43 高位の魔法使いと低レベルの魔物
結局食事はいただかず、そのまま殿下の元を辞した。
殿下に気を遣わせるのも申し訳ないから、それはそれで構わない。でも毎食が冷えた食事だなんて、あまりにも気の毒だと思う。陛下や殿下の食への拘りを知ってるからこそ余計に。
しかも、スープの毒に気づいたのは殿下本人だと言っていた。殿下曰く、身体に害のあるものが入っていたら何となく解る、らしい。
だったら、彼には別に毒味の必要なんてないってことだよね?ただ、『何故毒じゃないとわかるのか』と問われても、周りを納得させる説明ができないから我慢しているんだろう。
冷たい食事は殿下の忍耐力が続く限り、続くのかもしれない。
本当はこのまま森の小屋に戻りたかったな。
塔の階段を上りながらつらつら考える。
叱られる心当たりがあるだけに憂鬱でしかないんだけど、長官との約束を破ったりしたら、あとでどれだけお説教を喰らうか分かったもんじゃない。
それを思えば、最初は怒っていてもあっさり赦して下さる殿下はやっぱりお優しい。
すれ違う魔法使いたちの大半は気さくに声をかけてくる。
塔の魔法使いたちは基本、一年の半分以上を出張しているようなものだから、僕が一年塔を留守にしていてもたまたま会わなかっただけ、と思っているのかもしれない。
中には「長期で出張してるんだって?里帰りか?」って声をかけてくる魔法使いもいたけど、彼らも僕が何処へ何のために出張しているかは知らないようだった。
長官には予想通り、一年間の音信不通について文句を言われた。
僕が『ドラゴンの眠る廃坑の綿密な調査』のために、カーサ村に引っ込んでいることを長官は知っている。でもそれとこれとは別だったらしい。
殿下の『暗殺未遂と宮の独立は別にして欲しかった』という望みは叶わなかったけれど、長官の要望についてはさっさと叶えて、早く解放してもらおうと思う。
離れた場所にいる者と言葉をやり取りするのは、風魔法の応用だ。
風に声を乗せて運ぶだけの、Dランクでも使える簡単な魔法。但し、声を送る側と受ける側のどちらにも風の魔法使いが必要で、そのランクによっては距離にも制限がある。
庶民の間には市井の風の魔法使いが作るネットワークを利用して声を届ける、という職業もあった。
貴族の場合は風の適性があるものを雇い、その魔力を利用した独自のネットワークを作るのが普通で、僕の邸にもそういったネットワークは当然のようにある。一年前、アレクシスとの食事中に僕が体調を崩した時も、マウリアの店員はそれを使って邸に連絡していた。
但しこのやり方は、秘密の内容を含む場合や正式な連絡には使えない。その場にいる風の魔法使い、という第三者に内容が漏れること。そして、稀にではあるけれど通信内容を盗まれる場合があるから。
簡単に誰かと連絡を取れる手段として重宝されている一方、古式ゆかしい手紙のやり取りが貴族の間で廃れないのはそこに理由がある。
だけどそれはあくまで一般の話。
何故なら、塔の魔法使いはレベルが違うからだ。
塔の風の魔法使い同士でやり取りする声が誰かに盗まれるなんて有り得ないし、彼らには守秘義務もある。したがって長官と僕のやり取りが外に漏れる心配もない。そもそも聞かれて困る話をするつもりもない。
だから僕は、僕自身と『塔』という場所の間に魔法のラインを繋げた。
これで用事がある時は僕が何処にいようと、塔にいる風の魔法使いを通じて互いに声を送りあうことが出来る。
そうして怒れる長官を宥め、漸くカーサ村の森の外れの小屋に戻った僕は、ドアを開けその一部屋きりの室内をグルリと見回し、決意した。
部屋を増やそう──。
『狭過ぎる』だって?
