05話 再会
おはようございます。眠いです。
気付けば俺は涙していた。ルルナの中に入ってから俺が見た不思議な光景は、恐らく彼女の過去そのものなのだろう。
そして俺は、涙するだけではなく、同時に憤慨もしていた。何故何も悪くない少女が、一夜にして理不尽な仕打ちを受けなければならなくなったのか。たとえ大昔の忌み子が悪さをしたからといって、どうして彼女が悪いと決めつけられるのか。
だが、それと同時に俺は知っている。自分も同じなのだと。日本でも、犯罪者の子供だからといって謂れもない罪を着せられたり人格否定的なヘイトを浴びせられる人や、或いは過去に穢多や非人等と呼ばれ理不尽に蔑まれた人々の子孫が、今尚他者にその事をバレないように暮らしているという現実を知って尚、俺は見て見ぬ振りをしてきた。直接危害を加えずとも、それはそういった人達を見殺しにしてきた事に相違ない。
そんな俺なんかにどうして彼女と対面する権利等あるだろうか。
「……そうじゃない。俺は……」
そう、俺はルルナを取り戻しにきたのであって、決して懺悔しに来た訳ではない。
目覚めたのは、不思議な場所だった。ただひたすらに白く、何も無いながらもずっと遠くまで広がる空間。そして、まるで誰かに拒絶されているかのような圧迫感。
けれどそれが今のルルナ自身なのだろう。その拒絶が、元来の優しさから来るものであったとしても。
「……シャルル、くん……?」
「え……?」
突然耳に入ったルルナの声に思わず振り返るが、そこにいた少女はとても幼かった。
少し紫がかった銀色の髪に、深い海を思わせる藍色の双眸、そして菫色のエプロンドレス。先程記憶の中で見た、在りし日のルルナに違いない。
「シャルルくんだ……シャルルくんがいる……っ!まさか、生きてたのっ!?」
少女はその短い距離を跳び、俺に飛びついた。
シャルル……ルルナの幼馴染で、1番の仲良しである少年。先程の記憶を見ると、心の強い優しい少年だったのだろう。
少女の勘違いである事は間違いない。俺は日本人の父母の間より日本に生まれ、日本に育ち、3ヶ月近く前にこの地に降り立ったばかりだ。だが……。
だが、この少女に何と声を掛けたら良いのだろうか。自分の身代わりとなって死んでしまったと思っていた、大切な人。そんな少年が帰って来たとすれば、その喜びは計り知れない。俺如きが……否、誰であろうともその喜びを奪い、少女を絶望の淵に突き落とす権利等あろう筈がない。
かと言って嘘をつく事も又、許されない。
「…………」
「……?どうしたの、シャルルくん?……怒ってるの?わたしがシャルルくんを見捨てて、逃げたから……っ!」
「……っ!違うっ!そんな筈ない!彼は……俺はあの時、ルルナが助かればそれで良かったんだ!」
そうだ。それが俺の本心……そして、彼の本心であったに違いないのだ。だから、シャルルという少年や俺がルルナの代わりに傷付いたことに対して、ルルナが心を痛め自身を傷付ける必要などないのだ。
「……本当に?本当にそうなの?わたしがいなければ誰も傷付かなかったのに?……わたくしがいなければ、シャルルくんは死ななくても……勇者様が死に瀕する事なんて無かったのにっ!!」
「な……でも!!」
「でもじゃないですっ!!認めて下さい……わたくしが、勇者様に害為すだけの怪物だって……」
「違う!!ルルナは怪物なんかじゃない!!人間だ!!」
「自分の為に……或いは、空虚な欲を満たす為だけに無辜の民を数え切れない程殺めたわたくしが、人間として認められる筈ありませんっ!!う……っ!!」
ルルナは俺の服を一段と強く握った。いつの間にか11歳だった少女は16歳の少女へと戻っている。服を濡らす涙から、彼女の味わう苦しみが如何に辛く、1人で抱え込める限界を超えているのかが少しだけ分かった気がした。
