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第4話 成績を懸けて

アルバイトをしていることを律に知られてしまったひより。


学校へ報告されるのではと心配する中、律から思いがけない勝負を持ちかけられます。

翌朝。


ひよりは教室へ入ってから、何度も担任の様子をうかがっていた。


昨日、駅ビルのファーストフード店で働いているところを律に見られてしまった。


学校へ黙ってアルバイトをしていることを、担任に話されていたらどうしよう。


朝のホームルームが始まるまで、ひよりは落ち着かなかった。


しかし、担任から呼ばれることも、アルバイトについて尋ねられることもなかった。


ひよりが少し安心して教科書を取り出すと、律がそばへ来た。


「小日向」


「何?」


「昼休み、空いてる教室へ来て」


「どうして?」


「話がある」


「私はないけど」


「昨日のこと」


ひよりの手が止まった。


律は周囲の生徒に聞かれないように声を落とす。


「学校には言ってないから」


「……本当に?」


「ああ。だから、昼休みに来て」


律はそれだけ言うと、自分の席へ戻っていった。


昼休み。


ひよりが指定された空き教室へ入ると、律は窓際の机に教科書とプリントを広げていた。


その横には、小さなカードをリングでまとめた束も置かれている。


「話って何?」


ひよりは教室の入口に立ったまま尋ねた。


「昨日、店で働いてただろ」


「見れば分かるでしょ」


「妹から、小日向の弟と同じクラスだと聞いた」


ひよりの表情が固くなった。


「陽太、何か言ったの?」


「両親が離婚して、今は母親と姉と三人で暮らしてるって」


「……そう」


「母親も小日向も働いてることも聞いた」


ひよりは律から視線を外した。


陽太に家のことを隠しておくよう言っても、小学三年生の子どもには難しい。


悪気もなく、友達にそのまま話してしまったのだろう。


「先生には絶対に言わないで」


「言わない」


「私が働いてることも、家のことも」


「分かってる」


律は机の上に置かれたプリントを一枚取った。


「でも、勉強は続けろ」


「またその話?」


「放課後に残れないなら、学校にいる時間を使えばいい」


律はプリントをひよりの前へ置いた。


問題は十問だけだった。


「朝のホームルーム前に十分。昼休みに二十分。休み時間にも少しはできる」


「そんな細切れの時間で、何が変わるの?」


「塵も積もれば山となる」


今度は、小さなカードの束を差し出した。


表には英単語、裏には意味と短い例文が書かれている。


古文単語や、次の試験範囲の重要語句をまとめたカードもあった。


「これは電車の中で覚えろ」


「電車に乗ってる間くらい、ぼーっとさせてよ」


「朝ごはんや昼ごはんを食べながらでも、単語くらい覚えられるだろ」


「食事くらい、ゆっくりさせてよ!」


ひよりはカードを律へ押し返した。


「何で、あんたに生活の全部を指図されなきゃいけないの?」


「指図してるんじゃない」


「同じでしょ。何でそんなに必死なの?」


ひよりの声が強くなった。


「篠宮君は、自分の勉強だけしてればいいじゃん。私の成績なんて、どうでもいいでしょ?」


「どうでもよくない」


律は迷わず答えた。


その返事があまりにも早く、ひよりは一瞬言葉を失った。


「もう今から頑張ったって、私は学年最下位だよ」


ひよりは自分に言い聞かせるように続けた。


「それに、私の生活は変わらないの」


「朝は早く起きて、朝ごはんを作って、自分のお弁当も作る。洗濯して、干してから学校に来てる」


「お母さんは?」


「朝早くからパートに行ってるわ」


「朝だけ?」


「朝の仕事が終わったら、昼は別の仕事。夜も遅くまで働いてる。いくつも仕事を掛け持ちしてるの」


「それで、小日向が家のことをしてるのか」


「ほかに誰がするのよ」


ひよりは指を折りながら、自分の一日を並べていった。


「放課後はアルバイト。お母さんが迎えに行けない日は、陽太を学童へ迎えに行く」


