44 平坦な日常は終わりを告げる
大変遅くなってしまいました。
今回、キリのいいところまでと思ったらものすごく長くなってしまって……いつもの倍以上あります。
でも、説明が多いので読み飛ばし可です(;_;)
少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです。
家は程なく完成した。
先ずは土を掘り起こし、山から切り出してきた石を敷き詰め基礎を作る。土台を作り、柱を立て、床と壁を張っていく。
元々どんな形にしたいかというのが頭にあったから、悩むことも少なかった。
参考にしたのは、レイズ侯爵家の領地にある狩猟小屋。その素朴さが幼い頃のお気に入りだったから。
作り始める前に間取りと寸法はきっちり決めていて、それに合わせた家具、ドアやガラス窓なんかもソリタスで手配済み。窓はともかくドアは作ろうと思えば作れそうな気もしたけど、やっぱり素人が作るようなものとは見栄えが全然違う。見本を見てそう思ったので潔く注文した。
形を作るのに要した期間はおよそ2週間。あまり日を置くと木材が反ってしまうから、工程のあらゆる箇所に魔法を使い、大急ぎで組み上げた。
取り寄せた内装品が届くまでには更に10日程かかり、それらを満足いくように取り付け、設置した頃には作業を始めてから1ヶ月近くが過ぎていた。
出来上がったばかりの家は、少しツンとする木の匂いが漂っている。その真横に隣接する元の小さな小屋が古びているだけに、新しい家は余計立派に見えた。
ワクワクする気持ちを押し隠し、殊更ゆっくりと家の周りを歩いて外側から見た新居を堪能。
新品のドアを開け、新品の玄関から新品の家へ入る。
一階部分には居間、食堂、そして台所と物置。
階段を上って二階には、僕の部屋として使う広めの寝室と、小さめの部屋が二つ。
家具は全て僕の好みのシンプルなものだ。
小さい方の二つの部屋にもそれぞれベッドを置いたのは、別にあいつらの為じゃないから。
気に入ったデザインのものが幾つもあって選べなかっただけだから。
一部屋ずつ、満足感を味わうように見てまわった。
だけど再び玄関に戻ってくると、それまでの浮き立つような高揚は何処かへいってしまう。
そして代わりに僕を支配するなんともいえない虚脱感。これで楽しみの全てが終わってしまった、といわんばかりの。
さあ、次はどんな暇つぶしを見つけようか。
僕はため息をつきながら、それまで住んでいた古い小屋の荷物を新居へ運び始めた。
結論を言えば、家を建て終わってもそこまで暇にはならなかった。
村長は約束通り、月に一度訪ねてくる。
以前村長に『村から離れてほしい』と言われたあと、小屋があった場所を含む辺り一帯を結界で切り離し、転移魔法の応用で空間ごと別の場所へ移した。
何年も前、師匠と一緒に魔法の実験をした時は、風魔法と空間魔法を組み合わせて何が出来るのか具体的なイメージがわかなかった。思いつくままに試してはみたけれど、魔法で起こした風を離れた場所に移動させただけという間抜けな結果に終わり、師匠と二人失笑した記憶がある。
だけど今回はイメージが固まったからかな?それとも風魔法として使ったのが『結界』という、厳密な意味での重ね技ではないからだろうか?思った以上に上手くいった。
最初に転移させた場所からまた別の場所へと転移を数回に渡って繰り返し、最終的には同じ森の反対側に落ち着いたわけだけど、空間を切り離して移動させているから、ただ森を突っ切ってきたって此処へはたどり着けないようになっている。
じゃあどうすれば来られるのか、という話だ。
村から森へ続く細い道を20分ばかり歩くと、本来なら僕の住む小屋に辿り着くはずだった。
でも今は、途中から前へは進めないようになっている。僕が空間を切り離したからだ。この結界に触れると気づかないうちにUターンし、村へ戻ってしまうように作った。
但しそこには一箇所だけ、わざと穴を空けてある。
低い位置で二股に分かれている細い木を目印に、その二股の隙間を乗り越えれば、そこはもう結界の内側だ。
