第37話 リボンのお返し
ホワイトデーの翌朝。
ひよりは鏡の前で、昨日律からもらったリボンのヘアゴムを手にしていた。
「ねえ律、このリボンのゴム、結ぶの手伝って」
「何で俺がお前の髪の毛結ばなきゃいけないんだよ」
「いいじゃん。お返しにヘアゴムとかするのがいけないのよ」
「自分で結べよ」
「後ろ見えにくいんだもん。ほら、早く」
律は面倒そうにしながら、ひよりの後ろへ回った。
「……お前、ちゃんと髪の毛とかしたのか?」
「え?」
「寝ぐせひどいぞ」
「あー……昨日いろいろ考えてたら面倒くさくなって、髪の毛乾かさずに寝ちゃったんだよね」
「お前に考えることとか悩みとかあるのか?」
「あるわよ!」
「何だよ」
「昨日、相沢さんと観覧車のゴンドラの中でいい雰囲気になったの」
「へえ」
「それで、キスするかもみたいな感じになって。私もすごい緊張して、夢が叶うかもってドキドキしてたのに、相沢さんが『今日はやめておこう』ってやめちゃったのよ」
「……何で?」
「分かんない。私が知りたいくらい」
律はひよりの髪をまとめながら、少し考えた。
「他に好きなやつでもいるんじゃないか」
「え?」
「忘れられない彼女とかね」
「へえー。律、恋愛に詳しいんだ」
「適当に言っただけ」
「何それ」
「ほら、動くな。結べないだろ」
「はいはい」
律がリボンを結び終えると、ひよりは鏡を見た。
「うーん。やっぱり私ならもっと派手なの選ぶけどなあ」
「だからお前はいつも派手なの選ぶから、そのくらい落ち着いた色がいいんだよ」
「勝手に決めたくせに」
「嫌なら使わなきゃいいだろ」
「使うけど」
「使うんじゃねえか」
ひよりはリボンを確かめると、そのまま学校へ向かった。
教室へ入ると、綾乃がひよりの髪を見た。
「ひよりにしては珍しい色のリボンつけてるわね」
「あー、これ? 律からもらった。ホワイトデーのお返し」
「律君から?」
「そう。しかも私に色やデザイン選ばせてくれなくてさ」
ひよりは髪についたリボンを指でつまんだ。
「律が適当に『お前はいつも派手だから、このくらい落ち着いた色がいい』って言うのよ。ひどくない?」
「……律君が選んだんだ」
「そう。綾乃ちゃんのは真剣に選んでたのに。私のヘアゴムは適当だよ」
「そうなんだ……」
ひよりはすぐに話題を変えた。
「綾乃ちゃんは昨日、律といい感じになれた?」
「うん……前より近くなったかも?」
「ほんと? よかったじゃん」
ひよりは嬉しそうに笑った。
「私も相沢さんといい感じになったんだけど……」
「何かあったの?」
「キスするような雰囲気になってね。私、すごい緊張して、夢が叶うかもってドキドキしてたのによ。向こうが『今日はやめておこう』ってやめちゃったの」
「そうだったんだ……」
「それを朝、髪の毛を律に結んでもらう時に言ったんだけどさ」
「……律君に髪、結んでもらったの?」
「うん。このリボン、自分じゃ後ろ見えにくいし。そしたら『他に好きな女いるんじゃねえの』とか、『忘れられない元カノとか』って。偉そうに言うのよ」
「……そうなんだ」
「でも、ほんとにそうだったらどうしよう。相沢さん、理由言ってくれなかったし」
ひよりは少し考え込んだ。
それから、昨日の帰りのことを思い出した。
「それとさー、律ってほんと空気読めないよね」
「え?」
「昨日、私、相沢さんと二人で帰りたかったのにさ。相沢さんが『車乗って帰る?』って言ったら、遠慮なく乗って帰ったじゃん」
「ああ……」
「綾乃ちゃんだって、本当は律と二人きりで帰りたかったんじゃない?」
「うん……そうだね」
「でしょ? ほんとあいつ空気読めないよね」
「でも、送ってもらえて楽ではあったけどね」
「そうだけどさ。昨日は偶然だったから、今度はデート、お互い違う場所にしなきゃいけないね」
「ほんとだね」
二人は顔を見合わせて笑った。
そして放課後。
帰り支度をしている律に、綾乃が声をかけた。
「律君、一緒に帰らない?」
「いいけど」
ひよりはそのやり取りを見てから、鞄を持ち上げた。
「じゃあ私、今日は一人で帰るね」
「え、ひより一人で帰るの?」
「いいじゃん。綾乃ちゃん、昨日律と二人で帰れなかったんでしょ? 今日は二人で帰りなよ」
