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異世界で幸せめざしてみた!!  作者: ひなもとプリン
五章 過去編 ユリアスの事情
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42 毒と逃亡者

アッシュたちが立ち去ってからの僕は、すぐさま動き始めた。




見送ったその場で塔の自分の部屋を特定。異物を検知。転移し、身なりを整えてから殿下に会いに行く。

なにしろ、カーサ村の小屋には普段着しか置いてないんだ。別にみすぼらしいって程でも無いけど、殿下にお会いするには少し躊躇が残る。


王宮は転移禁止区域?そんなのバレなきゃいいよ。

王宮の一部であるとはいえ、塔は所詮外縁部にすぎない。

さすがに本殿に転移しようとまでは思わないけど、僕が申告しない限りバレることもないんだから、この際塔への転移だけなら緊急時に限りOKとしよう。そして今は明らかに緊急時だ。


村の生活での開き直りはこんなところにも表れている。





着替えて部屋を出た途端に長官と出くわして少し揉めたのは誤算だったけど、殿下に会いに行くことを仄めかすと、後で必ず寄ると約束することで解放された。

塔を出て幾つもの庭園を抜け、本宮の奥殿を目指す。

だけど以前はフリーパスだった殿下の部屋に繋がる王宮深部への扉は、そのまま僕を通してはくれなかった。

一年ぶりなんだからしょうがないことではあるけれど、何故かな?どこかピリピリした空気を感じる。

そういえば此処に至る途中の道筋でもやけに多くの騎士たちを見かけたけど、あれはさりげなさを装った巡回だったのかもしれない。

でもどうして?何があった?

衛兵の一人がフードを外した僕を見て確認のためか奥へ走っていき、ややあって戻って来てから漸くその大きな扉の向こうへ通してくれたのだった。




ここまで来て、殿下に今から訪ねるという連絡すらしていなかったことに気後れしつつ廊下を進み、慣れ親しんだ部屋のドアをノックすると、見覚えのない女官が顔を出した。

でも見覚えがなかったのは僕だけで、向こうは僕を知っていたらしい。それともさっきの衛兵からの連絡があったからかな、名乗るまでもなく部屋へ招き入れられる。

そして、やがて現れた珍しくも不機嫌全開の殿下に、平身低頭謝り倒す羽目になった。


勿論、悪いのは完全に僕だ。

僕は殿下に対して、いったい何回やらかせば気が済むんだろう。年に数回は顔を出すと約束したのに、その事自体を忘れたまま呑気に一年を過ごすとか、我ながら有り得ないにも程がある。

久しぶりの殿下は少し背が伸びていて、それにもまた会わなかった一年の長さを思い知らされた気がした。


恐縮する僕に、殿下は眉間の皺を緩め溜息をつく。

「言いたい事は色々あるが、以前よりも随分マシになったから良しとしておこう」

「以前より……?」

首を傾げると、呆れたような声が返ってきた。

「自覚がないとか……。一年前のあの頃、ユリアス殿はまるでたった一人で敵地に乗り込んできたかのような、険しい顔つきをしていた。笑っていても隠せぬ程にな」



ということは、やっぱりあの時の殿下は、僕の魂胆を分かった上で賭けに乗ってくれたのだろう。

そうなると、あのカードゲームでの賭だって、殿下が本気で勝負してくれてたのかどうかも怪しいものだ。


一瞬そう思ってから、当時の殿下の心底悔しそうだった様子を思い出した。

うん。あれは僕の勝ちで間違いない。










知らない女官が用意していったお茶を飲みながら、乞われるままに田舎暮らしの近況を語る。

とはいえ、話すべきことも面白いことも何も無いただの田舎だ。これが普通の王子なら、王宮以外の生活を珍しいと感じるのかもしれないけど、この殿下は規格外に過ぎる。田舎暮らしの生活ぶりだってきっとよくご存知だろうし、こんな話はつまらないのではないか。

率直にそう言うと殿下は目を見開き、言った。

「そんなことはない。昔は田舎といえど多くの魔法使いがいて、生活レベルは今の王都なみには便利だった。今の時代は産まれた時から魔力の恵みに縁のない者が多いから、そういった不便な生活にも皆、違和感なく暮らしているのだろうが」


王宮で暮らすぶんには昔も今もさして変わらないようだけど、王都から離れれば離れるほど、その生活ぶりは殿下にとって珍しいものになるらしい。




僕が突然訪ねてきたのは、アッシュに託された殿下からの言付けを聞いたからだ、ということは当然殿下だって分かっていただろうけど、そのアッシュと向こうで別れてからまだほんの一時間程だと言うと、流石の殿下も驚かれたようだった。

「では、新しい王立騎士団長殿はまだ向こうから戻っていないのか?」

「今夜はソリタスに泊まると言っていたので、こちらに戻るのは明日以降になるでしょう」

殿下にそう伝えながらアレ?と思った。ソリタスには王都へ直通の転移門がある。それを使えば今日中に王都へ戻ることも可能なのに、なんでわざわざ一泊する必要がある?

