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異世界で幸せめざしてみた!!  作者: ひなもとプリン
五章 過去編 ユリアスの事情
88/92

45 厄介な拾いもの*

最初は分からなかった。

なにしろ泥まみれだった上に、僕も相当動転していた。





動転したまま咄嗟に研究所の師匠の所に担ぎこんで、師匠の指示でアパートへ。

師匠のところに魔方陣(目印)があって助かった。でないとあの状態で異物の検知だのなんだのやってられない。




アパートの浴室へぐったりした女の子を運び込み、重力に干渉する魔法をかけてその身体を軽くする。そうして師匠が「何これ軽いっ!何で?」とか叫びながら彼女の全身の毒を含む泥水を洗い流してる間、僕はドアの外からここに至る経緯を、激しい水音に負けないよう風魔法に転移魔法を重ねて浴室内に送り届けていた。浴室には隙間なんてなくて、風魔法だけじゃ届かないからだ。

浴室内の師匠の声は僕にちゃんと聞こえるんだけど、僕の声はそのままじゃ師匠には全然聞こえてないらしい。水音との距離の関係なのかもしれない。

ともかく重ね技でこんなことが出来るなんて、今の今まで思いも寄らなかった。


必要になれば思いつくものなんだな、とか思いながら事情を説明する。でも言葉にしてみたら、何処の誰かも分からない女の子を毒の湖で拾った、というただそれだけのこと。


毒の種類は?と師匠に聞かれ、胆礬(たんばん)だと告げた。

「すぐに助け上げたの?水を飲んだ様子は?」

「助けた直後水を吐いてたし喋ってた。でも、そのあと目を押さえて気を失って……」

「なら、殆ど飲んでないか?だけど目は不味いかも」


話しながらも師匠は、何度も浴槽の湯を入れ替え、すすぎ続けている。



胆礬は、いわゆる銅の硫酸塩鉱物だ。これが大量に溶け込んだ水を飲めば銅の過剰摂取となり、中枢神経をやられてしまう。

中枢神経は人体の中でとても重要な部分だ。ここをやられると言葉をうまく話せなくなったり、手足が麻痺したり、もっと酷い状態になる可能性もある。

尤も女の子は、自力で水を吐いたあとははっきりした口調で喋っていた。何が言いたいのかはさっぱり理解できなかったけど。




浴室の前でジリジリしながら待っていると、やがて水音が止んだ。

そして運び出された、何枚ものバスタオルに厳重に包まれた女の子を見て、僕は瞠目する。


見間違えようもない、この蜂蜜を溶かしたような豪奢な金髪。



────まさか、フェリシア!?どうして?




でも考えてる暇なんて無かった。


師匠たちと入れ代わりに、今度は僕が浴室へ入るよう指示される。

そりゃそうだ。僕だって泥まみれだったんだから。


だけど、中へ入ってドアを閉め、浴槽に足を踏み入れた途端、頭上から桶をひっくり返したような水が絶え間なく降ってきた。


師匠、雑過ぎる……。

フェリシアとの扱いの差にムッとしつつも、自分で水を用意出来ないんだから仕方ないか、と諦めるしかない。


服を全部脱いで泥を流し、ドアの外に向かって「師匠!もう水はいいからっ」と怒鳴り声を残して森の家に跳んだ。







乾いた服に着替えすぐに師匠のアパートに戻ると、フェリシアは師匠の部屋のベッドに寝かされていた。





師匠の見立てでは、一番問題なのは目らしい。念のためにと胃の洗浄をし、眼窩に入った泥と毒も取り除いたけど、恐らく眼球が傷ついていてそこから毒が体内に入り込んでいる。そしてそのせいで、彼女は熱が出始めていた。


「熱自体はいいの。これは身体に入った毒をやっつけようっていう反応なんだから。でも──」

師匠は、女の子の体力が持つか心配だと言った。


フェリシアは衰弱していた。胃も空っぽだったみたいで、もしかしたら数日殆ど何も口にしていなかったのかもしれない。




そして僕らは結局森の家へ移動し、そこで彼女の治療に当たることになる。

一旦は師匠のベッドに寝かせたものの、ここではそれ以上どうすることも出来なかったからだ。



「師匠、僕がいなくなってからどんな生活してたのさ」

思わずそう言いたくなるくらい、彼女のアパートはとっ散らかってしまっていた。それはまるで僕が師匠のところに弟子入りしたばかりの頃のように。


「ええっ!?そこまで?そこまで酷くないよね?」


師匠は往生際悪く騒いでいたけど、床が見えてないって時点でアウトだから。






師匠は一旦研究所へ戻り、たまりにたまっていた休暇をもぎ取ってきてくれた。僕に女の子の世話なんて出来ようはずもないし、治療には師匠の魔力と彼女の手になる魔方陣が不可欠だ。

