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第16話 それぞれのクリスマス

クリスマスの夜。


にぎやかな一日は、まだ終わっていません。

 ショッピングセンターから戻る頃には、ひよりも律もすっかり疲れていた。


「ただいまー!」


「楽しかったー!」


 玄関に入った途端、小春と陽太は元気よくリビングへ走っていく。


「まだあんなに元気あるんだ……」


「子どもってすごいな」


「私はもう無理」


「俺も」


 ひよりと律がリビングへ入ってしばらくすると、玄関のドアが開いた。


「ただいま」


「帰りましたよ」


 母と律の父だった。


 2人は腕を組んで、朝よりさらに楽しそうに帰ってきた。


 ひよりはその姿を見て、何とも言えない顔になる。


「……ずいぶん楽しそうだね」


「楽しかったわよ」


 母は、まるで若い頃に戻ったように楽しそうに笑った。


「ごめんね、ひより。今日はお留守番ありがとう」


 それから律を見る。


「律君もありがとうね」


「いえ」


「律も助かったよ。ありがとう」


「別にいいけど」


 そこへ陽太が駆けてきた。


「今日ね、お姉ちゃんたちと一緒にショッピングセンター行ったんだよ! ゲームセンターも行った!」


「小春もいっぱい遊んだ!」


「そう。楽しかった?」


「うん!」


「すっごく!」


 子どもたちは満足そうだ。


 その横で、ひよりと律だけが疲れ切っていた。


「楽しそうでよかったわ。あ、そうだ」


 母が持っていた袋をテーブルへ置く。


「晩ご飯も買ってきたわよ。ピザとパスタとサラダ」


「昨日の料理もまだ少し残ってますから、それも一緒に食べましょう」


 律の父が冷蔵庫を開ける。


 昨日のフライドチキンやポテトサラダ、ミートローフも残っていた。


「やった、ピザ!」


「小春パスタ食べる!」


「はいはい。先に手を洗ってきて」


「はーい!」


 6人でテーブルを囲み、少し遅めの夕食が始まった。


 陽太と小春は、ショッピングセンターで何をしたか競うように話している。


「陽太がゲームもう1回って何回も言ったんだよ」


「小春ちゃんだって、お兄ちゃんに景品取ってってずっと言ってたじゃん」


「だって欲しかったんだもん」


「僕もゲームしたかったんだもん」


「2人とも同じじゃん……」


 ひよりが言うと、律も頷いた。


「本当にそれ」


 母と律の父が笑う。


「大変だったみたいね」


「大変だったよ!」


 ひよりが即答した。


「お腹減った、トイレ行きたい、ゲームしたいって、ずっと言われてたんだから」


「でも楽しかったでしょ?」


「まあ……楽しかったけど」


 それは否定できなかった。


 食事が終わる頃、律の父が別の袋を持ってきた。


「そうだ。これも渡しておかないと」


「何?」


「せっかくクリスマスだからな」


 中から小さな包みを4つ取り出す。


「高いものじゃないけど、1人ずつ」


「えっ、私たちにも?」


 ひよりが聞く。


「もちろん」


「やったー!」


「プレゼント!」


 小春と陽太が真っ先に受け取る。


「ひよりも」


「ありがとう」


「律もな」


「俺まで?」


「クリスマスなんだからいいだろ」


 4人それぞれに小さなプレゼントが渡された。


 ひよりは包みを見ながら、少しだけ笑った。


「ちゃんと私たちの分も買ってくれてたんだ」


「子守をお願いしたからね」


「じゃあ子守代?」


「そんな言い方しないの」


 母に笑われた。


「でも、ありがとう」


 にぎやかな夕食が終わる頃には、さすがの陽太も眠そうになっていた。


「陽太、そろそろ帰るよ」


「……うん」


「もう眠いでしょ」


「眠くない……」


 そう言いながら、陽太の声にはまったく力がなかった。


「それ絶対眠いじゃん」


 ひよりが笑う。



 その頃。


 予備校の自習室では、綾乃が最後の問題を解き終えていた。


 時計を見る。


 もう夕方を過ぎている。


 荷物を片づけて外へ出ると、高橋君が待っていた。


「終わった?」


「うん」


「じゃあ帰ろうか」


「そうね」


 2人で予備校を出る。


 駅へ向かって歩いていた途中、高橋君が少し先を指さした。


「せっかくだし、イルミネーション見て帰ろうよ」


「イルミネーション?」


「この先の通り。毎年結構きれいなんだよ」


「高橋君がそんなこと言うんだ」


「何だよ、それ」


「別に。意外だっただけ」


「ずっと勉強してたんだし、少しくらいいいだろ」


「まあね」


 2人はいつもの帰り道から少し外れ、イルミネーションで彩られた通りへ向かった。


 街路樹にたくさんの光が灯り、道のずっと先まで続いている。


 綾乃は思わず足を止めた。


「わあ……綺麗」


「すごいだろ?」


「うん。思ってたよりずっと綺麗」


 行き交う人たちの間を、2人でゆっくり歩く。


「朝からずっと問題集ばっかり見てたから、余計に綺麗に見える」


「それはあるかもな」


 綾乃は光の続く道を見ながら言った。


「なんか、勉強の疲れが取れるね」


「じゃあ来て正解だったな」