一歩足を踏み込むと森の景色はかき消え、広がるのはゴツゴツとした岩山。最初の転移で小屋を移動させた空間へと繋がっている。
山肌に沿うように足元の悪い崖っぷちを登り、途中で道を外れ更に急勾配の斜面に手足をかける。両足が浮いた瞬間次は洞窟に転移している。
二度目に小屋を移動したその洞窟の、つるつると滑り仄白く光る穴の中を身を屈めて進むと、その先は岸壁だ。そこから次に移動するには、眼下の海に向かって一歩踏み出さなくちゃならない。もちろん歩を進めたからって海に落ちたり、ましてや怪我なんてしないよ。次の場所に移動するだけ。
そうやって幾つもの空間を渡ることで漸く僕の家に辿り着けるように、あちこちに転移の魔方陣を刻み、仕掛けを施した。
これらの作業には、家が形になってから内装品が届くまでの手が空いていた10日間殆どを費やしている。
村長は最初に道案内をした時腰を抜かすほど驚いていたし、その後もおっかなびっくりといった様子だったから、流石に一人では不安だったのかもしれない。三度目の時に「もう一人連れてきても構わないでしょうか」と伺いを立てられた。
別にどうでもいいから許可を出すと、次からは若い男を伴ってくるようになった。やり取りを聞けば、どうやら娘婿らしい。
ところが、この娘婿が最初の時の村長に輪をかけて驚き、慌てふためいた。
それで村長は逆に度胸がついたようで、今では毎月その娘婿を叱咤しながら、僕の家への遠い道のりを踏破している。
村長によると、僕が小屋を移動させて間もなく魔物が姿を見せるようになり、獣による畑の被害も収まったのだとか。
そりゃあ良かったね、という感想しか出なかった。
以前、月に一度僕が村を訪れ、何か変わったことはないか困っていることはないか、と形式的に訊ねていた頃には『特に何も無い』の一点張りだった村長は、僕が力のある魔法使いだと知った今、次から次へと相談という名の愚痴をこぼしている。
前はよっぽど頼りにならないと思われてたんだろうな。
その愚痴の殆どは村の過疎化とか若者が減ったとかの、僕にだってどうしようもないことばかりだったけど、一つ気になったのは毒の湖。
胆礬という水に溶けやすい性質を持つ毒が流れ込んだその湖は、魚はおろか水草や藻でさえも棲息しない、まさに死の湖だ。正式名称はあっても、誰一人そんな名前で呼びやしない。
これまでに冒険目的で家出した村の悪ガキがそこへ向かって騒ぎになったことが何度もあり、村人の頭を悩ませているという。
今のところ大事故には繋がっていないものの、いつかは何か起こるのではないか、という危機感は常にあって、だけど村としては湖へ行くことを禁止する以外に対策の立てようがない、というのが実状だった。
僕は少し考えて、湖全体を覆う結界を張ることにした。
どこまで緻密な条件付けが出来るのか、実験も兼ねて複雑な紋様を編み込んでいく。
結界は見えないように張ることも出来るけど、これはわざと警告の意味を込めて、ささやかでも器のある者にならはっきりと見えるように、器がなくとも触れれば此処に何かがあると分かるように張り巡らせた。
さあ、ここまでしてもこの結界を乗り越え毒の湖に向かおうとする者があるのなら、僕が念入りに脅しをかけてやろう。
それこそ二度と禁域に近づこうなどとは考えられなくなるほどに。
後日、村長は湖の結界を自ら確認しに行き、いたく感銘を受けたらしい。
それ以降、僕への具にもつかない愚痴や要望の数々はとどまる所をしらず、増加の一途を辿っている。
村の娘たちのスカート丈が15cmも短くなったとか僕に言われたって知ったことじゃないんだけど、黙って喋らせておけば機嫌よく帰っていくので、好きにさせることにしているんだ。
──王都には。
正確に言うと殿下のところには、2~3ヶ月に一度程度は顔を出すようになった。取り立てて用事はなくとも、ご機嫌伺いというやつだ。
例によって殿下のご都合を伺うこともなく突撃するので時には数時間待たされることもあるけど、大概は2時間もしないうちに会ってくださる。
以前に比べれば勉強に取られる時間が随分減った、という話だけど、その分ご公務に当たられる時間が増えているから結局忙しさは同じじゃないのかな?
