第18話 大晦日も静かじゃない
12月31日。
ひよりたちは篠宮家へ向かい、今年はみんなで大晦日を過ごすことに。
ところが到着早々、美咲と健一はすっかり恋人同士の雰囲気で――。
12月31日。
昼を少し過ぎた頃。
ひよりたちは、大きなバッグを持って篠宮家へやって来た。
今日からまた泊まりだ。
玄関の扉が開き、健一が顔を出す。
「いらっしゃい。寒かったでしょう」
「健一さん、会いたかったー!」
「えっ?」
美咲は荷物を置くより先に、健一へ抱きついた。
「美、美咲さん」
「だって昨日から会ってないんだもん」
「昨日からって、1日だけですよ」
「1日も会ってないのよ?」
後ろにいたひよりは、その光景を見ながら律を見る。
「……着いて早々これだよ」
「父さんも嬉しそうだけどな」
「何か見てるこっちが恥ずかしいんだけど」
「俺に言うなよ」
美咲が健一から離れると、健一がその髪を見る。
「あれ? 美咲さん、髪……少し変わりました?」
「えっ!」
美咲の表情が一気に明るくなる。
「気づいた?」
「ええ。少し巻いてますよね」
「ほら、ひより!」
「何?」
「健一さん、ちゃんと気づいてくれた!」
「はいはい。良かったね」
「ひよりなんて昨日、『どこ切ったの?』って言ったのよ」
「だって本当にほとんど変わってないんだもん」
「全然違うわよ」
美咲は満足そうに健一の隣へ戻った。
その時、家の奥から小春が走ってくる。
「わあ、陽太君! 入って入って!」
「小春ちゃん!」
「今日何して遊ぶ?」
「ゲーム!」
「いいよ! あとボードゲームもやろうよ」
2人がそのままリビングへ行こうとしたところで、律が声をかけた。
「小春」
「何?」
「お前、自分の部屋片づけたのか?」
「……まだ」
「じゃあ片づけてから遊べよ」
「えー! せっかく陽太君来たのに!」
「昨日から言ってただろ」
小春は少し考えると、陽太を見る。
「じゃあ陽太君、手伝って」
「えっ、僕も?」
「2人でやったらすぐ終わるよ!」
「小春、それ陽太に片づけさせるつもりじゃないだろうな」
「違うよ。一緒にやるの!」
「本当か?」
「本当!」
小春は陽太の手を引く。
「行こう、陽太君!」
「う、うん」
2人はそのまま階段を上がっていった。
ひよりはその後ろ姿を見送る。
「小春ちゃん、陽太のこと本当に好きだね」
「最近ずっとあんな感じ」
「陽太、完全に押されてるじゃん」
「……誰かさんのお母さんと似てるな」
「誰のことよ」
ひよりが振り返る。
美咲はまた健一のすぐ隣にいた。
「……否定できないけど」
◇
「あ、そうだ」
美咲が思い出したように言った。
「大晦日の買い出しに行かなきゃ」
「まだ買うものあるんですか?」
「あるある。お蕎麦とか、お菓子とか、明日の分も少し」
美咲は健一の腕に軽く触れる。
「健一さん、一緒に行きましょう」
「俺も?」
「うん。荷物持ってほしいの」
「それくらいなら」
「やった」
美咲は嬉しそうに健一の腕へくっついた。
律がその様子を見る。
「……小日向のお母さんって、あんな感じなんだな」
「何が?」
「甘え方が」
「昔からあんな感じだよ」
「お前と全然性格違うな」
「どういう意味よ」
「小日向だったら『荷物くらい自分で持てる』って言いそう」
「言うけど」
「ほら」
「お母さんは昔からあんなの」
ひよりはため息をついた。
「昨日だって、服どう思うとか、美容室行ってきたとか、ずっと大変だったんだから」
「うちの父さんもだよ」
「え?」
「普段あんまり掃除しないのに、大掃除だって朝からいらないもの大量に捨ててた」
「篠宮さんまで?」
「服も『これどうかな』って聞いてきた」
「……親たち両方浮かれてたんだ」
「みたいだな」
美咲の声が玄関から聞こえる。
「健一さん、行きましょ」
「はいはい」
2人は並んで家を出ていった。
ひよりと律は玄関を見つめる。
「……手、つないでたね」
「見れば分かる」
「何かもう、こっちが恥ずかしい」
「同感」
律は少し間を置いて、ひよりを見る。
「なあ、小日向」
「何?」
「お前、勉強道具持ってきたか?」
「えー、大晦日も勉強?」
「冬休みだからって休んでたら忘れるだろ」
「でも、そう言われると思って一応持ってきたよ」
「ならいい」
「何その確認。先生みたい」
「誰のために言ってると思ってるんだよ」
