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異世界で幸せめざしてみた!!  作者: ひなもとプリン
五章 過去編 ユリアスの事情
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34 やつ当たりの経緯

(こんな子!産むんじゃなかったっ!)









「……母上、ずっとそんなふうに考えておられたんですか」


半ば呆然としたまま僕が問うと、母上はシレッとした顔で言った。

「そりゃあそうでしょう?他にどんな意見があるというのよ」







「ーー出ていって下さい!」


「え?何、ユーリ!?どうしたの?」

「出ていって!」



戸惑う母上を無理矢理部屋から追い出した。

暫くノックと名を呼ぶ声が続いたけど、やがて諦めたように立ち去る気配がする。


ひとまず、僕の心をざわつかせる存在は消えた。

でも、


それでもまだ足りない。この空間自体が嫌だ。

『塔』の部屋に跳ぶか?でもあそこにも人は大勢いる。

これ以上、誰にも会いたくない!!









寝室に駆け込み、叩きつけるように閉めたドアに額を押しつけ、大きく息を吐いた。



その時、




「……ユリアス殿」

背後から遠慮がちな声が聞こえ、



驚いて振り向くと、ベッドの脇に所在無げに佇む殿下がいた。




「殿下……、どうして?」

それには答えず、殿下はゆっくりと近づいてきて、

「塔の部屋に引き続き、二度目の不法侵入だな」

自嘲するように唇の端をつりあげる。


ドアを背にして言葉もない僕の前に立ち、顎を反らして見上げた。



「遅くなってすまなかった。このところ、なかなか独りになれる時間がないのだ」


僕が無言でいると殿下はへにょりと眉を下げ、ジッと僕の目の奥を見つめた。

「ユリアス殿、……からかわれたのだよ」



「からか……われ、た?」



「そう。あれらに人の心を読む力などない。解るのは、宿主であるユリアス殿の胸中くらいだ」


シンと静まった部屋には、殿下の囁くような声だけ。


「……あれらはイタズラ好きで、浮かれて浮かれてユリアス殿をからかった。ただ、それだけなのだ」







殿下が何かしたんだろうか。僕の中の殿下の魔力は、今やコソリとも動かない。


いつから?



さっきの母上のあの言葉が最後だった?


アレクシスも?支配人も?あの給仕も乳母(ばあや)も?

母上のあの言葉も、全部が全部ただのイタズラだったと?





殿下は躊躇いがちに続ける。

「あれらは、ユリアス殿が無意識に『皆はこう考えているのではないか』、と思っているようなことを、耳元で囀ったにすぎない」








片手で顔を覆い、ズルズルとドアの前に座り込んだ。


殿下の言葉が本当ならあれらの囁きは全て、僕が自分の中で抱えている劣等感の現れだ。

だからこそみんなのあの酷い言いぐさを、何の反発心もなく受け入れた。




「……ユリアス殿?」



屈みこみ俯く僕の頭上から落ちてくる殿下の声。気遣うように伸ばされる手の気配。

だけど今はもう誰の声も、ーー殿下のその声すら聞きたくなかった。


「帰って、頂けませんか?」

俯いたまま、言葉を絞り出す。

「わざわざ来ていただき感謝します。暴走を鎮めて下さったことも。けれど少し疲れたので休みたいのです」


疲れた。これ以上ないほど疲れてしまった。



僕の言葉に、殿下の気配は動きを止める。

「わかった。だが、落ち着いたら私を訪ねてくるように。必ずだ。伝えておくべき事がある」


伝えておくべき事?

あとでもいいのなら全部後回しだ。


顔を上げないまま頷くと、「では失礼する」と言葉を残し、殿下の気配は消えた。


あとには何も残らなかった。残滓さえも。


在るのは、すっかり大人しくなり僕の中にたゆたう殿下の魔力だけ。



僕は部屋着のままベッドにもぐり込み、膝を抱えて海老のように丸くなった。まるで小さな子供のように。


頭は空っぽにして何も考えない。

気が滅入るようなことは一切考えない。

空っぽにして、丸くなって時間が過ぎればきっと、このやり場のない怒りとか悲しみとか悔しさ、恥ずかしさとかのいり混じった名前をつけられない感情も薄れていく筈。


そしていつしか、僕はまた眠ってしまった。










目が覚めるともう薄暗くなっていた。

いったい何時間寝たんだろう……と虚ろに考え、辺りを見回して殿下のことを思い出した。

半ばぼんやりしていた頭が瞬時に覚醒する。


どうしよう、殿下に八つ当たりしてしまった。


真っ先に思ったのはそれだった。





今回のことに関して、殿下には全く非がない。

廃坑へ行ったあと活性化した魔力に気づき、声をかけてくれた殿下に『問題ありません』と答えたのは僕だ。

のみならず、暴走した魔力を押さえきれなかった僕のために、わざわざここまで出向いてくれた。


そんな殿下に、僕はいったい何を言った?