そう思って殿下に訊いてみたこともあるけど、「何ヶ月も先の予定など分かるか。待つのが苦にならないのならば、好きな時に来ればいい」と言われた。突き放されているのか、優遇されているのか判断に困る返事だ。
尤も僕は時間だけはある。
『待っている間は好きにしていればいい』と許可を貰っているから、殿下の部屋の蔵書を片っ端から読み耽って過ごすことにした。全く子供らしくない本ばかりが並ぶその本棚の前に座ると、時間が経つのなんてあっという間だ。
そうこうしているうちに、僕は再び王宮深部へ続く扉で時間を取られることもなくなった。フードを外して髪と瞳を見せれば黙って通して貰える。
逃げた元近衛騎士団長と下働きの先輩が捕まったって話はまだ聞かないし、警備は多少緩められてはいるようだけどまだピリピリした空気は残っているから、もしかしたら殿下が何か言ってくれたのかもしれない。
廃坑のドラゴンに関する報告のため宰相のところに顔を出した時には、『来るのが遅すぎる』と叱られた。本当なら1年に一度は報告しないといけないのに、もう既に1年以上が過ぎていたんだから叱られてもしょうがない。
でも実際のところはドラゴンの報告なんてどうでもよかったみたいだ。宰相が怒っていたのは塔の長官と同じ理由だったから。
なかなか報告に現れない僕に業を煮やしていた時に、王宮で毒の混入事件が起こった。そこで宰相が僕に連絡を取ろうとして、初めて連絡手段がないことを知った。──そういうことらしい。
もしかして塔の長官があんなに怒ってたのは、宰相に責められたからだったのかな。
ともかく、毒の混入事件を持ち出されたら僕はもう白旗を上げるしかない。
面倒だからあまりあちこちと関わりを持ちたくない……という本音は隠し、塔のルートから連絡が取れるようになったことを告げた。
宰相はもちろん独自の風のネットワークを持っている筈だけど、塔の風の魔法使いのレベルには及ぶべくもないのは明らかだ。
正直に言えば、相手の風の魔法使いがどんなレベルだろうと、ラインを繋ぎさえすれば僕の魔力だけで声のやり取りをできる自信が僕にはある。でもそれは極力誰にも言いたくない。あっという間に面倒くさいことになる未来しか見えないから。
僕が遠距離に住んでいることを言い訳に、塔からじゃないと声が届かない……で押し通した。
それから急ぎでなければだけど、殿下のところには折々に顔を出しているので、伝言を残しておいてくれればこうやって訪ねてくる、とも。
『ドラゴンの眠る洞窟の綿密な調査』の進展についても訊かれたけど、そんなこと何一つしてやしないし、報告できることなんてあるはずもない。
仕方ないから、以前から気づいていて言わなかったことを小出しにすることにした。
「15m程と?」
「そうですね。身体を丸めているので正確な数字とは言い難いですが、頭から尾の先までで凡そ15m程かと」
「資料の何処かに、確か18m程と書かれていたように思うが?」
記憶を辿るように宙を見つめる宰相。
そう書かれていたのは間違いない。ドラゴンが発見された翌年の記録だ。でもその数字は恐らくただの目測だと思われる。
「その記録には計測方法も記入されておりませんでしたからね。見た感じ明らかに小さく見えたので測り直してみました」
「だが、それでは……」
宰相は絶句した。
気持ちは解る。伝承に残るドラゴンたちは、体長およそ20m前後とされている。
だから、洞窟に眠るドラゴンは永きにわたりオスなのだろうと推測されてきた。メスドラゴンの方が大柄だと、これも伝承に残されているからだ。
でも体長が15mそこそことなると、また違った可能性が生まれてくる。
「子供だという可能性はあるだろうか?」
半ば呆然と問いかけてくる宰相に、かぶりを振った。
「分かりませんね。そもそも今の時代、本物のドラゴンを見た者がいる訳でもなし、伝承に残るドラゴンの姿が正確なものだという保証もない。数字なんてその最たるものでしょう。きっちりと計測した結果でなければ、当時の記録者の思い込みが混じっているかもしれないし、それでなくとも伝承など何千年と前の話です。正確な記録が残っている方が奇跡だとは思われませんか?」
何千年も前の話と言いながら、まるで廃坑のドラゴンのサイズを適当に記録した筆頭を当てこするかのような僕の言葉に、宰相は少し目を見開いた。
仕方ないと分かってはいるけど、あのドラゴンに近づくことも出来ず、まるで恐ろしいものみたいに扱った過去の筆頭達には思うところがある。
ちょっとした嫌味くらいは許されるだろう。
──と、そんなことを考えた罰が当たったのかもしれない。
