35 騎士団を巡る騒動
祝賀パーティーが終わったあと、父上は末の弟を連れて領地の視察に向かったのだそうだ。
アーニーは領地経営の為の勉強をしているから、きっとその一貫としてだろう。
『今晩にもお戻りになられますから』と引きとめる執事をどうにか丸め込み、邸の馬車を出してもらった。
塔へ向かう馬車の中で、僕はつらつらと考える。
いったい何処から何処までが僕へのイタズラなのか、と。
例えば、アッシュと呑んでいるときに聞こえてきた、王立騎士団長のものと思われるあの言葉は?
以前のパーティーやなんかで、殿下の魔力が運んできたどこかのご令嬢たちのさざめきや学校の同級生たちの言葉は、彼らが本当に口に乗せた言葉だった筈だ。
あのとき殿下は、魔力にずいぶん気に入られたものだと驚いていたし、殿下自身も同じようなことをされるとも言っていた……と思う。少なくとも、魔力にからかわれた、なんて話にはならなかった。
僕は王立騎士団長を個人的には知らないし、向こうも僕を魔法使いとしか認識していないだろう。それに、あの時運ばれてきた言葉は僕に関することではなく、恐らくはダニエルとかいう副騎士団長とアッシュに対する不満の数々だと思われる。
だとしたらあの囁きは、以前と同じく騎士団長本人が口にした言葉を殿下の魔力が運んできた、とみるべきだ。
内容から考えれば独り言を呟いたといった風情だったけど、案外筋肉バカも何処かで独り、酒でも呑んでいたのかもしれない。
じゃあアレクシスや『マウリア』の支配人は?
給仕や乳母の『言葉』は?
彼らのものだと思ったあの辛辣で思いやりのない『言葉』の数々は、殿下の言う通り僕の内心の吐露だったんだろうと思う。
彼らはそんなふうに思ってるんじゃないか?……と僕が心の奥底で考えたことを、殿下の魔力が引きずり出し、あらわにした。
そして、恐らくは母上も。
母上のものと思ったあの言葉も、きっとそうなんだろう。
そう思うのに、
(こんな子、産むんじゃなかったっ!)
あの言葉が耳にこびりついて離れない。
あの言葉は、単に僕の心の内を映しただけのものの筈だ。
だけど、本物の母上自身なら、絶対にそんなことは考えない……なんて果たして言えるのか?
これまで散々好き放題してきたし、生意気なことも言った。こんな可愛気のない子供、僕だって願い下げだ。
そんな気持ちが、きっとあの言葉を囁かせた。
でも、ーーーー。
今までどうして無邪気に信じていられたのか。
母上ならきっと、僕が何をしようが何を言おうが、例え表面では怒ってみせたとしても、それでも僕を本気で嫌ったりはしないだなんて。
僕の甘えと、そして幼い頃からの母上との記憶に基づく絶対的な安心感。
それが、
あれを聞いてしまった今となっては、あの言葉こそが母上の本心なんじゃないか、という不安が沸き上がってきてどうしても拭えない。
アレクシスや乳母の時は、そんなふうに思われてても仕方ないか……としか感じなかったのに、あの言葉だけは刺さった棘のようにいつまでもジクジクと痛み続けていた。
それにしても基本呑気な母上が何故、今になって急にフェリシアとの話を進め始めたんだろう?