帰れ、と。

疲れたから休む、と追い返した。形だけの感謝の言葉を投げつけて。

これが八つ当たりでなくて何だっていうんだ?




合わせる顔がない、とはまさにこのことだった。





眠る前とは全く別の理由で鬱々としているとドアが細く開き、隙間から乳母がそっと顔を覗かせる。



「ばあや?どうしたの?」

声をかけると、乳母は静かに入ってきた。

「頭痛がすると伺いましたが、どんな具合ですか?」

その口調にも表情にも、心配以外の色は見えない。

さっきの乳母のあの囁きも、何年も家へ寄りつきもしなかった僕自身の後ろめたさからきたものだった?



「少し寝たらかなりマシになったかな。迷惑かけたね」

笑顔を作って言うと、乳母は顔をしかめる。

「私にまで気を遣わなくていいんですよ。でもまだ顔色が悪いですね。何か欲しいものはありますか?」


少し考え、答える。

「できれば、お風呂に入りたいな」


アレクシスに会う前に入浴したきりだったし、嫌な汗をたくさんかいた気がする。





『塔』には常に水と火の魔法使いがいるから、まるでその特典のようにお風呂はいつでも入り放題だ。

だけど普通、人手も手間も水も大量に必要な入浴というのは、それなりに贅沢だったりする。

貴族の邸ではともかく、庶民となると家の浴槽は水を溜めるタンク代わりに使われていることが多いし、入浴は公衆浴場が一般的。そこへ行かない日は身体を拭いて済ませるのが精々だ。

貴族の子弟が多い騎士養成学校でも、入浴こそ毎日出来たものの各部屋に浴室がついていたりはしなかったし、大きな浴場に多人数が一度に入るのが当然だった。


まだ邸にいた小さい頃は、何もわからないまま当たり前のような顔をしてお風呂を使っていたけど、僕の部屋の浴室に準備される温かいお湯に、どれほどの労力がかかっているのかを知っている今となっては、多少気兼ねしてしまうのは否めない。



だけど、僕の言葉を聞いた乳母は顔を輝かせた。

「あらまあ、今ちょうど水売りが来ております。水でよろしければ、ここへ直接入らせてもよろしゅうございますか?」

乳母は当然、僕が自分でお湯を温められる事を知っている。



水売りというのは、週に2~3度契約した家や邸を訪れ、数日分の水を大きな瓶やタンクに満たしていく水属性の魔法使いのことだ。概ねはCランクの仕事だけれど、貴族の邸なんかは使用人の人数などもあり相当量の水を必要とするから、Bランクの魔法使いと契約することが多い。Bランクといっても登録されるほどの能力はなく、そうやって水売りをしているのはギリギリBランクに引っ掛かったような魔法使いが殆どだった。






それで構わない、と僕が言うと、乳母はすぐさま誰かを連れてきた。


浴室は寝室の奥にある。

乳母に先導され、ベッドの縁に腰かける僕の横を通り過ぎるとき、一瞬だけ僕の方をうかがい見るような視線を『誰か』から感じた。


恐らく乳母からキョロキョロしないように、ましてや僕に話しかけたりなど絶対にしないように、と言い渡されているんだろう。


全く興味のない僕はそちらに目を遣りもしなかったけど、地味な色合いの魔法使いのローブだけが視界の端に映った。






師匠は浴槽に水を張る程度なら数秒もかからずしてのける。

Aランクの水の魔法使いである彼女と比べるのは酷というものだけど、僕の部屋の浴槽に水を張りにきた誰かは5分程もかかったようだった。

それが世間の基準で速いのか遅いのかは分からない。

けど師匠のスピードに慣れきっていた僕には、少しまどろっこしく感じられた。



後ろ手にベッドに腕をついて身体を支え、ぼんやりと待っていると、漸く水を張り終えたらしい誰かと乳母が浴室から出てくる。


僕の横を通り抜けざま、その誰かが突然足を止めた。

「あのっ、筆頭さまでいらっしゃいますよね?突然ですみませんっ!私どうしてもお祝い申し上げたくて、それにその……、お訊きしてみたいこともあって!」

両手を揉み合わせるようにして僕に話しかけてきた『誰か』は、まだ20代くらいの若い女性だった。


乳母がギョッと目を剥き制止しようとするのも構わず薄笑いを浮かべ、更に話しかけようとしてくる『誰か』。その『誰か』を無視し、ゆるりと立ち上がった僕は浴室へ向かった。