内心首を傾げると、殿下が言った。

「ユリアス殿と新しい王立騎士団長殿は一緒に戻ってきたのだと思っていた。彼に言付けを頼んだのは、もう四日も前のパーティーの席だ。翌日にも出立すると言っていたから、てっきり転移門を使って行って、向こうでゆっくりしているものだとばかり……」



ということは、王都を出たのが三日前……か?


その数字に真相を察して、ため息をこぼす。

賭けてもいい。あいつら、絶対に転移門なんか使っていない。

筋肉の国の住民がやりそうな事だ。ソリタスで馬を借りたのではなく、王都(ここ)から全力で馬をとばして来たのに間違いなかった。



「まぁいい、私も急ぐとは伝えなかった。ユリアス殿の居場所について問い合わせがあったので、会いに行くならついでに、と頼んだだけだ」

殿下は鷹揚にそう言って、その話を終わらせる。

そうして今度は殿下の話になった。




だけど、それまでの僕の話なんて本当にただの近況報告に過ぎない。改めてそう思わざるを得ない程、殿下の話は僕が目を剥くようなものばかりだった。






「引越し……ですか?春宮殿へ?」

思わず誰が?と言いかけたけど、この話の流れでは殿下以外有り得ない。というか、そもそも今春宮殿に住む権利を持つのは殿下しかいない。

なぜなら春宮殿は王太子宮なのだから。


もう二十年近く昔、陛下が戴冠される折に出られて以降ずっと空宮となっているその離宮は、この奥殿の東側に王族専用の庭園を挟んで建っている。五年後殿下が立太子されてのち住まわれることになるそこが春宮殿──所謂王太子宮だ。

でもそれはあくまで五年後の話で──。

なのに殿下の口振りでは、まさに最近その話が出たようにしか受け取れなかった。


僕が疑問の声を上げると、殿下はうんざりしたように言った。

「引越しの話は潰れた。せっかく父上と宰相を説き伏せて、あとは母上だけとなっていたのにな」

本宮(ここ)を出たかったのですか?」

「人が多過ぎて落ち着かん。向こうの方が余程マシだ」


いつもはピシッと背筋を伸ばしている殿下が、ソファーの背もたれに身体を預け、不貞腐れている。その唇から、あのバカどものせいで、という言葉が零れ出た。


そして僕はまたしても目を剥く話を聞かされることになる。








王宮の厨房で、それも陛下たちが食される料理に毒が混入されたのは、ひと月程前のことらしい。

その日は何の会食の予定もなく、以前僕が案内された小さな食堂で、三人揃って夕食を摂ろうとされた時にその事件は起こったのだそうだ。


「よりによってスープだぞ。食べる前に気づいたから父上も母上もご無事だったのはよかったが、そのあと大騒ぎになって食事どころではなくなってしまった。まだ何一つ食べていなかったのに、結局朝まで何も口に入れられないままだ」

殿下が怒っているポイントがちょっと違うような気がするけど、そこはスルーする。

「いったい誰が何のために?どうして毒が入っていると分かったのです?犯人は捕まったのですか?」

矢継ぎ早な僕の質問に、殿下は面倒臭そうに手を振った。

「直後に犯人の一部は捕まえた。ユリアス殿はよく知っている、あの母上を攫おうとした三人のうちの二人だ。騒ぎに乗じて逃げようとした元王立騎士団長も捕らえた。三人のうち残り一人と牢に捕らえていた元近衛騎士団長が逃げ出して行方不明。内部に手引きした者がいて、そいつも捕らえたがその場で自害した。ここ一、二年の間に厨房で働くようになった男だそうだ。──それから、何だったかな?毒を見つけたのは私だ。運ばれてきたスープを見て食べられないと思ったから、変な臭いがすると言って調べさせた」

「あの三人が……」



あの連中のことなら覚えている。三人のうちの一人、リスカはアーチが昔尊敬していた騎士養成学校の先輩だ。

三人は事件を起こしたあと近衛騎士団に預けられ、更生のため騎士達の監督のもと下働きをしていたと聞いている。近衛騎士団に所属した(ジュリ)が、目が合うたび睨まれると困惑していた。


「どうやら王宮で騒ぎを起こし、その隙に元近衛騎士団長を逃がそうと企んだらしい。他にも何かあるのかもしれんが、今は不明だ。それでどうにか二人は捕まえたが、あと一人と肝心の元近衛騎士団長にはまんまと逃げられてしまった」



