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異世界で幸せめざしてみた!!  作者: ひなもとプリン
五章 過去編 ユリアスの事情
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37 弱みを握る

1年に一度は廃坑に赴き、異変がないか調査する。

何かあれば報告書の提出が必要だが、特に何事もなければ口頭の報告で可。但し、何もなくとも2~3年に一度はその旨書面にて提出のこと。


そういった細々したことの指示を受け宰相の執務室を退出した僕は、次に殿下の部屋へ向かった。


本当なら前もって訪ねる許可を取らなければいけないんだけど、今回はなんとなく大丈夫な気がしたし、もしダメなら次回の面会の約束だけ取り付けて帰ろうと思っていた。




執務室を出て左へ向かい、廊下の突き当たりを右へ。ドアだけがやたら並ぶシンと静まった通路に、自分の足音だけをコツコツ響かせながら歩く。

縦に長い両開きのドアの向こうに立つ衛兵に目を合わさないまま会釈し、そこから一気に広くなる廊下に出て、まるでホールのようなそこを行き交う人々に交じり奥殿を目指した。


王宮深部は陛下や王妃様、そして殿下の居住空間でもある。

縦にも横にも大きなその扉の向こうに自由に進めるのは、王族の方々を除けば極限られた一部の貴族のみだ。


僕も以前は、殿下の名を騙る王妃様からのお茶会の招待状を提示し、入殿簿に署名した上で通してもらっていたのだけど、いつしかこの特徴的な髪と瞳を見せるだけで署名の必要がなくなり、そのうち招待状を見せる前にドアを開けてもらえるようになってしまった。

つまり、顔パスということだ。



今日は当然、招待状なんてないんだけど、ドアの両側に立つ衛兵たちに視線を向けると、いつも通り彼らは黙って一礼しドアを開けてくれる。



だけど何故かな?いつもよりも彼らの視線が刺さる気がした。


僕は今多分、魔法使いだけではなく一般の人々からみても、もちろん騎士や衛兵たちからみても、相当な有名人だと思う。


だから、全部そのせいだ。さっき歩いた廊下ですれ違った人たちが、みんな僕を注視しているように思えたのも、きっとそう。


心なし動悸が激しくなったような気がするのを、そんなふうに誤魔化し歩いた。





王宮の、ここまで奥に入れば流石にフードを被ったままという訳にはいかない。だから僕はずっと素顔を晒して歩いている。

だけどそんなのはいつもの事だし、人に見られるのなんて慣れてる筈なのに?








殿下の部屋を訪ねると、ノックに応えて現れたのはいつも殿下に『くるくる』と呼ばれている女官だった。

「あら、まあ。今すぐ殿下にお伝えして参りますので、中へお入りになって少々お待ちくださいませ」

僕を見て目を大きく見開いた彼女の視線を受け止めきれず、伏し目になりながらも慌てて引きとめる。

「待って!今日はお約束をしてないんだ。もしお忙しくしておられるのなら──」

「いえ!殿下は只今奥の部屋で帝王学の講義中ですが、殿下がお部屋にいらっしゃる時にユリアス様が来られたなら、何をおいても最優先でお通しするように、と言いつかっております」


