12.DLC水着衣装は固有キャラにしか存在しない
照りつける陽光と透き通った青空、風に揺れる草花といった表現の鮮やかさとは裏腹に、足元を流れていく清流のディティールはやや粗く感じる。
グラフィック設定を高品質に変更すれば幾らでも気合の入った水の表現を堪能できるはずだが、今のところそこまで水の美しさにこだわりはない。
背景を凝るよりキャラが滑らかに動いてくれた方がゲームプレイは快適になる。
とはいえ、躍動感がありすぎるのも困りものだ。
場合によっては目の毒になることだってある。
「えへへ、なんだかちょっと恥ずかしいね」
村に隣接するように流れる川に足先だけを浸して、レナがはにかむ。
様子がおかしい。まず装いが妙だ。
なぜかは知らないが、レナが水着を身に纏っている。
色合いは淡いイエローとホワイト、華やかなフリル付きのビキニタイプ。
下にはパレオを身に着けているとはいえ露出度が高くて緊張する。
レナの水着の趣味って袖付のオフショルだったりミニスカートっぽくなってるやつだったりするので、ゲームとかでありがちなまあまあ攻めてるタイプのものを身に着けているのは新鮮だった。『レナ』というキャラクターの外見や体型はもちろん三島礼奈とは全く違う。しかし中に入っている魂の影響か、それとも所作や俺の見る目が影響しているのか、どうしても同一視してしまう瞬間があった。
ふと目が合った。
何かを期待するようにこちらを覗き込むような視線。
たぶん、感想待ちなんだろう。似合うとか可愛いとか言えばいいだけだが、DLC衣装を褒めるのってどうなんだとか、なんでいきなり着替えてるんだよとか余計なことばかり考えてしまう。もしや混乱しているのか俺は。
気まずい沈黙に焦れたかのように、すぐそばで足音。
苛立ちを表明するかのように深々と溜息を吐いて、もう一人が俺たちを睨む。
狩人の少女アネットは、普段通りのジト目でびしりと指を突きつけてきた。
「だめ。やりなおし。導入が雑。肌面積の多さに走る安売りはときめきじゃなくて単なるすけべ。脱げば男は喜ぶという『舐め』が透けて見える」
「え~? レイくん喜んでるよ~? ね、似合うよね? 似合うっていってよ~」
こいつ、直に要求をしてきやがった。
冷ややかなコメントにもめげないメンタルの強さは見習いたい。
とりあえず何か言っておこう。放置すると機嫌を損ねてしまう。
えーと何だろう。『闇堕ち後のゴスロリっぽい水着の方が個人的には好み』じゃねえだろこんなこと言ったら空気が死ぬ。そうじゃなくて。なんでもいいからごまかして話題を逸らしてしまえ。
「似合うっちゃ似合うけど、どっちかって言うと川遊びで水着っていう違和感が凄い。海とかプールの時はともかく、小さい頃に家族旅行で川に行った時って水着にはなんなかったじゃん」
「そうだっけ?」
「そうだよ。あんときはレナがバーベキューで頭いっぱいで川遊びとかどうでもよさそうだったろ。マシュマロは全部焼くからピーマンは俺が食べろとかよくわかんない交換条件出してきたの覚えてるぞ」
「レイくんがいっつもピーマンハラスメントしてくるから悪いんじゃん。やめてって言ったのにお弁当にも入れてくるしさあ。カイくんも嫌そうにしてたよ」
「文句が多いんだよお前は。だいたいさあ」
お互いに際限なく文句が出てくる。
これまでに積み重ねてきた不平や不満なんて幾らでもあるし、これまでの経緯を思い返せばレナに対するわだかまりも完全には消えたわけではない。
口喧嘩のような言い合いに発展していく俺たちのやり取りを近くで見ながら、何故かアネットが腕組みをして無言で頷いている。なんなんだよ。
