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第2話 学年最下位

入学試験で同じ成績を取り、互いをライバルと認めたひよりと律。


それから二年目の秋、二人の順位は大きく離れていました。

二年目の秋。


聖曜学園高等部の廊下に、中間試験の順位が貼り出された。


休み時間になると、掲示板の前には多くの生徒が集まっていた。


「やっぱり一位は篠宮君だ」


「また全教科、ほとんど満点じゃない?」


「推薦も篠宮君で決まりかな」


一番上に書かれている名前は、篠宮律。


入学してから一度も学年首位を譲らず、今回も二位に大きな差をつけていた。


律は人だかりから少し離れた場所に立ち、自分の点数だけを確認すると、教室へ戻ろうとした。


その時、掲示板の前から声が聞こえた。


「えっ、小日向さんって最下位なの?」


「本当だ。全員の中で一番下」


「入学した時は、篠宮君と同じ首位だったんじゃなかった?」


律の足が止まった。


順位表の一番下。


そこには、小日向ひよりの名前があった。


入学したばかりの頃、ひよりは試験のたびに律へ勝負を挑んできた。


結果が出るたび、数点の差で喜んだり悔しがったりしていた。


一度だけ、ひよりが律を抜いて学年首位になったこともある。


その日は教室へ入ってくるなり、律の机まで来て、得意そうに答案用紙を見せてきた。


けれど、一年生の後半から、ひよりの成績は少しずつ下がり始めた。


提出物を忘れる。


授業中に眠る。


小テストでも空欄が増える。


最初は十番以内にいた順位が、二十番、五十番と落ちていった。


二年生になってからは、試験の結果について話しかけてくることもなくなった。


「篠宮君」


呼ばれて振り返ると、ひよりが人だかりの向こうに立っていた。


「一位、おめでとう」


以前と変わらない、明るい声だった。


「小日向は、最下位だった」


律が言うと、ひよりは困ったように笑った。


「見れば分かるよ」


「どうして、こんな点数になったんだ」


「勉強してなかったからじゃない?」


「自分のことだろ」


「そうだね」


ひよりは軽く答え、人の間を抜けて教室へ戻っていった。


律には、その態度が理解できなかった。


入学した頃のひよりなら、最下位になって笑っていられるはずがない。


教室へ戻ると、ひよりは自分の席に座り、机の中から次の授業の教科書を取り出していた。


その手元に、律は何冊もの提出されていない課題を見つけた。


「小日向」


「何?」


「次の授業の課題、まだ出してないのか」


「あとで出す」


「提出期限は昨日だ」


「分かってるよ」


「分かってるなら、どうしてやらないんだ」


ひよりは教科書を机の上に置いた。


「篠宮君には関係ないでしょ」


「前は、俺に勝つって言ってただろ」


「前の話じゃない」


「最下位のままでいいのか」


「よくないよ」


ひよりの声から、いつもの明るさが消えた。


「でも、できないものはできないの」


それだけ言うと、ひよりは律から顔をそらした。


授業が始まって間もなく、ひよりの頭がゆっくりと下がっていった。


教師に名前を呼ばれ、慌てて顔を上げる。


教室から小さな笑い声が聞こえた。


「小日向。昨夜は何時に寝たんだ」


「少し遅くなりました」


「少しではないだろう。授業中に眠るような生活は改めなさい」


「はい。すみません」


ひよりは教科書へ視線を落とした。


律は斜め前の席から、その姿を見ていた。


授業を聞く気がないようには見えなかった。


それでも、しばらくすると再び眠気に耐えるように何度も瞬きをしている。


放課後。


終礼が終わると、ひよりはすぐに教科書を鞄へ入れた。


スマートフォンには、母親からメッセージが届いていた。


『ごめんね。三つ目の仕事が長引きそう』


『弟のお迎え、お願いできる?』


ひよりは時計を確認した。


このまま学校を出れば、アルバイトの開始時間には間に合う。


