19.二次創作をします
ニックと別れてすぐ、広場の隅でめそめそと泣いている少女が視界に入った。
どうしたのかと声を掛けると、好きだった男が別の女と恋仲になっているのを目撃してしまったらしい。失恋の痛みを抱えて独りでつらい思いをしている姿がなぜか胸を打ち、なんとなく話を聞いて慰める流れになってしまった。
「レイお兄さんは優しいですね。強くてみんなから慕われてて、素敵な彼女もいるし、うらやましいなあ。わたしなんて、こんなにつまんないし、好きな男の子にはぜんぜん相手にされないし」
「そんなことないよ。タイミングが悪かっただけだって」
「でも、私って子供っぽいし、魅力がないんだよ」
まあグラフィックが若い女性に使われるタイプじゃなくておさげの小さな女の子だしなあ。アネットの友達らしいが、小柄な彼女より更に幼く見える。
とはいえ、こういうのは個人差があるし、コンプレックスにし過ぎるのも良くない。克己心に繋がらない卑下はただの自傷行為だ。
「大丈夫。君はちゃんと自分だけの魅力を持ってるよ。それより、泣いてばっかりだと綺麗な顔が台無しになっちゃうよ? せっかくだから、今は美味しいものでも食べて全部忘れた方がいい。あっちから分けてもらってくるね」
年下の子供をあやすような気持ちで接していると、次第に女の子も落ち着いてきた。そのかわり何やらじりじりと距離を縮めてきているような気がする。
しまった、と思う間もなく相手が上目遣いでこちらの袖を引いた。
「あの私、ほんとは前にちょっとだけレイお兄さんのこと気になってて、いえその、憧れみたいな感じだったんですけど」
さすがニックだ。村におけるレイの評価は妥当なものだった。
本当にモテるんだなこの男。村一番の固有グラ持ち美女の彼氏だから当然か。
お前はやればできる男だと俺も思っていた。前世として鼻が高いよ。
なんかよくわからないポジションから胸中で腕組み魂をしていたところ、凄い勢いで何かが接近してくる。犬並みのスピードだった。
「わー! 何やってるのアン! そのクズと関わってもろくなことないよ! ていうかヤバ女が来るからすぐ逃げよう! 刺されちゃう!」
「え、急になにアネットちゃ、えええ?!」
どこからともなく飛んできたアネットが電撃的に登場。俺にしな垂れかかっていた少女の手を引っ張ってどこかに走り去ってしまった。
残された俺は、いつの間にか背後に現れていた気配にようやく気付く。
振り返ると、そこにはにっこりと笑うレナの姿。
あ、これ死ぬ流れ?
「レ~イく~ん。楽しんでる~?」
意外にも朗らかな口調。
頬が少し赤らんでおり、片手には木樽ジョッキ。
中にはなみなみと注がれた赤い液体が見える。
「お前、ちょっと待て、くさっ」
「え~ひどい~」
「ひどいのはお前だ。やめろっつったろ。ほら水飲め水」
「のむ~」
現れた瞬間はまた刺される予感がしたが、杞憂に終わった。
思いのほか上機嫌だし、このままセンシスに見つからないようにどこかに移動できればいいなと思い、誘おうとした俺の足が止まる。
レナのブーツが思い切り俺の足を踏みつけていた。
「あの、痛いんだけど」
「モテるね~レイくんって。おっかしいな~? レイはレナに一途で浮気とかしないんだけどなあ~? もしかして、流山令が自我を出しちゃってる感じ? 転生したからって羽目を外しちゃってるのかな、ヤリチンのレイくんは」
半眼になってぐちぐちとしつこく責め立てるレナは、なぜかいわれのない誹謗中傷を口にし始めた。本気で心外だ。
「誰だよそいつ、ヤってねえよ。誰とも付き合ってないって言ったろ」
「どうせ嘘でしょ。それとも付き合ってない人とそういうことしちゃう人なのかな。あーあ、がっかり。レイくんがチャラ男になっちゃった。私、レイくんをそんなふうに育てた覚えはありませーん」
「育てられてねーよ。ホントに嘘じゃないし」
「ほんとにほんと?」
「しつこいって」
何なんだこいつは。執拗に確認してくるのをやめろ。俺にとってもけっこうセンシティブな話題なんだぞ。屈辱と恥辱に塗れながら正直に答え続けるが、レナは微妙に納得していない様子だ。どうすればいいんだよこれ。
「でもさ、前に嘘ついたよね」
「だから本当に」
「相川さんと篠田さんはみんなで遊びに行っただけって話だったけど、まめに連絡したり夜に通話したりとかしてたんでしょ? 『お礼』とか『お詫び』とかそういう手を使ってさ。あの二人以外にも色々試してたよね、なんか失敗も多かったぽいけど」
おっと。
いや違うんだよ。嘘じゃなくて普通に空回って盛大に無駄な時間を過ごしただけのことをわざわざレナに説明するのが恥ずかしいから言わなかっただけなんだ。
把握されていたので無駄な見栄だった。穴掘りたい。
