第17話 好きな人は?
クリスマスが終わり、冬休みに入ったひより。
12月30日もアルバイトへ向かうと、休憩時間にまた大学生の相沢晴真と一緒になります。
12月30日。
クリスマスが終わり、街はすっかり年末の雰囲気に変わっていた。
ひよりは冬休みに入ってからも、駅ビルのアルバイトへ来ていた。
年末ということもあって、店内はいつも以上に人が多い。
「ありがとうございました!」
客を見送ったあと、ひよりは時計を見る。
ようやく休憩時間だった。
「疲れた……」
休憩室へ入り、椅子に座る。
しばらくすると、ドアが開いた。
「お疲れ、ひよりちゃん」
「あ、相沢さん。お疲れさまです」
入ってきたのは、同じ店で働く大学生の相沢晴真だった。
「今日もすごい人だね」
「ずっと忙しいです」
「年末だからなあ」
晴真は飲み物を買って、ひよりの向かいに座った。
「そういえば、ひよりちゃん」
「はい?」
「クリスマスどうだった?」
「クリスマスですか?」
ひよりは少し考えた。
「……親は恋愛を楽しんでましたよ」
「何それ?」
晴真が笑う。
「私のお母さんと篠宮君のお父さん、付き合い始めたんです」
「へえ」
「それでクリスマスは2人でデートに行っちゃって。私と篠宮君は弟と妹の子守です」
「何だそれ」
「ショッピングセンターに連れていったら、『お腹減った』『トイレ』『ゲームセンター行きたい』って、ずっと振り回されました」
「でも、何だか楽しそうだね」
「楽しかったですけど……疲れました」
ひよりは苦笑した。
「相沢さんは?」
「俺?」
「クリスマス、どうしてたんですか?」
「ああ。普通にバイト」
「一緒ですね」
「そのあと、サークルの暇なやつらとカラオケ行ったな」
「クリスマスに?」
「男ばっかりで」
「それはそれで楽しそう」
「楽しかったよ。全然ロマンティックじゃなかったけど」
晴真が笑った。
「ひよりちゃんは正月どうするの?」
「また篠宮君の家に行くんです」
「また?」
「最近よく泊まってるんですよ」
「仲いいんだね」
「私たちというより、親たちが」
「ああ、そっちか」
「大晦日から一緒にお正月を過ごすんです」
「賑やかそうだな」
「たぶん」
「俺は実家に帰るよ」
「相沢さん、一人暮らしなんですよね?」
「うん。正月くらい帰らないとな。帰らないと親がうるさいから」
「大学生になっても言われるんですね」
「言われる言われる」
晴真は笑う。
「高校の同級生とも会う予定。たぶんまたカラオケかな」
「またカラオケなんですか?」
「他に行くところないんだよ」
しばらく話したあと、晴真がふと思い出したように言った。
「そういえば、ひよりちゃんって彼氏いないって言ってたよね?」
「いませんよ」
「好きな人は?」
「え?」
ひよりの返事が止まった。
好きな人。
そう聞かれて、なぜか最初に思い浮かんだのは律だった。
学校で一緒に勉強している時。
家で問題を教えてもらっている時。
クリスマスにもらった、お揃いのシャーペン。
最近は少し距離が近づいただけでも、妙に意識してしまうことがある。
私は、篠宮君のことが好きなのかな。
「……」
「あ、ごめん」
晴真の声で、ひよりは我に返った。
「変なこと聞いた」
「いえ……」
「そろそろ休憩終わるね」
「あ、本当だ」
ひよりも時計を見る。
「戻ろうか」
「はい」
2人は立ち上がり、休憩室を出た。
◇
アルバイトが終わる頃には、外はすっかり暗くなっていた。
ひよりが従業員出入口から出ると、晴真も後ろから出てきた。
「ひよりちゃん、今日も歩いて帰るの?」
「はい」
「じゃあ、また送っていこうか?」
「でも、うち近いですよ」
「ああ、そうだったね」
「この前送ってもらった時も、すぐ着いたじゃないですか」
「確かに。思ってたより近かった」
「だから今日は大丈夫ですよ」
晴真は少し考えた。
「じゃあさ」
「はい?」
「少し寄り道して帰らない?」
「寄り道?」
「夜景がすごく綺麗な場所があるんだ」
「夜景?」
