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異世界ファンタジーゲームに一緒に転生した幼馴染が俺と自分のカップリングにドハマりしている~逆現パロのロールプレイ~  作者: 最近


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15.非合理な動機と合理的な選択




 命を投げ出して復讐を為そうとするのは、間違いなく正しい道ではない。

 だが老人の目には善悪を超えた覚悟が宿っていた。

 彼の身を案じるアネットは不安を滲ませた声で問いかける。


「ハンスじいじ。昨夜の戦い、見てたの?」


「歳をとると眠りが浅くなるものでね。弱めの眠り薬を処方されていたのだが、ちょっとしたことで目を覚ましてしまうんだ」


 レナは眠り薬を飲ませたと言っていたが、おそらく効果が上書きされなかったのだろう。ゲームによっては後から同じ種類の状態異常を付与すると効果時間が延長されたりすることもあるが、この世界では無効になる。あらかじめハンスさんが弱い睡眠薬を服用していたことで、レナの目論見は失敗に終わったのだ。

 寝たふりをしながらこっそりと昨晩の戦いを見ていた老人はこう続けた。


「信じがたい光景でした。魔獣の群れと渡り合う死人の兵士たち。ときおり世の理の乱れから生じる亡霊や『起き上がり』の類ではなく、死霊術によって操られた死せる戦士。そのような外法の使い手がまさかレナお嬢様とは」


 この世界の人々には死者の陣営に対する忌避感情があるはず。

 しかし、ハンスさんの口調からは畏怖や驚嘆はあれど、嫌悪や敵意といった攻撃的な意思が感じられない。老人は穏やかに言葉を繋いでいく。


「きっと、このような老人にはうかがい知れぬ事情がおありなのでしょう。仔細は問いませぬ。たとえ貴方様がネクロマンサーという忌まわしき女神の業を操るのだとしても、レイとアネットが歯止めとなっているところを私は見ました。かろうじて大いなる輪廻の神の側に留まっているのであれば、私はあなたの理性を信じましょう」


 こちらにとっては都合のいいことに、ハンスさんはレナが迫害されたり排斥されたりといった流れの引き金となるような人物ではなかった。

 思わず安堵したくなる物分かりの良さ。

 そして、この状況は彼にとっても都合が良かった。


「その上で、レナお嬢様にお願い申し上げます。この私にどうか戦うための力をお与えください。どの道、もう長くはない命です。魔獣どもが再び勢いを増しているというのであれば、その背後には仇敵たる山のヌシがいるはず。奴を仕留められるなら、残り僅かなこの命が尽きたとて悔いはありませぬ」


 我が子の仇を憎む気持ちというものが、どれほど深いのかを俺たちは知らない。

 安易な想像をしたとしても、それはきっと老人の絶望には届かないだろう。

 彼は未来を奪われたのだ。

 己の命という未来を捨てても構わないと思うほどに、その怨嗟は深い。


「レナお嬢様。どうか、どうかこの老骨に機会を」


 レナは、何も言えずにたじろいだ。

 何か思うことはあったのだと思う。

 だが、目の前に迫った生々しい激情に気圧されてしまったのだ。

 彼女の決断次第で老人の運命は決定的に変わる。

 ゲームシステムが、世界の理はそれを後押しすらしていた。

 ハンスさんは俺やアネットと同じモブキャラクターだ。

 名前の横にある星は一個だけ。コモンと呼ばれる汎用ユニット。

 このゲームに設定されている希少性《レアリティ》を示す星の数はキャラクターの強さや個性を決定づける絶対的なものだ。

 だが、例外的に三種類の『星上げ』手段がある。

 それぞれ三大陣営に関連した手段であり、ゲーム中盤から解禁される強化システム。このゲームのキャラクター育成をより奥深く、そして複雑化する仕組みである。

 輪廻の陣営は『魂の継承』。

 創造の陣営は『錬金合成』。

 死者の陣営は『死霊再生』。

 ハンスさんが望んでいるのは、己を命亡き戦士として『再生』する方法だ。

 星一つのコモンキャラクターである汎用ユニットなら、第一段階の『ゾンビ』や『スケルトン』にするだけで星二つのアンコモンキャラクターに昇格できる。

 更に成長させれば『デュラハン』とか『リッチ』のような強力なユニットになり、星三つのレアキャラクターにまで到達する。

 汎用ユニットでもここまで育てればそれなりの戦力だ。二軍や三軍として各地の拠点防衛や自動ダンジョン探索といったコンテンツでの貢献もできる。

 なによりレナのようなネクロマンサーがいれば召喚ユニットとして運用できるため、疑似的に一軍パーティに採用することも可能だ。

 ただ一点だけ問題があるとすれば、その変化が不可逆だということ。

 死霊再生は一時的に死体や墓地に残った残留思念を操るのとは異なる。

 死者の陣営の『摂理』を受け入れ、死の女神たる『太母』に全存在を明け渡すという禁断の秘術である。

 そうして蘇った『再生者』は輪廻の環に戻ることはできない。

 ハンスさんがレナのしもべになるということは、これまで属してきた世界や信仰を放棄するということだ。

 尊厳の放棄。人生の否定。思想の転換。

 還るべき世界からの、永遠の離脱。

 その恐ろしさを、死を身近に感じはじめた老人が知らないわけはない。


「今すぐにとは言いません。レナお嬢様の準備が整ったときにお声がけ下さい」


 ハンスさんの声は、レナに心理的な負担をかけまいとしているのかひどく穏やかだった。レナがどう判断するにしても、きっと彼はその結論を受け止めてくれる。

 レナは引き続き何も言えないまま。

 俺とアネットは無駄と理解しつつも言葉を重ねて説得を試みたが、ハンスさんは俺たちに感謝を述べるばかりで決意を翻すことはなかった。

 どこまで行っても俺たちは他人で、老人にとってはまだ子供に過ぎない。

 『命を大切に』とか『あなたがいなくなれば悲しむ人が』とか言っても、結局は彼の心には響かない。アネットの涙声でさえ、復讐心を止めることはできなかった。

 