父上とは当然話し合ってるにしても、僕に一言告げる余裕もなく、だ。
彼女の年齢がどうとか言ってたけど、絶対それだけじゃないと思う。
だけどもう考えたくもなくて、塔に戻った僕はそれからの約半月、殆ど全てを最上階の筆頭の居室に引きこもって過ごした。
こんなとき、『筆頭』という記号は便利だ。『塔』のあらゆる雑務から解放されているから、誰に干渉されることもない。
ただ、殿下を訪ねる約束だけが頭の中で渦巻いていた。
幾ら期日を定めていないとはいえ、そういつまでも引き延ばせるものでもない。
あの時の、殿下に対する失礼極まりない態度を早々に謝罪しに行くべきなのは分かっているし、憂鬱なことはサッサと終わらせた方がいいとも思っている。
殿下はきっと怒ってなどいない。
それは確信に近いし、会いに行くなら早ければ早い方がいい。
なのに、どうしても腰をあげられずにいた更に数日後、その話題が僕の耳に飛び込んできた。
「へぇ、次は王立騎士団長なのか?今度はまたどうして?」
広い王宮内には幾つかの食堂が点在している。例えば王宮の奥にある食堂は、奥勤めの役人や女官たち、高位の貴族たちも利用するし、騎士団の訓練所近くの食堂ならほぼ騎士たちの貸し切り状態だ。
そして塔から一番近いこの食堂は、王宮内の施設にしては比較的庶民的な雰囲気で、魔法使いたちの他に下級役人や下働きの下女たちも多く利用していた。
「王立騎士団長がどうかしたの?」
突然声をかけた僕に吃驚して顔を向けたのは、後ろのテーブルに座っていた40歳くらいの塔の魔法使い二人だった。
僕は例によってローブを着込みフードを被っていたけど、一度認識すればすぐに僕だとわかったらしい。
カウンターの隅の席に座っていた僕は、四人掛けの席に二人で陣取っていた彼らに手招きされるまま、近くにいた女給に合図してテーブルに移動する。
既に食べ終えていた彼らは食後のお茶を飲んでいるところだったので、僕は一人運ばれてきた料理を食べながら、彼らの話を聞くことにした。
王立騎士団長が病気療養を理由に急遽退任した、と僕の質問に答えてくれたのは、テーブルの向かい側に座る土の魔法使いだ。
王立騎士団長が、筆頭試験や祝賀パーティーを欠席する理由として体調不良を掲げていたのは間違いなく仮病だった筈だ。それがまさか急に本物の病気に罹ったとか?
目を丸くする僕の隣で、風の魔法使いが口を開く。
「けど、ついこの前近衛騎士団長が退任した理由も病気だったよな?」
「何か騎士団長だけに感染する流行り病でもあるんじゃないのか?」
まるで笑い事のように話を進める二人に、思わず口を挟んだ。
「ちょっと待って!近衛騎士団長も退任したの?いつ?あの団長って、就任してまだ1年かそこらだよね?」
アレクシスと騎士団長の話をしたのは、まだつい先日のことだ。
二人は一斉に、隣と前から呆れた視線を送ってよこす。
「世事に疎いにも程がある」
「立派な地位に就いたんだから、王宮内の大きな事件くらいは把握しとこうぜ」
どうやら僕が引きこもっていた間に、世間では色々あったらしかった。
僕が筆頭職を獲った直後、『塔』での僕の扱いはなんだか微妙なものになっていた。
僕が筆頭試験を受けることは直前まで徹底的に伏せられていて、『塔』の長官でさえ知らされたのは最初の試験の日取りが決まってからだったらしい。
その後、試験日が二転三転したため『塔』の魔法使いたちに発表されたのは試験当日の朝となっている。
それもあってか、『筆頭』獲得後しばらく『塔』に近づかなかった僕が久しぶりに彼らの前に姿を現したとき、みんなは僕をどう扱っていいものやら戸惑っていたようだった。
気持ちは分からないでもない。
成人してからひょっこり『塔』にやって来た変わりだねの新入りが2年程も留守にしていたと思ったら、あっという間に彼らが待ち焦がれていた『筆頭』になってしまったんだから。
だけど、そんな腫れ物に触るような扱いを受けてたんじゃ僕もやってられない。
それで、先ずは僕のことを『筆頭』と呼ばないよう頼んだ。当然『様』付けもなしだ。
それでも躊躇う彼らに、特別扱いするならもう『塔』には近づかない!と宣言した。
するとガルス率いる火の魔法使いたちが、『なんでギリギリまで黙ってやがった水臭ぇんだよっ!』と啖呵をきり、みんなを巻き込んでひと悶着起こした結果、こうして僕は以前と同じような扱いを受けている。