「そんなに遠くないよ。せっかくだから見ていかない?」
ひよりは少し迷った。
明日は大晦日。
帰ってから泊まりの準備もしなければならない。
けれど、夜景という言葉には少し惹かれた。
「……じゃあ、少しだけ」
「決まり」
2人は駅ビル近くの駐車場へ向かった。
◇
しばらく車を走らせたあと、晴真が連れてきたのは、街を見渡せる高台だった。
車を降りる。
「わあ……」
ひよりは思わず声を漏らした。
目の前には、遠くまで街の明かりが広がっていた。
「綺麗……」
「ここ、綺麗でしょ?」
「はい。こんな場所あったんですね」
「俺、結構好きなんだ。ここ」
ひよりは夜景を眺めながら、ふと晴真を見る。
「もしかして……元カノとも来てたんですか?」
「ああ」
晴真はあっさり答えた。
「よく来てたよ」
「……まだ忘れられないんですか?」
「まあね」
晴真は街の明かりを見た。
「そんな簡単には忘れられないかな」
「そうなんですね……」
「でも、この景色見ると癒されるんだよね」
「今でも来るんですか?」
「たまにね。嫌なことがあった時とか、疲れた時とか」
「へえ……」
晴真がひよりを見る。
「ひよりちゃんも、いつもバイト頑張ってるじゃん」
「え?」
「学校もあるのに結構シフト入ってるし」
「まあ……お金必要なので」
「だから、一回見せてあげたかったんだ」
ひよりはもう一度、目の前の夜景を見る。
「……ありがとうございます」
「どう? ちょっとは気晴らしになった?」
「はい。すごく」
「なら良かった」
車を運転して、こんな場所を知っていて。
話していても楽しい。
晴真には、高校生の律とは違う大人っぽさがある。
相沢さんって、やっぱりかっこいいな。
ひよりはそんなことを思った。
恋なのかは分からない。
ただ、アルバイト先の大学生というだけだった晴真が、以前より少し気になる存在になっている気はした。
しばらく夜景を眺めたあと、晴真がスマートフォンで時間を確認した。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
「もういいんですか?」
「遅くなったら、お母さん心配するかもしれないし」
「あ……そうですね」
「またバイトで疲れた時にでも、気晴らしにどこか連れてってあげるよ」
「相沢さん、こういう場所たくさん知ってるんですか?」
「まあね。ドライブ好きだから」
「いいですね」
「じゃあ今度また――」
晴真がそこで止まった。
「そういえば、俺たち連絡先知らないね」
「あ、本当だ」
「交換する?」
「はい」
2人はスマートフォンを取り出した。
ひよりの画面に、晴真の連絡先が追加される。
「これでまた誘えるね」
「変な時間に送ってこないでくださいよ」
「送らないって」
晴真が笑う。
「じゃあ帰ろうか」
「はい」
ひよりは助手席へ乗り込んだ。
相沢さんと連絡先交換しちゃった。
別に嫌ではなかった。
むしろ、少し嬉しかった。
◇
「ただいま」
「ひより、遅かったわね」
家へ帰ると、母がリビングで翌日の荷物をまとめていた。
「アルバイト先の大学生が、車で夜景見に連れていってくれたの」
「えっ、いいじゃない」
母がすぐに反応する。
「その大学生、彼氏にしちゃえば?」
「お母さん軽すぎ」
「何よ。車で夜景なんて素敵じゃない」
「ただ気晴らしに連れていってくれただけだから」
「でも、ひよりに夜景を見せてあげたいって思ったんでしょう?」
「まあ……そう言ってたけど」
「優しいじゃない」
「元カノともよく行ってた場所らしいよ」
「あら」
「まだ忘れられないみたい」
「じゃあ、今は彼女いないのね」
「何でそこ拾うのよ」
ひよりは呆れた。
「お母さんだって、律君のお父さんと……」
「ん?」
「……いや、なんでもない」
「そう?」
母は特に気にすることもなく、バッグへ服を入れ始めた。
クリスマスイブのことを言いかけたとは、まったく気づいていないらしい。
「あ、そうだ。ひより」
「何?」
「今日、美容室行ってきたの」
「え?」