「別に三人でもいいけど」
「よくないの。ほんと空気読めないね」
「何でだよ」
「じゃあね、綾乃ちゃん」
「うん。また明日」
「律もちゃんと綾乃ちゃん送ってあげなよ」
「分かってるよ」
ひよりは二人より先に教室を出た。
「私は相沢さんに昨日のお礼の電話でもしておくか……」
校門を出たところで、ひよりはスマホを取り出した。
少し緊張しながら、相沢へ電話をかける。
『もしもし』
「相沢さん、もしもし。昨日はありがとうございました。遊園地も楽しかったし、ネックレスもすごく嬉しかったです」
『いえいえ。喜んでもらえてよかった』
「今日、時間ありますか?」
『あ、ごめん。今日はバイトが入っていて無理なんだ』
「そっか……」
『ごめんね。また都合のいい時、電話するよ』
「分かりました。じゃあ、バイト頑張ってください」
『ありがとう。またね』
「はい。また」
電話が切れた。
「あーあ……今日は暇つぶし相手の律は綾乃ちゃんと帰ってるしな……」
ひよりは一人で歩きながら呟いた。
「暇だな……」
しばらく歩いていると、ふと思いつく。
「あ、そうだ。次、相沢さんとデートどこに行くか考えよう」
スマホを見ながら、ひよりは次のデートを想像した。
「次はもう少しロマンティックなところに行くと……また観覧車の続きになるかな」
そう考えた途端、さっきまでの退屈な気分が消えていく。
「何か想像しちゃうと元気が湧いてきちゃったよ」
ひよりは少し足取りを軽くして家へ向かった。
「ただいまー」
「おかえり」
家へ入ると、美咲がひよりを見た。
「あら、今日はひより一人? いつも律君と帰ってくるのに」
「今日は律、綾乃ちゃんと仲良く帰ってるの」
「あら、そうなの」
「うん。律は生意気で腹が立つけど、あの二人うまくいくといいなあ……」
「ほんと、律君と綾乃ちゃん、うまくいくといいわね」
美咲はやさしく笑った。
「それに、ひよりも相沢さんとうまくいくといいわね」
「うん!」
ひよりは嬉しそうに答えた。
鞄を置き、そのままリビングでくつろぎ始める。
しばらくして、玄関の扉が開いた。
「ただいま」
「おかえり」
リビングへ入ってきた律が、ひよりを見た。
「お前が俺より早く帰ってくるの珍しいな。いつも寄り道して『あいざわさーん』ってふらふらするやつが」
「何よ、その言い方。だって相沢さん、今日バイトだったんだもん」
「そっかそっか。逃げられてるな」
「は?」
「昨日の観覧車の続き、もう逃げ腰モードやな」
「そんなことないもん!」
ひよりは胸元のネックレスを持ち上げた。
「見てよ。相沢さん、このネックレス、ホワイトデーにくれたのよ」
「それ昨日も見た」
「ネックレスとか嫌いな相手にプレゼントなんてしないでしょ? 彼女にプレゼントするようなものじゃん」
ひよりは急に嬉しそうな顔になった。
「もしかして私、彼女?」
「何、自分で言って舞い上がってるんだよ」
「いいじゃん。ちょっとくらい期待したって」
「もう相沢さんのこと考えずに勉強するぞ」
「出た。律の勉強」
ひよりは嫌そうに律を見た。
「それしかないの?」
「綾乃は予備校の自習室行ったぞ」
「え、そうなの?」
「お前も勉強しなきゃ。今度、三年生の一学期の中間テストは四十番以内だぞ」
「は? 今まだ二年生なんだけど。もう三年生の話する?」
「すぐ三年になるだろ」
「まだ春休みもあるんだよ。春休み、相沢さんとデートのこと考えてたのに」
「そんな余裕、お前にはないだろ」
「あるわよ!」
「もうすぐ受験生なんだから、春休みは特訓だぞ」
「ええー! 聞いてない!」
「今言った」
「勝手に決めないでよ!」
「四十番以内取るんだろ?」
「それと春休みを全部勉強に使うのは別!」
「全部とは言ってない」
「どうせ律の特訓って長いじゃん!」
さっきまで相沢との次のデートを想像していたひよりだったが、いつの間にか、いつものように律と言い合っていた。
ひよりの頭の中は相沢さんのことでいっぱい。
しかし、本人が気づかないまま律との距離は近く、その様子を綾乃も少しずつ気にし始めます。
果たして、この四人の関係はこれからどうなっていくのでしょうか?