口頭だけで済ませるつもりだった報告を、書面で提出するよう言い渡された。
まだ塔で火の魔法使いとして過ごしていた頃、内容のない『国境線視察』の報告書に苦労したことを思い出しながら、内容のない『廃坑に眠るドラゴンの観察記録』を綴る羽目になったのだった。
そんなふうに王都と森の家を行ったり来たりしているうちに、季節は巡り1年2年と過ぎていく。
その間の僕はといえば、家の横に小川が欲しくなって村の横を流れる川に支流を作ってみたり、森の家へすぐ転移で戻れるように魔方陣を作ってみたり、そこから派生して幾つかのよく転移する場所とを魔方陣で繋いでみたりしていた。
昔師匠のアパートと研究所を魔方陣で繋げた時は双方向への行き来専用だったけど、今度はそれの改良版だ。
王都内には幾つかの転移門があり、そこでは王国内の各所に転移するための魔方陣がそれぞれ数個ずつ管理されている。でもどの魔方陣も固定された一箇所と行き来するだけのものばかりなので、無駄に場所を取っているな、とずっと思っていた。
だから森の家の前の魔方陣は敢えて一つだけ。ここから王都の路地裏やソリタスの路地裏、毒の湖、塔の部屋など、思いついた場所と片っ端から繋げていく。
魔方陣は地上数センチの空間に直接魔力で刻み、更に結界で包みこんで隠した。どうせ使うのは僕だけだし、こんなものがその辺りにふわふわ漂っていたら大騒ぎなんてものじゃ済まないだろうから。
そして殿下はといえば、先日とうとう念願の春宮殿への引越しを敢行された。
それに先立ち王宮の毒混入事件が公にされ、殆どの何も知らなかった人々を戦慄させている。逃げた元近衛騎士団長と下働き一名は捕まらないままだ。
事件当時捕まった下働き二名と元王立騎士団長から聞き出したささやかな情報、そしてその場で自殺した男の身元を辿って得た情報から、連中の背後にいた異国の組織を突き止め確保するのに時間がかかっていたらしい。
事件の背後関係が明らかになり全容が解明されたため、機密とされていた事件が公表された形になった。
それまで、突然変わった国王一家の食事の習慣や、王宮内の警備の物々しさに違和感を感じていた者達は皆、腑に落ちたと同時にショックを受けたという。
犯行に関わった者達の家族はそれ以上だ。
元王立騎士団長の実家は、息子の犯した国家反逆罪及び逃亡罪の責任を取り爵位を返還した。
元近衛騎士団長の実家も、本人が捕まらないまま同じく爵位を返還。彼の老いた父親は、『アレが捕まったら何とぞ私にこの不始末の決着をつけさせて頂きたい』と涙ながらに語っていた。
下働きの三人に関しては、既に実家から勘当されていたということもあり、表立っては実家に対するお咎めはなかった。
だけど、だからといって大手を振って社交界に顔を出せるはずもない。
彼らの父親たちはそれぞれ息子たちに爵位を譲り、領地に隠遁することとなる。その譲られた息子たちだって、弟が仕出かした不始末を考えれば肩身が狭いなんてもんじゃないだろう。
父親と共に領地にこもることになるのは間違いなかった。
実際に毒を盛った実行犯と見られる、自殺を果たした王宮の料理人には借金があったらしい。
その借金を一気に返そうと、大それた犯罪に手を染めたというところだろうか。その辺りの詳しい話までは、僕の耳には入ってきていない。
この辺りでは出回っていないという、その毒の種類も特定できた。
少量で死に至るような強力な毒ではなかったものの、場合によっては身体に一生涯後遺障が残る可能性があったという話だ。
問題の毒の入手先は、戦争を目論んでいたという辺境の三つの小国のうちの一つ。この三つの国は連合国を名乗り、我が国に数人の密偵を擁する組織を潜入させていて、元近衛騎士団長は酒場で知り合ったその連中と話すうちに、そいつらの考えに傾倒するようになり、軍国主義へと傾いていったのだという。
下働きの三人は、『毒といっても大したものじゃない。ほんの少し騒ぎを起こして、逃がしやすいように隙をつくるだけだ』と、聞かされていた。
実際はそんなものではなかったわけで、つまり三人は密偵たちの本当の目的のために騙され、利用されたことになる。
その本当の目的というのも、もちろん既に把握されている筈だけど、そこまでは一般に公表されていない。
捕えられた密偵たちは未だ拘束されていて、どういった処分になるのかは僕には分からない。最悪は死罪になるのだろうけど、その判断を下すのは陛下だ。