「レイにい、方向性は正しい。もっと二人の思い出とか色んなエピソードで盛り上がって。せっかく前世も今も幼馴染なんだから、ちっちゃい頃の思い出を語り合いつつ共通点とか共感できるとこを広げていこう。がんばれ」
マジでなに。こいつのポジションはどういうことなの。
奇妙な関係性になった経緯を思い返しつつ、ここまでの成り行きを思い返す。
転生し、前世に覚醒し、スリデートからの殺人未遂、アネットとの対峙、襲撃してきた魔獣との対決と山盛りの初日から一夜明けて、村は大騒ぎになった。
俺とレナは何も知らないふりを決め込みつつ、わけのわからないうちに解決していた事件の説明はアネットが担当することになった。
『眠れなくて夜中に自主パトロールしてたら、村に侵入した魔獣とネクロマンサーが戦ってたのを見つけた。手を出せなくてしばらく見張ってたら、魔獣が負けて数体が逃げて行った。ネクロマンサーはそれを追いかけて山の方に向かったよ。わたしの矢が魔獣に刺さってるのは、生き残りが向かってきたのを攻撃したから。まだ村の近くにいるかもしれない。警戒した方がいい』
アネットが自警団の大人たちにそう報告したことで、村内の雰囲気は一気に外敵に対する警戒状態に切り替わった。
魔獣に関する対策はもっぱら自警団と狩人衆に任されている。
しかし教会で禁書が盗まれたり共同墓地が荒らされたりといった事件もあり、今回の危機はより深刻なものとして受け止められた。
教会の司祭を中心に多くの村人が自主的に危機意識を高めて団結し、村の長であるレナの父も防衛の強化と近隣の捜索を行うと宣言した。
『本来なら一歩も屋敷の外に出したくはないのだが、この状況では仕方あるまい。いざとなれば迷える魂を鎮めるのは司祭の役目。司祭様は村の南側、お前は北側を中心に死霊の気配を探りなさい。護衛はつけるから、ネクロマンサー本人を発見したらすぐに戻って報告すること。くれぐれも無理はするなよ。あとレイとはもう会うな』
レナに対しても、苦い顔をしながらこう命じたほどだと言う。
アネットの言葉は半分くらい嘘だが、これで村の意識は変化したはず。
実際に魔獣の危機は迫りつつあるし、ネタバレとはいえネクロマンサーも暗躍する予定がある。なにより、村人たちを強引に訓練して強化する口実ができたのがいい。
そんなわけで俺たちは村はずれの川で遊んでいた。
いやなんで?
「あ、撒いた護衛が追い付いてきちゃうかも。レイくん、ちょっと移動しない? あっちまで競走ね。そろそろいい感じの釣りスポット見つかりそう。よーいどん」
「は? おいこら待てって」
「きゃっきゃうふふ。追いかけっこ。悪くはない。数年前まではみんなでこうして遊んでた。レイにいとおじょうさまが二人っきりでするのははじめてかも」
好き勝手に振る舞うレナを俺とアネットが追いかける構図だが、なんかこの狩人系女子、ナチュラルに気配を消して自分を頭数に入れてないんだけど。
本当になに? どういう気持ちでそこにいるの? 何が目的?
「わたしがこの世界での二人にとって自然な振る舞いを教える。お得。そして二人は前世での思い出を私に教える。これもお得」
「いや、何で? 俺らのことなんて聞いて意味あるか?」
「前世の思い出で盛り上がり、今のらぶらぶ生活でも盛り上がる。ずっといちゃいちゃできるから無敵。むふん」
鼻からふんすと息を吐き出すアネットの表情は好奇心でいっぱい、なのかもしれない。無表情だからわかりづらいが、単純に恋バナが好きな女子なのか?