以前よりも若干可哀想な子扱いされてる気もするけど、これはまだ若いのに重責のある地位に就いて大変だなあ……、というようなことらしい。
決して本気でバカにされている訳ではない……、と思いたい。
ともあれ、あらゆる理由で元々『塔』では多少浮いた存在だった僕に、『筆頭』という称号が加わっただけだ、とみんな自分を納得させたようだった。
尢も長官だけは、『示しがつきませんから!』と敬語を崩さないけど、そのわりには敬語のまま言いたい放題なので、密かにみんなの笑いを誘っていたりする。
そんな感じで、二人の魔法使いが世間知らずの子供に話して聞かせるようにかいつまんで教えてくれたところによると、近衛騎士団長が体調不良を理由に突然退任したのは1週間ほど前のことらしい。
アレクシスと話したのはその更に10日ばかり前だ。
あのときアレクシスは、近衛騎士団長にそんな徴候がある、なんて言っていなかったと思う。話も途中だったし、最後の方は何を言ってるのかもよくわからなかったけど。
そして昨日、王立騎士団長が突然退任した。
しかも理由が『病気療養のため』だとか、あり得ないだろう。
アッシュからもそんな話は聞いてないし、魔法使い相手の公務はずる休みなのか?という僕の問いには、ほぼ肯定していた。
つまり、筋肉バカは決して病弱な訳じゃないってことだ。
その考えは、突然ストンと落ちてきた。
何をどうしたのかなんて、僕にはわからない。
だけどこれは殿下だ。きっと殿下が何か糸を引いている。そうとしか思えなかった。
祝賀パーティーで欠席の二人を話題にしたとき、殿下は『好き勝手なことをしてくれる』、と獰猛にも見える笑顔を見せていた。
あのときにはもう既に、こうなる事が決まっていたということなんだろうか。
二人の魔法使いの話はまだ続いていた。
近衛騎士団長の後任は副騎士団長と決まり、もう新しい体制で動き出しているそうだ。副騎士団長といえば、祝賀パーティーに名代で来ていたあの生真面目そうな男のことだろう。
アレクシスの話では、通常は副騎士団長が繰り上がって騎士団長に就任するものだというから、これは順当な流れだといえる。
副騎士団長と第1騎士隊長が争ったという前回が異例だったんだ。
あれ、だけど?
僕は話の切れ目を待って、そういった事情に詳しそうな二人に訊いてみた。
「ね、前回のときの話だけど、副騎士団長と争ったっていう第1騎士隊長はどうなったの?」
また可哀想な子を見る目で見られてしまった。
「今頃その話題とか、浮き世離れなんてもんじゃないだろう」
「しかもそこまで知ってて、なんで結果を知らないんだ」
そんなこと言われても、アレクシスの話が途中になってしまったんだから仕方がない。
すっかり駄目な子認定された僕は、順を追って説明してもらった。
一年前、副騎士団長が騎士団長に就任する際、同時に空席となった副騎士団長のポストに収まったのが、当時騎士団長の椅子を争った相手、第1騎士隊長だったらしい。
これは長引く近衛騎士団の内部抗争に終止符を打つため宰相から出された案だとかで、副騎士団長に就任した元第1騎士隊長はそのまま次期近衛騎士団長と認定された形になり、第1騎士隊長派だった人々を無理矢理納得させたのだという。
とはいえ大して歳の差がない二人だから、騎士団長が問題なく任期を全うすれば、副騎士団長の出番はほぼないだろうと思われていた、ということだった。
「それがどうだ。それから1年かそこらで近衛騎士団長は退任。元々の第1騎士隊長は晴れて騎士団長に就任した、ときたもんだ」
「結局、前々近衛騎士団長の思い通りって事だろ?それで漸く騒ぎが収まったと思ったら今度は王立騎士団だからな」
「余所の揉め事は面白いけど、君にとっちゃあ他人事でもないんじゃないのか?」
僕の叔父が『塔』の最高責任者のローズウェイ公爵で、その息子のアッシュが王立騎士団の上層部にいることは『塔』ではもう周知の事実だ。
「ということはさ」
何も知らない僕は訊くしかなかった。
「アッシュも何か揉め事に巻き込まれてるの?」
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます!