また、このラナリス王国と件の連合国とは国交がないため移民の受け入れはしていないが、異国民として滞在している者はいる。その三つの国から来てこの国に滞在していた人々は数十名に及び、彼らは密偵たちと関係がないことを確認のうえ、強制的に我が国から退去させられ、それぞれの国へ抗議文と共に送還されることとなったのだった。
対処が手ぬるいという意見も出たそうだけど、ここで戦争の方向に傾けば相手国の思うつぼだという意見が優勢で、実質被害が無かったこともあり、国としては対話による慰謝料請求の方へと話を進める方針をとっている。
こうして、毒の混入事件が一応の決着を見たことで漸く殿下の独立に許可が下りたらしい。
細々とした制約はついたものの、春宮殿へ移られた殿下は少しばかり以前よりも伸びやかに過ごされているようだ。
そして殿下付きの女官たちは、気づけば知らない顔ばかりになっていて、またも殿下に微妙な渾名を付けられていた。
殿下には恐らく、致命的にネーミングセンスがないと思われる。
いつか殿下が結婚されて、お子様がお産まれになったとしても、名前を付けるのは未来の妃殿下にお任せになるべきだろう。
でもまあそんな仮定の話は置いておいて、殿下は魔法局関連の公務を順調にこなし、それ以外の公務も徐々に任されるようになってきたという話だ。
塔の火の魔法使いに、新しい仕事を与える試みがなされたのもこの頃のこと。
もう何年も前のお茶会の席で僕が話していたことを、殿下は覚えていて下さったらしい。
「何か火の魔法使いに相応しい仕事はないだろうか?」
殿下にそんな相談を受け、僕が咄嗟に口にしたのは鉱山への派遣だった。
僕の頭に浮かんだのは、国境の視察の旅で西の辺境を歩いた時のこと。廃坑の奥の分厚い結界に向かって火を放つ彼らの姿だ。
あの頃から僕は、火の魔法使いに何か国境の視察以外の仕事がないものかと考えていた。
当時の彼らは火のコントロールを覚えたばかりだったけど、僕の求めに応じて洞窟内の岩盤に火球を打ち込み、辺りを壊さないよう穴をあけることに成功している。
もし彼らの能力を生かした仕事を与えて下さるというのなら、少なくとも今の僕にはそれ以外思いつかない。
殿下は僕の言葉に頷いた。「採掘には時折硬い岩盤が現れて苦労していると聞く。土の魔法使いの指示で極力避けて進んでいるようだが、火の魔法使いの助力でそのまま進めるのならば鉱山夫たちも喜ぶのではないか?」
そうして殿下のお声掛りで東部のとある鉱山へ、まずは三人の火の魔法使いたちが派遣されることになった。
この三名を選出する際、塔の長官が希望者を募ったら、全員がこぞって手を挙げた、というのが長く塔の語りぐさとなる。
その後、派遣された三人が採掘に目覚しい働きを見せていると報告を受けた殿下は、「これでどうやら約束が果たせそうだ」とホッとしたように呟いた。
それで僕は漸く気づいたんだ。
その話題が出たお茶会の時、殿下は僕の愚痴めいた言葉に『いずれはどうにかしてやりたい』と言ってくれた。
あの言葉は本気だったのだと。
それどころか、もしかしたら殿下がまだ幼いともいえる 年齢のうちから陛下に公務を強請られたのは、この為だったのかもしれない。
いや、きっとそうなんだろう。
だけど、火の魔法使いに別の仕事を宛てがうということは、決まった仕事もなくブラブラしているだけの筆頭に、それらしい仕事を与えるのとは全く訳が違う。
何十年と続いた慣習めいた仕事を別の仕事に移行する。
そのための発言力を有するために、いったい殿下は何年をかけて実績を積み上げて下さったのか。
言葉もなく呆然とする僕に、殿下は小首を傾げて言った。
「1年の間には、国内の全ての鉱山に火の魔法使いたちを派遣していきたい。だが、国境線の視察をいきなり全て取りやめる訳にもいかないから、そちらの方は規模を縮小し、各地方の警備隊に任せることになるだろうな。領主たちの中には恐らく文句を言う者も出ようから、その時はユリアス殿に助力を願うとしよう」
「……私でお役に立つのでしたら。──でも、私にいったい何が出来るでしょうか?」
僕としては、殿下への恩返しが出来るのならばと、真面目に問うたつもりだった。
だけど殿下はニヤリと笑い、「文句をつけてきた奴をいつもの顔で睨んでから、『ご協力感謝します』とにっこり笑ってやればいい」なんて言う。
何処まで本気なのか、さっぱり分からなかった。
僕はこの頃にはもう、いつ王都へ戻ろうかとぼんやり考え始めていた。
だけどどうにもまだ踏ん切りがつかない。
王都に戻れば、頭の片隅に追いやっているフェリシアとの話も今度こそ進みだすだろう。
彼女は今幾つになる?16?誕生日はいつだった?もしかしてもう17になった?