「鈴木先輩だって、私がまた仲直りしよって言った途端に好き好き言い始めたよね。たっくん、じゃなくて阿部くんから引き離そうとなんか裏でやってたじゃん。『先輩と付き合いたいから協力して』って言ってたけど、露骨に私と阿部くんを二人にしようとしてなかった? レイくんって昔からすぐ私のこと邪魔者扱いするよね」
「いや、あのさ。多分きっと誤解があって」
「で、アヤっちとなんともないは100パー嘘じゃん」
今度の追求は目が据わっていた。
というより、本気で問い詰めたかったのはこの件だけなのだろう。
真壁綾はどちらかと言えばレナにとっての親しい友人だ。
俺にとってのカイ、要するにクラスでいつもつるんでる三人とか四人グループのひとり、というポジションの相手。
確かに接点はあった。めんどくさい関わり合いもした。だからといって男女間の関係性を全て恋愛に結び付けるのは過剰な妄想だ。
「嘘じゃない。勉強仲間だよ。受験勉強ばっかだしそんな余裕ないって」
「何の勉強してたの?! 保健体育で受かる大学とかないでしょ!」
「アホな妄想やめろ」
どうしてこの女は頭の中でピンクな妄想を展開したがるのだろう。
そもそもそんなモテないし、必死に頑張っても相手にされてない。レナの頭の中に存在する架空の俺と実際の俺は全くの別人としか思えなかった。
「でも二年の秋ごろからずっと仲良かったじゃん! あれで何もないはおかしくない? 付き合ってない状態であんなに距離が近いのは変だよ! 隠れて付き合ってたんだよね? それか付き合わないでそういうことしてたの?」
駄目だこいつ、何を言っても聞きやしねえ。
悪い酔い方をしているのか、目に涙まで浮かべて血が出そうなほどきつく唇を噛んでいる。本気の苛立ちを感じる。どういう感情なのか、ちょっと想像できない。
俺に隠し事をされたり嘘を吐かれていると思って悔しがってる?
「お前が、なんで俺を責めるんだよ」
うんざりして、思わず口から漏れ出た言葉。
撤回はもうできない。
今は出来る限り本心だけを口にしたい。
嘘じゃない。それは正しくないし、俺は正しいことをしているはずだ。
俺は誠実でありたいし、そう振る舞いたいからずっと努力してきたつもりだ。
自分の中にある捻じれには気付いていたが、終わりにしないためにも俺は自分の正しさを疑わないようにしていた。
思えば、愚かな執着だ。
「お前が何度も念押ししてきたんだろ。だから俺も彼女作らないとって」
「え?」
これは幼稚園児の願望に過ぎない。
『大人になったら、ふたりで結婚しよう』なんて口約束、普通は忘れるものだ。
不幸なことに、俺たちはどちらも忘れなかった。
俺とレナ、それぞれが結婚すれば一緒にいられる。
それは『悪いこと』でも『正しくないこと』でもないからだ。
そんな論理破綻した妄想が成立しないことくらい、とっくに理解していたくせに。
「あのさ、レイくん」
「何だよ」
レナの顔を見ていられなくて目を背ける。
手に強い感触。痛みを感じるほど強く握りしめられた。
引っ張られる。間近にレナの顔があった。そのまま無造作に俺の腕を引き続けて、何も言わずにぐんぐんとどこかに向かおうとする。広場の熱とか祭りの活気とかに背を向けていったいどこに行こうというのか。困惑して問い掛けるが返事はない。
答えはすぐに判明した。
「おい、ここ、俺の家なんだが」
「うん。入るね」
家主の返事も待たずに勝手に侵入される。
孤児院を出て自警団に入ると同時に譲ってもらった空き家だが、しょせんは独身男の住まいなので大した造りではない。グレードとしては体感で手狭なボロアパートくらいのものだ。レナは薄暗い部屋にはいってすぐに奥にある寝台まで突き進み、シーツの状態と綺麗に畳んである毛布を確認して「よし」と言った。
「何がよしなんだ?」
「あの、レイくん。大事な、お話があります。心して聞くように」
どうしてなのか、言っているレナの態度が妙に固い。
待っていると、そのまま時間が経過する。
静寂が狭い空間に満ちる。
遠くから、人々が飲んで騒いで歌う声が聞こえた。
「何か言えよ」
「あの、あのねっ。にっ」
「に?」
言おうとしては停止し、顔を赤くしては口をぱくぱく開閉させるということを繰り返していたレナは、急にがばっと両手で顔を隠して座り込んだ。
それからなにやら小さい声で呟き続ける。
「これはレナレイこれはレナレイこれはレナレイ」
なんだこいつ。
こいつがいつもレナレイばっか言ってるのはいつも通りだが、今日はいつにもまして様子がおかしい。ぶっ飛んでいるので平常運転かもしれないが、目的が理解できなくて余計に不気味なんだよな。なにがスイッチになったのかもわかんないし。
しばらく様子を見ていると、急に立ち上がってびしりとこちらを指さしてきた。
不敵な笑みをややぎこちなく浮かべつつ、謎の宣言を繰り出す。
「これから私たちは、二次創作をします」
なんて?