後ろから乳母が『誰か』を叱りつける声が聞こえてくる。


当然の話だ。


僕は学生時代、騎士道精神ーー所謂『女性(弱き者)に優しくあれ』、というものを叩き込まれている。

だけど、今ここは僕の極めてプライベートな空間だ。

『誰か』は何かに困っている訳でもなく、僕に助けを求めている訳でもない。更に言えば僕は雇用主側の人間であり、『誰か』はただの契約した魔法使いでしかない。僕にとっては顔見知りですらなかった。


あんなふうに声をかけられて、僕が返事しなければならない義理なんて、何処にもありはしない。





浴槽の前に立ち、お湯にしようとしたところでなんだか嫌になった。


僕を『筆頭』という記号でしか認識しない人間が、僕が使用すると解っていて準備した『水』。

途轍もなく気持ち悪い。


暫く逡巡した挙げ句、結局何もせずに寝室へ戻った。


そこには既に誰もいない。

もうこのまま、『塔』に帰ろうかな。



昨夜着ていた外出用のローブを羽織りフードを深く被る。そこへ執事を伴い戻ってきた乳母は、僕の姿に驚き叫んだ。

「ユリアス坊っちゃん!何処へ?」


「うん、もう塔に戻ることにした。お風呂はやめておくよ。ごめんね、あの水は洗濯か掃除にでも使って?」

「そんなっ!さっきの水売りならあの場で契約を解除致しました。己の分もわきまえずあのようなことをしでかしてっ!」


乳母の、そのあまりの剣幕には苦笑するしかない。

「それはもういいよ。急に馘にしたりしたら、うちが困るんじゃないの?」


滅多に戻りもしない僕の為に邸の皆を振り回す訳にはいかない、と後半を乳母の背後に立つ執事に向けて言ったけど、彼は肩を竦めてみせた。

乳母は相当に怒っている。

「何も困るもんですか!ここと契約したがる水売りは幾らでもおります!次はあのような不心得ものとうっかり契約しないよう、執事殿と二人きっちり調べますとも!」


そこまで言われたら僕には何も言えない。乳母と執事に全部任せることにして、もうひとつ気になっていることを訊いた。

「ね、それよりもばあや。昨夜(ゆうべ)だけど、もしかして一晩中僕についていてくれた?」

「え?……ええ、まぁ。目を覚まされるまでは心配でしたので。でも急にどうしてですの?」

何故か乳母は歯切れが悪くなった。


「少し気になっただけだよ。何をソワソワしてるの?看病の途中で居眠りしたからって、怒りやしないよ?むしろちゃんと寝てくれないと、身体を壊されたら困るんだから」

僕の軽口に、乳母は口元を綻ばせた。「ちゃんと寝させてもらいましたから大丈夫ですよ」


それで僕はてっきり、本当に乳母が居眠りしていたのだ、と思い込んでしまった。



この時もっとちゃんと話を聞いていたら、と考えないでもないけど、それはもっとずっと後になってから思ったことだ。

この時の僕は落ち着いているようでいて、頭の中はまだ何も整理できていなかった。


そうして僕は、「せめて旦那様とアーノルド坊っちゃんがお戻りになるまでお待ち下さい」と引きとめにかかる執事と、縋りつく乳母を振りきるようにして邸を後にしたのだった。

ここまで読んで頂き、ありがとうございました!


今更ですが、最初の頃このユリアスさんの章を10話で終わらせるつもりでいたとか、自分でもどんな展開にするつもりだったのか全く思い出せません。


そして、幾らなんでも30話まではいかんだろうとか、あと数話かなとか、いったい何の根拠があってそう思っていたのか……。ジブンガワカラナイ……。


今は控えめに、50話までに終わればいいなあ、と思っております。


全くもって申し訳ございません。

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