2.幼馴染がよくわからない
「やっぱり『レナレイ』なんだよね! 本編描写は少なめなんだけど、レナの個別エピソードでの言及と回想シーンでの掘り下げで本編での別離シーンとかめっちゃエモくなる仕組みになってて、これが再プレイの時に効いてきて『次の周回では絶対もっとうまくやって生存ルートに向かうぞ』みたいなモチベーションに繋がるっていうか、全体的に『夢境』ってこういう構成が良くて」
重苦しいシリアスイベントから解放された途端、レナはいきなり凄い熱量でまくし立て始めた。レナ父の命令で当たり前のように引き離されたが、レナは軟禁された自室の窓からするりと抜け出して俺と合流していた。この二人にとっては『いつものこと』だ。少なくとも、同期した記憶ではそうなっている。
重なり合う『レイ』の自己認識に戸惑いがある。レナはどうなんだろうか。
令と礼奈。
レイとレナ。
偶然にも前世の俺たちと同名。
更に『幼馴染』という点まで一緒だ。
こんなキャラクターのカップリングにハマっているというのは客観的に見るとまあまあ恥ずかしい気がするのだが、この女は堂々と『推しカプ』であることを公言している。照れが全くないのでいっそ清々しい。俺はかなり恥ずかしい。
「めっちゃ早口で語るじゃん。落ち着けよ幼馴染オタク」
「はい幼馴染のオタクです! でも推しカプなりきりは楽しくない?」
「なりきりっていうか転生な。本人がこの世界で生きてきた記憶があるし。半分くらいは自己認識が『この世界の住人』なんだけど俺」
「それ私も~」
暢気すぎる反応に思わずこちらも気が抜ける。
もう少し慌てたりしてほしい。メンタル鋼か?
異様なテンションの幼馴染を半眼で見ながら、俺は小さく嘆息した。
『ゲームの中に揃って転生している』という状況が判明したあと、俺たちはひとまず村の中を移動していた。さほど大きくない村だが、奥まったところにある邸宅から中心部の広場までは少し歩く。
今後の行動方針について考えながら、どの村にも必ず存在している『雑貨屋』を目指す。あそこは同年代の若者たちのたまり場になっていて、この世界での友人たちに協力を仰ぐことができるはずだ。俺たち二人だけではまず間違いなく魔獣に喰い殺されて終わりになってしまう。
それはそれとして、なぜかレナは『これ回想シーンのデートコースじゃん! 原作再現! 手ぇ繋ご!』とはしゃいでいた。幼稚園以来の元気さで俺の手をぶんぶん振り回してご満悦だ。仕方なく付き合っているが、正直かなり緊張していた。小さな村とはいえちらほら人の目もある。仲のいい幼馴染という事実が知れ渡っているから、どことなく微笑ましい目で見られているような気がして余計に恥ずかしい。
横目で見慣れた幼馴染を観察する。浮かれた彼女の表情にはわずかな違和感がある。明るい金髪はライトブラウンの記憶と重なるし、毛先は外はねだったはず。垂れ目なのは同じだけれど、俺の知るレナは下がり眉でもう少し幼げな印象だった。言動が同じであるほど、ゲームの『レナ』との差異が際立つ。
(というか、こいつテンションおかしくね?)
中学生になってからはある程度の距離感を保っていたはずだし、高校生になった後はお互いに色々と『わきまえて』いたから学校の中ではあまり話しかけないようにしていた。それなのにこの距離感バグはどうしたことだろう。
やっぱり混乱や緊張があるのだろうか? あるいは不安が表出した結果かもしれない。安心させようとそっと手を握り返し、声のトーンを意識的に落とす。
「とりあえず落ち着け、目立つ。脱走バレるぞ」
「でもやっぱアガるよ! だって! 供給! 質感! 特大! 数少ないファンアートや二次創作小説漁るのも楽しいけど、フルボイスなりきりで憑依オリ主介入二次創作SSライブ体験は大興奮アトラクションだよ~、ほら彼氏ムーブしてみて。『レナは俺が守る!』からの無惨に死亡! 激エモ~!」
「圧うっざ。死亡してすぐに見知らぬ土地に放り出されてんだけど。まあまあやばい状況をこんなにポジティブに解釈できるの逆にすごいな」
というかこのドマイナーカップリング、レナ以外の愛好者が存在したのか。片方モブキャラなのに。きっと数人で回してる小さな界隈なんだろうな。
「むっ、いま推しカプを馬鹿にされた気がする! 支部にファンアートと二次創作小説が数件しかなくてたった数人による供給だけど頑張って仕上げたんだよ!」
「ひとりお前かよ。ほぼ自給自足じゃん」