「はいはい。篠宮先生、あとでお願いします」
「ふざけてるだろ」
「半分くらい」
◇
律の部屋。
2人は机に問題集を広げていた。
ひよりの手には、クリスマスイブに律からもらったシャーペンがある。
しばらく問題を解いていたが、途中でひよりの手が止まった。
「……」
律が気づく。
「小日向、そこ分からない?」
「え? 何で分かったの?」
「さっきから全然進んでないから」
「ここ。途中までは分かるんだけど」
「これは先にこっちを出してから考えるんだよ」
「えっと……」
律がひよりのノートを指す。
「ここまで合ってるだろ?」
「うん」
「じゃあ次にこれを代入して」
「あ、そっか」
「そう」
「分かった」
ひよりはまたシャーペンを動かし始めた。
しばらくすると、玄関の方から声が聞こえてきた。
「ただいまー!」
続いて、廊下を走る足音。
「おかえり!」
「何買ってきたの?」
「おやつある?」
小春と陽太の声だ。
ひよりと律は顔を上げたが、部屋からは出なかった。
「……続きやる?」
「うん」
再び問題集へ向かう。
ところが少しして、下から美咲の声がした。
「ひよりー! 律君ー! おやつの時間よー!」
「えー……」
ひよりが椅子にもたれる。
「行かないとまた呼ばれるぞ」
「だよね……」
2人は仕方なく部屋を出た。
◇
リビングへ行くと、案の定、美咲は健一のすぐ隣に座っていた。
買ってきたお菓子をテーブルへ並べながら、何かと健一の肩に触れたり、腕にくっついたりしている。
ひよりは律の隣へ座り、小さな声で言った。
「……まだやってる」
「ずっとあんな感じだな」
「見てるこっちが疲れてきた」
「俺に言うなって」
おやつを食べ終えると、美咲が立ち上がった。
「じゃあ、これから健一さんと晩ご飯とおせちの準備するから」
「手伝おうか?」
ひよりが一応聞く。
「いいのいいの」
「いいの?」
「今日は健一さんと2人で作りたいから。ひよりたちは好きにしてて」
「……分かった」
ひよりは律を見る。
「助かった」
「巻き込まれなくて済んだな」
ところが。
「じゃあお兄ちゃん、お姉ちゃん!」
「一緒に遊ぼう!」
小春と陽太がすぐにやって来た。
「……え?」
「ボードゲームしよう!」
「また?」
「いいじゃん!」
律が小さく息を吐く。
「……捕まったな」
「捕まったね……」
結局、4人でボードゲームをすることになった。
その途中。
「健一さん、これ味見して」
キッチンから美咲の声が聞こえる。
「うん。美味しいですよ」
「本当?」
「美味しいです」
「やった。ダーリンに美味しいって言ってもらえた」
ひよりの手が止まった。
「……ねえ、聞こえた?」
「聞こえた」
「ダーリンって……」
「俺に言うな」
「お兄ちゃん、早く!」
小春が律を急かす。
「ああ、分かった」
ゲームを再開する。
けれど時々、キッチンを見ると、美咲は相変わらず健一の隣で楽しそうにしていた。
◇
「はーい、晩ご飯できたよー!」
美咲の声が響く。
「わーい!」
「お腹すいた!」
小春と陽太がすぐに立ち上がった。
「その前に手洗ってきてね」
「はーい!」
2人は洗面所へ走っていく。
ひよりはエプロン姿の母を見る。
料理を並べながら、まるで以前からこの家で暮らしていたかのように動いている。
「……ねえ、篠宮君」
「何?」
「うちのお母さん、もうこの家のお母さんになりきってない?」
「俺も今それ思った」
「まだ住んでもないのに」
「小春も普通に言うこと聞いてるしな」
「馴染むの早すぎでしょ……」
「ひよりと律君も早く手洗ってきなさい」
「……はい」
ひよりは返事をしてから律を見る。
「何で私まで普通に返事してるんだろ」
「もう逆らえないんじゃない?」
「やめてよ」
6人でテーブルを囲む。
美咲と健一は当然のように隣同士だ。
食事が進むにつれて、美咲も少しずつお酒が回ってきた。
「それにしても、ひよりと律君って本当に勉強ばっかりねえ」
「またその話?」
「だって大晦日まで勉強するんでしょ?」
「するけど」
「高校生なのに青春ないの?」
「受験あるんだから仕方ないでしょ」
「2人、結構お似合いなんだけどねえ」
「お母さん!」
「何よ」
「篠宮君もいるんだからやめてよ」
「本当のことなのに」
「本当じゃないから!」
