04話 その物語より2
少し長めになりましたがお許し下さいませ。
引き返そう、とすぐに思ったの。でも、少しだけ遅かった。牧場の仕事から丁度帰って来ていたオドアおじさんが、村の入り口のすぐ近くにいたの。
「おお、ルルナの嬢ちゃん、帰って……うわぁぁぁあああ!!忌み子だ!!アニングの娘が忌み子になって帰って来おったぞ!!いや、最初からそうだったんだな!!おい!!とっとと村を出て行け!!さもなくば……」
「……っ!」
やっぱり、そうだった。わたしはオドアおじさんの声を最後まで聞かずに走り出したの。きっと……お母さんもあんな風に掌を返して、罵ってくるに違いないから。
走りに走った。ただただ、ひたすらに。どこがどこだか分からないくらいに。でも……ふと、目に入ってしまった、大きな木。そこにある、人が3人は入れそうな窪み……。
そういえば、こんなところで遊んだ事もあったなあ……。あの頃はシャルルくんだけじゃなくて、ママ達も一緒で……。
その窪みの中に足を踏み入れて座り込んだら、ママやシャルルくん達の事を思い出しちゃったの。
「はぁ……シャルルくん、無事だと良いな……」
小さく呟くと、不意に涙が一筋溢れたの。それから、抑えが効かなくなってボロボロと涙が溢れて……。
「うっ……うっ……」
……何で自分がこんな姿になったのか、何でこの姿が嫌われるのか、分からなかった。でも、それを悔しいって思うのと同時に、仕方ないって、本能的に諦めてもいたの。でも……
やっぱり、仕方なくなんかない。こんなの、おかしいに決まってるよ……!何で突然、こんな事に、なって……!大切な人達から、一方的に虐げられて……っ!
「うえぇぇぇん……うえぇぇぇん!」
それからしばらく、涙も拭かずに泣き続けたの。時間が経って涙は止まったけど、それでも幾ら泣いても泣き足りない気がした。
そしてわたしが再び何度目かの泣き声を上げようとしたその時……。
「やっぱりそこにいたのね」
「へ……ま、ママっ!?」
驚きのあまり身体が固まる。全ての思いを吐露したかった。だけど、ママも、この姿を見たら……。
でも、ママはわたしの姿を見ても動揺するどころかむしろ優しい顔で、ハンカチで目元を拭ってくれた。
ママは木のうろのわたしの隣に座ると、腕をわたしの身体に伸ばしてぎゅっと抱き締めたの。それも、折り畳まれた羽根ごと。
「ごめんね、ルルナちゃん……ママが……私が、あの人に恋さえしなければ……あなたは、こんな事に……」
「へ……どういう……」
ママはわたしを抱き締めてた腕をそっと解くと、代わりにわたしの手を優しく握って、わたしの方に向き直ったの。
「全部話すわね、あなたの事」
「…………」
「あなたのパパはね、実は悪魔だったの。それも、とびっきり優しくて、とびっきり強い悪魔。ママは人間だけど、それでも、そんなパパが大好きになっちゃったんだ」
そこまで笑みを浮かべながら言うと、ママは表情に仄かな悲しさを滲ませながら長いまつ毛を伏せて言ったの。
「でもね、パパは死んじゃったの。神さまから天罰を受けて、ね。まだルルナちゃんが生まれたばっかりの頃」
「え……」
思わぬところで知った、わたしにパパがいない理由。でも、神さまに天罰を受けたって……。
「悪魔は倒されるべきだって、みんなは言う。だから、神さまも悪魔だったパパを殺したの。そしてきっと、みんなはこうも言うわ。『悪魔の子である忌み子も殺すべきだ』ってね。パパはあなたやママとの関係は誰にも言わなかったし、だからあなたも私も殺されずに済んだんだけど……」
「もう、バレちゃったの?」
「そうね、このまま村に戻ったらあなたも私も間違いなく……」
その続きはママが言わなくても分かった。
「ねえ……何で悪魔だったら……悪魔の子供だったら、殺さなきゃいけないの?パパは優しい悪魔だったんでしょ?それに、わたしも、何にもしてないのに……っ!」
その問いにママは顔を歪めると、再びわたしの目を見て話し始めたの。
「昔、悪い悪魔が人間達に悪い事をしたから、悪魔は全部が全部悪いんだって、みんな信じてるの。みんな、何にも知らないのに、ね」
「……でも」
「ここにいればしばらくは見つからない筈だから、ここでしっかり寝て、明日の朝早くに逃げましょう。遠く、遠く……絶対に見つからないところまで」
「……分かった」
ママの言っている事は理に適っていたし、そうするべきだってわたしにだって分かっていた。だけど、それが本当にわたしにとって一番良い事なのか、それは分からなかった。
〜★〜★〜★〜
「ルルナ、起きなさい!」
ママの、小さくも迫真的な声でわたしは目覚めたの。
「ん……おはよう、ママ」
「そんな事より早く逃げるわよ!近くまで追っ手が来てるわ!」
「へっ……」
「見つけたぞ!!おい悪魔の子とその苗床!!大人しくお縄につきやがれ!!」
「ルルナ、逃げなさい!!」
「えっ……う、うん!!」
わたしは襲ってきた人の手を避けて木の外へ出た。だけど瞬間に別の村人に捕まってあっという間に縄で縛られてしまった。
「は、離して!!離してよ!!」
「うるせえ、忌み子が!!殺されたいのか!!」
「あ……ぁぁ……っ!」
結局わたしは縄で両腕と身体を縛られ、男の人に引っ張られたまま村まで連行されたの。
わたしは得体も知れない程の不安で押し潰されそうだった。ママに言われた“殺される”という意味が、急に現実味を帯びてわたしに立ちはだかっていた。それに、ママの安否も……。
(ドンッ!!)
