16.付き合えばいいのに
釣りデートの目的は達成した。
中ボスを惹きつけるための『大物』は手に入れたし、その他の釣果もそこそこだ。
深刻な決断を挟んだものの、おおむねレナも楽しめていた様子だった。こちらとしても不満はない。水着姿とか見れたし。
アネットの演技指導を参考にしつつ『レイ』らしい賛辞と男子っぽい照れも表現できたと思う。『レナレイ』のロールプレイとしても及第点だったはずだ。
満足したあと、俺たちは周辺で魔獣を捜索しつつ徘徊する『一匹狼』を倒して戦いの経験値を稼いだり使える薬草を採取したりめぼしい鉱石を採掘したりと一通りのゲーム的なノルマをこなしていった。
日が暮れた頃、レナはお目付け役の執事さんに連れられて屋敷に帰っていったが、あの飄々とした様子だと明日以降も自由に動くつもりだろう。
俺とアネットはといえば、他の自警団のメンバーと合流して夜まで訓練を行う予定だ。使える時間は可能な限り活用しなければならない。
そんなわけでレナと別れた俺たちは仲間との合流地点である雑貨店に向かっていた。道すがら、アネットがふと思い出したようにこんなことを言い出した。
「いろいろ話を聞いてみて思ったんだけど。レイにい、ろーるぷれいだけじゃなくて、ほんとに付き合っちゃえば?」
「はあ?」
何を言い出すかと思えば、そんなことか。
よくいるんだよな。『夫婦じゃん』とか『それで付き合ってないとかマジ?』とか、『キープ君かわいそ~』とか『ポチ君またパシられてる』とか言い出す奴。後半は実質レナに対する陰口だしちょっと話し合いが必要だと思う。
まあ実際に話し合ったんだが。
アネットも似たような誤解をしているらしい。
違うんだよ。レナと俺はそういった関係にはならない。
絶対に。
「その方が良くない? なんにも困らないと思うけど」
アネットはそんな俺たちの関係性を知らず、表層的な理解に基づいて素朴なアドバイスを贈る。善意なのだろう。わかっている。
善良で有能なアネットに対して、俺は初めて苛立ちを覚えた。
「いいわけないだろ。レナの意思はどうなる」
「両想いでしょ?」
「ちげーよ」
俺とレナの間に双方向の感情があるとすれば、それは性愛ではあり得ない。
幼馴染という時間が生み出す惰性と、そこから育まれた友情だ。
「そもそも、異世界で命がけで冒険して元の世界に戻ろうとしてんのに『俺と付き合え』とか言ってみろ。『力になってやるから見返りにヤらせろ』って脅迫してるのとどう違う? クズじゃねえか。最初から金で買おうとする方がまだマシだろ」
「そんな話してないけど」
「直接そう言わなくても、状況的にそういう構図になるってこと」
当たり前のことしか言ってないのだが、アネットは怪訝そうな表情だ。
倫理観や道徳観の面では共感可能な相手だと思っていたが、忘れてはならないのがアネットもまた他人であり、異世界の住人であるという点だ。
あらゆる物事に対して同じように考えるわけではない。
わかっていたはずだが、やはりそのギャップには当惑させられる。
「仮にそうだとして、それの何がいけないの?」
「全部だよ。アネットだって嫌だろ?」
目の前の相手が何を言わんとしているのか、意図が全く分からない。
俺の目指すゴールはレナを無事に元の世界に戻すことだ。
そこのために不要な雑念なんて不要だし、俺が自我なんて出す意味はない。
だというのに、アネットはこちらの覚悟など知ったことではないとばかりに平坦な口調で言い立ててくる。
「戦士が悪漢を倒した恩賞としてお嫁さん貰ったり、食い詰めた農村の娘が娼館に売り飛ばされたけど立派になった幼馴染が身請けしてくれたり、そういうお話ってわたし好き。ほとんどは嘘っぱちとかつらい現実の慰めなんだろうけど。お金や命を投げ打ってもいいほど頑張って自分のために尽くす男の人って素敵だよ」
わからない考え方だ。
これはアネットの好みの問題か? それともこの世界の人間の価値観? あるいは女性的なものの見方? 俺は自分の内から偏見が頭をもたげるのを感じて即座に思考を打ち切った。こんなことに結論なんて出ない。
目の前の相手はそういう意見の持ち主だと覚えておけばいいだけの話だ。
アネットにとって、現実と地続きになった悲劇とそこからの解放という物語はきっと定番の『美談』なのだ。そんなことが現実に起こり得るかはともかく、ある種の救いとしてそうした物語が存在している。
否定することはできない。だが、感覚的には受け入れがたかった。
「それはその、俺の常識だと政治的に正しくないというか」
「せいじてき? よくわかんないけど、正しさって重要?」
突き刺さる。俺は多分、どうでもいいことにこだわり続けている。
ふと、さきほどのレナの決断を連想した。
俺はレナを、自分のどうでもいいこだわりに付き合わせてしまったのか?