ひよりは母の髪を見る。
「こないだ行ったばっかりじゃん」
「そうだけど」
「どこ切ったのよ」
「毛先を整えてもらって、トリートメントもしてもらったの。ちょっと巻いてもらったし」
「……分かんない」
「ちゃんと見てよ。全然違うでしょう?」
「ほとんど同じじゃん」
「篠宮さんなら気づいてくれるかもしれないじゃない」
「……乙女だね、お母さん」
母は気にすることなく、別の服を取り出した。
「ねえ、これどう思う?」
「何が?」
「明日着ていこうと思ってるんだけど。若く見えるかな? 可愛いかな?」
「何その気合い」
「いいじゃない」
「大晦日をみんなで過ごすだけでしょ?」
「だからよ」
「意味分かんない」
「あ、それから」
母がさらに袋を取り出した。
「新しい下着も買っちゃった」
「え?」
「可愛いでしょ?」
「ちょっと、お母さん」
母が嬉しそうに見せてきたそれは、とても37歳の母が選んだとは思えないほど若々しく、可愛らしいデザインだった。
「……若すぎない?」
「何よ。37歳だって可愛いの着けていいでしょ」
「いいけどさ……」
「ひよりも新年を迎えるんだし、古くなってるのは新しいの買っちゃいなさいよ」
「だから、うちお金なくて苦しいから私アルバイトしてるんでしょ?」
「下着1枚くらいいいじゃない」
「その『1枚くらい』が積み重なるの!」
「高校生なのに現実的ねえ」
「誰のせいだと思ってるのよ」
ひよりはため息をついた。
「それにしても、お母さんさ」
「何?」
「何か恋愛ドラマのヒロインみたいにウキウキしてるね」
「だって、お母さん篠宮さんに恋してるんだもん」
「自分で言う?」
「いいじゃない。恋って楽しいわよ」
母は楽しそうに服を畳んでいる。
「ひよりは?」
「私?」
「恋しないの?」
「私は勉強で忙しいから」
「また勉強?」
「受験あるんだから仕方ないでしょ」
「ひよりも律君も勉強ばっかりでさ。青春ないわけ?」
「あるよ」
「どこに?」
「……学校とか」
「それ普通の高校生活じゃない」
「いいの。私は今、勉強する時期なの」
ひよりも自分の着替えをバッグへ入れていく。
その隣で、母はさっき選んだ服をもう一度取り出した。
「ねえ、やっぱりこっちとさっきの、どっちがいいと思う?」
「まだやってるの?」
「ちゃんと選んでよ」
「どっちでもいいよ」
「ひよりってこういう時、本当に頼りにならないわね」
「何で私がお母さんの服選ばなきゃいけないのよ」
ひよりは呆れながら、自分の荷物を確認した。
母の方は、荷造りをしているのか服を選んでいるのか分からない。
「……お母さん一人で浮かれちゃってさ」
「何か言った?」
「何でもない」
ようやく自分の荷物をまとめ終えると、ひよりはバッグのファスナーを閉じた。
◇
夜。
自分の部屋へ戻ったひよりは、ベッドに座ってスマートフォンを手に取った。
画面を開く。
今日追加されたばかりの名前があった。
相沢晴真。
少し迷ってから、ひよりはメッセージを打った。
『今日はありがとうございました。夜景、すごく綺麗でした』
送信する。
しばらくすると、スマートフォンが鳴った。
『こちらこそ。気晴らしになったなら良かった』
すぐにもう一通届く。
『また綺麗な場所見つけたら連れていくよ』
ひよりは少し笑った。
『はい。またお願いします』
『じゃあ、今日はゆっくり休んでね』
『相沢さんも。おやすみなさい』
『おやすみ、ひよりちゃん』
そこでやり取りは終わった。
ひよりはしばらくスマートフォンの画面を見ていた。
相沢さんと、こんなふうにメッセージするようになるなんて思わなかった。
今日、休憩中に聞かれた言葉が頭に浮かぶ。
『好きな人は?』
あの時、最初に浮かんだのは篠宮君だった。
でも相沢さんと夜景を見ている時間も楽しかった。
相沢さんのことも、少し気になる。
ひよりはスマートフォンを枕元へ置いた。
明日は大晦日。
今度は律たちと、一緒に年を越すことになっている。
お読みいただきありがとうございます。