アイツら、どうせまたそのうちやってくるに決まってるんだから、目にもの見せてやる。
周囲は森で、材料には事欠かない。何よりここは僕の領地だし、何をするにも誰の許可もいらなかった。
翌日から早速小屋の周りの木を伐採し、ついでに敷地を広げていく。
木材の加工には風魔法を使った。一瞬で長さ、厚みの揃った大きな板状になっていくそれらを、土魔法の応用でうず高く積み重ねる。
土魔法には重力を操る力があるんだ。それは僕がまだほんの子供だった頃、アッシュの邸の庭で誘拐されそうになった時から知っていた。あの時の僕は無意識のうちに重力で負荷をかけ犯人を押しつぶそうとしたけど、今ならそんな魔力も自在に操ることが出来る。一人では抱えることもできないような大きな重い板を、まるで空気のように軽くして風に乗せ運んだ。
加工したあとに残った木屑や根は燃やし、その灰は土に埋める。その程度のことは、指先一つ動かすことなく念じるだけで出来る。
ここまでの工程を、僕は小屋の周りをゆっくり歩きながら視線を動かすだけで成していた。
背後でガサガサと音が聞こえたのはその時だった。
吃驚して振り返ると、すっかり見通しがよくなった小屋の向こう側の、遠くの木の影に隠れるようにして男が二人尻餅をついている。
思わず舌打ちしそうになった。自分の小屋の前だからと油断していた。今更フードを被っても遅い。
僕の髪も、目も、二人の男の前に晒されている。
男たちには見覚えがあった。
カーサ村の連中だ。
二人は腹が立つことに、僕が近づくと「何も見ていません!見逃してください」と震えだした。
盗賊や人殺しじゃあるまいし。
「見られたからって、何もとって喰いやしないよ。僕を何だと思ってるの?」
男たちの前にしゃがんで視線を合わせ呆れまじりの声で問うと、やっといつもの代官だと認識したようだった。
少なくともこの地の領主である『筆頭』本人だと気づいた様子はなかった。
カーサ村の人々は、高位の魔法使いに縁がない。
でもそれはカーサ村に限った事でもない。
こんな辺境の村でも子供たちの器の検査はちゃんと行われていて、万が一高ランクの器を持つ子どもが発見されれば即座に王都へ送られる。大抵は支所で訓練を施されるだけだけど、小さい子供の事だから親たちがついてくる場合も多い。子供は支所から出られないけど面会は自由だから。
親たちは子供の訓練が終わるのを待つ間、王都で仕事を探し働く。
王都は田舎の村なんかからは想像もつかないくらい何でもあって、華やか且つ刺激的だ。
そして彼らは子供の訓練が終わっても、元の家に戻ろうとはしない。──そういうことだ。
辺境に残る魔法使いは精々Eランク、Dランクまで。
この辺りならソリタスまで出ればCランクはいるだろうけど、恐らくBランクはいない。
つまり、僕の前で無様に尻餅をついている男たちは、生まれて初めて魔法らしい魔法を見たわけだ。
僕は気をつけていたつもりだったんだけど、十数本の木を切り倒したり、その根を引っこ抜いたりした音と振動は相当なものだったらしい。カーサ村からわざわざ偵察にやってきた二人はオドオドした様子で僕の前から立ち去り、姿が木々の影に隠れたと見るや興奮して声高に喋り出した。
「今の見たかっ!木が勝手に板んなって宙に浮いとったぞ!」
「あんなに沢山の木の根が一瞬で燃え尽きて、勝手に土ん中に埋まってった」
「魔法なんてものぁ精々竈に火を入れたり、女子のスカート捲り上げるくらいしかでけんと思うとったわ」
「お前……、そんなことしとっからリーザに平手打ちくらうんだろ」
「もうしとらんし。それに話と全然違う。リーザなんぞより、代官様の方がよっぽど……いや、すっげぇキレイだ」
「……お前、そらぁそうかもしれんが、代官様男だぞ。それにお前より背ぇ高い」
「キレイなもんはキレイだろ。それにあの髪。あんな色違いの目なんぞ初めて見た……」
「ともかく村長に報告せにゃあ」
「王都にはあんなキレイな人がゴロゴロおるんかなぁ」
……全部丸聞こえなんだけど。
あの二人とは視線を合わせても、あの突き刺さるような感覚はなかった。
もう治ったと思っていいのかな?王都に帰るべき?
