11.アネットちゃんは解釈違いにご立腹のようです
流石に爆発音が響けば夜でも騒ぎになる。
衛兵がやってくる前に、俺たちはそそくさとその場を離れることにした。
散らばっている魔獣の死体だけなら武功になったのだろうが、散乱する遺骨と放置された棺、さらには俺とレナが取り調べを受けた場合のネクロマンサーバレが危険すぎる。最悪なら魔女狩りからの火炙り、良くて幽閉だろう。
というわけで人気のない町外れに三人で集まり、やっと一息つく。
うーん、と背筋を伸ばしてレナが口を開いた。
「勝てて良かったけど~なんか疲れちゃった~。MPも空っぽだし、勝利の美酒で回復したい気分だよ~」
「いや、飲酒はどうなんだ」
反射的に指摘するが、これはちょっと自分でも『いい子ちゃん』をやりすぎたな、と反省。前世でもついに直らなかった悪癖で、まあまあ周囲との軋轢を生むので我慢するように心がけていたのだが、今日はレナが暴走するせいでうっかりしていた。
「あれ、レイくんってお酒ダメだったっけ」
「まずその発言が出てくるのが問題なんだよな。普通は駄目だろ」
「おかたいなぁ。ファンタジー世界なんだしエールとかワインくらい普通だよ~なんならパイプとかも吸っていいって~」
「お前、まさか前世で煙草まで」
「だいじょぶ、CBDまでだから合法だよ!」
「何いってんのかわかんねえよ」
よくわからんが俺の見てないところでまた不良行為をしていやがったなこいつ。
一方、俺たちのやりとりを半眼で見ていたアネットの機嫌は相変わらず最悪のようだった。レナの所業を思い返すと当然と言うほかないのだが。
「やっぱりわるいやつだ。今からでも衛兵に突き出した方がいいかも」
「アネット、そのことなんだが」
「でも、魔獣は本当に襲ってきたし、ちゃんと真剣に戦ってた。お互いを守りたい気持ちは前と変わらないみたい。むぅ。正直、判断に困ってる」
無表情ながら、アネットは本気で懊悩している様子だ。
いい加減、俺も腹をくくるべきだろう。
俺はここまでの戦いでアネットという『モブキャラ』を信用できると判断していた。それは人柄とか性格の問題というより、倫理観と合理性のバランスがとれている人物だと思ったからだ。
はっきり言うと、彼女の思考にはかなり共感できる。
それっぽいごまかしでやり過ごすのではなく、俺たちの素性や状況、これからの目標について全て話してしまってもいいのではないかと思った。
荒唐無稽な異世界の話と、この世界がゲームだという最も受け入れがたいであろう前提を受け止められるかはわからない。
だがこういうのは思い切りだ。
レナは余計なことを言うなと止めるかもしれないが、俺はこれを余計とは思わない。俺たちはきっと、この世界に二人きりで孤立するべきじゃない。
『レナレイ』が全てで、価値ある命はたった二つだけ。
そんな歪な価値観で生き続けるのは絶対に無理だ。
レナにはこの世界に対等な友達を作ってほしかった。
たとえそれが、相性最悪のわんにゃん喧嘩仲間であっても。
勢いと深夜テンションでがーっとまくし立て、圧倒されているアネットに情報の洪水を浴びせていく。一通りの説明が済んだあと、俺はこう続けた。
「アネット、俺たちはできるなら村を守りたいと思ってる。それでも信じるのが難しいなら、俺たちを監視してくれ」
狩人の表情は動かないままだが、目は大きく見開かれてややびっくりしているのがわかった。ぱちぱちと開閉する目蓋の奥にはまだ理解の色はない。
それでもいい。とにかく気持ちを伝えることが大事だ。
「もしレナが許せないほど悪いことをしていたら」
要点はひとつ。アネットの懸念を解決し、その上でレナの安全を確保して、二人を共存させるために必要なことはなにか。
罰と規則だ。
「俺を撃て」
「は? なに言ってるのレイくん?!」
ずっと黙っていたレナが、途端に気色ばんでこちらを睨む。
意図的に無視して、アネットをまっすぐに見つめた。
「レナを止められなかった責任をとる。だからレナを許してやってくれ」
「わかった。そうする」
何を思ったか、一瞬の間を置いてアネットはすんなり承諾してくれた。
対照的に、レナは沸騰する勢いだ。
「ちょっと! 何を勝手に約束してるの? そんなのだめだよ!」
「俺とアネットの問題に首を突っ込むな。それにお前が無茶苦茶なことをやらなきゃそれで済む話だ。どうしても際どい判断が必要なら俺やアネットに相談して十分に議論を尽くしてからだ。今回みたいなことは絶対にやめろ」
「おじょうさまにはこっちの脅しのほうが効きそう。レイにい、人質だ」