「痛っ!」
不意にわたしは硬いタイルの上に投げ出された。どうやらいつの間にか、村の広間に着いてしまったようだ。周囲の野次馬から、「やっと捕まったか」だとか、「あら、本当に恐ろしい見た目だ事」等と囁き声が聞こえる。
それを、村長、ザッグバルドさんの威厳ある、けれど今は永久凍土よりも冷ややかな声が鎮めた。
「皆の者よ、鎮まれ!!ただ今よりこの忌み子、ルルナ・アニングの処遇についての審理を執り行う!!」
「村長、お言葉ですが、まだこやつの母親が……」
「構わん、そちらは後に回す事とする。さて、忌み子は1000の内に1度、忌まわしき悪魔が人間にその子を孕ませる事によって産まれる、呪われし子供の事だ。2000年前や1000年前も、忌み子が齢約10の刻、遥かな西国と南国にて2つもの村を滅ぼしたとも言われておる」
そうだとしても……そうだとしても、その人とわたしは別人なのに……。
そう訴えたかったけれど、今わたしには喋る権利はない。昨日まで愛していた村人達にとってわたしは忌まわしき罪人でしかないのだ。背中に折り畳まれた闇色の翼を、出来る事なら今この瞬間にへし折りたかった。
「そのような者が村に現れた、という事は大変心苦しく、また信じ難い事ではあるが、これは事実である。では、こやつの処遇について、村人より何か意見は……」
「処刑だ!!」
「ここで首を落として頂戴!!」
そうなんだ……。……やっぱり、みんな、わたしが悪くなくてもわたしに死んで欲しいんだよね。そう、自分勝手で、呪われたわたしなんか、もう死んじゃった方が……。
「止めろ!!」
ふと、耳に染み付いた、やんちゃでありながらも勇気に溢れた声が広間に響いた。
突然静まりかえる広間。すぐに静寂は止み、声の主……シャルルくんに対する反駁、否、罵倒が彼を抉った。けれどもシャルルくんは屈した様子もなく、大声を張り上げる。
「おかしいと思わないのか!?だってみんなも昨日までルルナに笑って挨拶してたし、ルルナだってみんなに対して悪い事なんか全くしてなかった!!なのに……」
「ごちゃごちゃ五月蝿えんだよガキが!!テメエも殺されたいのか!!」
「シャルルくんっ!!」
屈強な大工の男の人がシャルルくんを締め上げる。シャルルくんは必死に足掻くも、締め付ける身体はびくともしない。
ザッグバルドさんはまるでその声を耳にしなかったかのように装って、咳払いの後再び口を開く。
「ごほん。とまあ全会一致のようだ。よって、神・ラメラゼイアの名の下に我が命を下す!その忌み子を処刑せよ!!」
「はっ!!」
ザッグバルドさんの背後に控えていた神官たちがわたしの前に出て来て剣を抜いた。ギラリとした煌めきが、わたしを恐怖に竦ませる。
「グッ……めろ!!止めろって言ってんだろ!!聞こえねえのか!?」
神官たちが一歩ずつ近づいてくる。そこには、一切の感情が浮かんでいなかった。
「いや……やめて……っ!!」
「止めろって言ってんだろぉがぁぁぁあああ!!」
願いも虚しく神官がすぐ目の前に来て、剣を構える。
あぁ……わたし、もうだめなのかな……。そう考えた途端視界に流れる景色が急にゆっくりになって、ママやシャルルくんと過ごした日々が頭の中に高速でスクロールし始める。
剣が唸りを上げてわたしの首に迫る。その、直前だった。
何か……否、誰かがその間に飛び込んで来て……。
「シャルルくんーーーーーっ!!」
シャルルくんは胸から夥しい量の血を撒き散らしながら、わたしに覆いかぶさるように地に伏せた。
周囲からざわめきが起こる。
「シャルルくん、シャルルくんっ!!しっかりしてっ、シャルルくんっ!!」
その声を聞いて小さく息を吐き出してから、シャルルくんはいとも苦しそうに、そして小さくわたしに語り掛ける。
「そんなに心配しなくたって……何処にも……行かないから、安心、しろっ!」
「安心って言ったって、無理だよっ!!何で、こんな事……っ!!」
「だから……気に、するなって……っ!そんな事より、今の内に、逃げろっ!今なら……っ!」
「出来ないよ、そんな事っ!!シャルルくんが死んじゃうんなら……それなら、わたしも……っ!!」
「ふざけた事……言うなっ!!」
「え……っ」
「俺はルルナに助かってもらいたいから、だから……ガハッ!!ぐあぁぁああっ!?」
「シャルルくんっ!?」
「心配……すんなっ!!本当に俺の為を考えるん、ならっ!!早くっ、逃げて、くれっ!!」