「家に帰ったら夕食を作って、片づけて、ほかの家事もする」


「それだけじゃない。夜はブログの記事を書いたり、短い動画を作って投稿したりもしてる」


「それでお金になるのか?」


「ほとんどならないよ。時間をかけても、全然見てもらえないこともある」


「だったら、やめればいいだろ」


「ファーストフード店のアルバイトだけじゃ足りないの」


ひよりは唇をかんだ。


「店では、高校生は21時までしかシフトに入れないし、少しでも収入を増やしたいの」


「だから、私に勉強する時間なんてない」


律はしばらく何も言わなかった。


ひよりは、律にも諦めてもらえると思った。


これだけ話せば、自分の生活に勉強を入れる余裕がないことくらい分かるはずだった。


しかし、律は押し返された暗記カードをもう一度ひよりの前へ置いた。


「自信がないんだ」


「何ですって?」


「時間がないことを理由にして、やる前から諦めてる」


「理由じゃなくて事実よ!」


「頑張っても成績が上がらなかったら、怖いんだろ」


「違う!」


「じゃあ、やってみればいい」


律はひよりをまっすぐ見た。


「次の試験で、俺が君の順位を学年の上半分まで上げてみせる」


「そんなの無理に決まってるでしょ。今は最下位なんだよ?」


「やってもいないのに、どうして分かる?」


「あんたは私の生活を知らないから、簡単に言えるのよ」


「今、聞いた」


「聞いただけで何が分かるの?」


「少なくとも、小日向が勉強できなくなった理由は分かった」


律はプリントを指した。


「分からないから最下位になったんじゃない。勉強する時間を失っただけだ」


「同じようなものでしょ」


「違う」


律ははっきりと言った。


「君は、入学試験で俺と同じ点数を取った。少し前までは、俺を抜いて一位になったこともある」


「昔の話よ」


「なら、もう一度証明すればいい」


律は少し考えてから続けた。


「賭けよう」


「賭け?」


「この学年は320人。次の試験で160位以内に入れば、小日向の勝ち」


「私が勝ったら?」


「俺が、君の命令を一つ聞く」


ひよりは律を見た。


「161位以下だったら?」


「俺の勝ち。今度は君が、俺の命令を一つ聞く」


「何でそんな賭けに乗らなきゃいけないのよ」


「断ってもいい」


律は何でもないことのように言った。


「自信がないなら」


ひよりの中で、負けず嫌いな気持ちが一気に燃え上がった。


「誰が自信ないって言ったのよ」


「じゃあ、賭けは成立だな」


「ちょっと待って。あんたが勝ったら、何を命令するつもり?」


律は少し考えるふりをして、ひよりの顔を見た。


「そうだな」


わざと間を置く。


「君のキスでもいただこうかな」


「はあ!?」


ひよりの声が教室に響いた。


「何言ってるのよ! 絶対に嫌!」


「まだ何も決めてない」


律は慌てるひよりを見て、楽しそうに笑った。


「それとも、もっと君が困る命令にしようかな」


「冗談でも変なこと言わないで!」


「だったら、俺に勝てばいい」


律は暗記カードを、ひよりの方へ押した。


「160位以内に入れば、今度は君が俺に命令できる」


ひよりは暗記カードをつかんだ。


「分かった。そこまで言うなら、絶対に勝ってやる」


「何を命令するつもり?」


「もう二度と、偉そうに私へ指図しないこと」


「それでいいのか?」


「今はそれで十分よ」


ひよりはプリントも一緒に引き寄せた。


「それに、私が上半分まで上がったら、あんたの教え方じゃなくて、私の実力だからね」


「結果が出てから言え」


「絶対に出してやる」


朝は家事。


昼休みは問題集。


電車の中では暗記カード。


放課後はアルバイト。


帰宅後は陽太の世話と家事を済ませ、記事や動画を作りながら、少しずつ試験勉強を進める。


こうして、ひよりの成績を懸けた生活が始まった。

律の挑発に乗り、次の試験で160位以内を目指すことになったひより。


二人の新しい勝負が始まります。

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