第23話 新しい日常
篠宮家での生活が始まったひより。
新しい家から初めて学校へ向かい、放課後は残り少なくなったアルバイトへ行きます。
月曜日の朝。
ひよりは学校へ行く準備を終え、バッグを持って玄関へ向かった。
「ひより、そろそろ行くぞ」
「え?」
ひよりは律を見る。
「今、ひよりって呼んだ?」
「家で小日向って呼んだら、誰のことか分かりにくいだろ」
「ああ、確かに」
「行くぞ」
「うん」
二人は家を出て、並んで駅へ向かった。
◇
その頃、綾乃は駅へ向かう車の後部座席に座っていた。
見慣れた住宅街に入る。
この辺、律の家の近くだ。
もう学校に行ったかな。
綾乃はふと、律の家の方を見た。
ちょうど律とひよりが並んで、家の敷地から道路へ出てくるところだった。
「え……律と小日向さん?」
綾乃は思わず二人を追って見る。
ここ、律の家よね?
どうして小日向さんまでいるの?
車はそのまま二人の横を通り過ぎていく。
降りて聞きたい。
でも、学校へ行けば二人ともいる。
綾乃は学校で聞くことにした。
◇
学校に着き、ひよりが席で教科書を出していると、律が近くへ来た。
「ひより、昨日の問題集持ってきた?」
「持ってきたよ」
「昼休みに見るから」
「また勉強?」
「80位以内に入るんだろ」
「分かってるって」
綾乃は少し離れたところから二人を見る。
――ひより?
なんだか急に馴れ馴れしくなっている。
それよりも、朝のことが気になった。
綾乃はひよりの席へ向かった。
「小日向さん、ちょっと聞いていい?」
「何?」
「今朝、律の家から一緒に出てきたよね?」
「あ、見てたの?」
「うん。どうして?」
「私のお母さんと篠宮君のお父さん、バツイチ同士で付き合ってるのよ。それで一緒に暮らすことになって、私と陽太も引っ越したの」
「え、今もう律の家に住んでるの?」
「うん。土曜日から」
「そうなんだ……」
綾乃は自分の席へ戻った。
朝、一緒に家から出てきただけではなかった。
今は帰る家まで同じ。
しかも律は、ひよりを名前で呼ぶようになっている。
◇
放課後。
「今日バイトだから先帰ってて」
「何時まで?」
「いつもと同じ」
「分かった」
「じゃあね」
ひよりは駅ビルのアルバイト先へ向かった。
仕事が落ち着き、休憩室へ入ると晴真がいた。
「お疲れ、ひよりちゃん」
「お疲れさまです」
「引っ越し、どうなった?」
「ほとんど終わりました」
「もう?」
「思ったより荷物が少なくて、土日に必要な物はほとんど運んじゃったんです。もう篠宮君の家で暮らしてます」
「新しい家って、前に話してた同級生の男の子の家だよね?」
「篠宮君の家です」
「同級生の男と毎日同じ家か」
「何ですか?」
「いや、ちょっと心配だなって」
「大丈夫ですよ。篠宮君とはそういう関係じゃないから」
「本当に?」
「全然ロマンティックじゃないですよ。勉強、勉強ってうるさいし。ガリ勉だし」
「そこまで言う?」
晴真が笑った。
「じゃあ勉強で困ったら俺に聞いてよ。前にも言ったけど、家庭教師やってるし」
「相沢さんにまで勉強言われたら、逃げ場なくなるじゃないですか」
「それは困ったね」
晴真が笑う。
「そうだ。今日も一緒に帰る?」
「送ってくれるんですか?」
「うん。今日も景色いいところ連れていってあげる」
「またあるんですか?」
「前とは違うところ」
「行きたいです」
「じゃあ決まり」
休憩を終え、二人は仕事へ戻った。
◇
アルバイトが終わると、ひよりは晴真の車に乗った。
晴真が連れてきたのは、川沿いの高台だった。
遠くまで街の明かりが続き、川には橋や建物の光が映っている。
「わあ……綺麗」
「ここもいいでしょ?」
「はい。前の工場夜景とは全然違う」
二人は車を降り、景色を眺めた。
「相沢さん、本当にこういうところたくさん知ってますね」
「ドライブ好きだからね」
「車あるといいなあ」
「ひよりちゃんも18歳になったら免許取れば?」
「まだ先ですよ」
「そのうちじゃん」
「私が運転できるかな」
「慣れれば大丈夫だよ」
ひよりは川の向こうを見る。
「でも、今日ここ来れてよかった。引っ越しで最近ちょっと忙しかったから」
「気晴らしになった?」
「なりました」
「じゃあまた疲れたら連れてくるよ」
「ありがとうございます」
しばらく景色を楽しんだあと、二人は車へ戻った。
「今日は新しい家まで送ればいいんだよね?」
「はい。場所教えますね」
◇
篠宮家では、美咲がいつもより早く仕事から帰っていた。
律はリビングで問題集を開いていた。
ひよりのアルバイトが終わる時間は、とっくに過ぎている。
駅ビルから家までの時間を考えても、もう帰ってきていておかしくなかった。
「ひより、まだ帰ってないの?」
美咲が聞いた。
「まだです」
「今日も大学生に車で送ってもらうついでに、どこか寄り道してるのかもね」
律が顔を上げる。
「今日も?」
「この前もバイト先の大学生に送ってもらったのよ。帰りに工場の夜景を見てきたって」
「……二人で?」
「そうみたい。私もちょうど仕事から帰った時に、車で送ってもらってるところ見たし」
「そうなんですか」
律は問題集へ戻った。
しばらくして、家の前に車が止まった。
律が窓の外を見る。
助手席からひよりが降りてきた。
運転席の晴真と少し話してから、ひよりは楽しそうに笑って手を振る。
車が走り去り、少しして玄関が開いた。
「ただいまー」
「おかえり」
美咲が答える。
「今日も相沢さんに送ってもらったの?」
「うん。今日は川沿いの高台に連れていってもらった。すごく綺麗だったよ」
「またいいところ連れていってもらったのね」
「前の工場夜景と全然違って、川に橋の光が映ってたの」
ひよりはご機嫌だった。
リビングにいる律を見る。
「ただいま」
「……おかえり」
「何?」
「別に」
「なんかそっけなくない?」
「普通だけど」
「そう?」
ひよりは律を見たが、美咲の方へ向かった。
「お母さん、今度写真撮ってくるね」
ひよりは楽しそうに話し始めた。
律は何も言わず、問題集へ視線を戻した。
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