やはりアネットは合理的だ。短い時間で前世に覚醒したレナの性質をしっかりと理解している。『レナレイ』に拘る変態は『レナレイ』を基準に対処すればいいのだ。
「こ、この」
「アネットに手を出すなよ? 簡単にやれる奴じゃないってわかってるはずだ。俺はどっちにも怪我して欲しくない。何かあれば止めに入るからな」
「う、うぅ~」
既に秩序と無法で二対一の構図が出来上がっている。
緊急避難やゲームとしての効率も大事だが、この世界で上手くやっていくためにはこの世界の中で様々な人と付き合っていく必要がある。
アネットとの繋がりは、きっとレナにその実感を与えてくれるはずだ。
ここはゲームの世界だが、確かな現実でもあるのだと。
「つーか次に殺人とかヤバいこと言い出したらもう『レナレイ』のロールプレイには付き合わないからな。お前は一生推しカプ不成立を嘆いて塩対応に泣くことになる」
「いじわる! レイくんのあほ~!」
なんとでも言え。というか最初からこう脅せばよかった。
ひとまずこれでレナの暴挙にも歯止めがかかるだろう。
予定外に早すぎる魔獣の襲撃という異変も気になるし、問題は山積みだが、ひとまず今日という日を乗り越えられた。
じわじわと疲労感が襲ってくる。さっさと休んで寝よう。
そう思って解散を提案するところだったのだが、何やら考え込んでいたアネットが出し抜けに突飛なことを言い出した。
「ところでレナおじょうさま。その、推しかぷ? の『レナレイ』をろーるぷれい? したいんだよね? 『彼方の世界』にある『現代日本』から、レイにいとレナおじょうさまの事を知って、大好きだったから転生しても応援したい、みたいな」
「ん~、まあそんな感じだけど? だったらなに?」
「自信ありげなとこ、すっごくもうしわけないけど」
アネットのジト目は相手への呆れというニュアンスが強いように思える。
この時のまなざしは、心の底からの失望を感じさせる色合いをしていた。
深すぎる溜息を吐き出すように、一気にダメ出しが噴出する。
「恋人になってからのふたり、ぜんぜん今のあなたたちと違うから。流山令と三島礼奈のろーるぷれい、ぜんぜん『レナレイ』になってないよ。へたっぴ。見ててぞわぞわする。激寒。痛々しい。恋人らしくない。愛情といたわりが足りない。見てるほうが優しい気持ちになるほほえましさがない。付き合いの長さにかまけて配慮が雑。特に三島礼奈。甘えすぎ。察してじゃなくて態度と言葉で気持ちを伝えて」
「は、はぁ~?! しつれ~じゃない?! 私とレイくんのどこがっ」
「単純に、見ててキュンキュンしない。二人とも危なっかしい。女の方がヤバすぎて終わってる。男の方はマシと見せかけてもしかすると女よりダメダメかも。まとめると、わたしはあなたたちのやってる『レナレイ』を、推せない」
最後の端的な一言が、驚いたことにレナを一刀両断していた。
なんかめちゃめちゃ効いてる。
胸を押さえて哀れなほどぶるぶる震えている様子だ。そこまで?
これまでで最も彼女に有効だったのがアネットのこの発言だったのは特筆すべき事実だろう。いやどうなんだそれ。
マイナーカプ大好き人間として、レナは大勢に分かってもらえなくとも少数の理解者は欲しい、という願望があったように思う。
その可能性を否定する、『推せない』という言葉は重い。
「ついでに補足。わたしは前の二人をお似合いだって応援してた。身分の差を乗り越えて幸せになれるって信じてた。駆け落ちするなら手伝う覚悟もあった。あなたの言い方を借りるなら、わたしだって『レナレイ』推しだった。でも、いまの二人はぜんぜん応援できない。むかつく。こんなんじゃ納得できない」
アネットの口調はいつもだいたいフラットだが、今はどうしてか徐々にヒートアップしてきているように思う。
それはレナへの苛立ちであり、何故かは不明だが俺に対する怒りが原因のようだ。
「だから決めた。監視はする。けど、同時に監督もするから」
「と、言うと?」
意味を掴みかねて質問すると、アネットはむふんと鼻息を鳴らして胸を張った。
「わたしは明日から二人に付きっきりで演技指導する。ちゃんとした『レナレイ』ができているかどうか、厳しくチェックするから!」
なんてこった。こいつもしっかり変人じゃないか。
唖然とする俺とレナを置き去りに、アネットはどこまでもやる気を加速させているようだった。これはきっと止まらないやつだろう。
夜の帳はとうに下りて、暗転した世界は次の場面を待つばかり。
二人だけのロールプレイは幕を閉じ、形を変えた第二幕が始まろうとしていた。




