02話 模擬戦とルルナの秘密
恐らくは日本の季節に近いだろうと思われるこの世界では、今は大体春分が過ぎたあたりではないだろうか。とすると、この明るさは大体7時か8時くらいだ。ああ、久し振りによく寝た!
いやあ、無理矢理叩き起こされない朝というのは何と良いものなんだろう!と、俺が謎の感慨を噛み締めながらソラを撫でていると、コンコンコンとノックが聞こえた。
「誰?」
「ルルナで御座います。失礼しても構いませんか?」
「あ、どうぞどうぞ」
カチャリとドアが開き、乱れ1つない髪といつものエプロンドレス姿の少女が、これまたいつも通りの無表情のまま現れた。
「勇者様、わたくし……その……えと……」
「ど、どうしたの?」
「み、水浴びがしたくて、で、ですから、その……」
水浴び?ああ、昨日風呂に入らなかったからか。
でも何で急にそんな事を?
「あ、厚かましいお願いではありますが……み、見張りをお願いしたく存じます」
「み、見張りぃー!?」
どどどどどどどどういう事それ!?まさか、ルルナの裸を見ろと!?
ちょちょい待って下さいルルナさん!うら若き女性がそんな事を言っちゃって良いんですか!?
「へ、変な勘違いをなさらないで下さい!ちゃんと湯浴み着くらいは着ます!」
「あ、あぁ、良かった」
安堵するような、残念そうな表情をする俺に対し、ルルナは冷ややかな目を向けると、
「で、では、今から着替えます故、少々お待ち下さい」
一瞬のうちに服を変化させたルルナは……薄い白地の浴衣のようなものを身に纏っていた。
結構緩やかであるとはいえ、いつもより身体のラインに近い線がくっきりと見えてしまう。ただの目の毒でしかない。
「あ、あまりじろじろと見ないで下さいませっ。さあ、行きますよ」
「ご、ごめんなさい……」
因みに、ルルナが水浴びしたところは綺麗な湖で、後に聞いたところ、美容に効果があるらしい。
尚、ルルナの湯浴み着は案外性能が良く、水浴び後に透ける事もなく、また一瞬で乾いてしまった。少し残念である。
……いや、むしろ見えない方がルルナというミステリアスな子の魅力を高めるのかも……て、俺は何を考えているんだ。
きっぱりとその思考に絶縁宣言し、昨日のアルヴェンヌの言葉を思い出す。
「ねえルルナ、今日はアルヴェンヌさんと戦うって言ってたけど……」
「ご安心下さいませ。一瞬でけりをつけますから」
こっわ……いや、でもルルナらしくて良いや。あ、でも……
「もちろん、寸止めでね?」
「へ?……承りました。勇者様がそう仰るのなら、仕方ありません」
え!?てか元々当てる気だったんかい!?いつものエプロンドレスに再び着替えてはいるものの、少し湿った髪や、微かに鼻孔をくすぐる甘い香りも相まって、色んな意味でドキドキする。
あれ、思考が回帰してる……?
と、にわかに荒々しいノックの音が聞こえてきた。
「あ、アルヴェンヌさんですか?」
「ああ。昨日は貴様等の侵入で叩き起こされたから、本当はいつもくらい寝たかったが、客がいるのにそれはどうかと思ってな。それに、ルルナとの戦いも楽しみだったしな」
「あ、そうですか」
……アルヴェンヌさんって遅起き魔だったのか。ピクシー達も大変だ。
「兎に角、入るぞ」
ガチャリとドアを開け現れた彼女はまだ寝巻きのままで、髪の毛もボサボサ、ルルナとは正反対である。
あれ、じゃあ何で昨日はちゃんとした服装だったんだ?謎である。
「で、戦うのっていつやるんですか?俺としては一刻も早く麹を手に入れたいんですけど……」
「だ、そうだ。準備は良いか、ルルナ」
「いつでも構いません」
おお、珍しくルルナがやる気だなぁ。頑張れ!