師匠の指示があれば僕にも治癒の魔方陣を刻むことはできるけど、そこに込める魔力の量と質は桁が違う。

まだ僕が弟子入りしていた頃、僕の刻んだ治癒の魔方陣に最後の仕上げとして魔力を流し込んでいたのは師匠だった。

でないと僕が練り込む微量の、しかも不均衡な魔力では気休め程度にしかならなかったから。






そして森の家に泊まり込んでの治療が始まった。



男爵家へすぐに連絡しなかったのは、彼女を助けた経緯が不可解だったからだ。あの時、あの場には、フェリシアを除いて二人ないし三人の誰かがいた。そしてそいつらは、落ちた彼女を見捨てて逃げていった。

どういうつもりでそいつらが彼処へ来たのかは知らないけど、もしも偶然ではなく、あの湖が僕の領地だと知った上でフェリシアを連れて来たのだとすれば、そいつらが通りすがりの見ず知らずの他人とは思えない。

それにどうして彼女はああまで衰弱しているのか。普通の状態でなら『いき過ぎたダイエット』程度かもしれないけど、あの状態で毒の湖で溺れたら命に関わる事態だ。


だから、彼女の口から事情を聞くまでは迂闊に男爵家へは返せないし、情報も渡せない。

考えすぎだとは思うけど、状況が掴めない今は彼女の回復を待つのがベストだと判断した。

それに、もし男爵家へ連絡することで何かの不都合が生じ、師匠の治療を受けられなくなったとしたら、彼女は間違いなく失明してしまうだろう。







師匠と相談して、フェリシアは僕の部屋のベッドに寝かせた。

僕の部屋が一番広いからだ。

他の二部屋は本当に寝るためだけの部屋だから、師匠と僕が入って動き回るには少し狭く感じる。

そして師匠は右の部屋を、僕は左の部屋を使うことになった。




フェリシアの熱はどんどん上がり、もはや高熱といっていいレベル。


汗をかいた身体を清め、服を着替えさせ、魔法で少しずつ負担にならない程度に体力を回復させる。

彼女が着る寝衣も服も、全て師匠が揃えてくれた。

お金を出したのはもちろん僕だし、王都への送り迎えも当然僕がしたけど、服ならまだしも下着なんか僕が調達できるはずもない。

師匠がいなければ、どれひとつとっても僕ではどうしようもなかったことだ。


僕にできたのは、せいぜい食事の支度やそれ以外の雑用。あとは褥瘡予防のため、夜中に数回起きてフェリシアの身体の向きを変えることくらいしかない。


そうして眼の治療に目処がつき、あとは熱が下がって意識を取り戻してくれれば、というところへたどり着くのに三日かかり、実際に目を覚ますまでに更にもう二日を要したのだった。











「ユーリちゃん、あの娘目を覚ましたよ!」

師匠に呼ばれ、食事の用意を途中で放りだして二階へ上がる。

部屋へ入ると身体を起こしたフェリシアが目元に巻いた包帯に触れていた。


「フェリシア?目が覚めたの?」

なんて声をかけたらいいのか分からず、我ながら間の抜けたことを問いかける。

そんなこと、見ればわかるだろうに。


だけどフェリシアの答えに、僕と師匠は思わず顔を見合わせていた。


「? あの、すみません。私、助けてもらったんでしょうか。ここはどこですか?家に電話したいんですけど」


デンワって何?



