第15話 クリスマスなのに
クリスマスの朝。
ひよりたちが起きると、母と律の父から思いがけない報告が――。
クリスマスの朝。
ひよりが和室から出ると、キッチンから楽しそうな話し声が聞こえてきた。
「おはよう、ひより」
「おはよう……」
母は朝からずいぶん機嫌がいい。
隣では律の父がフライパンを使い、母は皿に朝食を盛りつけていた。
「お母さん、朝からご機嫌だね」
「そう?」
「うん。すごく」
そこへ律も起きてくる。
「おはよう」
「おはよう、篠宮君」
ひよりと律は一瞬だけ顔を見合わせた。
昨夜のことを思い出したけれど、2人とも何も言わなかった。
やがて小春と陽太も起きてきて、みんなで朝食を食べ始める。
その途中で、母が嬉しそうに口を開いた。
「そうだ。みんなに言っておくことがあるの」
「何?」
「私ね、篠宮さんと付き合うことになったから」
「……やっぱり」
ひよりが思わず言う。
「やっぱり?」
「な、何でもない」
律も父を見る。
「父さん、本当に?」
「ああ」
律の父は少し照れたように笑った。
母はさらに続ける。
「それで今日は、篠宮さんと2人でデートに行ってくるの」
「えー!」
ひよりは思わず声を上げた。
「だから、ひよりと律君。小春ちゃんと陽太のことお願いね」
「クリスマスなのに?」
「昨日はみんなでパーティーしたでしょう?」
「そうだけど……」
律がひよりを見る。
「いいじゃん。父さんも小日向のお母さんも、ずっと大変だったんだから。たまには2人でゆっくりさせてあげても」
「私だって大変なのに……」
「小日向も?」
「学校もあるし、バイトもあるし、陽太のことだってあるんだよ」
「ああ……まあ、それはそうだな」
「でしょ?」
ひよりは母を見る。
「何でお母さんたちがデートして、私たちが子守なのよ。私だって恋愛とか青春したいのに」
「じゃあ、ひよりも早く彼氏作ったらいいじゃない」
「簡単に言わないでよ。相手がいないの!」
律が一瞬黙る。
ひよりも言ってから、何となく気まずくなった。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか」
「そうですね」
母と律の父は楽しそうに出かける準備を始める。
「ひより、よろしくね」
「はいはい」
「律、小春のこと頼んだぞ」
「分かってるよ」
2人が出かけて玄関のドアが閉まる。
ひよりはしばらく玄関を見たあと、小さく息を吐いた。
「……何でお母さんの方が私より青春してるのよ」
「まだ言ってる」
「だって――」
「お姉ちゃん、早く早く!」
陽太がリビングから呼ぶ。
「お兄ちゃんも早く!」
今度は小春の声がした。
「何?」
「一緒にゲームするよ!」
「もう準備したよ!」
ひよりと律は顔を見合わせる。
「……仕方ないね」
「まあ、今日は俺たちが面倒見るしかないな」
2人はリビングへ向かった。
◇
「次、トランプ!」
「さっきもやったじゃん」
「じゃあボードゲーム!」
「お姉ちゃん、早く座って!」
「はいはい」
4人でトランプをしたり、ボードゲームをしたりしているうちに、最初は面倒そうにしていたひよりもいつの間にか本気になっていた。
「陽太、それ違うよ」
「違わないよ!」
「ルール見てみなよ」
「お姉ちゃん厳しい!」
その向かいでは、律と小春が言い合っている。
「お兄ちゃん、本気出しすぎ!」
「手加減したら面白くないだろ」
「大人げない!」
「俺、高校生だからまだ大人じゃない」
「そういう問題じゃない!」
ひよりが吹き出した。
「篠宮君、小春ちゃん相手に本気すぎ」
「小日向だって陽太相手に本気だっただろ」
「私はルールを教えてただけ」
「同じだろ」
しばらくは賑やかに遊んでいたが、やがて小春が床に座り込んだ。
「もう飽きたー」
「え?」
陽太もすぐに続く。
「僕も。外行きたい!」
「さっきまであんなに楽しそうだったじゃん」
「ずっと家はつまんない」
「どっか行こうよ!」
ひよりは律を見る。
「どうする?」
「まあ、ずっと家にいるのもな」
「じゃあショッピングセンターでも行く?」
「行く!」
「やった!」
小春と陽太は急に元気になった。
「早く行こう!」
「ちょっと待って。準備するから!」
◇
4人は家を出て、ショッピングセンターへ向かった。
小春と陽太は楽しそうに先を歩いている。
その後ろを、ひよりと律が並んで歩く。
◇
同じ頃。
綾乃は朝から予備校の自習室にいた。
机の上には問題集と参考書。
周囲にも、クリスマスとは関係なく勉強を続けている生徒たちがいる。
昼になり、綾乃は時計を見た。
そろそろ何か食べよう。
財布とスマートフォンを持って、自習室を出る。
近くのコンビニで、おにぎりと飲み物を買うつもりだった。
予備校を出てしばらく歩いたところで、綾乃は足を止めた。
「……え?」
少し先を歩いている4人。
小春と陽太。
その後ろに、ひよりと律が並んでいる。
小春と陽太が何か言うたびに、ひよりと律が笑いながら返していた。
……小日向さん?
何で篠宮君と一緒にいるの?
