第33話 相沢さんがやって来た
学年末テストも終わり、少し落ち着いた休日。
以前からひよりの家に興味を持っていた晴真が、ついに篠宮家へ遊びに来ることになります。
けれどひよりは、律や美咲たちが余計なことを言わないか心配で……。
学年末テストが終わって数日後。
晴真の家で勉強を教えてもらっていたひよりは、休憩中に出してもらった紅茶を飲んでいた。
「そういえばさ」
「はい?」
「前に言ったけど、ひよりちゃんの家、今度行ってもいいかな?」
「え、ほんとに来るんですか?」
「うん」
晴真は楽しそうに笑う。
「何でそんなに来たいんですか」
「ひよりちゃんの話を聞いてたら、楽しそうだなって思って」
「……楽しそう?」
「うん。家族もにぎやかそうだし」
「いや、にぎやかっていうか……」
「ちょっと興味あるんだよね」
「ほんとに来るんだ……」
「嫌?」
「嫌っていうか……」
ひよりは少し言葉に詰まった。
律もいる。
美咲もいる。
小春と陽太だって、何を言い出すか分からない。
晴真の前で、普段の家での様子をあまり見られたくない気もする。
「絶対、変なこと聞かないでくださいね」
「変なこと?」
「私のこととか」
「それは分からないな」
「もう!」
晴真は声を出して笑った。
◇
そして次の休日。
インターホンが鳴った。
「来た……」
ひよりは少し緊張しながら玄関へ向かった。
ドアを開けると、晴真が紙袋を持って立っていた。
「こんにちは」
「こんにちは。どうぞ」
「これ、みんなで食べて」
晴真が紙袋を差し出す。
「お菓子?」
「うん。手土産」
「そんなのいいのに」
「初めてお邪魔するんだから、このくらいはね」
「ありがとうございます」
ひよりが晴真をリビングへ案内すると、美咲と小春、陽太、律がいた。
「相沢さん、こんにちは」
美咲がいつもより少し丁寧な声で挨拶する。
「こんにちは。お邪魔します」
「いつもひよりがお世話になってます」
「いえ。こちらこそ」
「相沢さん、これ持ってきてくれたって」
ひよりが紙袋をテーブルへ置く。
小春と陽太がすぐに寄ってきた。
「お菓子?」
「わーい!」
「二人とも、まだ開けないの」
ひよりが止めると、小春が晴真を見る。
「相沢さん、ありがとう!」
「ありがとうございます!」
陽太も続く。
「どういたしまして」
晴真は二人を見て笑った。
「ほんとににぎやかだね」
「まだ最初だからおとなしいだけですよ」
「ひより、それどういう意味?」
美咲が笑う。
「そのままの意味」
律も横から言った。
「そのうちみんな普通になりますよ」
「律、余計なこと言わなくていいから」
「まだ何も言ってないだろ」
「先に言っとくの」
晴真はそんな二人を見て、楽しそうに笑った。
◇
しばらくすると、最初はおとなしくしていた美咲も、いつもの調子に戻ってきた。
晴真が持ってきたお菓子をみんなで食べていると、小春が突然言った。
「ひよりお姉ちゃんと律お兄ちゃん、いつもジュースとかポテチ取り合いしてるよ」
「小春!」
ひよりがすぐに振り返る。
「そんなこと言わなくていいから!」
「取り合いじゃないだろ」
律がポテチを一枚取りながら言う。
「ひよりが俺の勝手に取るんだよ」
「だってちょっとくらいいいじゃん」
「この前も俺が飲んでたジュース普通に飲んだだろ」
「あれは間違えただけ!」
「そのあとも普通に飲んでたじゃん」
「もういいでしょ!」
小春が楽しそうに続ける。
「ポテチも律お兄ちゃんが食べてると、ひよりお姉ちゃん勝手に取るよ」
「勝手じゃないって!」
「何も聞かずに取ってるだろ」
「近くにあるんだからいいじゃん!」
陽太も笑いながら言った。