だけど昨日アッシュや護衛、殿下に会った時は、気になる程ではなくとも違和感が残っていた。長官や塔の魔法使いたちにも。
カーサ村の二人に何も感じなかったのは、何の関わりもない赤の他人だからなのかも。
それになによりも、まだ王都に帰りたいという気になれない。
まだ、この生活の気楽さを手放す気にはなれなかった。
積み上げた木材を眺め、小さな小屋を見やる。
せっかくここまでしたんだし、一度は建物を一から作ってみたかったんだ。
王都に戻るのはそれからでも遅くはないだろう。
そう思っていたのに。
その日のうちに今度は大慌ての村長が訪ねてきた。
もう全部報告されてるんなら今更だろう、と素顔をあらわにしたまま会う。
そうしたら瞠目した挙句、何故か村に出入りしないで欲しい。できうるならば村から近いこの場所からも離れて欲しい、とそうお願いされてしまった。
意味が解らない。
僕が怪訝な表情を見せると、汗をダラダラ流した村長はすっかり様相の変わった小屋の周囲を指し示した。
「このような立派な魔法使い様であられるとは存じませず……」
回りくどく言い訳じみた村長の言葉を要約すると、村の周辺に高位の魔法使いがウロウロするのは大変よろしくないのだそうだ。
この辺りにはチウスという種類の魔物が棲息している。掌に乗るほどのサイズで、集団ならともかく1~2匹であれば子どもが石を投げても追い払えるような低レベルの魔物。
但し、僕は見たことがない。動物たちと同じで、僕の気配に怯え近づいてこないからだ。
どうやらこの魔物が、ここ一年ばかり姿を見せなくなったのが問題となっているらしい。
そこには、魔物がいなくなったのなら良かったじゃないか、と笑って済ませるわけにはいかない理由があった。
「作物を荒らす獣が増えてきたのです」
村長はそう言った。
チウスの姿を見なくなり、どうしてだろうと不思議に思っているうちに、作物に被害が出始めた。これまでは魔物の気配に怯え人里に近づかなかった獣が、山から降りてきたのだと漸く気がついた、──と。
チウスは小さくても魔物だ。その身体は魔素で出来ていて、大気中の魔素を取り込む事で生きている。
王都に魔物はいないけれど、それらに関する知識は学校で一通り習った。田舎の方へ行けば小型の魔物はまだ何種類もいるからだ。
昔は中型や大型の魔物もいたそうだけど、もう遠い昔に絶滅してしまったと教わった。
チウスはたまに作物を荒らすこともあるが、それは恐らく遊びの範疇なのだと思われる。家畜や人を襲うのも本能からきた遊びの一環で、食べるためではないことも分かっている。だからこそ子どもが石を投げた程度でも早々に退散する。
普段はバラバラに活動しているが、繁殖期だけは数十匹で群れを作り闘争本能を剥き出しにするので、群れを見つけたら気をつけないといけない。
単体では決して強いとは言えない魔物だけど、獣にとって魔物は上位種だ。この辺りにチウスが彷徨いているというだけで、抑止力になっていたんだろう。
ところがそのチウスが、どうやら僕の気配に怯えてどこかへ姿をくらませてしまった。そこで獣が本格的に畑を荒らすようになったというわけだ。
獣が僕の気配に怯えた様子もなく山を降りてくるのは、多分敏感さの違いからきていると思う。
家畜は僕の姿が目に入ると怯える。魔物はこの近辺に僕の気配があるだけで怯える。なら、野生の獣はその中間辺りに位置するのかもしれない。僕がカーサ村にいれば恐らく近づいてはこないけど、この森の小屋にいるなら遠慮なく村に踏み込んでくる。そんな感じだ。
なら、僕が村に住めば全て解決するんじゃないか?魔物も獣もやってこなくなるだろうから。
もちろんそんなのは絶対にゴメンだけど。