「……そうだとしても、俺はルルナの味方だ。確かに、その罪は幾ら償おうとも償いきれないかもしれない。だけど、それはルルナだけの罪じゃない。ルルナを迫害した村の人の罪でもあり、デティアの罪でも、バゼシスの罪でも……そして、俺の罪でもある。だから、一緒に償っていこう?」
「いいえ、わたくしの罪なんですっ!!……わたくしが生まれてきた事自体が、間違いなんです」
「そんな事言うなっ!!だってルルナは、俺に、ピアナに、クルルやソラ……出会ったみんなに、希望を与えている筈だ!!出会った人の分……殺した人の分まで、真っ当に生きる義務があるんだ!!それを否定なんかしちゃいけない……いや、少なくとも俺の分は、否定しないでよ……っ!」
「……っ!何で、ですか?何で、わたくしなんかを認めようとするのですか?」
「逆に、拒絶されたら嬉しいの?」
「そんな事……そんな事、ある筈ありません。確かに勇者様に受け入れて頂いた事は、良い事です。出来る事なら、ママやシャルルくんにも受け入れて欲しい。でも……それがどれほど傲慢な願いか、わたくしは知っている。それに、わたくし自身が、辛くて仕方がないからっ!!」
そう言うと、ルルナは俺を突き倒した。
「うわっ!?ルルナ、何を……」
「あなたがどれだけ気を使おうと、わたくしと一緒にいればあなたは絶対に傷付くっ!!今回みたいにっ!!だから……だからっ!!」
一呼吸置いて俺の目を見つめたルルナは、悲しげな微笑みを浮かべて、こう言った。
「今度こそ、さようなら。醜くて、血塗れで、悪い子のわたくしの事なんか、もう忘れてしまって下さい。そうすれば、もうあなたが苦しむ必要なんて、ないから……」
ルルナは去って行く。白いだけの空間の先に。今度こそ、もう取り返しのつかなくなる場所へ。
「行かないで……行かないでよ、ルルナ!!俺はルルナといたいんだ!!ルルナといられたら、それだけで良いんだ!!醜いルルナでも!!怪物のルルナでも!!俺が生きて来られたのはルルナがいたからだ!!どんなルルナだって良い!!俺はどんなルルナでも受け入れる!!だから……戻って来てよ!!本当に俺の事を思うんなら!!俺を傷付けたくないんならさ!!」
ルルナが、ぴくりと動きを止めた。そして、こう小さく漏らした。
「どうして……どうしてそんな事が言えるの?出来るの?わたくしには……理解出来ない」
「違う!!今は忘れてるだけだ!!いや、昔の記憶を取り戻しているんなら、もう思い出している筈だ!!」
「……きだから」
ルルナが何かを呟く。そして、その言葉を、ゆっくりと噛み砕くように、周りを覆っている分厚い氷を丁寧に打ち砕くように。
「好きだから。大好きだから。愛しているから。……そうなの?」
「……っ!!そうだよっ!!だから、戻って来てよ!!俺にはルルナがいないとダメなんだよ!!」
「……勇者様……シャルルくん……っ!!」
ルルナが俺の方に振り向いた。目尻からは沢山の涙が零れ落ち、可愛らしいエプロンドレスはびしょ濡れだ。
だが、そんな事はどうだって良い。自分の心の内面を全て吐露しぶつけ合った結果として、今まさにルルナと分かり合えたのだから。そうに違いないのだから。
ルルナが一歩を踏み出す。ゆっくりと、確かめるように。その歩はだんだんと加速していき……遂に走り出した。そして、俺の元に飛び込む。
「うえぇぇぇん……勇者様ぁぁあっ!怖かったよ……辛かったよぉぉお……っ!」
「よしよし……よく、頑張ったな」
「うん……っ!うえぇぇぇん……」
幼子のように泣くルルナが、とても愛おしかった。ルルナの頭をぽんぽんと撫であやしていたその時、異変は起こった。
「ルルナ……」
「……どうしたの?」
「身体が……」
「ふぇ……っ?」
俺とルルナの身体が少しずつ半透明になっていく。それだけではない。完全な純白であった周りの風景に黒みが増していき……そして、亀裂が入った。
亀裂は徐々に大きくなっていき……遂に、空間が崩壊した。
「な……っ!?」
「そんな……っ!?」
一瞬の浮遊感と落ちていく感覚。ルルナが両腕で強く俺を抱き締める。
