリーのキャミソールとインディゴブルーのデニムショートパンツという露出を押さえた水着なのですぐには分かりづらいが、細身のプロポーションは人形のように均整がとれていた。
「ああ、せっかくの海水浴なのにもったいないとか言うのなしね。浜辺の読書っていう体験に価値を見出してるから」
驚くほどドライなスタンスと、友人に対する遠い距離感。
レナのところはおとなしめで真面目な女子が集まったグループだが、真壁はその中でもひときわ大人びた雰囲気だ。
確かレナと話しているときも基本的に淡白な受け答えが中心だったと記憶している。クールな女子という印象だったが、ここまでとは思わなかった。
「うみとポチくんは仲良く遊んで来たらいいよ。あたしはこれでも楽しんでる」
呼び方には反論したかったものの、そこまで親しくない女子にこれ以上は強く出ることができない。なにより隣のカイがどんどんイライラしていくのがはっきりわかったので、ギスりたくなかった俺はそそくさとその場を立ち去った。
「おい、マジで狙ってないんだよな」
「しつこいって。ああいうタイプには相手にされないだろ俺は。てか隙ないし」
いつも余裕のあるカイがこんな感じになるのは珍しい。
二人連れ立ってレナたちが水鉄砲を構えてわいわい騒いでいる方へ向かう最中、カイがふと真面目くさった顔でこんなことを言い出した。
「お前、本当は三島礼奈のことどう思ってる?」
「普通」
「これはマジな質問。なんで付き合おうとしねえの? つかあれだけのことやって退部したんだし、普通は付き合う流れだったろ。アベタクとかぽっと出の奴とかに取られて悔しくねえの?」
「そう言われても、ずっと一緒だったし、今さらって感じ」
「『妹みたいに思ってる』とかはやめろよ。ネタじゃなくてな」
「いや、妹みたいには思ってない。それだけはない。あいつ上から目線だし。フツーにずっと仲良い友達とか? まともな奴と付き合うなら応援するよ」
似たようなやり取りを外村とか内村ともやった覚えがある。
面倒くさいなあと思いつつ受け流していると、急にカイが立ち止まった。
振り返ると、いつになく真剣なまなざし。
「三島の『都合のいい幼馴染』を一生やってくのか? 恋愛だか未練だかわかんねえけど、他人にのめり込み過ぎなんだよ。お前の人生をマジでやれよ」
「部活かよ」
「部活やめたんだからそれ以外はちゃんとやれって話だよ」
相手の声のトーンにはこちらからの冗談や茶化しを許さない雰囲気があった。
カイがマジでやれ、という時は本気でそうするべきだと思っている時だ。
この男は手抜きを嫌う。やるならやるで徹底している。
「お前が三島のクソ彼氏ぶん殴って自分の女を取り戻した時、俺もその場にいたんだけどさ。あの時のお前はマジでやってんだなって思ったし、おもしれーって思った。けど今のお前はぜんぜんマジじゃねえしつまんねえんだよ」
「いや、何? ここでする感じの話?」
「ここでする話。いい機会だから賭けろよ」
何なんだこいつは。
いったい何がきっかけになったのか、カイは急に妙なやる気を出して挑戦的に俺を睨みつけてきた。
そうして、とんでもないことを口にする。
「三島って男と長続きしたことないよな。四か月とか三か月くらいか? お前もその程度だから余裕でいられるところがあるんじゃねえの。『俺の方が付き合い長いしお互いに濃い時間過ごしてるから勝ってる』みたいな」
「言い掛かりやめろ。考えたこともねえって」
「一年だ」
「は?」
何の話だろう、と思った。
文脈から考えればすぐにわかるはずだった。
俺は無意識に避けたのだ。その結論に思い至ることを。
弱者の思考だ。
「俺はこれから三島狙いで行く。文句はないよな?」
「それは」
脳が想像することを拒絶していた。
多分、カイの指摘は正しい。どこかで俺はレナの付き合ってきた男たちを侮り、内心で下に見ていたように思う。最初の奴は顔と運動神経は良かったが中身が終わっていたし、阿部くんは人間性は素晴らしかったが美形というわけではなく、俺でも張り合える部分があったからだ。それ以降も似たようなものだ。
だが、カイは。
こいつに本気で勝てると思える部分を、俺は一切持っていない。
俺の焦りを見透かしたように、カイが言葉を連ねていく。
「最低でも一年間。俺が三島と付き合えたら、お前は一度、あいつと本気で距離を置け。家が隣で離れられないってんなら家を出ろ」
「はぁ?」
「何も一生縁切れとかじゃないからな。自分のやりたいことを集中してやってみろって話だよ。人生縛られ過ぎなんだよお前。大学もなあなあで同じとこ選ぶんじゃなくて、お前が目指せる中でやりたいことができるもっと上を狙っていけよ」
「なんでお前にそんなこと」
「お前が駄目になりそうだから。もう既に腐りつつあるだろ」
「余計なお世話だし動機が不純すぎるだろ。せめてレナが好きとかないのかよ」
かっとなって言い返そうとするが、威圧的な存在感に二の足を踏む。
たとえ殴りかかったとして、この分厚い筋肉に歯が立つか?