「でも……」
「い、け……っ!!」
「……分かった、ありがとう。……ごめんっ!!」
わたしは身体に縄が結ばれたまま、ひたすら走った。背後からどかどかと聞こえる声を振り切って。……もしかしたら、シャルルくんも一緒に振り切って。
「ルルナ!!こっちよ!!」
ふと、ママの声が聞こえた。見ると、少し離れた所にママが立って必死に手招きしていた。森の入り口だった。
「ママっ!!」
今のわたしの思いを、今度こそ全部ぶつけたかった。でも、ママはその時間をくれはしなかった。
「いい、ルルナ?すぐに村の人が追いかけて来るわ。もしかしたら、指名手配が行き渡るかもしれない。でも、決して捕まらないように、逃げ切るのよ。分かった?」
「え……でも、ママは……」
「ママは村の人達の注意を引きつけるわ。ほら、もう来たわ」
「でもっ!!」
さっきシャルルくんを失った。でも、今度は……今度こそは絶対に失いたくない。けれど、ママはただ首を横に振るばかりだったの。
「行きなさい!!早くっ!!」
「……っ!!」
わたしは、今度もまた走り出した。森の中を、何がどうとも分からないまま。木にぶつかりながら、草に足を切られながら。涙と共に、わたしが殺した人との記憶を落としながら。
もう何もかもが嫌だった。理不尽に自分を裏切った人達も、我が身可愛さに愛する人を殺す自分自身も。そう、自分の力を使えば縄など簡単に解けたに違いないのに。
わたしはぶつりと縄を引きちぎった。もう周りの人なんて信じられない。わたしの中にはシャルルくんとママさえいれば良い。でも……気付けば涙は止まり、シャルルくんとママについて覚えていたのはその名前と、存在だけだった。
そしてわたし自身についても、殆ど何も覚えていなかった。覚えていたのは、わたしが自分にも許されないくらい悪い子だっていう事だけ。
あぁ、もう何もかもどうでもいい。このまま己の忌まわしい能力を使って見つけた人を片っ端から殺すか、それともこのまま死ぬか。
どっちが良いかな?ねぇ、シャルルくん、教えてよ。ねぇ、ママ、答えてくれないの?
……そう、つまんないの。でも、わたしは決めた。
前者が良い。殺して殺して、殺しまくるの。だから飛ぶ。忌まわしいこの力だけど、それでも死ぬまで存分に使ってあげよう。
ーーー少女は飛んだ。愛する人から虐げられ、又愛する人を自らの所為で失い、壊れてしまった少女は、破壊だけを求めた。否、正確には何も求めていなかったのかもしれない。
いつの日にか「暴虐の死神」の2つ名を付けられた少女は、エルグランド王国よりの大規模な討伐隊と魔術隊により封印された。しかし、この少女を不憫に思う者も又存在した。ゼスラ=キヌス・エルグランド。後に若くして亡くなる事となる、王国史でも特に善良と名高い王、その人であった。
彼は従者達が寝静まった頃にこっそりと城を抜け出して、少女の封印された祠へ行った。彼女にもとても辛い過去がある事を、察していたからだ。魔術に長けていたゼスラはこっそりと封印を解くと、力を……そして記憶を失った少女を連れて城へと戻り、従者に育てさせた。
記憶と共に素の性格をも失ってしまった為、中々素直でない少女であったが、ゼスラやその娘・ピアナと触れ合う事で彼等にだけ心を開くようになった。とはいえ特に好きな事も見つけられず、ただひたすら教えられる事を磨き、遂に万能たるメイドとなった彼女は、ピアナの身の回りの世話を1人でこなし、やはり少しだけ素直でない部分を残しながらも人を愛する事を少しずつ思い出していった。
そして、とある1人の少年との邂逅。それとほぼ同時に王は亡くなったが、彼女は力がないながらも精一杯足掻いて事を為す少年の心の強さに惹かれ、今度こそ真っ当な人としての感情を思い出そうとしていた。
だが。その矢先の事をであった。少女のあまりにも深すぎる過去の傷を思い出させるような言葉の数々、そしてその頃にも似た、あまりにも辛すぎる出来事。幸い少年は一命を取り留めたが、最早彼女には人と共に生きていく事が難しかった。
自らが人と共にあれば、その人を傷付けてしまう、その事がただひたすらに恐ろしかった。だから、少女は逃げた。人と共にある事から……或いは、その理不尽な境遇から。そして、生きる事から…………。
もう41部目なのか……早いと思ったけど意外と遅かったですね(笑)。