美咲はグラスを持ったまま、ふと思い出したように言った。
「あ、そういえば昨日」
「何?」
「ひより、アルバイト先の大学生と車で夜景見に行ったのよね」
律の箸が止まった。
「……車で?」
「お母さん、それ今言わなくていいから!」
「だって綺麗だったんでしょう?」
「綺麗だったけど……」
律がひよりを見る。
「夜景?」
「うん」
「2人で?」
「そうだけど」
「へえ……」
「何?」
「別に」
美咲はそんな2人を見て笑う。
「律君、ぼやぼやしてると、ひより大学生と付き合っちゃうかもよ」
「お母さん!」
「え?」
「相沢さんとはそんなんじゃないから!」
「そうなの?」
「そうだよ。ただのアルバイト先の先輩!」
「でも車で夜景でしょう?」
「気晴らしに連れていってくれただけ!」
「ふーん」
美咲は楽しそうにビールを飲む。
「私も健一さんとドライブ行きたいわ」
「ドライブですか?」
「うん。夜景見たい」
「じゃあ今度行きましょうか」
「本当?」
「ええ」
「やった」
美咲は嬉しそうに健一の腕へ触れた。
律は黙って食事を続ける。
けれど、頭にはさっきの話が残っていた。
車で。
2人で。
夜景。
◇
夕食が終わる頃。
「今日は0時まで起きる!」
小春が宣言した。
「僕も!」
陽太も続く。
美咲はすぐに首を横に振った。
「だめ。大晦日でも21時には寝てね」
「えー!」
「年越ししたい!」
「年越しは来年もできるでしょ」
「今日の大晦日は今日しかないよ!」
「大晦日は毎年来ます」
「えー!」
小春と陽太は不満そうだ。
ひよりは美咲を見る。
「……お母さん、子どもたち早く寝かせたいだけじゃない?」
「何で?」
「いや、別に」
美咲は今度はひよりと律を見る。
「2人は?」
「何が?」
「今日は何時に寝るの?」
「決めてないけど」
「夜も勉強する?」
律が答える。
「まあ、そのつもりです」
「大晦日まで?」
「はい」
「2人とも本当に頑張るわねえ」
美咲は呆れたように笑った。
「もっと青春とかないの?」
「お母さんに言われたくない」
「私は青春してるわよ」
「知ってる。見れば分かる」
律は思わず少し笑った。
◇
21時を過ぎると、小春と陽太はそれぞれ寝ることになった。
ひよりと律は再び律の部屋で問題集を開いていた。
しばらくすると、ドアがノックされる。
「ひより、律君」
「何?」
美咲が顔を出した。
「2人とも、お風呂いつ入る?」
「まだ入らないけど」
「俺もまだです」
「じゃあ私たち先に入っていい?」
「どうぞ」
「健一さんと一緒に入るから、ちょっと長くなると思うの」
「……」
「……」
「あとで『まだ?』って言われたくないから、先に聞いておこうと思って」
「そんな理由で聞いてたの!?」
「だってゆっくり入りたいじゃない」
「お母さん……」
「じゃあ決まりね。健一さん、お風呂入りましょ」
美咲は部屋を出ていった。
ドアが閉まる。
しばらく2人とも何も言わなかった。
「……ねえ、篠宮君」
「何?」
「一緒にお風呂って……」
「……」
「聞いてるこっちが恥ずかしいんだけど」
「俺に言うなよ」
「だって篠宮君のお父さんでしょ」
「そっちのお母さんだろ」
「……それもそうだけど」
ひよりは問題集へ視線を戻した。
「お母さんは昔からあんなんだったわ……」
「うちの父さんは真面目だからな」
「完全にお母さんに流されてるよね」
「かなり流されてると思う」
「大丈夫かな」
「父さん本人も楽しそうだから、いいんじゃない?」
「まあね。お母さんもすごく楽しそうだし」
ひよりはシャーペンを動かし始めた。
◇
それからしばらくして。
「……ねえ」
「何?」
ひよりが顔を上げた。
「ちょっと喉乾かない?」
「そうだな」
「何か飲みたい」
「じゃあ俺、取ってくる」
「ありがとう」
律は椅子から立ち上がり、部屋を出た。
階段を下りる。
リビングにはまだ明かりがついていた。
冷蔵庫へ向かおうとしたところで、律の足が止まる。
風呂上がりの父と美咲が、ソファに並んで座っていた。
テーブルの上にはビールが置かれている。
「お風呂気持ちよかったね」
「そうですね」
「健一さん、もう1杯飲む?」
「少しだけなら」
美咲が健一の肩へ寄りかかった。
律は声をかけるタイミングを失う。
そのまま見ていると、美咲が健一の方を向いた。
