第27話 恋愛対象じゃない
アルバイトを辞めたひよりは、約束していた晴真の家へ勉強を教えてもらいに行くことに。
一方、久しぶりに一人で図書館へ向かった律は、そこで綾乃と会います。
土曜日。
ひよりが出かける準備をしてリビングへ下りると、美咲が声をかけた。
「ひより、どこ行くの?」
「相沢さんち」
「あ、アルバイトで一緒だった、夜景見に連れていってくれて家まで送ってくれた子ね」
「うん。今日は勉強教えてもらうの」
「いいじゃん。行ってらっしゃい」
「行ってきます」
そのやり取りを聞いていた律が顔を上げた。
「お前、今日出かけるのか?」
「そうだけど」
「勉強は?」
「だから勉強しに行くんだって」
「男の家に女一人でのこのこ行って、何かあっても知らないぞ」
「相沢さんはそういう人じゃないし。勉強教えてもらいに行くだけだから」
「その男の家じゃなくても勉強できるだろ」
「もう、律は私の彼氏じゃないんだから、そんなこと言う権利ないでしょ」
「……」
そばで聞いていた美咲が楽しそうに笑った。
「何、お母さん」
「別にー」
「別に彼氏じゃなくても、同じ家に住んでたら心配くらいするだろ」
「大丈夫だって。じゃあ行ってきます」
「行ってらっしゃい」
美咲が手を振る。
ひよりは鞄を持って家を出た。
◇
ひよりは晴真に教えてもらったマンションの前まで来ていた。
「ここか……」
エントランスを抜け、部屋番号を確認してインターホンを押す。
しばらくすると扉が開いた。
「いらっしゃい」
「お邪魔します」
ひよりは少し緊張しながら部屋へ入った。
リビングにはソファとローテーブルがあり、壁際には本棚とテレビが置かれている。
家具の色も揃っていて、物もきれいに片づいていた。
「へえ……一人暮らしってこんな感じなんだ」
「何か変?」
「違います。お洒落だなって思って」
「そう?」
「しかも広いし、きれい。前に私が住んでたアパートより全然いいです」
「家族で住んでたところ?」
「はい。お母さんと弟と三人で住んでました」
ひよりは部屋を見回す。
「大学生になったら、こういうところで一人暮らしするのもいいなあ」
「ひよりちゃんも大学行ったらする?」
「どうだろ。今の家、結構居心地いいんですよね」
「同居してるんだっけ?」
「はい」
「じゃあ、まず勉強しようか」
「お願いします」
二人はテーブルに教材を広げた。
晴真はひよりが持ってきた問題集を開く。
「どこが分からない?」
「ここです」
「これは先にこっちを出してから考えた方が分かりやすいよ」
「あ、そういうことか」
「じゃあ一回やってみて」
ひよりはノートに式を書いていく。
しばらく勉強したところで、晴真がお菓子と飲み物を持ってきた。
「ちょっと休憩しよう」
「ありがとうございます」
「勉強ばっかりじゃ疲れるからね」
「相沢さん、優しいですね」
「そう?」
「律だったら、休憩したらすぐ『続きやるぞ』って言います」
「律?」
「あ、同居の子です。いつも勉強見てもらってるんですけど、ほんとうるさいんですよ。勉強、勉強って」
「結構厳しいんだ」
「厳しいですよ。アルバイト辞めたら、前よりもっと勉強させられるようになったし」
「でも、ひよりちゃんのためなんじゃない?」
「それは分かってますけど」
ひよりはジュースを一口飲んだ。
「家でも遠慮ないんですよ。こないだなんて私のジュース間違えて飲むし」
「一緒に暮らしてると、そういうこともあるんだ」
「洗濯物も律のジーンズの中に紛れ込んでて、勝手に持ってくるし」
「洗濯も一緒なんだ」
「家族みんなまとめてるからですよ。しかもこの前、お風呂入ろうとしてる時にドア開けられたんです」
「え?」