気ままに水でぱちゃぱちゃやってるレナに適当に俺が水を放り返すだけで、アネットはそこそこ盛り上がれているようだ。ツボがわからん。
「ふたりの甘酸っぱい記憶をどんどん出してこ。たとえば、そう! 初ちゅーの思い出とか! あれはそう、自警団に入ってからはじめて村の競技大会でニックを破って新人戦を優勝した日。レイにいはお顔を真っ赤にしてレナおじょうさまを呼び出して、『俺、約束通り強くなったから』って言って告」
「待て。お前なんでその場面を知ってるんだ?」
「こっそり覗いてたから。ちゅーしようとして歯がごっちんしてたのも良かった。二人して顔真っ赤にしながら楽しそうに笑ってたのすき」
いや、同期した記憶を探っていくと確かにそうなっているみたいだけど、アネットに見られていたことは知らなかった。
まさかとは思うが。この女ひょっとして。
「アネット、お前ってストーカーなんじゃ」
「付き合ってから最初のデート、内緒で待ち合わせるためにレナおじょうさまのお屋敷の監視役を撒こうと村の中を走り回っていたとき。さりげなく時間稼ぎをしたのはわたし。必死に走っていく中で、自然に手を繋いでたのがちらっと見えてわたしは悶死しかけた。執事さんが介抱してくれなかったらほんとに死んでた」
「なんだこいつ。いやでもありがとう? え、ほんとになに?」
レナと対決してくれたおかげで常識人サイドだと完全に思い込まされていた。
くそ、人命を大事にしたり窃盗は悪い事という意識があるからといって、窃視が悪い事だという意識まで持っているとは限らないということなのか。
そもそもこの世界の倫理観の基準値がよくわからん。
俺は頭を抱えそうになったが、アネットはふんふんと鼻息荒く興奮したままだ。
ぐりぐりと頭をこちらに捻じ込む勢いで根掘り葉掘り質問を重ねてくる。
「前世ではどんな感じの初ちゅーだったの?」
めちゃめちゃコメントに困っていると、レナがひょっこりとやってきて事も無げに答えてくれた。助け舟というにはつくりが粗く、はっきり言って泥船だったが。
「え~となんだったかな。確か高一の夏休み前くらい? 三回目くらいのデートの終わり際に、先輩の方から~みたいな」
「んっ? わたし、いま何か聞き間違えた? せんぱいってレイにいのこと?」
はて、と首を傾げるアネット。
ああ、やっぱり勘違いをしていたんだな。
なんとなくそんな気はしていたのだ。反応が怖いが、訂正しなくては。
「いや俺じゃない。つーか俺はしたことない。そもそもレナと付き合ってない。こいつの彼氏は別にいた」
「は?」
途端、アネットの表情が凍り付いた。
そのまま一秒、二秒が経過。時限爆弾の導火線に火がついているのがわかる。
無表情はそのままに、眼光が爆発していた。
「はああああ?! なんで?! いみわかんない! わんわん! がるるるる!!」
「吠えるな威嚇するな殴りかかってくるな」
「ゆっ、ゆるせない! なんでわたしがこんな気持ちになってるの?! レイにい! なんかして怒らせたの? どうしてフラれちゃったの? それともこっちの人でなしが浮気したの? ちゃんと仲直りした? して! すぐ! そこの女は口すすいで清めろ! レイにいはすぐにちゅーする! しろ!」
幼児のようなぐるぐるパンチにぼかすか殴られながらどうどうと宥める。
レナは面白がるようにくすくす笑っていた。なに笑ってんだよ。
「落ち着け。そもそも最初から俺たちはそういう関係じゃない。フラれるもなにも付き合ってないし、レナが浮気とかしたことはないはずだし、俺とは特に仲違いはしてない。普通に幼馴染で友達やってるよ」
「なんっ、ええ、それじゃあ何であんな」
アネットは信じられないものを目の当たりにしたような顔で俺とレナを交互に見た。それから両手で頭を押さえ、痛みを堪えるように俯いてうめき声を漏らす。
何事かを考えていたアネットだったが、やがてがばっと顔を上げた。
「えっ、付き合ってないのに恋人ろーるぷれい?! 殺すとか自分が死ぬとかわけわかんないこと言い合ってるの? 付き合ってないのに?!」
「うん。そうだよ~」
「まあ、仕方なく付き合ってやってる」
俺たちの反応に対して、アネットはかつてないほど大きな声で叫んだ。
「ぜったいおかしい!!」