きっぱりそう言う彼女がドアを大きく開け、僕を招き入れたとき、部屋の奥へ繋がるドアも同時に開き、殿下がひょこりと顔を覗かせた。


「やっぱりユリアス殿だ。そう言ったでしょう?今日の講義は終了ですよ」

殿下が顔を向けた方から現れたのは、王弟殿下だった。


親しくお言葉を交わした事はないけれど、お顔位は当然知っている。

御年は30前後だったか。国王陛下よりも5つ年下で、3年程も前になる殿下の披露パーティーの折に、そのパートナー役を務めたセシリア姫の父親だ。

殿下がまだ成人されず、立太子されていない今は、王位継承権第一位の実質王太子殿下でもあらせられる。

確かに、殿下に帝王学の講義を行うには最適な人物といえるだろう。



陛下とよく似た面差しの彼は、僕を見てその垂れ目がちな目を瞬かせ、人好きのする笑みを浮かべた。

「今、世間で一番話題の筆頭殿に会えるとは。つまらない講義も役に立つものだね」


つまらない講義とは帝王学のことだろうか。

そのあんまりな言いぐさに僕が目を丸くすると、殿下が嫌そうに彼の袖を引く。

「叔父上、もう少し取り繕って下さい」

「何を言う。レヴィンだっていつも退屈そうにしているじゃないか」

クスクスと笑う王弟殿下は、その目を優しげに細めたまま僕に向き直った。

「レヴィンと親しくしてくれているそうだね。この子の子供らしいところを見せてもらえて感謝するよ」


何のことか分からない。

僕は微妙に視線をずらせたまま、頭を下げた。

「お言葉を賜り、光栄にございます。この度筆頭職に任じられましたユリアス・レイズと申します。ナイジェル殿下におかれまして「ああ、殿下はいいよ。面倒だ」

彼は手を振り、僕の言葉を遮った。

「知っているかい?この子はもう何日も前から、私の講義の時間の度に『ユリアス殿が来られたらそこで講義は終わりですからね』と言い続けていたんだよ」

「叔父上っ!」



その声に僕が思わず殿下の方を向くと、彼は盛大に顔をしかめていた。


でも王弟殿下──ナイジェル様は気にされた様子もない。

「きっと他の先生方にも同じ事を言ってたんだろうね、可愛いったらないだろう?さっきも、『今のは絶対ユリアス殿の声だからもう終わりです』と言ってサッサと片付けだすし、こんなにソワソワしてるレヴィンを見るのは初めてだ」

ぷふっ、と吹き出したナイジェル様は、とうとう本格的に笑い出してしまった。




王弟殿下がこんな気さくな方だとは思わなかった。


夜会などには殆ど出ていらっしゃらないので公式行事で遠目に見るのが精々のお方だったけれど、いつも気難しい顔をされていたから近づき難い印象しかなかった。

なんとなく居たたまれない思いで殿下に視線を向けると、彼は能面のような無表情になっている。

来たばかりだけど、もう帰りたくなってきた。



笑いの発作が治まらなくなったナイジェル様は、「また今度、ゆっくり話そう、ユリアス殿」と笑いながら言い、笑いながら殿下に部屋から追い出された。

その笑い声はドアを閉めるまで、遠ざかりながらも途切れることはなかったのだった。




ふと気づけば、いつの間にやら素知らぬ顔で、女官がテーブルにティーセットを準備している。


「叔父上にうっかり弱みをみせれば、こうなるとわかっているのにな」

テーブルについた殿下は、諦めきった口調でボソリと呟いた。

そのあとため息と共に小声で、母上といい叔父上といい……、と聞こえたのは気のせいかもしれない。





やがて殿下から何かの指示を受けた女官が出ていき、僕らはその部屋に二人きりになった。

いつものことだから、言われる前に防音の結界を張る。

そして殿下が口を開く前に頭を下げた。

先日の一件。幾ら殿下が怒っていないと確信していようが、謝らずに済ませるわけにはいかない。

そして案の定殿下は「いったい何の謝罪だ?」と首を傾げ、続く僕の言葉を「どうでもいい」の一言で切って捨てたのだった。




殿下にしてみれば、自分の魔力の暴走は自分の責任、ということになるらしい。そして、今日来てもらったのはその話だ、と彼は言う。




「ただ預けておけば済む、と思っていた私が間違っていたようだ。魔力(アレら)がここまでユリアス殿に懐くとは思ってもみなかった」

殿下はそう言った。


だけどそれは違う。懐くとかはともかく、僕はもう何年も前からずっと、ささやかなりとも異変を感じていた。それなのに放りっぱなしにしていたんだ。

わかるのは人の魔力とは違う、ということだけで、その本質さえも理解(わか)らないくせに軽く考えて、これくらいなら自分で制御できると高を括っていた。

僕はただの器なのだと自覚し、あんなことになる前に殿下に相談するべきだったのに。



項垂れる僕に殿下は告げる。

「だから、今日はユリアス殿にアレらの扱いを教えておこうと思う。二度とあのような悪戯をせぬように、な」


思わず顔を上げると、殿下は少し困ったように笑った。

「アレらは人の身には過ぎた魔力だ。頻繁に使えば身体を損ない、寿命を削るだろう。例えユリアス殿といえどもだ。──だが、最低限その魔力をもってして、アレらを支配しなくてはならない」


話しながら、殿下は席を立った。

途端、何をどうしたのか、今まで僕の中で沈黙していた魔力がさざめきだす。


「常に()()し続ける必要はない。その手段を覚え、アレらに思いしらせるだけでいい」

テーブルを回り込み、僕の隣に立つ殿下。

魔力はざわつき、まるで踊るように蠢く。



「つまらないことをすればこうなるのだ、と──」








弱みを握るのが一番有効だ、とその時殿下は言った。


「こんなふうに……」

魔力は、ピタリと静止した。

まるで台風の目に入ったかのように。或いは、泣きつかれた赤ん坊がコテンと寝入ってしまったかのように。





魔力はまるで殿下に怯えているようだった。

僕の中のソレらは萎縮し、息を潜め、ただひたすら恐ろしいモノをやり過ごそうとしている。そんな感じを受ける。



だけど──。


今までも散々、人の魔力とは根本から違うと思ってきたけれど、()()はいったいなんだ?