身長に圧倒的な格差がある。カイと並べば俺は170cm程度のチビでしかない。
この時点で俺は既に負けていた。
それでも、譲れない部分はある。
「動機が不純? 俺は純粋な気持ちだけどな。まあ顔はあんまだけど身体は最高だろうし、付き合ってりゃ本気になれんじゃねえの」
「ふざけんな殴るぞ。目ぇ腐ってんのかちゃんと可愛いだろ」
「怒るポイントそこかよ。盲目っつーかえくぼっつーか」
呆れたように舐めたことを口にするカイに本気で殺意が湧く。
レナのことを何もわかっていないくせに、という筋違いな感情を必死に抑制しながら、理性を総動員しながらかろうじて負け犬の台詞を捻り出した。
「お前がレナと何しようが自由だけど、いい加減な考えであいつを傷つけるような付き合い方するなら止めるからな」
「どの立ち位置なんだよお前は。もう慣れたけど。俺はこれでもマジだからな。本気ってのはまず始めてから追い付かせるんだよ。俺は三島に対していいところなんてあんま見つけられてねえけど、一年以上は続かせるって決めて付き合うからにはいくらでも見つけてやるし、なけりゃ作らせる」
もはや理解の外にある発言と価値観だった。
カイとは決定的に生き方のスタンスが異なる。
わかっていたはずなのに、目の前にあるこれはあまりにも大きい。
「つく、らせるって何だよ。無理強いとかやめろよ」
「ちげえって。二人でいれば影響し合うだろ。俺は三島に合わせて趣味とか新しく作るし、あっちにも俺がやってることを教えて共有するだけだ。多少の強引さはあるかもしれないけどな、それって親しく人付き合いしてたら普通にあるだろ」
強い口調とは裏腹に、内容はひどくまっとうな交際観だった。
別に男女に限らない。カイの対人関係における基本姿勢なのだろう。
こいつは俺や外村や内村相手でもこうだ。それぞれと趣味を共有しようとするし、やたらとストイックでヘルシーな食品を分け合って食べようとしたりする。
「譲ったり尽くしたりって発想しかないお前と、甘えてばっかの三島、はっきり言って相性悪いからな。いい機会だからお前らが間違ってるってことを教えてやる」
実感する。こいつはこいつでどこかずれている。
カイはおかしい。
俺に宣戦布告しているにも関わらず、俺に対する悪意や敵意を感じない。
レナの最初の彼氏が俺に向けていた強烈な敵愾心や侮蔑、阿部くんの申し訳なさそうな罪悪感混じりの表情、その他の反発や嫉妬。
そのいずれでもない、カイだけの激情。
「嫌なら俺をぶん殴って取り戻してみせろよ。一回やったんだからできるだろ」
まるで、それを期待するかのようだった。
そのとき急に、自分が小さいと思えた。
カイが主役なら俺は脇役。
光はきっと、常にこういう男を照らすのだろう。
レナはカイの告白を受けるだろうか。
考えるまでもない。二人は近いうちに付き合う。
基本的にレナはよほどのことがない限りまず付き合ってみるというスタンスだし、カイはあいつの好みに合致している。美形で高身長、頭もいいし気配りもできる。
そして、たぶんレナが何度も愚痴っていたり別れる理由にしていた要因がカイには全くない。うぬぼれでなければ、レナは何度もその事を気にしていた。
『もうさいあく! またレイくんと会うなって言うんだよあいつ』
『もう別れたよ。だってデート中ずっとレイくんのこと馬鹿にするんだもん』
『なんか、ダメだった。たっくんとは上手くいくと思ったのに。レイくんと一緒に遊びに行ったりとか、やっぱりつらいって』
レナはきっと、カイを気に入る。
自分に絶対の自信を持っているカイは俺の存在を恐れない。
カイは俺を侮ったりはしないし、悪意や敵意を抱いてもいない。
そして多分、俺との友達付き合いも含めて人間関係の調整もできるだろう。
二人の関係は、長続きするだろうという予感があった。
「で、俺が負けたらお前は三島にキスしろ」
「いや何いってんのお前」
だというのに、本当にこいつは何を考えているのかわからない。
勝ちを確信して、ほぼ勝てることを自分でもわかっているはずだ。
なのにこいつは、俺に何を期待しているというのだろう。
「付き合わないってのはわかった。ヤりたくもないって話も前にしたっけか。じゃあもうそれでいいから気持ちだけでもはっきりさせろ。なんかめんどくさそうな事情とか隠してるのか知らんけど、うだうだ鬱陶しいんだよな。せめて幸せなキスをして青春時代をいい感じに締めくくれ。思い出作りでいいからさ」
「はぁ。もういいよこの話。それでいいから好きにしろ」
理解不能のこだわりには付き合いきれない。
こいつは俺とレナをどうしたいんだ。
海に遊びに来てまでこんな話をするなんてどうかしている。
放置して歩き出すと、すぐに追いついてくる気配。
「レイ」
「何だよ」
まだ逃げている気がする。
追いかけるカイの表情はわからない。
笑っているのかもしれなかった。
「一年後、もし俺が勝っても。その気があるなら別に再戦してやってもいいからな」
「上から目線でうぜえんだよ。言われなくても好きにする。ちゃんとした付き合いなら祝ってやるし、お前がレナに許せない真似してたら」
いい加減、一周まわって腹が立ってきた。
この自信満々のナルシストに一撃くれてやったら、さぞ気持ちいいだろうという気がした。俺はきっと、いつか必ずそうしなければならない。
そうでなければ、俺はレナの隣に立つ資格を失うからだ。
だから宣言する。はったりではなく、本気の決意を込めて。
「思い切りぶん殴って、今度は退学してやるよ。中卒になる覚悟でな」




