38 殿下の企み
大変間があいてしまい、すみません。
その代わりと言ってはなんですが、今回いつもより1000文字程度増量されております。
少しでも楽しんで頂ければ嬉しいです。
────案内された食堂は思ったよりもこじんまりとしていて、装飾も控えめだった。
正直に言えば僕の邸の、普段家族だけで使う食堂と同じようなレベル。
賓客を招いて行う晩餐会などに使うにはここでは小さすぎるから、つまりこの食堂は国王一家の極プライベートな空間だと思われる。
おそれ多いのだかなんだか分からないそんな場所に突然案内されてしまった僕は、ひたすら畏まるしかなかった。
辛うじて幸いだったのは、僕はもう既に何度も彼らとお茶会をご一緒したことがある、ということだろうか。
その経験がなければ、緊張して食事どころじゃなかったかもしれない。
改まった席でもないから簡単なもので、と供された食事はレーズン豆のスープとパン。そしてそれぞれの前に置かれた大きめのプレートに、見栄え良く盛り付けられた生ハム·ミモザ·根菜類といった三種のサラダと蒸した鶏肉。鶏肉にはさっぱりした風味のドレッシングがかかっている。
この鶏肉がどういう下処理をしてあるのか、口に入れるとホロホロとほぐれる食感が面白い。
陛下や王妃様は僕に特別これといった用事があったわけではないらしく、話題は主にこれから殿下に任されることになる公務の選定についてとか、殿下の勉強の進み具合とか、終いには僕が9歳の頃には身長はどのくらいだったなんて話になって、「それならレヴィンもそこそこ背が伸びるんじゃない?」なんてとこに着地する。お二人の殿下への溺愛っぷりが晒けだされた結果になった。
でも、話しながらも陛下や殿下のお皿にほんの一口だけ、残されている料理があることが少し気になる。
しかも二人とも全く同じものが残っているから、余計に不思議だ。
プレートに盛り付けられた料理は、可愛らしい花やミニチュアの優美な鳥に至るまで、全てが繊細な飾り切りで食べられるように出来ている。 残す分なんてないし、そもそも殿下も陛下もその殆どを食されていて、残されたのは一口だけ。それこそ、本当に残す意味があるのかと思うほどの量だった。
で、王妃さまはと見ると、元々少なめに盛り付けられていたとはいえ、見事に完食されている。
そんなにあからさまに見ていたつもりは無いんだけど、やっぱり殿下にはバレていて、後ろに控えていた給仕がタイミングよく皿を下げたあと、隣に座る僕に言った。
「新入りが入ったのだろう。あれで厨房には伝わる」
──するとその言葉に陛下が反応された。
「気になったのかな?お客様の前で行儀悪くてすまないね」
「ふふ、わたくしは美味しいと思ったわよ?ちょっと濃い目ではありましたけどね」と、運ばれてきたデザートにフォークを入れながら王妃さま。
あれにはどうやら、口に合わなかった料理を厨房に知らせる、という意味があったらしい。
料理人を気遣って露骨に文句をつけない、とかそういう配慮だろうか。
王族というのもなかなか窮屈なものなんだな。
当たり障りのない言葉を返しながらそんなことを考えていると、王妃さまが軽い口調で仰った。
「だいたい二人とも贅沢なのよ、そんな細かいところにまでケチをつけるなんてね。出されたものをありがたく頂けばいいのに」
僕は目を丸くした。
そういうのは基本庶民の考え方だと知っているからだ。
学生時代、食堂の食事に慣れず文句を言う貴族出身の生徒たちに、『料理を作ってくれる人に感謝して、出されたものに文句を言わずありがたく食べろ!』って言っていたのはアーチだった。
僕が感心して「そんなふうに考えるんだ。凄いね」と言うと、彼はげんなりして『うちのおかんの口癖なんだ』と言った。そして僕はアーチから、貴族と庶民の感覚の違いについて教わったのだった。
貴族の奥方は、趣味でもなければ料理なんてしない。そのためにお給料を払って料理人を雇っているのだから。そしてお金を払う以上、最低限口に合う料理を食べたいと思うのは当たり前の話。
だから貴族は自分の邸で雇う料理人に対して、そんなふうに遠慮したりはしない。僕だって自分の邸でなら、出された料理が口に合わなければ多少の注文はつける。
それを思えば、さっきの王妃さまのお言葉はまるで料理を作る側の人間のようで、もしかしたら彼女は料理が趣味なのかもしれない、とチラリと思った。
そして、陛下が王妃さまに返された苦笑まじりの言葉で、このやり取りが何度も繰り返されていることが分かる。
「君のその意見は大変立派だが、彼らにそこまで気を遣う必要は無いと言ってるだろう?主の口に合わせたものを作るのが彼らの仕事だし、彼らだって気を遣って食べてもらうより、本心から美味しいと言われた方が嬉しいと思うのだがね」
「あら、でもせっかく一生懸命作ってくれているのに申し訳ないでしょ。ほら、ユリアスさんだって全部食べていらっしゃったじゃない」