こんな限界オタクみたいな言動をしているが、溜まり場か何かと勘違いされている俺の部屋から一歩外に出たらきちんと猫を被ってお利口にできるのがレナの長所だ。
『オタク趣味にも理解のあるおっとりした文学少女です』みたいな顔で過ごしているとそれなりに周囲のウケも良く、比較的おとなしめかつ真面目な友人たちにも恵まれ、ついでに陰、じゃなくて優等生寄りの男子からもかなりモテていた。
しっかりと擬態していてもわりとスムーズに誰とでも仲良くなれる器用さがあり、そのへんは俺には真似できない。
三島礼奈という幼馴染は、俺にとっては少し理解しがたい、多面性のある人物だった。人間は誰でもそうだと言われてしまえばそれまでだが。
幼馴染だから、付き合いが長いからといって相手を完全に理解できるわけではない。性格傾向も、趣味も、好みも、交友関係もどんどん変わっていく。
どちらかと言えば俺はゲームをけっこう遊ぶタイプで、レナは小説を中心としたフィクション全般を手広く愛好しているタイプ。レナにとっては物語を楽しむ媒体として小説の次に漫画、映画、ドラマ、ゲームという選択肢が広がっているのだろう。
俺たちが転生したこのゲーム世界、 『Dream Border』は、俺たちにとっても珍しく関心の度合いが合致したコンテンツということになる。二人してこんなにはまったゲームはあまり記憶にない。古いゲームのリメイクだが追加要素が多く、現代のゲームらしくオンライン要素や疑似ガチャゲー風のやり込みコンテンツなどがあり、遊ぼうと思えば何百時間でも遊べる大作である。
「レイくん、もしかしてあんまりワクワクしてない感じ? このゲーム、わりと楽しんでくれてたと思ったんだけどな。私がオススメしたから義理でやってた? モンハンとかフォトナの方が良かったのかな? 私は置いてけぼりにしちゃう?」
「いや普通にゲームとしては好きだけど。状況がそれどころじゃないだろ。あと合わなかったのは悪かったけどそのへんのタイトルいじるのやめとけよ」
「ふふ、レイくん、小学校からずっとフォトナやっててかわヨだね。友達はみんなエペに行っちゃって寂しいね」
「やめろその話マジでやめろ」
俺がやるようなFPSやアクションRPGをレナは好まないかわりに、レナがやるようなADVやノベルゲーム、シナリオ重視のRPGを俺はそんなにやらない。
このゲームは傾向としてはフリーシナリオ型のRPGで、どちらかと言えば俺がプレイしていることの方が珍しいタイプの作品だった。
ちなみに幼馴染のカップルが複数登場する。というか本来の主人公とヒロインが直球でそれだ。特定界隈では幼馴染ゲーとして名高いらしい。
「幼馴染カプはそれだけで尊いんだよ。ずっと近くにいて、お互いを深く理解しあったふたりの絆。空気感だけで健康になるよね~」
「最初は別のキャラ目当てだったのにな。毒舌眼鏡執事に」
「それは別腹。不意打ちでノーマーク幼馴染カプに刺された幸福な思い出に浸りたいの今は。ていうかそっちこそ我儘お嬢様にやられてたじゃん」
それはそう。こちらはこちらで王道幼馴染カップリングだったから、割と好きになるキャラの相性がいい傾向があるのかもしれない。
好みや見解の相違こそあるが、俺も幼馴染キャラは嫌いではない。
現実に幼馴染がいるせいで逆に入り込めなくなる時期もあったが、今はフィクションはフィクションという割り切りができるようになっていた。
一方のレナの方は昔も今も変わらずにフィクションの幼馴染が大好きで、言ってしまえば彼女は『幼馴染好き』だ。
それは多分、レナが幼馴染という概念に囚われているからなのだろう。
なにしろレナの両親からして幼稚園から一緒の幼馴染だ。
そのことを聞かされて育った彼女にとって、『幼馴染のカップル』というのは憧れの姿であり、幸福の象徴であり、自分に向けられた愛の証明でもある。
『レナね、大きくなったらママみたいなお嫁さんになるの!』
そんな無邪気な夢を、繰り返し聞かされたのを覚えている。
幸福な物語の実在を信じていた少女は、写真の中で着飾った純白の花嫁にキラキラしたまなざしを向けて憧れの中に浸っていたのだろう。
(もちろん、そんなものは幻想だ。ここは幼稚園じゃない)
女児が夢見る『幸せなお嫁さん』なんておままごとの産物だ。
現実は虚構とは違う。そのことを俺はよく知っている。
普通は時間経過と共に現実を知っていくもので、俺たちの辿った道は概ね同じだったはずなのだが、こうまで差が出るのはやはり個性というものだろう。
レナについての最も古い記憶はいまいち不明瞭だ。