「ユリアス殿は、この魔力をどう捉えている?」

殿下は僕を見つめ、まるで心を読んだかのように、そう言った。



何の意図も含まない、そのただ真っ直ぐな視線でさえも、刺さる。



殿下の視線も、ダメなのか……。




平静を装いながら、考える素振りで目を逸らせた。










人の魔力というものは、そこにあるだけでは見えないし触れない。

それは自分の魔力でも同じで、誰もが使い切ることで初めて自分の魔力量を知るものらしい。

だから使い切ったことのない僕は、自分がどれ程の大きさの器を持っているのか、未だに把握できていないんだ。

ただなんとなく、こんなものじゃない……と大雑把な感覚で思うだけ。



だけど殿下の魔力は、それとは全く違っている。

僕の中には、明らかに殿下の魔力が棲みついていて、初めの頃のそれはまるで泥のようなもったりとした、或いは粘度の高いトロリとした液体のようなイメージだった。

それが、いつからだろうか。僕の中でどんどん違うモノへと変化していったのは。



「殿下の、この魔力は、……私には小さな羽の生えた妖精たちのように感じられます。賑やかで悪戯好きで、おせっかいな……。ただの勝手なイメージに過ぎないのですが」

考え考え口にする僕に、殿下は「ふむ」と口角をあげた。


「成る程。そういうふうに感じとれるのか。やはりユリアス殿は面白いな。──ならば、その妖精たちの弱点は何だと思う?」



弱点……?


そんなこと考えたこともなかった。



眉を寄せる僕に殿下は呟く。

「そういえば昔、私の魔力を光に喩えた奴がいたな」

「光……、ですか?」

「そうだ。感じ方は人それぞれなのだろう。だが、光の弱点と考えると曖昧で難しい。妖精ならばどうだ?」


確かに……。光に相反するものといえば咄嗟に『影』や『闇』が出てくるけど、それが弱点かと言われれば首を捻るしかない。


だけど僕のイメージするアレらの弱点は、と想像するならば……。


「羽……、でしょうか?」


僕の言葉に殿下はニヤリと笑う。

「いいな。羽で翔ぶものは、それをもがれることを何より怖れるだろう。ただ地上を這いずり回ることしかできなくなるのだから」



一瞬、殿下自身のことを言っているのかと思ってギョッとしたけれど、彼の表情には面白そうな色しか浮かんでいなかった。


「なに、心配するな。実際にやれとは言っていない。アレらはただの魔力であって、本当に羽が生えている訳でもないしな。但し──」


殿下は両手を使って、何かを毟り取る仕草をしてみせた。



──本気でやらねば舐められる──


僕の手を取り、うっそりと笑い、そう囁いたのだった。









ドアをノックする音に、ふと我に返った。

随分長い時間を、殿下の魔力と向き合っていたようだった。

彼はいつの間にか自分の席に戻り、すました顔でカップに口をつけている。


殿下の返事を得て入室してきた先程の女官が、にこやかに「ご用意が整いましてございます」と告げ、殿下は僕に向かって言った。


「少し遅くなったが、昼食の用意をさせた。食べて行くといい」



それで初めて気づいた。そこまで時間が過ぎていたことに。



僕が殿下の魔力と向き合っている間に手配して下さったのだろうか。それともそもそもの最初からそのつもりで女官に伝えていた?

どっちにしても、訪ねる時間をもう少し考えるべきだった。



だけど、僕が慌てたのを察したのか、殿下は少し眉を下げて言った。


「済まないのだが、少しだけ付き合って欲しい」







どうして殿下の方が申し訳なさそうな顔をするのか分からない。

怪訝な表情を浮かべる僕に、殿下は言った。



「父上と母上も一緒なのだ」

ここまで読んで頂き、ありがとうございました!



本文中に『能面』という単語が出てきますが、この世界には『能』なんてないので、当然『能面』なんてものもないんですよね。

慣用句なんかもそうなんですが、そういった言葉を避けてると上手い言い回しが見つからなかったりで、私の語彙不足のせいではあるのですが、頭を悩ませる事が多々あります。


実は今までにも『バカップル』や『漫才』等、うっかり使いかけて慌てて修正した事があったりだったので、今回からもういいやと開き直る事にしました(^_^;


ゆるふわ設定ということで許して頂ければ、と思います。



また、ここまでの話で気づかないまま使ってるところがあるかもしれませんが、それも合わせてそっとスルーでお願い致します。


また次回も読みに来て頂ければ嬉しいです。

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