18.親友のことを思い出す
痴情のもつれごっこも終わったことだし、そろそろ次の舞台の準備をする時間だ。
俺もレナも役に入り込み過ぎていたし、この辺でクールダウンして目的を見据えた方がいい。刺すほど仕上がってたのはかなり面白かったけど。
「レイくん、レイくんっ! 生きてて良かったよぉ」
教会で一命を取り留めたあと、レナは号泣しながら縋りついてきた。
自分が刺した当人であるという自覚があるのかないのか、レベルアップボーナスで司祭の回復系スキルを習得して手早く俺の腕の骨折と腹の刺し傷を完治させてしまった。教会の司祭でも完全には直しきれない負傷を後遺症もなく元通りにできるのは、さすがに高レアキャラといったところだ。
とにかく、これで体調は万全に整った。
決戦と定めた日まで、もうあまり時間がない。
訓練も大詰め。共に戦う仲間たちの仕上がりをチェックしていく必要がある。
アネットは諸事情というか不測の事態があったため、ちょっと横に置いておこう。
俺の関心が次に向いたのは、仲間のニックたちである。
「もういちど確認するけど、山のヌシとの戦いはかなり危険だ。みんな覚悟してるって言ってたけど、もし残りたいならそれでもかまわないからな」
俺たちは昼の休憩時間に訓練場に集合し、仲間内で食事をしながら話し合っていた。内容は間近に迫った戦いについてだ。
俺の言葉に反応したのは、長い付き合いの友人たち。
山賊顔で半裸の巨漢ニック、眼鏡の学者肌カマス、村に数十人は同じ顔がいるムーダの三人とレイは気心の知れた仲であり、死ぬときは一緒だと約束した間柄だ。
実際、原作では一緒に死ぬわけだが。
「水臭いこと言うなよ、レイ」
「そうですよ。それにこの頃の魔獣の襲撃頻度は異常です。老人たちは慎重派ばかりですし、我々が事態の解決に動かなくては」
「大元のヌシを倒して英雄になりゃあ、次の自警団長はお前で確定だ。なんなら功績を称えられて一代騎士ってこともあり得る。そしたらお嬢とだって上手く行くさ」
俺とほぼ同年代の若い自警団員は六人いる。
このあいだ雑貨店で顔を合わせたニック、カマス、ムーダ、ヨハン、ハンス、アネットだ。ちなみに自動生成キャラの名前はよく被るので、魔獣襲撃や釣りの時に出会った老人のハンスさんとは関係ない。なんならこの村にはあと二人ほどハンスさんがいる。ヨハンとアネットも似たようなもので、まあよくある名前だ。
このうちいま発言した三人と『レイ』の信頼関係は非常に強固で、初期状態でも信頼度80以上の親友と呼べる関係性だ。頼りにさせてもらおうと思う。
アネットを含む残りの自動生成NPC三人組は俺たちより少し年下らしく、この世界では立派に成人年齢に達しているものの、まだ中学生っぽい雰囲気が抜けきらない。顔はムーダと一緒の二人だが、訓練中の立ち回りや話し方でなんとなく年下という感じがするから不思議なものだ。
「みんな、ありがとう。狩人のローレンさんの証言と、レナが家の書庫で見つけた資料から山のヌシについての情報はかなり出揃ってる。入念に準備をしていけば必ず勝てるはずだ。訓練も大詰めだ、気合を入れていこう!」
おう、と声を揃える仲間たちの士気は高い。
原作ゲームとの最大の相違点はここだ。アネットがそうであったように、彼らは確かな意思を持った個人であり、成長の余地が大いにある。
更にレベリングのための準備期間がたっぷりとあったから、皆の育成もかなり順調に進んだ。ゲーム知識を元にした効率的な育成効率は自警団の年配組が驚くほどで、今では俺を含めた全員が大人と対等に渡り合い、場合によっては勝ち越せるようになりつつあった。
「おいレイ、ここんとこずいぶんと気合入ってるじゃねえか。次期団長とか言われて調子乗ってねえだろうな。久々にしごいてやる、来い」