確か幼稚園くらいの時に一緒に積み木でお城を作っていたような気もするし、ピカピカにした泥団子をプレゼントしていたような気もするし、嫌がるレナを引きずりながら枝でつついた芋虫から本当に角が出るかを確かめていたような気もする。
実際の初対面は生まれたてのレナと生後六か月の俺が親に引き合わされて、という状況だったらしい。家族ぐるみのお付き合い。家はマンションの隣室で、親たちは全員学生時代からの友人関係。これほど双方の親同士が親しければ、自然と子供たちは兄妹同然に育てられていくことになる。
ママ、パパ、レナの順番で誰かに呼びかけることが出来るようになったという話を聞かされるたびに恥ずかしい思いをしてきた俺だが、一方のあいつはと言えば両親の次はアンパンマン、その次は教育番組や動画で見たキャラクターの名前がずらりと続き、俺の名前を呼べるようになったのはだいぶ後だとか。
「不公平だ」
「何が~?」
「こんな状況なのに余裕すぎないかお前。俺ばっか必死になって馬鹿みたいじゃん」
「そお? 私は『レイくん一緒なんだ~』とか『推しカプ転生とかウケる~』とか考えてたら楽しいことばっかりだよ」
頭がお花畑なのか? という思考を読まれたのか、レナは笑顔のまま片手を頭の上あたりでぱっと開いてみせた。こいつはたまに読心術を使う。
『レナ』はイラストレーターのキャラデザインや3Dモデルだと可愛らしくも凛々しい女騎士といった風貌だが、中身のせいかどうにも気が抜けた雰囲気が強い。元からおっとりしたタイプではあるのだが、今日はいつにもまして表情が『ゆるゆる』だ。他人の寝台を占拠して漫画を読んでる時くらいリラックスしている。
「そもそも状況がわけわからん。二人揃って転生、ってあんまり聞いたことないし。クラス丸ごととかはあるんだっけ? それは転移か?」
どうにも記憶が曖昧な気がする。あらゆる魂が流転し、万人が転生者であるこの世界では、前世の記憶をどの程度まで取り戻すかは人によってまちまちだ。
鳥だった頃の記憶を断片的に保持している者もいれば、魚として回遊していた時間を細かく思い出せる者もいる。ネームドキャラの中には序盤は前世を思い出せないが、後半で思い出すことで印象がガラッと変わるようなタイプもいた。
「異世界転生者の二枚抜きはたまにあったよ。私は『募兵』十連でアレキサンダー大王とナイチンゲール連続で引いたことある」
「チート使った?」
「使ってません~リアルラックです~」
俺の記憶はいわゆる長い明晰夢のようなものだが、長すぎて細部までは思い出しきれていない。忘れている記憶もあるだろうし、特に死の直前がふわっとしている。
二人でトラックにでも轢かれたんだっけ?
明らかに重要なことを忘れているが、レナの記憶も似たようなものらしいので真相は不明のままだ。ひとまず保留するしかないが、魚の小骨が喉に引っかかったような違和感が拭えず、もやもやとする。
「男女の双子が生まれるのは結ばれなかった恋人同士が心中した生まれ変わり、みたいな言い伝えがあるらしいよ?」
「俺たちは双子じゃないし『レイレナ』は悲恋カップルだから逆だろ」
「逆か~、あ、その表記も逆だね。『レナレイ』だから」
謎に細かい。それはそれとして、やはり本をよく読むので知識量などはレナの方がずっと上だ。何か役に立ちそうなことを知っていればいいのだが。
「レナってこういうの詳しい方だよな? 転生モノの小説とかどんなの読む?」
俺も多少は嗜むが、小説をはじめとした物語に詳しいのは断然レナの方だ。
そもそもこのゲームをやり始めたのもレナが先で、理由が『好きな小説家がシナリオライターをやっているから』というものだった。
「ん~、『本好き』好き」
「ずきすき?」
「ずきすき~」
よくわからないことを言いつつ満面の笑顔。このやりとり毎回やってるけど顔が変わってもマジで可愛い。いやそういうんじゃなくて客観的な評価として。
「あと乙女ゲームの悪役令嬢になっちゃった系は幾つか読んだよ。ゲームかわかんないけど『ルプなな』は強くてニューゲームって感じ? この世界もフィーリングでわかると思う。たぶんね」
「あ~そういや俺『本好き』読んでねえわ。いつか読むって思ってブクマ放置状態」
「は~? 人生の十割損してるからはやく読んでって言ったじゃん! なにしてんのレイくんのバカ! 機会損失マン!」
こいつにしてはかなり強めの語調。ガチで咎められていた。
どうやら俺は人生丸損したまま死んだらしい。
