第29話 本命チョコ
バレンタインデーを翌日に控えた放課後。
ひよりが家へ帰ると、キッチンでは美咲と小春がチョコレート作りの準備をしていました。
二月十三日の放課後。
ひよりが学校から帰ると、キッチンのテーブルに板チョコや生クリーム、ココアパウダーなどが並んでいた。
「ただいま。何してるの?」
「おかえり。明日バレンタインでしょ?」
美咲がエプロン姿で振り返った。
隣では小春もエプロンをつけて、チョコレートの箱を開けている。
「今日みんなで作ろうと思って」
「みんなって、私も?」
「もちろん」
「何も聞いてないんだけど」
「今言ったじゃない」
「そういう問題じゃないでしょ」
ひよりは鞄を置いて、テーブルの上を見た。
「小春は誰にあげるの?」
「陽太君」
「陽太に?」
「うん」
「へえー」
小春は楽しそうにチョコレートを並べている。
「お母さんは健一?」
「もちろん」
「で、ひよりは?」
「え?」
美咲が笑いながら聞いた。
「もちろん律君だよね?」
「なんで律なのよ。相沢さんに作るの」
「あら、そっちなんだ」
「そっちって何よ」
「でも律君にも作ってあげた方がいいんじゃない?」
「なんで?」
「いつも勉強教えてもらってるでしょ」
「……まあ、それはそうだけど」
「せっかく材料もたくさんあるんだし」
「じゃあ、ついでに作る」
「俺はついでなのか?」
リビングの方から律の声がした。
ひよりが振り返る。
「いたの?」
「いるだろ。ここ俺の家なんだから」
「聞いてたの?」
「聞こえたんだよ」
「ちゃんと作るんだからいいじゃん」
「ついでだけどな」
「細かいなあ」
美咲が二人を見て笑った。
「はいはい。じゃあ三人で作りましょ」
ひよりもエプロンをつけ、キッチンへ入った。
◇
三人はそれぞれ作りたいものを決めて、チョコレート作りを始めた。
美咲は大きめのハート型を用意している。
「お母さん、それ一個だけ?」
「うん。健一にはこれ」
溶かしたチョコレートを型に流し、固まったところで白いチョコペンを手に取る。
美咲が迷いなく文字を書いていく。
『健一♡大好き』
「……お母さん、そのチョコ渡すの?」
「うん」
「健一大好きって……小中学生じゃないんだから」
「えー、可愛いじゃない」
「いや、今どき小学生もそんなデザインのチョコあげないって」
「えー、小春は可愛いと思うけどな」
小春が横から言った。
「でしょ?」
美咲が嬉しそうに小春を見る。
「さすが小春ちゃん」
「二人とも感覚おかしいよ」
ひよりは呆れながら、自分のチョコ作りに戻った。
ひよりが作るのは、一口サイズの丸い生チョコだった。
溶かしたチョコレートに生クリームを混ぜ、冷やして固めたものを一つずつ丸めていく。
ココアパウダーをまぶしたもの。
粉砂糖をまぶしたもの。
細かく砕いたナッツをつけたもの。
何種類か作って箱に並べると、それなりにお洒落に見えた。
「ひよりの、結構本格的じゃない」
美咲がのぞき込む。
「せっかく相沢さんに渡すんだから、見た目もちゃんとした方がいいでしょ」
「本命だもんね」
「もう、それ言わなくていいから」
ひよりは出来上がったチョコを一粒手に取った。
「これ、出来たての方がおいしいかも」
そのままリビングへ向かう。
律はソファに座って問題集を開いていた。
「律、ちょっと口開けて」
「え?」
「あーんして」
「なんで?」
「いいから。味見」
律が口を開けると、ひよりはチョコを一粒入れた。
「おいしい?」
律は少し噛んだ。
「うん。おいしい」
「じゃあ、これでOKか」
「俺は毒味役か?」
「いいじゃん。ちゃんとおいしかったんでしょ?」
「まあ、そうだけど」
「じゃあ決まり」
ひよりは満足してキッチンへ戻った。
美咲が笑いながらこちらを見ている。
「何?」
「別にー」
「その顔やめてよ」
しばらくして、三人のチョコが出来上がった。
「そうだ。メッセージカードもあるわよ」
美咲が小さなカードを何枚かテーブルに並べる。
「そこまで用意したの?」
「せっかくだもん」
美咲は迷わず一枚取った。
『健一大好き♡』
「チョコにも書いてあるのに、カードにも書くの?」
「いいじゃない」
隣では小春も一生懸命文字を書いている。
『陽太君大好き♡ これからも遊ぼうね』
「できた!」
「小春ちゃん、可愛い」
「えへへ」
ひよりもカードを一枚手に取った。
「うーん……何書こう」
「お母さんが書こうか?」
「絶対やだ」
「『愛してます。付き合ってください♡』って」
「書けるわけないでしょ!」
「本命なんだから、それくらい書けばいいのに」
「まだ付き合ってもないのに重すぎるって」
ひよりは少し考えてからカードに書いた。
『いつもありがとうございます。また勉強教えてください』
「これでいい」
「ずいぶん普通ね」
「普通でいいの」
「律君の分は?」
「えー、カードもいる?」
「当然でしょ」
「何書けばいいのよ」
「それくらい自分で考えなさい」
ひよりはもう一枚カードを取り、
『いつも勉強教えてくれてありがとう』
と書いた。
「ラッピングも用意してるわよ」
今度は美咲が何種類ものラッピング袋とリボンを広げた。
「お母さん、準備よすぎない?」
「こういうのは見た目も大事でしょ。私は情熱の赤にしようかな」
「情熱の赤って……」
「小春は?」
「ピンクがいい!」
「はい、小春ちゃんはピンクね」
美咲がピンクの袋を渡す。
「ひよりは?」
「何でもいい」
そう答えたひよりだったが、並んでいるラッピングを見て少し考えた。
「相沢さんのは……黒に赤のリボンにしておこうかな」
「黒?」
「大人の男って感じするし。それに相沢さんの車、赤だし」
「ちゃんと考えてるじゃない」
「別にいいでしょ」
ひよりは黒い箱に生チョコを詰め、赤いリボンを合わせた。
「律のは……」
残っている袋を見回す。
「律には青でいいやー」
「急に適当ね」
「だって律だし」
ひよりは青いラッピング袋を手に取った。
残った生チョコを皿に並べてから、ふと思う。
「でも律の分、もうこのまま皿ごと今日あげてもいいんじゃない? そこにいるし」
「だめよ」
美咲がすぐに言った。
「えー、なんで?」
「律君にもちゃんとラッピングして、メッセージカードつけないと失礼でしょ?」
「同じ家に住んでるのに?」
「同じ家に住んでるからって適当でいいわけじゃないでしょ。いつも勉強教えてもらってるんだから」
「……分かったよ」
ひよりは皿に並べていたチョコを青い袋へ移した。
「これでいい?」
「うん。ちゃんとできたじゃない」
「相沢さんのより簡単だけどね」
「ついでだもんね」
美咲が笑う。
「お母さんが言ったんでしょ、律にも作れって」
「はいはい」
ひよりは二つのチョコを見比べた。
黒い箱に赤いリボンを結んだ晴真の分。
青い袋に入れた律の分。
明日はバレンタインデーだった。
バレンタイン前日、美咲、小春、ひよりの三人でチョコレート作り。
晴真には少しお洒落な本命チョコ。
律には「ついで」のチョコを作ったひよりですが、出来たての味見役は律でした。