「でも律お兄ちゃん、文句言いながら結局あげてるよね」
「陽太まで!」
晴真は思わず笑った。
「ひよりちゃん、家だと本当に遠慮ないんだね」
「律に遠慮する必要ないですから」
「ほら、それ」
「何ですか?」
「前にも同じこと言ってたなって」
「だって本当ですもん」
律がひよりを見る。
「遠慮ないどころか、最近さらにひどくなってるけどな」
「律は黙って!」
美咲も楽しそうに会話へ入ってきた。
「そういえばこの前も、私が気づかなくて洗濯物が紛れ込んじゃったことで二人で喧嘩してたし、お風呂もひよりが鍵かけ忘れて喧嘩になったり……もう大変なのよ」
「お母さん!」
ひよりが声を上げる。
「何でそんなこと相沢さんに言うの!」
「だって本当じゃない」
「言わなくていいでしょ!」
律も横から口を挟む。
「俺はどっちも悪くないけどな」
「律も黙って!」
「洗濯物は俺のせいじゃないし、風呂だって鍵かかってなかったから開けただけだろ」
「だからって開けないでよ!」
「中にいると思わないだろ」
「もう、その話やめて!」
晴真は二人のやり取りを見ながら笑っていた。
「ひよりちゃんの話で聞いてたけど、本当にいつもこんな感じなんだね」
「違います! 今日はみんな余計なことばっかり言ってるだけです!」
「でも」
晴真は少し笑う。
「そういうひよりちゃんも可愛いなって思うけど」
「え……」
ひよりの動きが止まった。
「僕の前では結構ちゃんとしてるから。家だとこんな感じなんだなって」
「もう……相沢さんまで何言ってるんですか」
ひよりは少し照れながら視線を逸らす。
美咲が楽しそうに笑った。
「相沢さん、いいこと言うね」
「お母さんは黙ってて!」
晴真はまた笑った。
◇
夕方になり、玄関のドアが開いた。
「ただいま」
「あ、健一!」
美咲はすぐに立ち上がって玄関へ向かう。
「健一、おかえり」
「ただいま、美咲」
そのまま二人はキスをした。
すぐに離れるかと思ったが、なかなか離れない。
「……長いって」
ひよりが呆れた声を出す。
律は慣れた様子で何も言わない。
晴真は少し驚いたように二人を見ていた。
ようやく離れると、美咲が健一をリビングへ連れてきた。
「今日ね、ひよりのお友達が来てるの」
「相沢晴真です。お邪魔してます」
「相沢君ね。いつもひよりがお世話になってます」
「いえ、こちらこそ」
健一も加わり、再びみんなで話し始めた。
しばらくして、美咲が晴真を見る。
「そういえば相沢さんって二十歳なんだよね?」
「はい」
「じゃあお酒飲める?」
「一応飲めますけど」
「じゃあ一緒に飲みましょうよ」
「え?」
「お母さん、何で急にそうなるの?」
ひよりがすぐに口を挟む。
「いいじゃない。せっかく来てくれたんだし」
健一も晴真を見る。
「相沢君が嫌じゃなければ、少しくらいどう?」
「はい。じゃあ少しだけ」
「相沢さんまで!」
美咲は楽しそうに立ち上がる。
「じゃあ決まりね」
「何でお母さんが一番嬉しそうなのよ」
「ひよりと律君はジュースね」
「それは分かってるって!」
晴真はそんなやり取りを見ながら笑った。
「ほんとににぎやかだね」
「相沢さんまで楽しんでません?」
「ちょっとね」
「もう……」
◇
食事をしながら少しずつ酒が進み、美咲の頬もほんのり赤くなっていた。
「相沢さん」
「はい?」
「相沢さんは、ひよりのことどう思ってるの?」
「お母さん!」
ひよりがすぐに声を上げる。
「何よ。ちょっと聞いてみたいだけじゃない」
「本人の前で聞くことじゃないでしょ!」
晴真は困ったように笑った。
「そうですね……可愛い子だなとは思ってますよ」
「相沢さん!」
「ほらー」