などと先輩の自警団員に囲まれて全員返り討ちにできる程度のレベルには既に到達している。元からレイは村でもかなりの腕利きという設定なので、しっかりレベル上げをした状態ならそのへんのモブよりは強くなるのは当然だった。
「ちっ、このへんで勘弁しといてやる。俺はお前と違って忙しいんでな。また可愛がってやるよ」
まあまあ厳しい捨て台詞を言われてしまったが、実際のところ訓練に充てられる時間がレイと彼らでは全く違っているのは事実だ。
この世界において、村の自警団というのはいわゆる青年団や青年会に相当する組織であり、消防団としての機能も有している。
特殊な事情がなければ若い男の大半が属することになっており、女子も希望する者は補助団員になることができた。ちなみにアネットは優秀さゆえに例外的に狩人見習いをしながら自警団の正団員としても認められているらしい。
団の構成員は仕事場で見習いとして働きつつも、時には戦闘訓練や村の周辺をパトロールし、魔獣や山賊の脅威が迫っていないかどうかを警戒する。
共同体にとって外敵はそれだけ危険な存在だからだ。
農夫をはじめとして、大工、杣人、職人、狩人といった職業の経験を積みながら戦闘訓練も行うというかなりハードな日常を送っているわけだが、それとは別に自警団としての活動に専念するコアメンバーが数名ほど存在していた。
団長と副団長、そして彼らに師事する数名の若手がそうだ。
俺ことレイは専従の自警団員であり、前世でたとえると消防団員と警察官と警備員あたりに該当したりしなかったり、という感じの仕事をこなしている感じだ。
有事の際には早朝だろうが深夜だろうが飛び起きて対応に向かうため、言われているほど暇ではないのだが、労働者をやりつつ自警団活動もこなす先輩方の中には俺を『きちんとした仕事をしたこともない半人前』と見なす者もいるわけだ。
「おいレイ、東区から麓あたりまでの街道沿いでハウンド級が出現したらしい。狩人衆の鷹から知らせがあった。すぐに動ける若手組と対応に向かえ」
こうして団長のヴィジーから分隊を率いての戦いを任せられることも多くなってきている。俺に指揮経験を積ませようとしてくれているのだろう。
期待されていることは喜ぶべきなのだろうが、こういう扱いが『本来のレイ』を増長させて無謀な行動に走らせたのかもしれないと思うと少し複雑だ。
今日は既に三回、訓練中に出動があり魔獣との戦闘を繰り返している。
これまでにない頻度だった。近頃増えてはいたが、一日に何度も戦うのは明らかに常軌を逸している。誰の目にも危機の到来が明らかだった。
「なあアネット、もしかしてヨハンとハンス、疲れてるか?」
「うん。けっこう無理してそう。じつはわたしもちょっときつい」
年下組の消耗度合いも考えなければならない。しっかり休養をとれば回復はするはずだが、決戦に向けて不安材料は残したくない。
レナが作った軽食を差し入れて後輩たちをねぎらうが、体力自慢のニックや異様なほど優秀なアネットに比べると連戦が堪えているのがわかった。
「本番の前に何かしてやりたいが、どうしたものかな」
仕留めた魔獣に手際よく鉈を振るって血抜きして手足を縛っていくアネットを見ながら呟く。今回の魔獣は肉の脂身が美味なので、帰ったらレナに調理してもらおう。なんかあいつ、凄い勢いで料理スキルを鍛えてるし。
そこでふとぴんと来る。
料理。その手があった。
魔獣が出現した場合、自警団は幾つかの組に分かれ、狩人が哨戒にあたりつつ先導し、可能なら追い込んで包囲して討伐する。
倒した魔獣は狩りの獲物でもあるから、狩人が簡単に血抜きなどの処理を行った後、村に戻ってから魔獣処理の専門家である料理人が毒を取り除きながら捌いていき、使える部位を分配していくことになる。