俺もルルナの背中に手を回すと、ルルナは嬉しそうにふふっ、と笑った。
最早その身体に、その空間に、突き刺し、拒絶するかのような冷たさは無かった。ただただ優しい温もりが、少女の柔らかさが、俺と共に在る事を望んでいるようであった。
落ちていくスピードが加速する中、ふと俺は周りを見た。すると……、
「ねぇ、ルルナ。見て」
「どうしたの?……ぁ……綺麗……」
どこに在るのかも分からない底に向かって落ちていくのは、俺達だけではなかった。周りを流れていくのは、とある村に生まれ育ち、異形として理不尽な目に遭い、人の愛に触れる事も出来ず目に入った人を殺し、心優しい青年に救われ、愛溢るる少女と共に育ち、そして俺と出会って愛を思い出したこの少女の記憶……。
同時に俺は悟った。もうルルナの器……身体が、限界を迎えているんだと。そして、俺達はもう戻る事が出来ないのだと。
でも……、
「それでも、良いんだ。ルルナといられたら、それで良い」
「ふふ……っ。でも、ちゃんとやるべき事をやらなきゃ、逃げちゃうかもしれないですよ?」
「あ……そっか。俺は……いや、俺達には、勇者として人々を助ける義務があるんだよね」
俺1人では、何も出来ない。同様に、ルルナ1人でも成し遂げられる事は少ない。でも……。
でも、2人ならば、何だって出来る。だから、2人合わせて勇者なんだ。いや……誰かを救う、それが出来る人はみんな、勇者なんだ。
「はい。だからこそ、こんなところで死ぬ訳にはいかないの。……一緒に戻ろ?」
「……そうだね」
終わりの見えなかった穴の、出口が近付いていく。出口の先には、何が待っているだろう。
……ううん、何だって良い。何があっても俺はこの華奢な身体を離さない。何があっても、守る……否、守り合う。どちらが欠けてもダメなんだ。だから……!!
白い光の差し込む出口へと突入する直前、俺はルルナの背中に回していた手の力を強めた。
〜★〜★〜★〜
「ぅ……うぅ……っ……」
ぼんやりとしていた意識が徐々に戻ってくる。見慣れない木製の天井、軋んだ音を奏でるベッド。俺は……?
「そうだ!!ルルナ、大丈夫!?」
「……んんっ……むにゃ……ふにゃっ!?」
「ああっ……良かった……本当に良かった……!」
「ここは……そっか、勇者様が助けてくれたんだもんね。……ごめんなさい、こんな迷惑掛けて」
「もう、良いんだ……。戻って来てくれたから、もう……それで……」
安心感故か、涙が溢れてくる。
「勇者様……泣かないで……」
「な、泣いてなんかないよ!それに、ルルナだって……」
「ふふっ……えいっ!」
ルルナが俺に抱きついてくる。自らを襲った感触に頭が混乱しそうになりながらも、俺はどうにかしてこの言葉を言った。
「……おかえり、ルルナ」
「……はい、ただいま、ですっ」
ルルナははにかむような、けれど今まで見せた中で一番の笑顔を見せた。その笑顔は、ただただ尊かった。少女は大きく変わった。その変化が良い事なのか、今はよく分からない。だが、決して悪い事ではなかったのだと、自信を持って言える。
俺達はもう、二度と離れる事はないだろう。これを、絆とでもいうのであろうか。……いや、呼び方なんてものはどうだって良い。そういうものが俺とルルナの間にある、それさえ分かっていれば……どんな事だって乗り越えられる。
それを問いかけるように、確かめるように、俺もルルナを抱き締めた。
……異世界生活80日目、終了。
2人の勇者、否、最弱たる勇者と万能たるメイドの2人で1人の勇者は、これからも歩んで行く。行く手に何が阻もうと、命ある限りは決して別るる事などあるまい。
少年と少女は、抱き締めあったまま笑い続けた。
因みに言わせて頂くと、最終回では御座いません。私の構想に於けるスリービッグウェーブの1つ目です。
第4章には、1〜3章の事後処理その他諸々編を書くつもりです。以降も宜しくお願い致します♪