ピリピリした空気。やたら目についた騎士たち。

漸く腑に落ちた。「それであんなに警備が厳重になっていたのですね」


「元の近衛騎士団長は戦争を目論んでいた……、という話は以前したな。下働きの三人は、戦争が始まれば騎士にしてやる、と餌をぶら下げられ加担していたわけだが、厨房の男がそんなことをした理由や毒の入手先など、まだ分かっていないことも多い。したがって、今私が宮を独立させるのは悪手だと断じられた」

殿下の口元が不満そうに尖る。

「纏まっていた方が警護しやすいからでしょうか?それに逃げた連中の捜索にも人手を割かれるのなら、仕方がないのでは?」


王宮にはもちろん結界が張られているけど、それは外部からの魔法による侵入者に向けたもので、元々宮殿内で活動している者に対しては作用していないらしい。つまり、逃げた二人の捜索も人海戦術でするしかないってことだ。


「そうなのだが、この際それとこれとは話が別ということにしておいて欲しかった。逃げた二人だっていつまでも王宮内に留まってはおらんだろうし、今は王宮内の捜索よりも国境での出国者のチェックに力を入れている筈だからな。──ところで、」

殿下は言葉を止め、僕を見た。「言うまでもないが、今のはここだけの話だぞ。殆どの騎士や衛兵たちは不審者が侵入したとしか知らない。どちらの元騎士団長も、表向きは病気療養中ということになっているんだ。少なくとも今の時点では王族の暗殺未遂など最初からなかった」


「極秘事項……」

アッシュが言っていたのはこの事か。公表されていない、ダニエルが降格処分となった理由。



呟き、考え込む僕に殿下は言った。

「そう、極秘だ。この件についてはもう考えない方がいい」









それからまた一年程が過ぎた頃に、再びカーサ村を訪ねてきたアッシュがポロリとこぼしたところによると、逃げた元近衛騎士団長は事件当時、王立騎士団内の特別牢に収監されていたらしい。逆に元王立騎士団長(筋肉バカ)は近衛騎士団内の特別牢に収監されていた。

どちらも一般の騎士達には知らされておらず、知っていたのはそれぞれの騎士団の幹部のみということだった。

やっぱりダニエルは、元近衛騎士団長を逃がしてしまった責任を取った訳だ。

それが本当に責任を取った結果なのか、それとも宰相と二人で『丁度いい理由ができた』と示し合わせた結果なのかは知らないけど。



ともかくアッシュの口からそれを聞いたのは、一年もあとの事だ。

この時はまだ推論にすぎなかった。

僕に釘を刺した殿下からはもうそれ以上情報を聞き出す事は出来なかったし、殿下が『考えるな』というのに、わざわざ隠れて他に事情を知っていそうな者を訪ね歩く程の情熱もなかった。


その時の僕の心を占めていたのはただただ、そんな大変な時に殿下のお側に居ることもなく、何の力にもなれなかったという思いだけだったんだ。

殿下は何でもないことのように言ったけど、大事(おおごと)にならなかった筈がない。

その時その場にいなくても、連絡をもらえたらすぐに駆けつけたし、きっと出来ることもあった。

それなのに、事件が起きた時には何の連絡もなく、こうして事後報告のように聞かされるしかないのは全て僕の不義理のせいだ。


これからはもっと頼ってもらえるようにならなければ──。









「ゆっくり出来るのなら夕食を食べていけばいい……、と言いたいところだが、最近のここの料理はお勧めできない。私はすっかり贅沢に慣れてしまっていたようだ」

へにょりと眉を下げた殿下によると、スープに毒を盛られて以降、毒味という名の『料理を不味くするため』としか思えない時間が取られるようになったらしい。

しかも、遅効性の毒を盛られる可能性を示唆したどこかの誰かのせいで、料理が出来上がってから少なくとも30分は、食べ始めることが出来ないのだそうだ。

「あの冷めたスープの不味さときたら、例えようもないな。父上も私もだが、あれは料理人たちにも耐え難い事態だろう。三日目には最初から冷製スープが出されるようになったが、他の料理に関しては如何ともし難い。なのに──」

殿下は僕に向かって大真面目に言った。「母上はあの料理を、文句も言わずパクパク食べるんだ。私は生まれて初めて母上を尊敬した」


……生まれて初めて尊敬されたのが()()だとか、王妃様も微妙だろう。

それは王妃様本人には伝えない方がいい、と殿下に言うと、彼は『そうなのか?』と不思議そうに首を傾げた。

──もしかしたら、もう言ってしまったあとだったのかもしれない。





ここまで読んで下さって、ありがとうございました。


4月はどうにか4話更新できました。せめて週一ペースは死守したいのだけど、なかなかそうもいかない月が多くてガックリ。5月はどうなるかな。


また次も読みに来て頂けたら嬉しいです!

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