村長は有難いことにそんな可能性には気づいてないばかりか、むしろ逆に近づくなと言っている。
そこにはチウス以外にもう一つの理由があって、でもその理由は、僕にしてみればバカバカしい以外の何ものでもなかった。
「代官様は、若いものや女たちが如何に都会に憧れておるかご存知ない」
村長はため息混じりに言う。
ご存知ない、と言われればその通りだろう。そういう傾向があるとは知っていても、それは所詮知識であって僕自身にその気持は解らない。僕は王都に魅力を感じたことなんてないから。あそこは僕にとってはただの日常だ。
だけど村の者にとってはそうではないのだ、と村長は項垂れた。「代官様は王都から来られた。それだけでも皆の注目を浴びる存在であるのに、たとえ顔を隠しておられてもお声から若い男性だと知れる。そして村の粗野な男どもには真似出来ないその物腰。村の女は皆、代官様に興味津々でございました」
確かに、村へ出向くたびに見られてはいた。フードで顔を隠していたにもかかわらず。
こんな田舎だから余所者が珍しいのだろうと思っていたけど。
「そのうちに、お顔を見せないのはキズでもあるのではないか、それとも二目と見られないお顔なのではと、男どもの間でやっかみ半分の噂が立ち……、なのに女どもは、それでも村の男よりはよっぽどマシ!などと言い放つようになる始末」
村では、僕の知らないところで僕を挟んだ対立が発生していたらしい。僕を見る村人の目が変わったような気がしてたけど、そんな理由だったのか。
村長の言いたいことは分かった。
ただでさえ対立の原因となっていた僕が、今日二人の村人の前に素顔を見せてしまった。それが村に広がれば、女たちはますます僕にのぼせ上がり、反発する男たちとの対立も深まりかねない、ということだろう。
そんな中僕が村に顔を出せば、火に油を注ぐのは明らかだった。
とはいえ、僕は今領主に代わってこの地を管理する代官としてここにいる。
その僕に、「村に立ち入るな」などと言う権限が村長にある筈もない。
寧ろ何か疚しい事でもあるのではないか。見られては困るものがあるのではないか。そう疑われたって仕方ない事態だ。
それを分かって言っているのなら、相当追い詰められていると見るべきか。
さあ、どうしたもんだろう。
別にこんな村で不正があったとしても高がしれているし、元々僕が来なければ村長に委託していただろう役目だ。
無理やり村に顔を出して揉め事の種になるのも面倒くさい。
このまま後を任せて王都へ帰ろうか?
だけど、村長の言いなりになるだけというのも業腹だった。まるで僕が全ての揉め事の原因だと言わんばかりのこの態度。
眉間にしわ寄せ考え込む僕を、村長は固唾を飲み見守っている。
その時、ふと思いついた。
以前、師匠に弟子入りしていた頃、『複数の魔法は同時に使えないのか』という師匠のささやかな疑問に答えるために、二人で幾つかの実験をした。
上手くいったものや失敗したもの、予想以上の結果が出たものもあったけど、その失敗したうちの一つ。
あの時はそもそも、そんなやり方を思いつきもしなかった。でも、これなら──。
試すまでもなく、上手くいくと確信できた。
「……じゃあ、こうしよう。僕はもう村へは顔をださない。その代わり、村長が毎月一度此処へ、自分で必要な書類や帳簿を持ってくるんだ」
僕の言葉に、村長が訝しげに首を捻る。彼の要望は村だけじゃなく、この場所からも離れろということだから。
心配しなくても分かっている。
僕は目を細め、笑みの形に唇を歪めた。
「大丈夫、最初の一度くらいは道案内してあげるよ」
「……っ!?」
村長は僕の笑顔に息を呑んだ。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました!




