第14話 クリスマスイブ
クリスマスイブ。
ひよりがアルバイトをしている間、母と陽太は一足先に篠宮家へ向かいます。
クリスマスイブの昼過ぎ。
ひよりは駅ビルのアルバイト先で働いていた。
今日は昼のシフトだけだ。
仕事が終われば、そのまま篠宮家のクリスマスパーティーへ向かうことになっている。
◇
「こんにちは!」
「お邪魔します」
ひよりの母と陽太が、ひよりより一足先に篠宮家へやって来ていた。
「陽太君!」
「小春ちゃん!」
小春と陽太は顔を合わせるなり、すぐにリビングへ走っていく。
「何して遊ぶ?」
「ゲームしよう!」
「その前にクリスマスの飾り見ようよ!」
2人の声がリビングから聞こえてくる。
ひよりの母はキッチンをのぞいた。
「篠宮さん、何かお手伝いします」
「いやいや、お客さんなんですから」
「でも、これだけ準備するの大変でしょう?」
「まあ、それはそうですけど」
「私、料理は慣れてますから。何でも言ってください」
「じゃあ……お願いしてもいいですか?」
「もちろんです」
2人は並んで料理を始めた。
その様子を見ていた律もキッチンへ入ってくる。
「父さん、俺もやるよ」
「律は今日はいいよ」
「でも、まだ結構あるだろ」
「小日向さんのお母さんが手伝ってくれるから大丈夫」
父は笑った。
「いつも家のことしてくれてるんだから、今日は勉強するなり遊ぶなり、高校生らしくしてなさい」
「高校生らしくって何だよ」
「クリスマスイブなんだから、少しくらいゆっくりすればいいだろ」
「……分かった」
律はキッチンを離れた。
リビングでは小春と陽太が楽しそうに遊んでいる。
自分の部屋へ戻って参考書を開いてみたが、何となく集中できなかった。
時計を見る。
ひよりのアルバイトが終わる時間が近づいている。
律はしばらく時計を見たあと、参考書を閉じた。
「……ちょっと出てくるか」
◇
「父さん、俺ちょっと外行ってくる」
「どこ行くんだ?」
「買い物」
「分かった。気をつけてな」
律は家を出た。
駅前まで来ると、律は文房具売り場へ入った。
シャーペンが並んでいる棚の前で足を止める。
「……これでいいか」
律が普段使っているものと同じシリーズのシャーペン。
書きやすく、長時間使っても疲れにくい。
その横にあった消しゴムも一緒に取った。
これなら勉強にも使える。
律は2つを小さな袋に入れてもらった。
そして、そのままひよりのアルバイト先がある駅ビルへ向かった。
◇
「お疲れさまでした」
ひよりが仕事を終え、駅ビルを出てくる。
「小日向」
「え?」
声のした方を見ると、律が立っていた。
「篠宮君?」
「お疲れ」
「どうしたの?」
「ちょっと買い物に来てた」
「そうなんだ」
「今からうちだろ?」
「うん」
「じゃあ、一緒に帰ろう」
「うん」
2人は並んで歩き始めた。
今日は、あの大学生はひよりのそばにいない。
律はそれだけで、少し安心していた。
しばらく歩いたところで、律がポケットから小さな袋を取り出した。
「小日向」
「なに?」
「これ」
「え?」
ひよりは差し出された袋を見る。
「何?」
「クリスマスプレゼント」
「えっ、私に?」
「うん」
「でも私、プレゼント用意してないよ」
「いいよ。俺が勝手に買っただけだから」
「でも……」
「そんな高いものじゃないし」
ひよりは袋を開けた。
「シャーペンと……消しゴム?」
「それ、使いやすいから」
「プレゼントまで勉強なんだね」
「……悪かったな」
「違うって」
ひよりはシャーペンを見ながら笑った。
「でも、嬉しい。ありがとう」
「うん」
「篠宮君もこれ使ってるの?」
「ああ」
「じゃあ、お揃いだね」
「まあ……そうなるな」
律は前を向いた。
ひよりもシャーペンを袋へ戻した。
「大事に使うね」
「文房具なんだから、普通に使えばいいだろ」
