第6話 テスト結果
律と一緒に、隙間時間を使って試験勉強を続けたひより。
ついに、二人の賭けの結果が発表されます。
試験結果が発表される日の朝。
廊下の掲示板の前には、多くの生徒が集まっていた。
ひよりは人の隙間から、貼り出された順位表を見上げた。
一番上に書かれていたのは、一ノ瀬綾乃の名前だった。
一位 一ノ瀬綾乃。
二位 高橋蓮。
三位 篠宮律。
綾乃と高橋の差は一点。
高橋と律の差も、わずか一点だった。
「篠宮君が三位……?」
入学してから、律はずっと一位だった。
ひよりは驚きながら、自分の名前を探した。
上から順番に見ていくが、なかなか見つからない。
百位を過ぎても、まだない。
百五十位。
百五十五位。
そして――。
百六十一位 小日向ひより。
ひよりは、その数字を見つめた。
「百六十一位……」
学年の上半分は、百六十位まで。
あと一つ。
たった一つ、届かなかった。
「負けた……」
思わず、声がこぼれた。
「そうだな」
隣から聞こえた声に、ひよりが振り向く。
いつの間にか、律が立っていた。
「分かってるわよ。わざわざ言わなくても」
「でも、三百二十位から百六十一位だろ」
律は順位表に書かれたひよりの名前を見た。
「百五十九人も抜いたんだ」
「でも、百六十位以内には入れなかった」
「ここまで戻れたことは、素直に喜んでいい」
律はひよりへ向き直った。
「よく頑張ったな、小日向」
ひよりは、すぐに返事ができなかった。
これまで、どれだけ頑張っても生活は変わらないと思っていた。
けれど、朝のホームルーム前も、休み時間も、昼休みも、放課後も。
律と一緒に積み重ねてきた時間は、確かに順位へ表れていた。
「……篠宮君のおかげだよ」
「俺は少し手伝っただけだ。問題を解いて、覚えたのは小日向だろ」
ひよりはもう一度、自分の名前を見た。
悔しい。
それでも、少しうれしかった。
しかし、その上に書かれた律の名前を見た途端、喜びが消えていった。
「篠宮君、三位になってる」
「見れば分かる」
「私の勉強に付き合ってたからじゃないの?」
「違う」
「でも、朝から放課後まで、ずっと私に時間を使ってたでしょ?」
「俺が間違えた問題は、俺の責任だ。小日向は関係ない」
律は落ち着いて答えた。
けれど、綾乃にも高橋にも一点差で抜かれたことが、悔しくないはずはなかった。
次は必ず取り返す。
律はそう決めていたが、今は自分の順位よりも、ひよりがここまで戻ってきたことの方が大切だった。
「小日向さん」
背後から名前を呼ばれ、ひよりが振り返った。
綾乃が、高橋と一緒に立っていた。
「あなたのせいよ」
「え?」
「律は、今までずっと一位だったの」
綾乃は三位に書かれた律の名前を見た。
「あなたの勉強に付き合っていたから、今回は三位になったのよ」
「一ノ瀬、やめろ」
律が止めたが、綾乃は続けた。
「私だけじゃなく、高橋君にも抜かれたのよ」
「ごめん……」
「小日向が謝る必要はない」
律が、ひよりの前へ出た。
「俺の結果は俺の責任だ」
「本当に悔しくないの?」
綾乃が尋ねた。
「別に、俺は毎回一位を取ることだけを目標にしているわけじゃない」
律は順位表を見上げた。
「学校の定期試験の順位だけが、すべてじゃないだろ」
「負け惜しみ?」
「そう思いたければ、思えばいい」
律は綾乃へそれ以上言い返さなかった。
内心では、もちろん悔しかった。
けれど、その悔しさをひよりへ向けるつもりはなかった。
「一ノ瀬」
高橋が綾乃へ声をかけた。
「やっぱり俺たち、最強のコンビだな」
高橋は、順位表の上位に並んだ三人の名前を見た。
「一位がお前で、二位が俺。とうとう二人で篠宮を追い抜いた」
「……そうね」
綾乃は短く答えた。
ずっと欲しかった一位を取った。
それなのに、少しもうれしくなかった。
綾乃が望んでいたのは、高橋と組んで律を追い抜くことではない。
律と一緒に勉強しながら、二人で首位を争いたかった。
「一位になったのに、どうしてそんなにうれしそうじゃないんだ?」
高橋が、綾乃の顔を見た。
「やっぱり、お前は篠宮のことが好きなのか?」
「そんなことないわ」
綾乃は強く否定すると、高橋の手を取った。
そのまま、自分の指を高橋の指に絡ませる。
「高橋君、行こう」
「え……?」
高橋は驚いていたが、すぐにうれしそうな顔になった。
綾乃は、高橋と手をつないだまま律を見た。
この姿を見れば、律も少しくらい気にするかもしれない。
けれど律は、二人へほとんど目を向けなかった。
「小日向」
律はひよりを呼ぶと、そのまま綾乃たちの前を通り過ぎた。
律が見ているのは、一位になった綾乃でも、二位になった高橋でもない。
百六十一位まで戻ってきた、ひよりだけだった。
綾乃は、高橋の手をさらに強く握った。
違う。
そうじゃないのに。
どうして私、こんなことをしてるの?
「一ノ瀬?」
「高橋君、予備校の自習室へ行こう」
綾乃は、律に聞こえるように言った。
「次の試験も、二人で頑張りましょう」
「ああ。次も篠宮に勝とう」
二人は手をつないだまま、廊下を歩いていった。
律は、その後ろ姿を追おうともしなかった。
「篠宮君」
ひよりは不安そうに律を見た。
「本当に、私のせいじゃない?」
「違うって言ってるだろ」
「でも……」
「それより、小日向」
律の口元に、わずかに笑みが浮かんだ。
「百六十一位だったな」
「何よ。もう分かってるわよ」
「賭けは俺の勝ちだ」
ひよりの身体が固まった。
次の試験で百六十位以内に入れば、ひよりの勝ち。
百六十一位以下なら、律の勝ち。
負けた方は、勝った方の命令を一つ聞く。
確かに、そう約束していた。
「だから、俺の命令を聞いてもらう」
「ちょっと待って」
ひよりは警戒しながら、一歩後ろへ下がった。
「キスとか、キス以上のことは駄目だからね」
「そうしたかったけど、それはまた今度の楽しみに取っておくよ」
「はあ!?」
「冗談だよ」
律は楽しそうに答えた。
ひよりは律をにらんだ。
「だったら、何を命令するの?」
「小日向の手料理が食べたい」
「私の料理?」
予想していなかった言葉に、ひよりは聞き返した。
「ああ」
「どうして?」
「毎日、家族の食事を作ってるんだろ。どんな料理を作ってるのか気になった」
律は少し考えてから続けた。
「今度、妹と一緒に君の家へ行ってもいいか?」
「小春ちゃんと一緒に?」
「ああ。材料費は俺が出す」
ひよりは、しばらく迷った。
律一人を家へ招くのは緊張する。
けれど、小春も一緒なら、陽太も喜ぶだろう。
「……小春ちゃんと一緒なら、いいよ」
「決まりだな」
「でも、あまり期待しないでよ。家にあるもので作る普通の料理だから」
「それでいい」
律は、ひよりの百六十一位という順位をもう一度見た。
「楽しみにしてる」
賭けに惜しくも敗れたひより。
律からの命令は、ひよりの手料理を食べることでした。




