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第9話 一緒に帰ろう

ひよりは、今日はアルバイトの日。


律は昨日の保存容器を返しに来ます。


ひよりのアルバイトが終わる頃。


律は昨日借りた保存容器を手に、店の従業員出入口の近くで待っていた。


きれいに洗った容器を返すために来ただけなのに、こうして一人で待っていると、なんとなく落ち着かない。


しばらくすると、従業員出入口の扉が開いた。


律はそちらを見る。


出てきたひよりの隣には、見知らぬ男がいた。


明るい茶髪に、ゆるくパーマのかかった髪。


ひよりより年上に見える。


同じ店でアルバイトをしている大学生の相沢晴真だった。


二人が並んで出てきたのを見た瞬間、律は一瞬焦った。


誰だ、あの人。


声をかけるのをためらい、その場から離れそうになる。


けれど、律は足を止めた。


――ここで逃げちゃいけない。


自分は昨日借りた入れ物を返しに来ただけだ。


何もおかしなことはない。


そんなことを考えていると、晴真がひよりへ声をかけた。


「ひよりちゃん、家まで送っていくよ」


「えっ? 大丈夫です。一人で帰れますから」


「もう暗いし、遠慮しなくていいって」


「でも……」


ひよりは困った様子だった。


律は迷うのをやめた。


「小日向」


ひよりが振り返る。


「あっ、篠宮君!」


その声を聞いて、律は少しほっとした。


晴真も律を見る。


「知り合い?」


「はい。同じ学校の友達です」


晴真は律とひよりを交互に見た。


「彼氏?」


「ううん。彼氏ではないです」


ひよりはすぐに否定した。


「私に勉強を教えてくれてるの」


「そうなんだ」


晴真は明るく笑った。


「勉強なら僕が教えるよ。大学生だし、分からないところがあったら聞いて」


「あ……ありがとうございます」


ひよりは少し困ったように答えた。


そして律を見る。


「でも今日は、篠宮君と一緒に帰るので」


律は一瞬、ひよりを見る。


そんな約束をした覚えはない。


けれど、すぐに事情を察した。


「じゃあ、また明日」


ひよりは晴真に頭を下げると、律のそばへ行った。


そして小さな声で言う。


「篠宮君、一緒に帰ろう」


「うん」


「ね、お願い」


「分かったって」


「じゃあ相沢さん、お疲れさまでした」


「お疲れさま。またね、ひよりちゃん」


二人はそのまま駅前を離れた。


少し歩いたところで、律が聞く。


「一緒に帰る約束なんてしてたっけ?」


「ごめん」


ひよりは申し訳なさそうに律を見る。


「ああ言わないと、断りにくくて……」


「別にいいけど」


「ありがとう」


しばらく歩いてから、ひよりが律の手にあるものに気づいた。


「そういえば、それ」


「ああ」


律は保存容器を見せる。


「昨日の小日向の入れ物。返そうと思って持ってきた」


「それでわざわざここまで来てくれたの?」


「うん。父さんもハンバーグ、美味しかったって言ってた」


「本当?」


ひよりの表情が明るくなる。


「よかった」


「あの大学生」


律が言った。


「相沢さん?」


「あの人、小日向のこと好きなんじゃない?」


「えっ?」


ひよりは驚いて律を見る。


「家まで送るとか、勉強教えるとか言ってたし」


「そうなのかな……」


ひよりは少し考えた。


「今日、休憩が一緒になったの。それで学校の話になって」


「うん」


「前の試験で学年最下位になったけど、友達に勉強を教えてもらって、今回かなり順位が上がったって話したの」


「それで?」


「じゃあ勉強なら僕も教えるよって言われて」


「ふーん」


律は短く答えた。


ひよりはそんな律を見ながら続ける。


「でも私は、篠宮君と勉強するのが一番分かりやすいから」


律がひよりを見る。


「そう?」


「うん。私がどこ分かってないかも、篠宮君は分かってるし」


「そりゃ、ここまでずっと教えてきたからな」


「これからもよろしくお願いします」


ひよりが少し笑う。


「まだまだ教えることあるから」


「やっぱり勉強の話になるじゃん」


「小日向が言い出したんだろ」


二人は笑いながら歩いた。


しばらくして、律が聞く。


「なあ、小日向。次、アルバイト休みいつ?」


「え? 明後日かな」


「じゃあ明後日、俺の家に晩ご飯食べに来ない?」


「篠宮君の家?」


「ああ。陽太君も一緒に」


「本当にいいの?」


「昨日は小日向に作ってもらったから、今度は俺が作るよ。小春も楽しみにしてるし」


「じゃあ、陽太も絶対喜ぶと思う。小春ちゃんの家に行きたいって言ってたから」


「じゃあ決まりだな」


律は続けた。


「その日も学校終わったら、一緒にスーパー寄ろう」


「また一緒に買い物するの?」


「ああ。何作るかスーパーで見て決めて、そのまま俺んち行こう」


「うん。分かった」


二人はそのまま駅前から住宅街へ向かって歩いていった。



その頃。


予備校から帰る途中だった綾乃は、駅前で見覚えのある二人を見つけた。


律とひよりだった。


二人は並んで歩きながら、何か楽しそうに話している。


「……律」


綾乃は立ち止まった。


けれど、二人との距離は離れていて、その声は届かなかった。


昨日は、スーパーから二人で出てきた。


今日は、夜の駅前から二人で一緒に帰っている。


綾乃は遠ざかっていく二人の後ろ姿を見つめていた。


家へ帰ってからも、その光景が頭から離れなかった。


自分の部屋にいても、何度も思い出してしまう。


駅前から並んで帰っていた律とひより。


何を話していたのかは分からない。


けれど、二人はとても楽しそうに見えた。


「……律」


もう一度名前を口にする。


昨日も今日も。


律の隣にいるのは、自分ではなかった。



律はそのまま、ひよりをアパートの前まで送った。


「篠宮君、ありがとう」


ひよりは笑顔で頭を下げた。


「じゃあ、またね」


ひよりが手を振る。


「おやすみ」


「おやすみ、小日向」


律も手を振り返した。


ひよりはアパートの階段へ向かい、律は来た道を戻っていく。


別れたあとの二人の胸の内には、少し暖かいものが残っていた。


ひよりが部屋へ入ると、陽太がやってきた。


「お姉ちゃん、おかえり!」


「ただいま」


ひよりは靴を脱ぎながら言った。


「陽太、明後日、小春ちゃんの家に晩ご飯食べに行くよ」


「ホント?」


陽太の顔が嬉しそうに明るくなる。


「うん。篠宮君が作ってくれるって」


「やった! 楽しみ!」


「私も楽しみ」


ひよりはそう言って笑った。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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