ケロッとした顔で言葉を紡ぐ王妃さまは、僕に向かって「ねぇ?」と笑いかけた。
次の瞬間、殿下がピシャリと言う。
「母上、ユリアス殿に同意を求めないでください。彼はお客様なのだから、気を遣われてるに決まっています」
えーっ!とむくれ、でもと開きかけた王妃さまの口に、陛下がすかさず切り分けた焼き菓子を突っ込んだ。
初めてこの技を見た時は吃驚したものだけど、彼らの間では日常の光景であるらしく、僕にとってももはや見慣れたものとなりつつある。
陛下曰く、『コツは少し大き目』なのだそうだ。
そして王妃さまが、扇子で口元を隠しながら一生懸命もきゅもきゅしている間に、陛下がさらりと仰った。
「王宮の料理はこの国の顔の一つでもある。他国の誰に対しても胸を張れるものでなくてはならぬし、侮られるようなモノを供することはできない。そういった機会がいつ訪れてもいいように、料理人達には常日頃から技を磨いて貰わねばならんからな。王妃は甘い事を言うが、妥協を許すつもりは無い。その味の基準についても、今のところ幸いにして私とレヴィンの味覚は一致しているから、特に問題はないだろう。とまあ、そういうことだ」
「────つまり、男二人でいきがって『この国の味は俺が決めるぜ』とかやってるのよ」
漸く口中の菓子を飲み込んだ王妃さまがボソリと呟くと、しっかり聞こえていたお二人は揃ってギョッと目を剥いた。
続いて王妃さまはにっこり笑い、可愛らしく小首を傾げる。
「そんなグルメな方たちには、わたくしの料理なんてとても食べて頂けないわね。嗚呼、自信を失ったわもう二度と作れないわこれでもう一生わたくしが料理をすることはないのね」
歌うような楽しげな声なのに、その目は据わっていた。
やっぱり王妃さまは料理経験者だったんだ。いったいどんな料理を作られるんだろう。
僕は巻き込まれたくなかったのでそんなことを思いながら傍観に徹していたけど、陛下はそういう訳にはいかなかったみたいだ。
「は!?ちょっと待って、ミリィ!君の料理は別と決まってるじゃないかっ」
慌ててそちらへ向き直る陛下から、ツーンと視線を逸らす王妃さま。
「あらァ、プロの料理人が作ったお料理でさえ、お気に召さないのでしょう?でしたら、わたくしみたいな素人が作るものなんてねぇ」
王妃さまは完璧に拗ねてしまわれていた。
隣でワタワタする陛下を尻目にモグモグと焼き菓子を頬張り、ご自分の皿が空になると次は陛下の皿に手を伸ばされる。
「あらあらこのお菓子も気に入らないの?ワガママさんねぇ。わたくしが食べてさしあげるわ」
「いや、それはまだ……」
「ああ、美味しい。この美味しさが解らないなんて、ヨハンはなんて可哀想なのかしらねー」
「ミリィの料理の美味さなら解るともっ、うん!」
「まぁ、この国で1番のグルメを名乗っているくせに、わたくしの料理の美味しさしか解らないなんて変だわぁ」
呆気にとられる僕の前でお二人の攻防は続き、とうとう殿下が割って入った。
「仲がいいのは結構ですが、他所でやって頂けませんか」
そのひんやりした声に、やっと僕の存在を思い出したらしい。
お二人は「あ」という形に口を開け、慌てて居住まいを正される。因みにその時のお二人の体勢は、陛下が王妃さまの真横にご自身の椅子を密着させ、腰に手を回し、今にも膝に乗せようかといわんばかりの勢いだった。
うちの両親も似たようなものだけど、流石に他人前でしているのは見た事がない。
そして丁度その時、陛下の次のご公務を促す使いがやって来て、これ幸いとばかりにお二人は共に退出していかれた。
ただその際陛下は何故か、「これからもレヴィンをよろしく」という今更のような事を仰って僕を戸惑わせたのだけど、それについてはあとから殿下が種明かししてくれたのだった。
「私に任される公務は恐らく、魔法局関係のものとなるのだろう。つまり私はユリアス殿の上司になる訳だ」
私室へ戻った殿下はソファーへ僕を導き、そう言った。
部屋で待機していた女官は既に次の間へ下がっている。
「それで陛下が私に殿下をよろしく、と仰っておられたのですか?──ですが、先程の陛下の話では、まだ決定していないという事でしたが?」
僕が首を傾げると、殿下は肩を竦めた。
「まだ口外するな、とでも宰相に釘を刺されておられるのではないか?だが一刻も早くユリアス殿に私のことを頼まずにはいられなくて、今日の昼食に乗り込んで来られたというところか。全く過保護なことだ」
さして嫌そうでもなくそう言う殿下が微笑ましい。
だけどそんな視線を生ぬるく感じたのか、殿下は顔を顰めて僕を見た。
僕はさりげなく視線を外し、何気ないふうに言葉を紡ぐ。
「では、水面下ではもう決まっているのですね」