そういうこともあるよね、という感想しかないが、そこまで言われるとやや後悔の念が湧き上がってくる。
「ボリュームがあるから気軽に手を出しづらいんだよな。それはそれとして、俺もそんな詳しくない。ほぼお前の影響、あとは文芸部の紹介記事から入ったやつだし」
それでも基礎知識程度はあるし、読んだことのない作品の概要だけ大雑把に知っていたりするのでこの状況もかろうじて受け止めることができた。アプリで読める漫画とかでよく見るし。アニメでも毎クールこんな感じのがやってる気がする。
「てかさ、サブスク系の担当だけど、俺がゲームと漫画の定期購読とアニメや映画の配信サービス担当、小説はそっち担当ってことになってるじゃん? これってよく考えると不平等じゃね?」
「レイくんこまかい。『レイ』は『レナ』にそゆこと言わない。もっと優しくして」
頬を膨らませて空いている手でぺしぺしと肩を叩いてくる。
不満を表明しつつも機嫌は良さそうだ。本気で怒ると脇腹を狙い始めるからな。
現実離れしたシチュエーションなのに、隣にいるフィクションのキャラクターの言動だけが馴染み深くて奇妙に感じてしまう。
まるで、この異世界が現実と地続きであるかのような錯覚。
昨日のことを思い出すように、共通の話題を引っ張り出す。
「文芸部の阿部くんがいたら楽しそうにこういうシチュエーションでの正解を解説してくれそうなんだけどな。文化祭で出してた部誌にも書いてなかった? 異世界に行ってめちゃめちゃルールの穴とか突く悪めの主人公の話」
「興味ない。もう連絡とってないし。え、何でいまその話するの?」
何気なく共通の知り合いに言及した途端、レナの表情がたちまち曇った。
唇を引き結んでこちらを睨む顔はあからさまに不快感を表明していた。
「いや別に、詳しそうな人のこと思い出しただけ」
「じゃあもうやめて。いない人の話とか意味ない」
一瞬で機嫌が急降下してしまった。目当てのブランコが占拠されていた時のように苛立ちをあらわにしたレナは、繋いでいた手を振りほどいて先に進んでしまった。
おかしいな。レナの二番目の彼氏だった阿部くんとはそんなに険悪な関係には至らず円満に別れていたと記憶しているのだが。俺もレナも廊下で会えば普通に挨拶するし、何なら友達に戻って話せていたはずなのに。
もしかしてそう考えていたのは俺だけだったのか?
幼馴染の人間関係がよくわからない。
「あー、えっと、なんかごめん。とりあえず今後の話をしよう」
「ん」
むくれていたレナがしぶしぶ戻ってきて再び手を握ってきた。なんだその動き。びっくりするだろ。というかこいつ、幼稚園とか小学生時代くらいに精神年齢が退行してないか? 俺との距離感があの頃に戻っている気がする。
「あのね、『レナ』と『レイ』の話だから」
「え?」
「だから、二人は同じ村でずっと一緒で、その、お互いだけでしょ? だから、転生して同じキャラになってるんだから、私たちもそうなの。ちゃんと設定守って。前世のこととか、言わないで」
じっとこちらを見つめる視線には、焦燥とも怯えともつかない切迫した感情が宿っているように思えた。恐がっているのだろうか。何に? どうして?
俺の疑問を余所に、切実な嘆願が続く。
「『レナ』にとって、『レイ』は初恋の相手で、大事な初カレなんだから」
「なる、ほど?」
どうやら、わかるようでわからないこだわりが彼女の中にはあるらしい。
これはフィクションの話でしかない。
だが、レナはフィクションをこの上なく愛し、こだわり抜いている。
それが『推しカプ』の話ならなおさらだ。
いずれにせよこの世界では例のサッカー部の先輩のことには言及しない方が良さそうだった。別に言及したいような相手でもないが。阿部くんもそうだが、付き合いの長さで言えばカイとかが危ない。俺とも一緒に遊びに行ったりしてたからな。
「え、てか恋人設定そのままで通すの? ずっと?」
「当たり前じゃん! だって私たち、転生できたんだよ? ちゃんと『レナ』と『レイ』のロールプレイして!」
さすがに困惑よりも疑念の方が上回った。
『それは幾らなんでもおかしい』と指摘すべきだろうか。
口を開き、拒絶の言葉を口にしようとして、ためらいが呼気を止める。
自分でも理由が言語化できない。なぜ拒絶しようとしたのかも、それを取りやめたのかも、自分自身のことすらよくわからなかった。
レナのまなざしは、『推しカプ』を語る時のような感情に満ちている。
はっきりと言うべきだろうか、熱に浮かされた彼女に。
『それはルール違反だ』と。