どっちにしても、適齢期もいいところだ。
そのことでまた母上と揉めるのは目にみえていたし、憂鬱でしかなかった。
こんなことなら、逃げ回ってないでさっさと決着をつけておくべきだったな。フェリシアの年齢を考えても、貴族籍管理局に届けを出し公にしていることを考えても、今更婚約を無かったことにはできない。
12歳を目前にしていたあの時でさえ、貴族の嫡男なんだから当たり前、と割り切っていたはずの政略結婚に、どうして今ここまで拒否感が募るのか。自分の心が全く掴めない。
フェリシアのことを考えると、胸の奥にポッカリとあいた穴に冷たい風が吹きこむような気がする。
────フェリシアは本当にこのまま結婚してもいいと思ってるんだろうか?
フェリシアがいいと言えば、……僕は結婚できるだろうか。
この地へ移ってからもう3年。僕は22歳になろうとしていた。
そういえば、リックスを伴ったアッシュは、最初にやってきたあのあと、2年の間に二度ばかり様子を見にやってきている。時期は様々だけど、概ね1年に一度の割合だ。
空間ごと家を移動させたあと初めて訪ねてきた時は、僕の家に辿り着くまでの道程に目を丸くし、新しい家を見て瞠目し、それを僕が建てたと聞いてあんぐり口をあけていた。
アッシュは例によって母上からの手紙を携えていて、読めというので仕方なく読むと、母上にしては比較的真面目な文面で、悪かった反省している、というような言葉が綴られている。前回母上からの伝言に返事を返さなかったのが、それなりに堪えていたらしい。
それでついうっかり絆されてしまい、こっそり邸へ戻ってみたのだけど、久しぶりに顔を合わせた母上はやっぱり母上のままで、反省はどこへ行った!と呆れるしかなかった。
邸の僕の部屋に吊るされていた、眩暈がしそうな衣装の数々を一瞥しただけで速攻で森の家に跳んで帰り、それ以来邸には一度も足を向けていない。
アッシュはその次来た時にもまた母上からの手紙を預かってきていたけど、僕がそれに返事を返すことはなかった。
そもそもそのとき母上が寄越した手紙には、もはや謝罪の言葉なんて一文字も見当たらない。能天気に『次はいつ帰るの?』なんて書かれた手紙にどう返事しろと?