「──そうだな。今騎士団は近衛も王立もゴタゴタ続きだ。例えお飾りと分かっていても、このタイミングで私を頭に据えるには荷が重い、と誰でも考えるだろう。軍部が無理なら、最終候補に残るのは魔法局と外務局だが、外務は他国が絡むだけに子供に任せるのはどうか、という意見が元々多かった。そこへ父上のあの様子を見れば、もう本決まりだろうよ」
「騎士団のゴタゴタ……」
僕が思わず呟くと、殿下は黒い笑顔を浮かべた。
「ユリアス殿の耳にも何か入ったか?」
そのあからさまなまでの表情に、ますます確信を深める。
やっぱり裏で糸を引いたのは殿下だ。
突然の、そして続けざまの騎士団長たちの退任。その理由が揃って病気という不可解さ。
「──殿下。もしや彼らに何かされましたか?」
どうせ答えては貰えないだろうと思いつつ口にすると、「何故私だと思う?」と返ってきた。
何故も何も、怪しさしかない。
だけど、そこまで正直に言うのは流石にはばかられて口ごもると、殿下はニッと口角を上げた。
「何やら疑われているようだが、私は何もしていない」
「何も?」
「何も。──だが、そうだな。宰相には私からの公務希望先として軍部を挙げた」
ハッとして顔をあげると殿下は楽しそうに続ける。
「『だけど近衛騎士団長には色々な噂があるから上手くやれるか不安だ』ともな。そうしたら、宰相は実にマメで有能だな。様々な事実をこれでもかと探り出してきてくれたぞ」
ここしばらく宰相が忙しくしていたという理由がそれだろうか。
そして殿下は上手くいったと思っているようだけど、さっきの様子を見る限りでは宰相を騙しきれていない。
でもナイジェル様の言葉のせいかな?得意げに笑う殿下が珍しくも年相応に可愛く思えて、僕は口を噤むことにしたのだった。
それから殿下は僕に、驚くべき事をあっさりと告げる。
殿下が大層ご機嫌に教えてくれたところによると、元近衛騎士団長は今、牢に捕らわれているのだという。
そればかりか、同じく病気で退任した筈の元王立騎士団長もまた、牢に捕えられているらしい。
思わぬ情報に目を剥いた僕に、殿下は悪戯っぽく「内緒だぞ」と言った。今それを知っているのは極一握りの人間だけなのだ、と。
殿下に言わせれば、あの元近衛騎士団長は相当な軍国主義者なのだそうだ。
この今の平和な世の中で、時代に逆行したそんな主義主張を大っぴらに語って回ることはなかったらしいけれど、少し親しくもなればすぐに露呈してしまう程度には隠していなかった。
今の近衛騎士たちは平和ボケした腑抜けで、使い物にならない奴ばかり。連中を鍛え直すには前線へ送り出すのが一番手っ取り早い、というのが彼の持論であり、戦時中に比べれば縮小の一途を辿っている騎士団の規模や、その地位が低く扱われている、というのも彼の憂いの一つだったようだ。
彼としては、戦争が起これば何もかもが上手くいく。万々歳だ、というところだったのだろう。
騎士団内部では誰もが知っていて、でもそれを外で吹聴するのははばかられる。そんな雰囲気だったのだと。
だけど軍国主義者というだけでは、別に牢に繋ぐ理由にはならない。
確かに、今の平和に満足している人たちからは眉を顰められるかもしれない主張ではあるけれど、だからといって犯罪ではないからだ。
僕の疑問に、殿下は勿体ぶることなく教えてくれる。
あの元近衛騎士団長の犯した罪を────。
「他国と連絡を取っていた?」
瞠目する僕に、殿下は頷いた。
「辺境の幾つかの小国で、どこも我が国と領土を接しておらず国交もない。今はまだ尋問中だが、奴はどうやら戦争を企むそれらの国々に同調する動きを見せていたようだ。そして、尋問の過程で当時の王立騎士団長の名が出てきたので、そいつも拘束し事情を聞いたところ、あっさり加担を認めたという話だな」
「王族でもないただの騎士団長が、何の名目で他国の戦争に首を突っ込むつもりでいたのか、謎でしか無いんですが?」
僕が呆れてそう呟くと、殿下は存外真面目な表情になって言った。
「名目などはどうにでもつくれよう。犠牲を厭わねばな。また、最初が騎士団長の一存で動き出したとしても、持っていきようによっては国家として引けない状況に陥ることも考えられる。そうなれば──」
殿下は重々しい口調で告げた。
「──我が国はたちまち、戦火の渦に巻き込まれる」
僕はコクリと喉を鳴らす。
「そういった理由で、彼ら二人には国家反逆罪が適用された。今回二人を捕らえた事で危機はギリギリ回避されたと見ているが、全容を解明するまでは全てが内密に進められる事になる」
「────それで病気療養、だったのですね……」
漸く腑に落ちた思いで呟いた。
それなら宰相が忙しくとも無理はない。
その時殿下は、「これで可能性の一つを潰せた」と至極満足そうに笑んでいたのだけれど、僕は自分の考えに没頭していて、彼のそんな様子に気づくことはなかったのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!