「じゃあ行くとするか。ピクシーは噂が伝わるのが早いからな。もう会場の準備などしておるかも分からぬぞ?」
「ま、マジすか……」
〜★〜★〜★〜
部屋を出た俺達は、アルヴェンヌに連れられて森の奥まで進むと、1.5アールくらいはありそうな平地を、沢山のピクシーが手入れしていた。……アルヴェンヌさんの言ってた事、本当だった……。
「では、始めるとするか。……いつでも、掛かって来い」
そう言うと、アルヴェンヌの雰囲気が激変した。
歴戦の猛者である事を感じさせる、オーラを纏った……とでも言えば良いのだろうか。兎に角、いくらルルナであろうとも一筋縄では行きそうにない。
対するルルナはというと……、
「ところで、武器は何を使えば良いでしょうか」
……おーい、さっきまでのやる気はどこ行ったー?
すると、アルヴェンヌは先程までのオーラを霧散させて、
「おっと、すまない。妾としたことが、ルールの説明を忘れておった。無論寸止めで、相手の首を捉えたら勝ちだ。武器に関しては寸止めが出来る近接武器なら何でも良い。それと、魔法は禁止だ。これでどうだ?」
と言った。
「承りました。では、審判は勇者様でお願い致します」
「ああ。今度こそどこからでも掛かって来い!」
と、アルヴェンヌは言うものの、ルルナはまだゆっくりと腰からナイフを取り外しているところだ。
……ナイフってあそこにしまってるんだな。
などとソラを撫でながら考えつつ、俺は2人を見やる。
「まだ準備中か……もう我慢が出来ん!行かせてもらうぞ!」
言うや否や閃光の如き速さで駆け出したアルヴェンヌは、左の鞘から糸の如き細い刀身を持つ剣を抜き放つと、剣先をルルナに向けて突進した。
それを最小限の動きで回避したルルナは、さっとナイフを取り出して大きく距離を取る。
……この辺りが目視出来るようになってる辺り、俺も少しはこの世界に慣れてきてるのかな?
「回避は中々、と。じゃあこれはどうだ?」
な!?分身した、だと!?
アルヴェンヌは分身状態を保ったまま、何度も何度もルルナに突きを繰り出す。
「幻術ではなく、高速移動による目の錯覚……ですか。ですが、これ程までに遅ければ、全ては無駄です。それよりも普通に突きを繰り返した方が強いのではありませんか?」
分身のカラクリを一瞬で見抜いてしまった挙句その全てを躱していくルルナ、流石である。
「それはそれはご丁寧にアリガトさんっ!」
急に剣を下から上へと、空気を斬りつけるようにすると、ルルナとの鍔迫り合いに持ち込んだ。
長い。だが、顔に疲労の色を濃く滲ませるアルヴェンヌといつも通りの無表情のルルナ、両者の違いは歴然としている。
「ふんっ!」
不意にアルヴェンヌの剣が幾つにも分かれた……ってえーっ!?それは反則だろ!?
だがルルナは顔色一つ変えずにバックステップを踏むと、
「その程度ですか。では、今度はこちらから行かせて頂きます」
「いやぁ、やはり、流石は……といったところか」
「ーーーっ!……違う、わたくしはそのようなものではありません」
何だ、一体アルヴェンヌは何と言ったんだ!?
そこへ再び突進を仕掛け、またしても鍔迫り合いに持ち込むアルヴェンヌ。
アルヴェンヌの言った事を違うと否定するルルナだが、素人目に見ても彼女のナイフ捌きのキレは先程と比べて格段に落ちている。
「最初に見た時から分かったさ。貴様は何かが違う、とな。まさか本物がまだいたとはな……」
「ですから、違うと……」
「安心しろ、我が友よ。妾には貴様をどうこうしようという気はない。ただ、忠告したいだけだ。秘密はいつかバレる、と」
先程までとは打って変わり、アルヴェンヌがルルナを押している。
「違います。違います違います違います!わたくしは、普通の……」
「自分でも薄々察してるんだろう?自分が何か他とは違うと」
「そんな事……ないっ。わたくしは……勇者様や、ピアナ様と同じ人間です!」
すると、ルルナのナイフが紅い軌跡を伴ってアルヴェンヌの首を捉えた。
「……そ、そこまで!ルルナの勝ちです!」
慌ててそう言った俺だったが、心の中は大きく渦巻いていた。
……ルルナが、一体何だというのだ。俺達人間とは違うとでもいうのか……。そして、あの紅い光は……。
