第3話 レジの向こう側
妹と立ち寄った駅ビルのファーストフード店。
そこで律は、学校とは違うひよりの姿を見つけます。
数日後の放課後。
篠宮律は、小学三年生の妹を学童へ迎えに行った。
父親の帰宅が遅くなる日は、律が妹を迎えに行き、夕食の買い物をして帰ることになっている。
駅ビルへ入ったところで、妹が足を止めた。
「お兄ちゃん、お腹すいた」
「家に帰ったら、ご飯を作る」
「それまで待てない。あそこで食べたい」
妹が、駅ビルの中にあるファーストフード店を指さした。
「もうすぐ夕食だぞ」
「少しだけだから」
「少しだけで済まないだろ」
「ちゃんと夜ご飯も食べるから」
妹は律の袖を引き、店の入口に飾られたおもちゃの見本を見た。
「今のキャラクターのおもちゃ、欲しいの」
律は少し迷ったが、夕食の買い物をする前に休憩することにした。
夕方の店内は、学校帰りの高校生や大学生で混み合っていた。
ポテトやシェイクを囲んで話しているグループもいれば、セットメニューを食べている学生もいる。
律と妹が列の最後に並ぶと、レジから聞き覚えのある声が聞こえた。
「ありがとうございます。商品ができあがるまで、少々お待ちくださいませ」
律は声のした方を見た。
黒いサンバイザーをつけ、髪を後ろで低くまとめたひよりが、レジで働いていた。
学校では時々うとうとし、授業中に眠ってしまうこともある。
けれど今は、明るい笑顔で次々に客へ対応していた。
「いらっしゃいませ。ご注文をお伺いいたします」
ひよりは、数人で来ていた高校生たちの注文を手際よくレジへ入力していく。
「コーラのMサイズを二つと、ポテトのLサイズを一つですね」
注文を確認し、会計を済ませる。
高校生たちが受け取り口へ移動すると、列が進んだ。
やがて、律と妹の順番になった。
「いらっしゃいませ。店内でお召し上がりですか?」
ひよりが律に気づいた。
声が一瞬だけ途切れた。
しかし、すぐに接客中の笑顔へ戻る。
「店内で」
律が答えると、妹がカウンターに置かれたおもちゃの見本を指さした。
「私、キッズセットがいい」
「どちらのセットになさいますか?」
「チーズバーガーのセット。ポテトとオレンジジュースと、おもちゃがついてるやつ」
「かしこまりました。お飲み物はオレンジジュースですね」
「はい」
「おもちゃはこちらからお選びください」
妹は見本を何度も見比べたあと、一つを選んだ。
「これにする」
「かしこまりました」
ひよりは注文をレジへ入力した。
「お兄ちゃんは?」
妹に聞かれ、律はメニューを見た。
「ウーロン茶のMサイズ」
「キッズセットを一つと、ウーロン茶のMサイズを一つですね。以上でよろしいですか?」
「はい」
「合計830円になります」
律が代金を支払うと、ひよりはレシートと番号札を渡した。
「ありがとうございます。商品ができあがるまで、少々お待ちくださいませ」
ひよりは仕事中の言葉を崩さなかった。
律も何も聞かず、妹と一緒に受け取り口の近くへ移動した。
妹が、レジに立つひよりを見ながら言った。
「あのお姉ちゃん、知ってるよ」
「知ってるのか?」
「うん。陽太君のお姉ちゃん」
「陽太君?」
「同じクラスの小日向陽太君。あのお姉ちゃん、たまに学童へ迎えに来るの」
律は次の客へ対応しているひよりを見た。
小日向陽太。
名字が同じなら、ひよりの弟なのだろう。
「いつもは陽太君のお母さんが迎えに来るんだけど、陽太君を家に連れて帰ったら、またお仕事に行くんだって」
「迎えに来たあと、また仕事へ行くのか?」
「うん。お母さんが迎えに来られない日は、お姉ちゃんが来るの」
妹は、陽太君から聞いたことをそのまま話しているようだった。
「陽太君のお父さんとお母さん、離婚したんだって」
「本人が言っていたのか?」
「うん。今は、お母さんとお姉ちゃんと三人で暮らしてるって」
妹は何でもないことのように続けた。
「『うち、お金ないから、お母さんもお姉ちゃんも働いてる』って言ってたよ」
律は返事をしなかった。
ひよりが放課後になると、誰よりも早く教室を出ていたこと。
授業中に眠っていたこと。
提出物を終わらせられなくなったこと。
成績の話をされても、何も説明しようとしなかったこと。
それまで理解できなかったことが、少しずつつながっていく。
勉強をやめたかったわけではない。
怠けていたわけでもない。
学校を出たあとも働き、母親が迎えに行けない日には、弟を学童へ迎えに行っていた。
そのあとには、夕食の支度や家のこともあるのだろう。
「私だって、できるなら勉強したいよ」
教室でそう言った時のひよりの声が、律の中によみがえった。
「十八番でお待ちのお客様」
番号を呼ばれ、妹が手元の番号札を確認した。
「私たちだよ」
律は妹と一緒に商品を受け取りに行った。
ひよりがキッズセットとウーロン茶をカウンターへ並べる。
「お待たせいたしました」
妹はおもちゃの入った袋を見て、うれしそうに笑った。
「ありがとうございます。ごゆっくりお過ごしくださいませ」
律は何も尋ねなかった。
今ここで家庭のことを聞けば、働いているひよりを困らせるだけだ。
二人の後ろには、次の客が待っている。
席へ向かう途中、律はもう一度レジを振り返った。
ひよりは次の客へ、明るい笑顔を向けていた。
放課後に学校へ残れないのなら、学校で教えることだけが方法ではない。
ひよりが勉強を諦めていないのなら、別のやり方を考えればいい。
律はレジの向こう側で働くひよりを見ながら、今度は自分の方から彼女の事情に合わせようと考えていた。
学校では見えなかった、ひよりの放課後。
事情を知った律は、別の方法を考え始めます。