魔獣の大量出現により、村は恐れや不安に包まれるだけではなくちょっとしたお祭りのような空気に包まれていた。現金な話だが、狩りの獲物が次々にやってくるようなものだからだ。
豊作の年のように浮足立つ人々。着実に近づいてくる不穏な空気を忘れようとするかのように、連日のように料理人が美味な魔獣料理を振る舞ってお祭り騒ぎ。
「じゃあ実際にお祭りをやればいいんじゃないか? イベントを自主的に発生させることで仲間の信頼度も上げられる。ニックたちも100まで上げたいんだよな」
「おっけ~。センシスパパにおねだりしてみるね~」
俺が提案したところ、レナは緩い感じで承諾してくれた。魔獣の料理中に話しかけたせいで、包丁を持ちながらの返事だったのが軽い恐怖体験だったが。
娘に甘い父親はあっさりと提案を承諾した。もちろん俺のアイデアだと知ったら即座に却下されていただろうが、いちおう俺はレナとは接触禁止という建前を守っていることになっている。レナもそこは抜かりないだろう。
ただ、話を聞いてみるとセンシスも単に娘に甘いだけではないようだ。
魔獣騒ぎで村人の心は大いに乱れている。
若者たちの熱はとりわけ激しい。
連日の戦闘、迫る死の気配、闘争の興奮、そして勝利の報酬。
こうした状況の中で、血気盛んな自警団は半ば血に酔うかのような空気に支配されていった。俺を囲んで叩こうとするような力自慢たちがそのへんで荒れているのはかなりよろしくない状況だ。自警団というのは若者のエネルギーを制御するための枷という側面もある。上手にガス抜きしてコントロールする必要があった。
「爆発しそうだからプチ祭りが必要なんだってさ。ま、焚火を囲んでい酒とお肉を振る舞うだけなんだけどね。壮行会と思えば悪くなさそうだし、疑似的にレナレイのお祭りデートイベントを体験できるからおっけ~!」
「レナはそう言うと思った。つーか別の町でもお祭りイベントけっこうあったよな。水路をゴンドラでとか、仮面付けてとか、生贄を囲んでキャンプファイヤーとか」
最後は何か違うな。死者王崇拝者のコミュニティに潜入するイベントだ。
いずれにせよ、祭りっぽいイベントは決して無駄ではない。
遊んでいるようにも見えるかもしれないが、遊戯的には正解だ。
そんなこんなで準備もそこそこに、村の中心にある広場で宴が繰り広げられることになった。レナは主催側として準備に駆り出され、ひたすら料理を作っては振る舞っている。忙しそうだがスキルの熟練度が急上昇しているため満足げだ。
俺もしばらく酒を運んだり酔った連中の喧嘩を止めたり、後輩たちが楽しめているかを確認しにいったりと動き回っていたが、落ち着いたので一息ついてレナを探すことにした。ふと、遠い記憶が胸にある何かを刺激した。
夏祭り。花火大会。学園祭。
広場で踊ったり語らったりしている村人の姿を見て思い出が蘇る。
思い返すと、そのほとんどがレナと並んで歩いた記憶だ。
さすがに高校に入ってあいつに彼氏ができてからはそういうのは遠慮していたが、いや違うな、けっこう行ってたわ。さすがに二人きりで行くことはしなかったが、何かと理由をつけて誘われていた気がする。俺は彼氏に配慮してたし彼女を作るためにクラスメイトに声をかけたりしていたというのに、レナという女はそういう努力をまったく気にしないタイプなのだ。迷惑極まりない。
「仕方ないな。また今回も一緒か」
腐れ縁というやつだ。べつにわざわざ別行動する理由もないし、怒れる父親に見つからなければ合流しても大丈夫だろう。
とはいえ自分から探しに行くのは少しばかり癪だ。
周囲を見回る感じで顔見知りに順番に声を掛けながら移動しよう。レナが目的というわけではないから偶然会ってしまう分には問題ない。
というわけで早速ニックと遭遇した。『レイ』の記憶によると訓練でぶつかり合っているうちに仲良くなった相手で、山賊っぽい顔だが気のいい奴だ。