「そうね」


 しばらく歩いたところで、高橋君が自動販売機の前で止まった。


「一ノ瀬、ちょっと待ってて」


「え?」


 高橋君は自動販売機でホットコーヒーを2本買った。


 そのうち1本を綾乃へ差し出す。


「はい」


「私にも?」


「今日もお疲れ」


「……ありがとう」


 綾乃は受け取り、温かい缶を両手で持った。


「あったかい」


「寒かっただろ」


「うん。ちょうどよかった」


 高橋君って、こういうところ優しいんだな。


 綾乃はコーヒーを一口飲んだ。


「今日、ほとんど勉強だったね」


「クリスマスなのにな」


「でも、最後にこれ見られたからいいかも」


「俺もそう思う」


 綾乃はもう一度、イルミネーションを見上げた。


「誘ってくれてありがとう」


「どういたしまして」


 昼間に見た律とひよりの姿は、まだ心のどこかに残っていた。


 けれど今は、そればかりを考えてはいなかった。


 2人は温かいコーヒーを飲みながら、光の続く通りをゆっくり歩いた。



「陽太、歩ける?」


「……歩ける」


 篠宮家を出て間もなく、陽太の足取りはどんどん遅くなった。


「もう、仕方ないわね」


 母が陽太の前にしゃがむ。


「ほら、おんぶ」


「……うん」


 陽太は素直に母の背中へ乗った。


「今日はいっぱい遊んだからね」


 ひよりは母と並んで歩く。


 クリスマスの夜。


 今年は本当ににぎやかだった。


 昨日はみんなでパーティー。


 今日は小春と陽太とゲームをして、ショッピングセンターへ行って、一日中走り回った。


 楽しかった。


 でも――。


 ひよりが何となく想像していたクリスマスとは、ずいぶん違った。


 イルミネーションでいっぱいの通りを、好きな人と2人だけでゆっくり歩く。


 ドラマに出てくるような、少しロマンティックなクリスマス。


 そんなものを想像していたのに。


 現実は、お腹が減った、トイレに行きたい、ゲームがしたい。


 ずっと子どもたちに振り回されていた。


「何で親たちの方が青春して、私が子守なのよ」


「また言ってるの?」


 母が笑う。


「だって本当じゃん。お母さんたちはデートしてたんでしょ?」


「そうよ」


「私は陽太に何回『お姉ちゃん』って呼ばれたと思ってるの」


「いつものことでしょう?」


「今日は小春ちゃんまでいたんだから2倍だよ」


「ありがとう。助かったわ」


「私だって恋愛とか青春したいのに」


「じゃあ今度、律君とデートしたらいいじゃない」


「え?」


 ひよりは母を見る。


「何で篠宮君なの?」


「だって、ひより、律君のこと好きなんでしょ?」


「な、何言ってるの!」


 思わず声が大きくなる。


 母の背中で眠りかけていた陽太が少し動いた。


「ちょっと、陽太起きるでしょう」


「お母さんが変なこと言うからでしょ!」


「違うの?」


「違うよ!」


「そう?」


「私はお母さんと違うんだから」


「何が違うのよ」


「とにかく違うの!」


 ひよりは前を向いた。


 でも、さっき自分が思い浮かべたイルミネーションの景色に、誰かの姿を入れようとすると――。


「……もう」


「何?」


「何でもない」


 ひよりは歩く速度を少し上げた。


 来年こそは、もう少しロマンティックなクリスマスを過ごしたい。


 好きな人と2人でイルミネーションを見たりして。


 そこまで考えて、ふと気づく。


 ……あ。


 来年は受験じゃん。


「結局、来年も無理そう……」


「何が?」


「何でもないってば」


 母は不思議そうにしていたが、それ以上は聞かなかった。


 しばらく歩いてから、母が思い出したように言う。


「あ、そうだ。言い忘れてた」


「今度は何?」


「お正月も篠宮さんたちと一緒に過ごすことになったから、よろしくね」


「えー! 正月も!?」


「みんなで過ごした方が賑やかでいいでしょう?」


「お母さんが篠宮さんと一緒にいたいだけでしょ」


「まあ、それもあるかな」


「もう……」


 ひよりは呆れながらも、少しだけ笑った。



 ひよりたちが帰ったあと。


 律はリビングでテーブルの上を片づけていた。


「律」


「何?」


 父がキッチンから声をかける。


「そういえば大晦日なんだけど」


「うん」


「小日向さんたちに来てもらって、そのままお正月も一緒に過ごすことになったから」


 律の手が止まる。


「……また?」


「嫌か?」


「嫌じゃないけど」


 ひよりがまた家に来る。


 それ自体は、悪くなかった。


 むしろ少し楽しみでもある。


 ただ――。


 今日一日、小春と陽太に振り回されたこと。


 そして昨夜、隣の部屋から聞こえてきた気配を思い出す。


「父さん」


「何だ?」


「正月くらい、ゆっくり寝かせてくれよ」


「何の話だ?」


「……別に」


 律はそれ以上何も言わず、食器を持ってキッチンへ向かった。


 どうやら正月も、静かには過ごせそうになかった。

お読みいただきありがとうございます。

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