安全に元の世界に帰還するためには、決死の覚悟を持った志願兵を率いることくらいは許容すべきだったのではないか?
俺の正しさは間違っているのかもしれない。
レナが道を定めた一方で、俺の方が揺れ始めている。
『レイくんは、私と悪いことをしてくれないんだね』
今でも脳裏に焼き付いて、ときおり不意に反響する言葉がある。
俺はあの時に選んでしまった。何もかもが『いまさら』だった。
スリデートだの『レナレイ』のロールプレイだの、こんなゲームみたいな場所でごっこ遊びをしたって贖罪にもならない。
結論は出ている。全てが無価値だ。
命だの金だの時間だの労力だの、どれだけ尽くそうが最初から無価値ならゴミを捧げているのと変わらない。悪漢との結婚や娼館での暮らしの方がマシだったなんてオチは喜劇にすらならないだろう。
俺は星が一つしかないモブキャラであって、主人公ではないのだ。
「どの道、幼馴染同士で結ばれるのなんて物語の中だけだ。現実は違う」
「それはわたしも心の底から実感してるけど。そういう話じゃない」
じゃあ言うなよ。アネットの思考も物言いもよくわからん。
無表情な少女は、先ほどからずっと俺の目を睨み続けている。
刺すような黒い瞳。強いまなざしの奥にあるのは、かすかな苛立ちだ。
「幼馴染がどうとかは知らない。わたしが話してるのは、レイにいがレナおじょうさまと上手く行くかどうかだよ」
「いや、一般論として。現実はそう都合よくいかないって話であって」
「わかるよ。ずっとなかよしで将来は夫婦になるんだろうなって思ってたら急にキラキラした自分より全部すごい人が出てきて相手は一瞬でメロメロになっちゃったりするんだよね知ってるわたしが先に好きだったのに。でもあとでホントはわたしの方が後に好きになったってわかって惨めになったりするの」
「お、おお。そうだな?」
何故かアネットのフラットな表情と口調からじわじわと怨念めいた気配が湧き上がってくるのを感じた。どうしたんだ。何か嫌な事でも思い出したのか。
「でも、とあるどこかの幼馴染同士が結ばれなかったからって、別のどこかの幼馴染同士が結ばれないわけじゃないでしょ。この村ってだいたい幼馴染だから幼馴染グループ内で失恋とか元カレ元カノとか元鞘とかしょっちゅうだよ」
「なんだそれ。いやわかるけど」
え、そんなんあるの? 俺たちの身の回りの話?
同世代でそんなにドロドロしてるとか聞いたことないぞ。
あまり接点がない女子グループはそんな感じなのか?