「おっ、レイじゃねえか。お目当てのレナお嬢様は見つかったか?」
「いや、たぶんそのへんにいるだろ。年寄り衆に挨拶回りしてるのかもしれない」
「おいおい、呑気にしてていいのかよ。こういう場でお前がいないと調子乗った奴らが勘違いして声かけてるかもしんねーぞ」
酒気を帯びた顔がやや赤くなってはいるが、ニックの口調に茶化すような色はない。本気で心配している様子だ。
「こういう場って、たかが宴会もどきの祭りでそんな」
言いかけて、俺の認識と『レイ』の常識が噛み合っていないことに気付く。
思い出すべきは、レイが体験してきた村の祭りだった。
こういう田舎では、祭りにはそういう意味合いがあるのだ。
「そっか。この村ってお祭りが婚活パーティも兼ねてるわけだ。若い人にとってもほぼ合コンの代わりみたいな?」
「あん? どういう意味だそりゃ?」
「正式な祭りじゃなくても、空気に酔って発情お見合い祭りになってるってこと」
「ぎゃははは! 発情ってお前言い方ってもんがあるだろ! 恋とか愛とかよー! まあやることはやるんだが」
ニックの言う通り、そこら中にそういった『いい感じ』になっている男女がいるようだった。ただでさえ小さな村だし、相手は必然的に幼馴染になる。
「ま、お前は昔っからお嬢様一筋だったし、さっさとくっついて泥沼から抜け出したから、祭りのめんどくせー部分にはあんまり興味ないんだろうが」
「泥沼? めんどくさい?」
「おう。そりゃそうだろ。ほとんどよく知ってる相手だし、事情も筒抜けなんだからよ。告白した、フラれた、別れた、やっぱりまたくっついた。あっちに行ったりこっちに戻ってきたり、どいつもこいつも大忙しよ」
なるほど、確かにめんどくさそうだ。
聞いてみると、『レイ』ですら名前と顔を知っている程度の村人たちの恋愛事情がボロボロ出てきた。なんかめちゃめちゃ詳しいぞこの巨漢。
「アネットと仲良しの針子のアンいるだろ? あの子は大工のジョンにお熱なんだが、肝心のジョンは料理人のスザンナとあっちの木陰でしっぽりやってる。薬師のコンスタンスはジョンと別れたばっかで自警団のパーシー先輩とまたくっつきそうだ。ああ、こっちは木こりの方のジョン兄貴な。んでジョン兄貴は浮気相手の絹織物工のジェシカとくっつこうとしてるが、どうもジェシカの本命は狩人のマックスらしくてまた揉めそうな気配がある。マックスのクズはスザンナにも手ぇ出してるしまたどうせ遊びなんだろうけどよ、出入りの商人のクラークが戻ってきたら今度は四角関係かもしんねえな」
「お、おう」
こわ。知らんとこで繰り広げられている恋愛地雷原とか関わりたくねえ。
そしてニックは何なんだよ。この山賊フェイスで村の恋愛事情を網羅しているの、ギャップがあり過ぎてびっくりだよ。ある意味でアネットに見つかった時よりも意外性がある。見た目で判断するな、という当たり前の話かもしれないが。
「今だから言えるが、お前ってけっこう女から人気あったんだぜ。相手がお屋敷のレナお嬢様ってんで迂闊に割って入る奴はいなかったけどよ」
「あ~、まあ自警団での序列ってそのまま評価に直結するからな。団長とかモテまくってたらしいし。お前も彼女いたよな?」
「ハンナには汗臭いってフラれたよ。俺は次の恋に生きる」
それはご愁傷様だ。気にしていない様子なので軽く茶化すに留める。
ニックはやや俯瞰するような目つきで篝火の周辺でむつみ合う男女の群れをじっと見ていた。酒をちびちびと口に運びつつ、横で潰れているムーダの汚れた口を拭いてやっている。よく見ると、ニックが見ているのは友人たちの悲喜こもごもだった。
さっきまでカマスと親しげにしていた女が、後からやってきた別の男に駆け寄っていく光景が見えた。カマスが伸ばした手は届かず、男女が結ばれる一方で俺の仲間にとっての悲劇が終幕を迎えていた。あるいは喜劇かもしれない。