お母さんが心配するから、と不安そうにするフェリシア。

フェリシアの母親はもう十年以上前に亡くなっていて、今の母親は継母だ。折り合いが悪いという話も、僕の母上から聞かされたことがある。


やっぱり何かがおかしい。






その時、師匠が口を開いた。

「落ち着いて、少し話をしよう」


師匠はまず、自己紹介と共にフェリシアの名を訊いた。それはただ単に、彼女を落ち着かせるためだけの質問だった筈だ。


そもそも師匠には、最初の日にフェリシアのことについて話してある。婚約者と言い切るには未だ抵抗があって、知り合い……と濁してしまったけれど。





────だからこそ、フェリシアの言葉に今度こそ僕らは瞠目した。


彼女は幾つもの理解できない言葉と共に、自らを『リコ』と名乗ったのだった。






聞けば聞くほど、彼女の話は理解出来なかった。

上手く聞き取れないフルネーム。謎の単語。

逆に、誰もが知っていて当たり前の『ラナリス王国』や『魔方陣』、『転移』といった言葉には首を傾げる。

これはいったい何の茶番だ?





訳の分からない事態を迎え、だけど師匠は「もう王都に戻る」と言った。


当然だ。師匠が忙しい人なのは僕が一番よく知っている。むしろよくここまで付き合ってくれたと感謝しなくちゃいけない。

彼女が目を覚ました以上、あとは僕がどうにかするしかないんだ。



でも、彼女から一通りの事情を聞いた上で、問題がなければさっさと男爵家へ送り返せばいい、と思っていた僕の目論見は、きれいさっぱり消えてなくなっていた。

事情を聞くも何も、彼女は自分が何故あんな毒の湖にいたのか、全く覚えていない。それどころか、自分がフェリシアだという記憶もなかった。更には、貴族の娘としては当たり前の長さの髪を握り、どうしてこんなに髪が長いのかと困惑している。

そうして挙句の果てには大真面目に『異世界』がどうとか語りだす始末だ。こんな娘を僕にどうしろと?




師匠は本当に人がいい。

無表情に固まった僕を慮ってか、或いは心細そうなこの娘を放っておけなかったのか。

恐らくはその両方で、一度は「すぐにでも帰る」と言った言葉を翻し、もう一晩泊まると言ってくれた。

でも、そのことに対しては素直に感謝するけど、硬直していた僕の襟首を掴んで引き摺ったことについては厳重に抗議させていただこうと思う。






そして僕らは一階に降りて話し合った。


師匠の意見は、取り敢えずあの娘の話に合わせよう、というものだった。

嘘をついているのか、本当にそう思い込んでるのか。

もしくは、フェリシアに似ているだけの赤の他人、という可能性もゼロではない。僕は、それはないと思っているけど。

他人というにはあまりに似すぎているし、治療の過程で彼女の瞳の色も確認しているからだ。

ラベンダーの瞳は珍しいという程でもないけど、ありふれているわけでもない。





でも師匠の言う通り、問い詰めてどうなるというものでもないんだろう。

仕方がないから、様子を見ていてボロを出したらその時に判断しようと思った。














次の日師匠はフェリシアの手を握り、ブンブン振って帰っていった。

意識のある彼女と一晩過ごしただけで、すっかり意気投合したらしい。




ボクにとっては胡散臭いとしか思えない別の名を名乗るフェリシアも、師匠にしてみたら慕ってくる可愛い女の子にしか見えないみたいだ。







──フェリシアは、あの戯言を本気で言ってるんだろうか。

それとも嘘?

嘘だとしたら誰を相手の嘘だ?

そもそも僕のことを認識しているのかな、自分の名ばかりの婚約者だってことを。


どうせ見えてないんだから、と不躾にジロジロ眺め考える。


──もしもこの一連の事件が男爵家とは無関係だったとするならば、だ。


湖から逃げた連中の正体も分からなければ治療もまだ終わっていない今、彼女の所在を男爵家に連絡するのはもう少し先にするとしても、心配しているだろうから無事であることだけは知らせておくべきか。


けどこの状態で無事といえるのか?