それはそれとして納得した。アネットの妙な雰囲気はそのせいか。きっと恋愛絡みで嫌な思い出があったんだろうな。かわいそうに。
「ていうか結ばれる幼馴染の夫婦もいるしそうじゃない幼馴染の組み合わせもあるってだけじゃないの?! それ努力しない理由になる?!」
「なんか半ギレじゃね? どうした?」
語気が強くてちょっと怖いが、正論なので反論できない。
アネットは斜め下からこちらを覗き込むようにじっと見つめてくる。
「てゆーかレイにい、もしかしてさ。わかってて、わたしのことからかってる?」
「何のこと?」
すっとぼけているわけではなく、本当にアネットが何を言っているのかわからない。しばらく見つめ合っていると、相手の方が根負けしたように小さく嘆息した。
「もういい。とにかく、どっかの誰かとかどうでもいいから自分のこと考えなよ」
「そういうわりに、アネットの言動はかなり余計なお世話じゃないか? 普通に考えて、他人に『付き合えばいいのに』ってのはお節介だろ」
唯一の隙を指摘したつもりだったが、アネットはふるふると首を振った。
「わたしは自分のためだけに行動してるよ。こんなお節介やいてるのも自分のため。さっさとレイにいとレナおじょうさまにくっついてもらって、見てるこっちが苛ついて絶縁したくなってくれないと困る。わたしはさっさと二人から解放されて自分の人生を頑張りたいの。素敵な彼氏を見つけてレイにいを馬鹿にしてレナおじょうさまに自慢、いや、そうじゃない、今のやっぱなし。わたし性格わるい」
「何いってるのか全然わからん」
早口な上に支離滅裂なせいでちんぷんかんぷんだ。
おそらく、アネット自身もかなり混乱している。
表情とは裏腹に勢いのまま感情をぶつけてきているように思えた。
「幸せって愛じゃない? 自分のでも、誰かのでも。恋とか結婚とか。他人が幸福な結末を迎えたら、相手の人生をすなおに祝福できるでしょ? 自分も負けないくらい幸せにならなきゃって思うために、そうするの」
ふと、世界の色が変わった。
夕焼けが青に変遷し、赤色が西へと沈む。
入れ替わりに、漆黒の帳が下りていく。
軽やかに俺の先に進み、こちらを振り返るアネットの顔が見えない。
迷うばかりの俺とは違って、彼女は己の心を整理できている。
俺にはわからない激情に突き動かされながらも、己の道を見失うことはない。
暗くなっていく世界の中で、前だけが眩しい。
「それなら、わかる」
わからなければならないと思った。
それがわかってない奴は要するにガキで、迷惑だからだ。
『くっつけばいいのに』か。なるほど。
確かにそうだ。ごっこ遊びはともかく、それはやった方がいい。
恋人は必要だ。社会の中ではパートナーがいないとまともな大人だと見なされないからな。いつまでもフラフラしてる子供だと思われる。
「助言してくれてありがとう、アネット」
「ん。わかってくれてなにより」
そもそも俺とレナは、ずっとそういうことを考えていたはずだ。
高校に入る前にはさっさとお互いに彼氏や彼女を作るべきだという考えを共有していた。どちらが先に恋人を作れるか、みたいなことを入学前の春休みに話した覚えがあるし、そのせいで高一の六月に入って早々に俺がレナにクレープとパフェとカラオケと服を奢る結果になったのだった。思い出したらむかついてきた。
最終的にはいい感じの年齢になったあたりで頑張って結婚して、どちらも幸福な家庭を作ったことを確認し合う。それがあるべき流れで、程よい距離感のはずだ。
その先の関係性を、レナが想定していたのは間違いないと思う。
俺の子供はどんな感じになるんだろう、とか。
私に子供が生まれたら特別に抱っこさせてあげてもいい、とか。
彼氏ができてから、そういう話を振ってくることが多くなった。
『ね、私たちが結婚したらさあ。大人になってもまたこんな感じで遊んだりできるかな。休みの日とか、お互いの家族と一緒にお出かけするの』
普通、そんな未来を期待したりはしない。
俺たちの親じゃあるまいし。
愚かで幼稚な夢想を口にする幼馴染にそう指摘することがどうしてもできなくて、俺はあり得ない未来を共に思い描いた。
きっと俺も、そんな未来に希望を抱いていたからだ。
俺はレナとどうなりたいんだろう?
そんなことはわかりきっている。
「よし、そうだな。付き合えばいいんだよな」
覚悟を決めた俺の言葉に、アネットが薄く笑みを浮かべた。
ステータス欄を確認して、現在のレイ・シンデラーと関係が深い相手を探す。信頼度の一番上には当然レナの名前。次点で自警団の仲間たち。中でも二番手に上がってきているのは、さんざん一緒に戦ってきたアネットの名前だ。
よし、方針は決まった。
善は急げだ。
「アネット。俺と付き合わないか」
「ぶっころすぞ」