しかも今日はクリスマスだ。
「……何なのよ」
昨日、自分は高橋君に言った。
クリスマスだからって浮かれていられない。
難関大学の医学部を目指しているんだから、自習室で勉強する。
そして実際、朝からずっと勉強している。
なのに――。
何で2人はクリスマスに楽しそうに出かけてるのよ。
綾乃は遠ざかっていく4人をしばらく見ていた。
「……別に、私には関係ないけど」
そう言って、コンビニへ向かった。
◇
コンビニに入ると、飲み物の棚の前に見覚えのある姿があった。
「あれ?」
相手も綾乃に気づく。
「一ノ瀬?」
「高橋君?」
「今日来てたんだ」
「あら、高橋君も自習室来てたのね。全然気づかなかった」
「自習室で周りなんて見ないだろ」
「まあね」
高橋君の手にも、おにぎりと飲み物がある。
「一ノ瀬も昼?」
「うん」
「俺も。休憩コーナーで食べない?」
「いいよ」
2人は会計を済ませ、予備校へ戻った。
◇
休憩コーナーで向かい合って座り、それぞれおにぎりを開ける。
「クリスマスなのに、本当に勉強してるんだな」
「昨日言ったでしょ。クリスマスだからって浮かれていられないって」
「俺も人のこと言えないけどな」
綾乃は飲み物を一口飲んだ。
「そういえば、高橋君。冬季講習何取った?」
「難関大学対策数学と、難関大学対策英語。あと難関大物理」
「私も同じ」
「やっぱり?」
「高橋君もそれ取ると思ってた」
「じゃあ冬休みも結構一緒になりそうだな」
「そうね」
「一ノ瀬、今日何時までやる?」
「夕方くらいまでかな」
「俺もそのくらい」
高橋君は少し考えてから言った。
「じゃあ、帰り一緒に帰らないか?」
「え?」
「時間同じなら」
綾乃は少しだけ笑った。
「……いいよ」
「じゃあ終わったら声かける」
「うん」
◇
昼休憩を終え、綾乃は自習室へ戻った。
問題を読んでいると、昼に見たひよりと律の姿が浮かんでくる。
小春と陽太を連れて、2人で楽しそうに歩いていた。
……何で一緒にいたんだろう。
綾乃はシャープペンを握り直した。
帰りは高橋君と一緒に帰る。
それでいいじゃない。
でも――。
篠宮君に「一緒に帰ろう」って言われたかったな。
そんなことを考えてしまった自分に、綾乃は小さく息を吐いた。
今は勉強。
そう自分に言い聞かせ、もう一度問題集へ目を落とした。
◇
その頃。
ひよりたちはショッピングセンターに着いていた。
館内はクリスマスの飾りでいっぱいだった。
大きなツリーの前には家族連れやカップルが集まっている。
「お姉ちゃん、お腹減った」
「え? もう?」
「何か食べたい」
「家でお菓子食べてたでしょ」
「それとこれは別」
「何それ」
今度は小春がひよりの袖を引く。
「ひよりお姉ちゃん、トイレついてきて」
「はいはい。篠宮君、陽太お願い」
「分かった」
トイレから戻ってくると、陽太がゲームセンターの方を指さした。
「お姉ちゃん、ゲームセンター行きたい!」
「今度はゲームセンター?」
「行こう!」
「小春も行く!」
2人が先へ行こうとする。
「走らない!」
ひよりと律の声が重なった。
2人は顔を見合わせる。
「……全然気が抜けないね」
「子ども2人連れてきたらこうなるだろ」
「クリスマスなのに……」
「デートじゃないんだから仕方ないだろ」
「分かってるよ」
「お兄ちゃん、早く!」
「お姉ちゃん、こっち!」
「はいはい!」
ゲームセンターへ行けば、今度は小春が欲しい景品を見つける。
「お兄ちゃん、これ取って!」
「簡単に言うなよ」
「律お兄ちゃんなら取れる!」
隣では陽太が別のゲームを指さしている。
「お姉ちゃん、僕これやりたい!」
「ちょっと待って。今小春ちゃんの方見てるから」
「早くー!」
「もう、2人とも一気に言わないで!」
ひよりが振り返ると、律も小春にせかされて困っている。
「篠宮君」
「何?」
「私たち、クリスマスに何してるんだろうね」
「子守」
「分かってるって……」
ひよりはがっくり肩を落とした。
◇
しばらくして、外はすっかり暗くなっていた。
「はい、もう帰るよ」
「えー!」
小春と陽太が同時に声を上げる。
「もっと遊びたい!」
「もう暗いからダメ」
「あと1個だけ!」
「さっきもあと1個って言ったでしょ」
「お願い!」
「ダメです」
「お姉ちゃん厳しい!」
「帰るよ!」
律も小春に声をかける。
「小春、帰るぞ」
「お兄ちゃんまで!」
「また今度来ればいいだろ」
「……分かった」
ようやく2人が諦める。
帰り道。
小春と陽太は今日遊んだゲームの話で盛り上がっていた。
その後ろを歩きながら、ひよりは小さく息を吐く。
朝からトランプ。
ボードゲーム。
ショッピングセンターでは、お腹が減った、トイレに行きたい、ゲームがしたい。
ずっと小春と陽太に振り回されていた。
何で親たちが青春して、私が子守なのよ。
私だって恋愛とか、もう少し高校生らしいクリスマスを過ごしたかったのに……。
「小日向、疲れた?」
「……ものすごく」
「俺も」
ひよりは隣を歩く律を見る。
「来年のクリスマスは、もうちょっとゆっくりしたい」
「そうだな」
「絶対だからね」
「俺に言われても」
「もう……」
ひよりはもう一度ため息をついた。
今年のクリスマスは、思っていたよりずっと忙しかった。
お読みいただきありがとうございます。