 大物を釣ることを諦めた老人は、わずかに釣れた小さな魚をレナに贈ってからその場を去っていった。レナは無言のまま贈り物をじっと見ている。

 俺もアネットもしばらく言葉を探すような沈黙を保っていた。

 レナがどう考え、どう判断するのかが読めなかった。

 これまでのレナの言動を考えればハンスさんの申し出を歓迎するような気もする。

 だが、先ほどの鬼気迫る覚悟にたじろいでいたレナの表情にも嘘はなかった。

 レナは合理的に考えるタイプだが、決して冷たいわけではない。

 誰かの気持ちを考えることができるし、共感性も高いタイプだと思う。

 今までの冷酷にも思える言動は、この世界をゲームとして割り切っているからこそのものだ。前世での彼女があそこまでドライに行動したことはあまりない。

 彼女はいま、どう思っているのだろう。

 この世界を、この世界で生きる人々を、どのように捉えているのだろう。

 直接的な問いかけを迷っているうちに、レナが唇を尖らせて唸った。


「あ~、なんか思ってたよりダメかも、ごめんレイくん」


 思っていたよりも軽い声。あえてそうしているようにも聞こえる。

 いずれにせよ、レナはそう振る舞うことを決めたようだ。


「ああいう感動? 覚悟? エモ系のお話されたし、こんな私でも心境に変化があったりするのかな~ってちょい期待したんだよね~」


「変化、なかったのか?」


 隣のアネットが身を硬くするのを察知して、そっと手で制止した。

 レナが情に惑わされず酷薄に振る舞うことを決めてしまえば、アネットはふたたびレナとの敵対を選択するだろう。俺はそれを止めなければならない。


「あのねえ。なんか『ほどほど感』がある」


 しかし、レナの答えはひどく中途半端だった。


「ハンスさんの想いをぶつけられて、『この世界の人たちは本当の現実を生きている人間なんだ! 私はなんて浅はかだったんだろう。これからはきちんと皆の命や魂、尊厳と向き合わないと。それがネクロマンサーの資質を持った私の義務なんだ』って感じのテンションが流れ的に五分くらいあるとするじゃない?」 


 こいつの物言いは何なんだろうな、と思う。

 物事を茶化すような、俯瞰で冷笑するような、他人事として距離を置いた目線。

 ゲームの中で繰り広げられる物語を品評するような語り口は、やはり彼女がこの世界に対して本気になれずにいることを示しているように思えた。


「んでもって~、『まあでもそれはそれとして効率優先でサクサク殺して使役するよね。あっちも望んでるしウィンウィンでハッピー、これからはレイくんに叱られないようにこういう人を優先して罪悪感とか顔に出しつつ涙ながらにキルってこ~』くらいの気持ちが五分くらいかな」


 人間の心は揺れ動き続けるものだ。

 『こういう性格設定のキャラクターだからこうする』というような絶対のルールはない。キャラクターの性能が記されたステータス欄を読み込んで使いこなすようには心のテキストを把握することはできない。

 レナの軽薄な露悪は明らかにアネットの敵意を煽っている。 

 だが俺は、そんな彼女の言動の裏に恐れを見た。


「こういうお話は好き。感情移入とか、わりとする。だから心は動くんだけど、あくまでもそこ止まりみたいな。正直、どっちに振ってもいいかなって感じ」


 完璧な合理主義者などいない。俺が完璧に正しい人間ではないように。

 慎重に言葉を探す。レナと共に歩ける道を見つけたいと思う。

 老人の決死の覚悟など口実だ。俺はずっとそんな品のないことばかり考えている。


「それでもいいよ。人間なんだからいろんなことを考えるし、合理的だったり醒めてたりすることもあるだろ。けど、大事なのはそこからどう選択するかだ」


「うん。だよね。レイくんはそこで正しい方をちゃんと選べる人だよね」


「レナだって、好きな方を選んでいい。無茶な結論だったら俺が叱って止めるし、納得できたら協力する。それだけだ」


 目の前にいる幼馴染の心を、俺は理解できない。

 ずっとそうだった。それだけでよかった。

 俺にできるのは結局のところ、願うことだけだ。

 その結果がどうなるのかは、俺にはまだわからない。


「あのね、レイくん。私はね、もっと幸せな『レナレイ』を満喫したいの。だから、レイくんがダメって言うならできるだけ村の人が幸せになるようにしたい」


 異世界転生という異常な状況でもレナの行動指針は明白だ。

 奇妙な優先順位ではあるが、それが彼女にとっての幸福なら俺は尊重する。


「ハンスさんは遺跡の戦いには連れて行かない。自警団のみんなを特訓して鍛えて、準備万端になってから山にハイキングデートしに行こう!」


 朗らかに決意を口にして、彼女は釣り竿に沿えた親指を連打した。

 強い引き。力比べを制した釣り人は、勢いよく水面から魚を釣り上げる。

 1メートルを超える巨大な鮭を掲げながら、レナは楽しそうに微笑んだ。




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