仕事が終わったあとに弟を迎えに行き、夕食も作らなければならない。


『分かった。仕事が終わったら迎えに行くね』


そう返信し、席を立った。


「小日向さん。少し残ってください」


担任に呼び止められ、ひよりの手が止まった。


「篠宮君も残ってくれるか」


「はい」


律は鞄を置き、教卓の前へ向かった。


ひよりは時計を気にしながら、二人の隣に立った。


「小日向さん。今回の成績について話があります」


「はい」


「このままでは、進級にも影響が出ます。放課後に補習を受けてもらいます」


「放課後は無理です」


ひよりはすぐに答えた。


「毎日でなくても構いません。都合のつく日を決めましょう」


「都合のつく日はありません」


「部活動には入っていなかったはずですね」


「家庭の事情があります」


担任は少し考えたあと、律を見た。


「篠宮君。お願いがあるんだ」


「何でしょうか」


「小日向さんの勉強を見てもらえないか」


「先生、勝手に決めないでください」


ひよりが口を挟んだ。


「二人は入学試験で同じ成績だった。篠宮君なら、小日向さんがどこで分からなくなっているのかも理解できると思う」


「分からないところがあるんじゃありません」


「では、何が原因なんですか」


ひよりは答えなかった。


本当のことを言えば、アルバイトについても説明しなければならない。


学校に知られれば、母親まで呼び出されるかもしれない。


忙しく働いている母親に、これ以上心配をかけたくなかった。


「とにかく、今日は帰ります」


ひよりが鞄を持ち直すと、律が言った。


「また逃げるのか」


「逃げてない」


「勉強の話をすると、いつも帰るだろ」


「帰らなきゃいけないの」


「どうして毎日、そんなに急いで帰る必要があるんだ」


ひよりは律を見た。


何の心配もなく勉強を続け、ずっと一位でいられる律には分からない。


そう思うと、悔しさが込み上げてきた。


「家庭の事情で、もう帰らなきゃいけないの」


「家庭の事情って何だよ」


「篠宮君には関係ない」


「このまま最下位でもいいのか」


「好きで最下位になったわけじゃない!」


ひよりの声が教室に響いた。


担任も律も、何も言わなかった。


「私だって、できるなら勉強したいよ」


ひよりはそれだけ言い残し、教室を出た。


廊下を急ぎ、昇降口で靴を履き替える。


校門を出たところで時計を確認すると、アルバイトの開始時間が迫っていた。


ひよりは駅ビルの従業員入口から中へ入り、従業員用の更衣室へ向かった。


ロッカーに学校の制服と鞄をしまい、ファーストフード店の仕事着へ着替える。


髪をまとめて帽子をかぶると、急いで店舗のバックヤードへ入った。


「こんにちは」


先に働いていたスタッフへ挨拶し、石けんで丁寧に手を洗った。


消毒液を手に取り、指先までしっかりとなじませる。


そのあと、シフトに入るスタッフたちと並び、接客七大用語を唱和した。


「いらっしゃいませ」


「かしこまりました」


「少々お待ちくださいませ」


「お待たせいたしました」


「恐れ入ります」


「ありがとうございます」


「申し訳ございません」


唱和を終えると、ひよりはレジへ向かった。


つい先ほどまで、聖曜学園高等部で学年最下位になったことや、律に言われた言葉が頭から離れなかった。


けれど、仕事が始まれば、注文を聞き、商品を用意し、次々にやって来る客へ対応しなければならない。


忙しく働いている間は、学校であった嫌なことを思い出さずに済む。


それが今のひよりには、かえってありがたかった。


店の扉が開き、客が入ってくる。


ひよりは気持ちを切り替え、明るい笑顔で迎えた。


「いらっしゃいませ」

二年目の秋、ひよりは学年最下位になっていました。


ひよりが放課後を急ぐ理由を、律はまだ知りません。

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