「分かってるよ」
ひよりは嬉しそうに袋をバッグへしまった。
◇
篠宮家へ着くと、玄関を開けた瞬間、陽太が飛んでくる。
「お姉ちゃん、遅い!」
「仕事だったんだから仕方ないでしょ」
「ケーキあるよ!」
「良かったね」
「大きいよ!」
「はいはい」
リビングには料理が並んでいた。
フライドチキン、フライドポテト、シーザーサラダ、ポテトサラダ、ミートローフ、かぼちゃのスープ。
テーブルの端には、陽太が楽しみにしていたクリスマスケーキもある。
「ひより、お疲れさま」
「ただいま……じゃないや。お邪魔します」
「もうそんな堅いこと言わなくていいよ」
律の父が笑う。
ひよりはキッチンにいる母を見る。
「お母さん、すごい料理」
「篠宮さんと一緒に作ったの」
「2人で?」
「そうよ」
母は楽しそうだった。
「さあ、みんな揃ったし食べましょう」
「メリークリスマス!」
陽太と小春の声が重なる。
みんなでグラスを合わせ、クリスマスパーティーが始まった。
陽太はフライドチキンを頬張り、小春はフライドポテトを食べる。
ひよりと律も料理を食べながら、いつものように話していた。
大人2人はビールを飲んでいる。
「お母さん、また飲みすぎないでよ」
「大丈夫、大丈夫」
「前もそう言ってたじゃん」
「今日は篠宮さんも一緒に飲んでくれてるから」
「それ関係ある?」
「あるわよね?」
母が律の父を見る。
「え? まあ……楽しく飲めれば」
「ほら」
「何が、ほらなのよ」
ひよりは呆れた。
食事がひと段落した頃。
「ケーキまだ?」
陽太が待ちきれないように聞いた。
「さっきからそればっかりだね」
「だって楽しみにしてたんだもん!」
「じゃあ、そろそろ出そうか」
律の父がクリスマスケーキを持ってくる。
「わあ!」
陽太と小春が同時に声を上げた。
「大きい!」
「いちごいっぱい!」
みんなでケーキを切り分ける。
陽太は一口食べると、嬉しそうに笑った。
「おいしい!」
「そんなに急いで食べなくても、なくならないよ」
「お姉ちゃんも早く食べて!」
「はいはい」
ひよりもフォークを手に取った。
小春も嬉しそうにケーキを食べている。
陽太は最後まで満足そうだった。
◇
ケーキを食べ終わっても、大人2人はまだ楽しそうに飲んでいた。
いつの間にかソファに並んで座っている。
ひよりは何気なく2人を見る。
……近くない?
前に一緒に食事をした時より、明らかに距離が近い。
母が笑うたびに、律の父も楽しそうに笑っている。
「ねえ、篠宮さん。もう1杯飲みません?」
「まだ飲むんですか?」
「明日休みなんだからいいじゃないですか」
「小日向さん、結構飲みますね」
「今日はクリスマスイブですよ」
「じゃあ、もう1杯だけ」
「やった」
ひよりは律を見る。
律も2人を見ていた。
「……お母さん、楽しそう」
「父さんもな」
「なんか……距離近くない?」
「俺に聞かれても」
「だよね」
やがて夜も遅くなってきた。
律の父が時計を見る。
「もうこんな時間か」
「そろそろ帰った方がいいかな」
ひよりの母が立ち上がろうとすると、律の父が言った。
「今日も泊まっていくといいですよ」
「え?」
「明日も休みなんでしょう?」
「はい」
「これだけ飲んでますし、無理して帰ることないですよ。和室も使ってください」
「またいいんですか?」
「もちろん」
母は少し考えてから笑った。
「じゃあ……今日もお言葉に甘えちゃおうかな」
「えっ、泊まるの?」
陽太が喜ぶ。
「やった! 小春ちゃん、まだ遊べる!」
「もう寝る時間だよ」
ひよりが言う。
「えー!」
「明日また遊べるでしょ」
小春も眠そうにしていた。
しばらくして、小春と陽太は寝ることになった。
◇
ひよりも和室へ向かおうとしたところで、律が声をかける。
「小日向」
「なに?」
「まだ寝ないだろ?」