「はあ、結局負けてしまったか。まあ仕方あるまい」
ここは勇気を出して、聞いてみよう。
「アルヴェンヌさん、先程、ルルナに何と……」
「忌み子。妾はそう言った」
「い、忌み子って……」
「ダメっ!」
見ると、これまでにない程の大きい声を上げた、ルルナがいた。
「ルルナ、君は一体……」
「……まだ、知られたくありません。わたくしは忌み子などではないと存じておりますが……その意味を知ったら、勇者様がわたくしを、見捨ててしまいそうで……」
「俺が、そんな事する人間に見える?」
「……申し訳ありません。勇者様がお優しい方であることは存じておりますが、それでもまだ、申し上げる事は出来ません……」
「……そうか」
ルルナの正体が何であろうと、見捨てる気は毛頭ない。だけれど……一体何だというのだ。少なくとも、可愛らしい人間の女の子にしか見えない彼女が、一体……。
などと、いつの間にか寝てしまったらしいソラを撫でつつ考えていると、
「さあ、暗い話はおしまいだ!麹が欲しいんだったな!妾に初めての敗北を味あわせてくれたのだ!さあ、幾らでもくれてやるぞ!お、そうだ、パーティーなどどうだ?ピクシーの食事は人間にとっては珍味揃いだぞ?」
というやけに明るい声が聞こえてきた。
正直そんな気分ではなかったし、麹が手に入るんならすぐにでも味噌汁を飲みたい気分だが、まだ出汁などの用意が出来ていない。
折角の味噌汁なんだ。完璧な和食として味わいたい。それに、アルヴェンヌの言う通り俺もこの重々しい空気が嫌なので、提案に乗らせてもらうことにした。
〜★〜★〜★〜
「あ、そういえば誰か忘れてたような……」
「あーっ!戻ってきたなぁーっ!とっととボクをここから出せぇーっ!」
あ、いつの間にかクルルが鳥籠もとい妖精籠に閉じ込められた状態で机の上に放置されてる。
「……これは、アルヴェンヌさんが?」
「無論だ。こやつを1人にしておいては、何かと心配だからな」
「ご心中、お察し致します……」
確かにそのルルナの言葉は強ち間違いではないかもしれない。
特にクルルの悪行を聞いてしまった今となっては、彼女を庇うことすら憚られる。
「さて、クルルの所為で他のピクシーを呼ぶ事は出来んが、宴としようではないか」
「あ、そうだね」
アルヴェンヌは皿や食器類を奥から運んできて、俺達の前に置いた。
そして再び奥へと向かうと、湯気のたった温かそうな料理や、恐らくは中に酒が入っているであろういくつかの瓶を持ってきた。
「ほら、ビーストカウのローストビーフにヨーグルト、春菊の天ぷらもあるぞ。あ、あと極上の酒もあったな」
「あ、酒はパスで。俺もルルナも飲めないから」
「酒に弱いのか。では……これなんかどうだ?これは水……」
「お冷ですか?では、頂きます」
恐らくは相当喉が渇いていたのだろう。アルヴェンヌが言い終わらないうちに瓶をコップに注いで一度に飲み干したルルナは……顔を赤くしてテーブルに突っ伏した。
「……のような、もの凄く度数の低い酒、だったんだがな……」
「あ、ルルナは滅茶苦茶酒に弱いんです。むしろアルコール以外に弱点無いんじゃないかって思えるくらいですけど」
「そ、そうだったのか。すまん、これから気をつける。あと、これは酔いを止める薬だ。飲ませてやれ」
俺はルルナを起こし、口を開けさせて、アルヴェンヌから受け取った錠剤を飲ませた。
「はふう……。醜態をお見せしてしまい、申し訳ありませんでした。……て、勇者様、しれっとわたくしの唇を触らないで下さい!」
「それは仕方ないよね!?」
などと、その後もしょうもない雑談などをして楽しい時を過ごした俺達は、またしてもアルヴェンヌのところでお世話になってしまう事となった……。
……異世界生活31日目、終了。
平成も残すところ僅か1日(と少し)ですね!
平成生まれの私も、もう一世代前の人になってしまいます……。
とはいえ、(当然ではありますが)本作は元号をまたいだとしても続けます故、今後とも宜しくお願い致します♪
……もし明日中に03話を書き終わったら、私は何と後書きすれば良いのでしょうか……(笑)。