「あ~あ。カマスを振るなんて、もったいねえことするぜ」
ニックのフォローは聞こえていないだろうが、カマスにとってこういう友がいることは救いになると思う。他人事のように考えてしまったが、本来は俺もこの友人の輪に入っているはずだ。無意識に自分を除外してしまうのは、きっとこの先の未来について考えているから。
俺はやはり、レナとの未来を望んでいる。
無事に中ボスを倒して俺とニックたちが生き残れたとしても、ゲームクリアを目指すのならこの村を旅立つ必要がある。
こんな穏やかな時間を仲間たちと過ごせるのは、これが最後だ。
「俺はよお。できれば仲いい奴らにはみ~んな幸せになって欲しいんだよな。カマスもそろそろ報われて彼女ができて欲しいし、レイとレナお嬢様には結ばれて欲しい。
アネットは、まあ可哀想だがあいつなら立ち直るだろ」
「待て、アネットになんかあったのか?」
聞き捨てならないと追求すると、ニックは口を滑らせたことに気付いた表情をして口をおさえた。
「やべ。今のなしな。まあほら、お前はレナお嬢様一筋だからな。気にすんな。人にはいろいろあんだよ。ダチだからって何でもかんでも教えるわけじゃねえのよ。特に男と女だとなおさらだ」
「じゃあ何でお前はそんな事情通なんだよ」
「そこはまあ人徳ってやつよ。このでっけえ胸板と分厚い筋肉を見ると悩みを受け止めて欲しい、って思っちまうんだろうな。男の包容力ってやつ?」
謎の筋肉自慢が始まった。
タイプこそ違うが、体力自慢で粗暴そうに見えて繊細な気配りができたりするところは少し前世の友人に似ているかもしれない。
単に一番に親しい男友達のポジションが同じというだけかもしれないが。
レナに話したら『それはない』と否定されそうだ。
あいつの最後の彼氏は、さすがに半裸の筋肉男ではなかったからだ。
気にしないようにしていたことだが、前世の家族や知人たちはどうしているだろうか。理由は不明だが、突然俺たちが死んでしまってどんな風に感じたのだろう。
気分がホームシックに傾きそうだったので、その前に強引に切り替える。
「そういやお前は好きな相手いるのか? 次の恋に生きるんだろ、誰かに声かけなくていいのかよ」
「ん~、まあ今はいいかな。祭りには顔出してないみてえだしよ」
「何だ、特定のお目当てがいるのか。誰か聞いてもいいか?」
「まだ誰にも言うなよ。天気占い師見習いのサンドラだよ」
同期した記憶を探ると、確かにそういう女性がいた。
俺たちよりやや年上だったが、正直に言えばあまりよくない類の事件とセットで記憶されている名前だ。
「サンドラさんって、あれだよな。だいぶ前にパーシー先輩が死にかけた事件の」
「おう。それな。犯人のクズ野郎は団長がぶち殺したけどよ。サンドラにとっちゃ救いのねえ結末だよ。あれからパーシー先輩とも気まずくなって別れちまった」
ニックと話していると、この世界がゲームであることを忘れそうになる。
村人たちの恋愛事情がそうであるように、ここが確かな現実である以上、人の営みがあり、生と死がある。つまり性行為と出産という生々しい現実が付随するわけだ。
レナが当たり前のようにフィクションとして『レナレイ』を楽しんでいるから意識してこなかったが、この世界にはそういう現実がある。
仕組みとして存在している以上、前世と同じような悲劇も起こり得るのだ。
「まあ、コンスタンスと元鞘になったパーシー先輩を責めはしねえさ。守れなかった自分の女が、流れ者の傭兵に孕まされたんだ。へこんだろうぜ」
「いや、ニックお前、そのサンドラさんに? 本気か?」
陰惨な事件。顔を顰めたくなるような暴力。深い傷跡。