厄介なものを抱え込んでしまった、とついまた娘を睨みつけていると、彼女は僕の立つ方に向かって「あの……?」と声をかけてきた。


気づかれてた?意外と勘が鋭いのかもしれない。

決まり悪くなって視線を逸らせば、それも察したんだろうか。

僅かに俯き、「先に帰ってますね」と言い残して踵を返した。



彼女は壁に手をつき、慎重に、一歩ずつすり足で進んでいく。

ここまでは師匠が手を引いて連れてきたから、フェリシアがここへ来て一人で歩くのは初めてだった。

その歩みは、歩き始めたばかりの子供よりも、足腰の弱った年寄りよりもたどたどしい。



……あれじゃ部屋へ戻るのに100年はかかるんじゃないかな。



彼女には、今日から師匠が使っていた部屋を使うように伝えてある。自力で動けるようになった今、僕の部屋を提供する理由もないし、そこが二階で一番階段に近い部屋だからだ。

そして僕は、彼女の歩むスピードを見て、時計を確認してため息をついた。

あの歩みを見れば部屋を変えたのは正解だった。距離が短くなった分、多少は時間の短縮になるだろう。だけど──。

今に関して言えば、彼女が二階に着く頃にはもうお昼になっていそうだ。着いてすぐにまた時間をかけて降りてくるなんて無駄としか思えない。

少し早いけど、もう昼食にした方がいいかも。



そうして僕はフェリシアを誘導し、食堂へ連れていったのだった。














フェリシアは──、なんというか僕の知っている貴族の令嬢とは全く違っていた。

目が覚めてからの彼女とほんの数時間過ごしただけで分かる。


スープ皿を持ち上げて飲んだ時も目を剥いたけど、家の中をチョロチョロ動き回るのにも驚いた。手探りで歩くのにも慣れてきたらしく、最初に比べたらはるかに滑らかに歩いている。


目が見えないんだから部屋で大人しくしていればいいのに、というのが僕の本音だけど、軟禁されていると思わせるのも嫌だったし、トイレだなんだとどこへ行くにもついて歩くのは面倒でしかなかった。

だから、危険なものは収納した上で、自由に歩きまわっていいと許可した。

でも、それがまさか本気で家中歩き回り、あまつさえ外に出て木に登るとまでは思わなかった。




木登りする男爵令嬢?

そんなの、聞いたこともない。

それとも僕が知らないだけなのかな?

そういえば学生時代同じ学校にいた、騎士を目指していた女の子たちならやりそうな気もする。


だけど、登るだけ登って降りられないっていうのはどうなのか。しかも結構位置が高い。どうやって登ったんだろう。



木の幹にしがみついたまま震えている娘に、「とりあえず降りようか。それともまだ居たい?」と声をかけると、泣きそうな顔でブンブンと首を振った。





ここまでお読み頂いてありがとうございました!




【おまけ】


「ユーリちゃんユーリちゃん」


猫なで声で僕を呼ぶ師匠。


薄気味悪く思いながら振り向くと、彼女は満面の笑みで言った。

「ひとーつお願いがあるんだけどなぁ」





まだフェリシアの意識が戻る前のことだ。

とはいえ、彼女の容態は安定していて、僕らの心には多少の余裕が出来ていた。



「……何?」


「やーねー、そんなに警戒しなくても、ユーリちゃんならちょちょいのちょいでしょ?」


フェリシアの眠るベッドの脇から、部屋を出ようとしていた僕に話しかける師匠。




てっきり夕食のリクエストか何かだろうと思ったら、師匠はとんでもないことを言い出した。



「──体重を!?」

「そんなおっきい声で言わないでよっ」


慌てた師匠に口をふさがれる。


師匠……、そんなに必死にならなくても、この家には僕と師匠しかいないんだけど。



「ほらほら、この前この娘をお風呂に入れた時にさ、びっくりするほど軽かったじゃない?あれ、魔法だったんでしょ?あそこまでとは言わないからさ、ほんの少しでいいからさ」

必死の形相の師匠はどうやらここ数年で5kgばかり体重が増えてしまったらしい。

元々大柄だからそんなの気づかなかったけど、言われてみれば少しふっくらしたような気もする。

僕にしてみたら気にする程でもないと思うんだけど、一応女性の範疇である師匠にとっては重大な問題なのだそうだ。



師匠には世話になってることだし、そのくらいしてあげても別にどうってこともない。


だけど、何で師匠、気づかないんだろう?数字にとらわれすぎてるのかな?





僕は期待の目を向けてくる師匠に残酷な一言を告げた。


「師匠、魔法で軽くするのは簡単だけど、見た目も体型も全く変わらないよ?」




「!」







その日の夕食は、師匠の好物を心持ち少なめに盛り付けてあげた。





最後までありがとうございました!


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