「お母さんが律に先に入ってって言ったのに、私がまだいたんです。鍵かけ忘れてた私も悪いけど」
「……いろいろあるんだね」
「ほんと同居って面倒ですよ」
晴真が笑った。
「でも、ひよりちゃんってその子の前では遠慮なさそうだね」
「律に遠慮する必要ないですから」
「そうなんだ」
「全然恋愛対象じゃないですよ、あいつ」
「そこまではっきり言うんだ」
「だって本当ですもん」
「喧嘩もする?」
「しょっちゅうです」
「なんか想像できるな」
「何でですか」
「ひよりちゃん、結構言いたいこと言いそうだから」
「相沢さんにそんなこと言われると思わなかった」
ひよりは少し頬を膨らませた。
晴真が笑う。
「でも、ひよりちゃんってなんか妹みたいで可愛いよね」
「妹ですか?」
「うん。放っておけないっていうか」
「それ、褒めてます?」
「褒めてるよ」
「だったらいいですけど」
ひよりはお菓子を一つ取った。
妹みたい。
少しだけ引っかかったが、晴真と二人で過ごしていることの方が嬉しかった。
◇
同じ頃。
律は久しぶりに一人で図書館へ来ていた。
参考書を開いて問題を解いていると、声をかけられた。
「律」
顔を上げると、綾乃が立っていた。
「綾乃」
「ここ座っていい?」
「いいよ」
綾乃が向かいの席に座った。
「今日はひよりと一緒じゃないんだ」
「あいつなら大学生と勉強するって、その人の家に行ったよ」
「え、大学生の家?」
「うん」
「止めなかったの?」
「何で?」
綾乃は律を見る。
「だって、ひよりのこと好きじゃないの?」
「え? 違うよ」
「そうなの?」
「あいつ恋愛対象じゃないし」
綾乃の表情が少し変わった。
「でも毎日一緒にいるんでしょ?」
「一緒に住んでるからな」
「それでも何とも思わないの?」
「部屋は散らかすし、だらしないし、家じゃ全然女らしくないし」
「そこまで言う?」
「本当のことだから」
「ひよりが聞いたら怒るよ」
「いつも怒ってるよ」
律は参考書に視線を戻した。
「親同士が付き合ってるから一緒に住んでるだけだよ」
「そっか」
綾乃は少し笑った。
「何?」
「別に」
「勉強しに来たんだろ?」
「うん」
二人はそれぞれ参考書を開いた。
◇
数日後。
昼休みが終わろうとしていた頃、綾乃がひよりの席へ来た。
「ひより、ちょっといい?」
「いいけど」
二人は教室を出た。
廊下の端まで来ると、綾乃がひよりを見る。
「この前、図書館で律に会ったの」
「そうなんだ」
「ひよりが大学生の家に勉強しに行ってるって聞いた」
「相沢さんのところね」
「うん。それでね」
綾乃が少し間を置いた。
「律、ひよりのこと恋愛対象じゃないって言ってたよ」
「へえ」
「気にならないの?」
「別に。私も律のこと恋愛対象じゃないし」
「本当に?」
「うん。だって毎日喧嘩してるし」
綾乃はひよりの顔を見る。
「じゃあ、私と律のこと応援してよ」
「え?」
「私、律のこと好きだから」
「そうだったんだ」
「うん」
ひよりは少し考えてから頷いた。
「いいよ。応援する」
「ほんと?」
「だって私、律のことそういうふうに見てないもん」
「ありがとう」
綾乃は嬉しそうに笑った。
「じゃあ戻ろう」
「うん」
二人は教室へ戻った。
ひよりが席に座ると、隣の律が声をかけてきた。
「綾乃と何話してたんだ?」
「女の子同士の話」
「何だよそれ」
「律には関係ない」
「ふーん」
ひよりは次の授業の教科書を取り出した。
隣では律も授業の準備をしている。
いつもと同じだった。
晴真に律のことを「恋愛対象じゃない」と話したひより。
一方の律も、綾乃に同じ言葉を口にします。
お互いを恋愛対象ではないと言い切る二人ですが、綾乃は律への気持ちをひよりに伝えました。