それらを知っていてなお、ニックは踏み込もうとしている。
なぜか、鈍い痛みが胸を軋ませた。
「ああ。サンドラには力になってやれる奴が必要なんだ。よりにもよって親友のスザンナと喧嘩中って話だ。スザンナが好いていたマックスと、サンドラの師匠のシヴォーンが寝たって噂があったろ? そのせいでお師匠とも険悪になってるらしくてよ、いまサンドラは一人きりで不安に違いないぜ」
村中の恋愛事情に詳しいニックは、それゆえに周囲の気持ちに敏感なのだろう。
正義感、優しさ、気遣い、好意、そうした全てを大きな腕で抱えながら、この巨漢は己が善いと信じる行動を起こそうとしている。聞けば、ちょくちょく様子を見に行って話をしているらしい。
「俺はサンドラの力に、いや、できれば夫婦になりてえんだ。子供がいるくらいなんてことないさ。まとめて世話してやるのが男気ってもんだろ?」
この男を死なせてはならない。
いまはっきりとそう思った。
俺自身の生存のついでとか、ゲームにおける村人生存ルートとか、そういう理屈を抜きにして、ニックという人間は生き残るべきだと感じたのだ。
きっと、俺がまだ知らないだけで他の仲間たちもそうなんだろう。
アネットも、ニックも、皆も。
誰も死ぬべきではない。絶対に。
「ニックは凄いな。誰にでもできることじゃない」
「へへ、まあな。サンドラは美人だし、まじないの才能もある頭のいい女だ。俺もそれに見合うくらいでけえ男にならねえとって思うんだよ」
お前はもうとっくにでかい男だよ、と思ったが、口には出さなかった。
俺にも覚えがある。それは実感と納得がなければ無意味だ。
自分の手で何かを成し遂げ、勝利したと思えなければ、大切な相手の隣に立つ資格などない。欲した相手の輝きが強ければ強いほど、自分の足りなさが歯がゆく感じてしまう。だから俺たちは、必死に足掻き続けることでしか納得できないのだ。
ニックは一気に酒を飲み干すと、気合を入れ直すように膝を叩いた。
「よし決めた。俺はお前と一緒に山のヌシを倒す。そんでよ、俺たちは村で一番の戦士になるんだ。そうすりゃ誰も文句は言えねえ。それぞれ好きな女を迎えにいって、相手の親父さんに結婚の許可を貰いにいこうぜ」
包み隠さず、その瞬間に思ったことを端的に述べる。
死亡フラグじゃねえか。
とはいえニックは元から死亡するキャラだ。
死亡フラグを立てることで逆に生存することもあり得る。
本当にそうか? なんか無茶苦茶なこと言ってないか?
「ああ、そうだな。絶対に勝って、お互い幸せになろう」
薄っぺらい言葉だ。
それでも、ここで口にするべき言葉だった。
戦いに勝って、英雄と認められて、好きな相手と結婚する。
本来の『レイ』が夢想した幸福な結末。
叶わなかった妄想。
いまなら、それが叶えられるのだろうか。
友と語らいながら、美しい時間が流れていく。
親友のような立派な男でありたい。
器の大きい、傷ついた相手すらも受け止められるような男に。
「――」
本当に、そうだろうか。
俺はそんなことを本気で考えているのか?
少し前の記憶が不意に蘇る。
『死んでよ、ねえレイくん、私と一緒に死んで!』
レナが燃えるような涙を流しながら懇願する。
答えなんて決まっていた。
『■■■■■。■■■』
これはいつの記憶だろう。
俺は本当は、何と答えたんだっけ。
思い出せない。
レナとこれから会おうとしているのに、思い出してはならないような気がする。
欠けたジグソーパズルのピースは、まだ少しだけ足りていない。
ニックが持っていたのは似ているだけの別物だ。
「あと少し、だけ」
このぬるま湯に浸かっていたい。
ゲームのような世界。善良な仲間たち。忙しなくも穏やかな日常。
そして、幼い日のようなおままごと。
俺の死という運命が迫っている。
だからせめて、あと少しだけ。