「うん。まだ早いけど」
「じゃあ勉強するか」
「えっ、クリスマスも勉強?」
「当たり前だろ」
「今日くらいいいじゃん」
「ダメ」
「篠宮君、厳しすぎない?」
「前みたいに成績戻したいんだろ?」
「戻したいけど」
「受験だってあるんだから、このままじゃ間に合わないぞ」
「分かってるよ」
「じゃあやる」
「はいはい」
ひよりは結局、律の部屋へついていった。
2人はいつものように机に並んで座った。
ひよりは筆箱から、さっき律にもらったシャーペンを取り出す。
「早速使うんだ」
「だって使いやすいんでしょ?」
「うん」
ひよりは問題を解き始めた。
「ほんとだ。書きやすい」
「だろ」
「篠宮君と同じなんだよね」
「さっきも聞いただろ」
「確認しただけ」
ひよりは少し笑った。
律がひよりのノートをのぞき込む。
「ここ、計算違う」
「え、どこ?」
「ここ」
律が指したところを見るため、ひよりも顔を近づける。
ふと、2人の距離が近くなる。
「……」
「……」
ひよりが先にノートへ目を戻した。
「ここね」
「ああ」
以前なら何とも思わなかったはずなのに。
最近は、こういう瞬間が妙に気になる。
しばらく勉強したあと、ひよりが時計を見る。
「私、そろそろ和室戻ろうかな」
「うん」
ひよりは筆箱をしまい、部屋を出た。
◇
階段を下りてリビングの近くまで来たところで、ひよりの足が止まった。
ソファに母と律の父がいる。
2人の距離は、さっきよりさらに近かった。
「……」
ひよりが見ている前で、2人の顔が近づいた。
そして、キスをした。
「……えっ」
ひよりは声を出しそうになり、慌てて口を押さえた。
そのまま静かに階段を戻る。
律の部屋のドアを開けた。
「篠宮君」
「ん? 戻ったんじゃなかったの?」
「ねえ、ちょっと来て」
「何だよ」
「いいから」
律が近づく。
ひよりはさらに顔を寄せ、律の耳元で小さな声で言った。
「さっきね……」
「うん」
「私のお母さんと、篠宮君のお父さん……キスしてた」
「……は?」
「しーっ!」
「マジで?」
「マジ」
「父さんが?」
「私だって、お母さんが?って思ったよ」
律はしばらく言葉を失っていた。
「だから今、和室に戻りにくくて……もう少しここにいていい?」
「それはいいけど」
「ありがとう」
ひよりは再び椅子に座った。
律も何となく落ち着かない様子で机へ戻る。
その時、廊下の向こうから楽しそうにしている律の父とひよりの母の声が聞こえた。
ひよりと律は同時に黙る。
その直後――。
パタン。
隣の部屋のドアが閉まる音がした。
「……あれ?」
「……」
「2人で部屋入った?」
「……たぶん」
ひよりと律は顔を見合わせた。
「……まあ、いいか」
「うん」
律は問題集を開いた。
「俺たちは勉強、勉強」
「まだやるの?」
「途中だっただろ」
「クリスマスなのに……」
ひよりも仕方なく問題集を開いた。
それから少しして。
「……ねえ」
「何?」
「何か聞こえない?」
律も黙った。
「……」
2人は何となく顔を見合わせた。
少しだけ気まずくなる。
「……私、もう和室に戻るわ」
「うん」
「何か全然集中できないし」
「……まあな」
ひよりは問題集を閉じ、バッグを持って立ち上がった。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみ」
ドアを開ける前に、ひよりは振り返った。
「シャーペン、ありがとう」
「うん」
「今度こそ戻るね」
「ああ」
ひよりは部屋を出て、和室へ戻っていった。
律は閉じたドアをしばらく見たあと、問題集を閉じる。
「……俺も寝るか」
ベッドに入ると、ヘッドホンをつけて音楽を流した。
今夜はもう、隣の部屋の音を気にしないことにした。
お読みいただきありがとうございます。