健一も顔を向ける。
そして2人はキスをした。
「……」
律は何も言わず、静かに後ろへ下がった。
そのまま階段を上がる。
飲み物は、またあとでいい。
部屋へ戻ると、ひよりが振り返った。
「おかえり。飲み物は?」
「……取ってない」
「え? 何で?」
「父さんたち……キスしてた」
「えっ」
「リビングで」
「あー……」
「何その反応」
「だって私、クリスマスイブにもう見たし」
「聞くのと実際見るの、全然違うな」
「でしょ?」
ひよりは少し笑った。
「だからあの時、私すぐ戻ってきたじゃん」
「今なら分かる」
「飲み物どうする?」
「……もう少しあとでいい」
「私も」
◇
日付が変わった。
「あ」
ひよりが時計を見る。
「0時過ぎた」
「本当だ」
「あけましておめでとう、篠宮君」
「あけましておめでとう。今年もよろしく」
「よろしく」
こんな時間まで問題集を広げたまま新年を迎えるとは思わなかった。
その時。
ひよりのスマートフォンが鳴った。
「ん?」
画面を見る。
「あ、相沢さんからだ」
ひよりの声が少し明るくなる。
「……相沢さん?」
「うん。あけましておめでとうって」
ひよりは画面を見ながら返信する。
『あけましておめでとうございます』
すぐに返事が来る。
『今日は篠宮君の家だっけ? 楽しんでる?』
ひよりは少し笑った。
「何?」
「大晦日楽しんでる?って」
「……結構メッセージするんだな」
「まだ昨日連絡先交換したばっかりだよ」
「昨日?」
「うん」
「夜景行った日に?」
「そう」
ひよりはスマートフォンを見ながら言う。
「今度また綺麗な場所に連れていってくれるって」
「また?」
「うん。相沢さん、ドライブ好きなんだって」
「……ふーん」
「何その反応」
「別に」
ひよりは少し考えてから笑った。
「でも、車でドライブっていいね。夜景もすごく綺麗だったし」
「……」
「やっぱり彼氏にするなら、車ある人がいいなあ」
「車で男を選ぶなよ」
「だって便利じゃん」
「電車でも行けるだろ」
「雰囲気が違うの」
「……知らないよ」
律は少し黙ったあと、ひよりを見る。
「でもさ、気をつけろよ」
「何が?」
「のこのこ男の車に乗るなよ」
「何それ」
「同じアルバイト先で知り合ったからって、信用できるわけじゃないだろ」
「相沢さんはいい人だから。そんなことしないよ」
「分かんないだろ」
「分かるよ。何回も一緒に働いてるんだから」
「でも――」
「律さ」
「何?」
「私の彼氏じゃないんだし、あんまり干渉しないでよね」
「……干渉じゃない」
「じゃあ何?」
「心配してるだけ」
「大丈夫だって」
ひよりはまたスマートフォンを見る。
「相沢さん、遅くなったらお母さん心配するからって、自分から帰ろうって言ってくれたし」
「……そう」
律は問題集へ視線を戻した。
◇
しばらくして。
廊下から美咲と健一の話し声が聞こえた。
そのまま隣の部屋へ向かっていく。
パタン。
ドアが閉まった。
ひよりと律は何となく顔を見合わせる。
「……入ったね」
「……うん」
「クリスマスイブと同じじゃん」
「気にするな。勉強しよう」
「そうだね」
2人はもう一度問題集へ向かった。
しかし、しばらくすると。
「……あ」
ひよりの手が止まった。
律も何も言わなかった。
「まただ……」
「……」
「私、和室戻るわ」
「うん。その方がいいかも」
ひよりは問題集を閉じる。
「こんなの毎回だったら勉強できないよ……」
「俺もそう思う」
ひよりはバッグへ筆箱をしまいながら、小さく呟いた。
「……もう耳栓買おうかな」
「そこまで?」
「だってクリスマスイブも今日もこれだよ?」
「……俺も買おうかな」
「篠宮君も?」
「毎回これだったら集中できないだろ」
「だよね……」
ひよりは立ち上がった。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみ」
部屋を出る前に、ひよりは一度振り返る。
「今年も勉強教えてね」
「ああ」
「よろしく、篠宮先生」
「だから先生じゃないって」
ひよりは少し笑って、部屋を出ていった。
律も問題集を閉じる。
これが毎日だったら、絶対に勉強できない。
そんなことを考えながら、律はベッドへ向かった。
お読みいただきありがとうございます。