頑なな僕に呆れた顔をするアッシュだって、解ってるはずだ。
一度でも甘い顔をしてみせたら、母上の中ではそれまでの経緯なんて全て無かったことになってしまうんだから。
僕はもう母上が用意する衣装に袖を通すつもりはないんだ。
時は過ぎて、僕がただ漫然と年齢を重ねているだけなのに対し、殿下は着実に成長され、政務の場に自らの居場所を確保されつつある。
先日は、僕も通っていた王立騎士養成学校の理事の一人に名を連ねられた。
いずれは理事長に就任されることになるのだろう。
陛下が各国の使者と謁見される際などには、臨席されることも有るらしい。
王太子宮に住み、陛下と肩を並べ公務に勤しまれる姿に、いつの間にか人々は彼を王太子殿下と呼ぶようになっていた。
春になれば、殿下はまた一つ歳を重ね13歳になられる。そうしたら、15歳の成人の儀まであと僅か2年だ。
殿下は僕に何も言わないけれど、そろそろ王都に戻ったらどうか、と考えておられるのは伝わってきていた。
15歳の誕生日を迎え取り行われる予定の様々な儀式と記念式典。
まだもう少し先ではあるけれど、僕のところにも記念式典に関する協力依頼がきていた。
どうやら近隣の国交を結んでいる国々を招待し、盛大に殿下の立太子の礼を披露するおつもりのようだ。
こんなことを発案するのは当然王妃さまに決まっている。
『うちのレヴィンはこんなに愛らしくて格好よくてでもそれだけじゃなくてこんなに有能なのよっ!ってことを世界の皆様にお披露目しなくては!』
とか何とか仰ってるのが目に浮かぶようだった。
尤も陛下には別の思惑があるようで、毒の混入事件を公表したことによって我が国が被った、他国への警戒レベルが低いというイメージを払拭したいらしい。
つまり異国の要人を招いて警備状況を見せつけ、ラナリス王国にはこれだけの力があるのだ、と認識させたいわけだ。
他のことなら別だけど、殿下に関することで僕に断るという選択肢はない。
殿下自身は全く乗り気ではなさそうで、僕にも「無理することはないぞ」と言っておられたけど、万が一にも殿下が他国に侮られるようなことがあってはならない。謹んでお受けさせていただいた。
もちろんまだまだ先の事だから今のところは、どの国を招待するか。記念式典で彼らの度肝を抜くような何かが出来ないか、といった雑談の延長のような形で概要を考えているだけ。
それでも来年の今ごろは、きっと具体的な話を進めているのだろうから、僕もそろそろ本気で王都に戻ることを考えなくては。
そんなふうに思いながらもズルズルと森の家での暮らしは続き、招待国の名は次々とリストに挙がっていった。
この数十年でラナリス王国と国交を結ぶ国々は飛躍的に増えている。
それらの国からの招待客が一国につき一人ないし二人としても、彼らは世話係や護衛の集団を引き連れてやってくるだろう。
一国につき最低でも十数名が訪れ滞在すると考えると、それらはなかなかに膨大な人数となりそうだった。
生活習慣の違う異民族が一堂に会し、揉め事が起こらないようにしようとするなら下調べは必須だ。
外務もそんなことは分かっているだろうけど、これらの国々の中で、大使を駐在させる程に安定した仲の国は、実はほんのひと握りだったりする。
中には、不安定な仲の相手国にこそ大使を送りつける、という外交をしている国もあるようだけど、我が国はそんなことはしない。そんな人質めいたやり方を陛下は好まない。
従って今の我が国は、『国交はあれど大使を送っていない国』の情報が入ってきにくい状況にあった。
だけど僕なら、直接それらの国へ跳ぶことが出来る。
この大陸では、ほぼ全ての国が共通語を話している。多少の方言はあっても言葉が通じない心配は無い。
まるで王都へ戻らない免罪符のように、僕は幾つもの国々へ、それこそ毎日のように跳び、情報を集め続けた。
そうしておいて良かった、と後になって思う。それから僅か数ヶ月後の僕には、そんなことをしている余裕なんて全く無くなってしまうのだから。
瞬く間に月日は過ぎ──。
夏の盛りの暑い日に、泥のような毒の水の中で、
────僕は、運命を見つけたんだ。
ここまで読んで下さってありがとうございました!
次からやっとリコが……。
といってもまだ過去編ですが。
そして、いよいよユリアスさんの話がラストに近づいてきたので、今までの話を読み返し伏線の取りこぼしがないかチェックしつつ、数字の表記の統一を行っています。
また3ヶ月ほど前まで、投稿に使用していたモバイルの関係で1話に対して5000文字制限があったのですが、今はそれがなくなったのでチェックついでに、当時制限文字数に収めるため無理やり表現を変えたり削ったりした文章を、覚えている限りですが修正していってます。
でも大筋で変わったところはないので、特に読み返す必要はありません。
なんかもう、しょっちゅう修正してばかりで本当にすみません。
もっとサクサクスラスラと書きたいなあ。
修正作業はまだ途中ですので(今、たまゆらの3話目あたりです)まだまだ続きますが、後になるほど修正箇所が少なくなるはずなので、できれば今月中には終わらせたいところです。
次の話も今月中には投稿したいと思っております。
宜しければ、また読みに来ていただければ嬉しいです。