「ほらー、じゃない!」
美咲は楽しそうにグラスを持ったまま、さらに晴真を見る。
「じゃあさ、律君のこと気にしてる?」
「え?」
「お母さん、もうやめてって!」
「だって気になるじゃない」
晴真は少し考えてから、律の方を見る。
「気になると言えば、ちょっと気になりますね」
「ほら!」
「何がほらなのよ!」
「ひよりちゃんから話を聞いてた時も思ってましたけど、今日実際に見てみると……二人、かなり距離近いですよね」
「そうなのよ!」
美咲が勢いよくうなずく。
「私もそこ気になるのよね」
「何でお母さんまで気にしてるの!」
「だってひより、律君には何でも言うじゃない」
「一緒に住んでるんだから普通でしょ!」
「ジュースも飲むし、ポテチも勝手に取るし」
「それは関係ない!」
律が横から口を挟む。
「勝手に取ってるのは事実だけど」
「律は黙って!」
「ほら、こういうところ」
美咲が笑う。
「何が!」
晴真も笑いながら二人を見る。
「でも、ひよりちゃんは律君のこと恋愛対象じゃないって言ってましたよ」
「そうですよ! 何回言えば分かるんですか!」
「律君も?」
美咲が今度は律を見る。
「俺も違いますよ」
「ふーん」
「お母さん、その『ふーん』やめて!」
美咲は楽しそうにグラスを口元へ運ぶ。
「まあ、私は見てるだけだから」
「だったら黙って見てて!」
「それは無理」
健一が隣で笑った。
「美咲、酔ってくると質問多くなるからな」
「健一まで!」
「だって気になるんだもん」
ひよりは呆れたように息を吐いた。
「相沢さん、ほんとすみません……」
「いや、楽しいよ」
「相沢さんまで楽しんでるし……」
◇
夜も遅くなってきた頃。
美咲がまた晴真の方を見る。
「相沢さん」
「はい?」
「今日、もう泊まっていってもいいわよ」
「え?」
「お母さん!」
ひよりがすぐに声を上げる。
「和室空いてるし」
「何勝手に泊めようとしてるの!」
「いいじゃない。もう遅くなってきたし」
「よくない!」
晴真は少し困ったように笑う。
「さすがに今日は帰りますよ」
「えー、そう?」
「そうです!」
「ひよりが一番必死じゃない」
「当たり前でしょ!」
律が横から言う。
「別に泊まってけば?」
「律まで何言ってるの!」
「和室なんだから関係ないだろ」
「そういう問題じゃない!」
美咲は楽しそうに笑った。
「じゃあ今度ね」
「今度もないから!」
◇
「今日はありがとうございました」
玄関で靴を履きながら、晴真が笑った。
「すごく楽しかったです」
「相沢さん、今日はほんとすみませんでした……」
「何が?」
「みんな余計なことばっかり言うし、お母さん酔っ払うし……」
「でも楽しかったよ」
晴真はそう言って、ひよりを見る。
「また遊びに来ます」
「え、また来るんですか?」
「うん」
「もう十分うちのこと分かったでしょ」
「まだ分からないこといっぱいありそうだし」
「やめてください」
晴真は笑いながら玄関を出ていった。
ドアが閉まると、ひよりは大きく息を吐く。
「もう……ほんと最悪」
「何が?」
律が後ろから聞く。
「みんな余計なこと言いすぎ!」
「でも相沢さん楽しそうだったじゃん」
「そういう問題じゃないの!」
美咲もリビングから声をかける。
「また来てもらおうね」
「お母さんはもう黙って!」
家の中に笑い声が広がった。
晴真が思っていた通り。
ひよりの家は、想像以上ににぎやかな家だった。
初めてひよりの家を訪れた晴真。
お菓子の取り合いから洗濯物、お風呂の騒動まで、ひよりの家での素顔をたっぷり見られてしまいました。
それでも晴真は、にぎやかな篠宮家をすっかり気に入ったようです。




