31 蠢く
たいへん間があいてしまいました。
新年一発目は『異世界で~』です。
今年もノロノロとナメクジ更新になりそうですが、少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです。
舌舐めずりするようにリックスをいたぶる騎士団長の前に割って入り、わざと自分に注意を引き寄せ、煙にまきつつ手合わせを持ちかける。
そんな無茶なやり方で、アイツから目を逸らさせることを何度も成功させたアッシュは、陰で『猛獣使い』の名を欲しいままにしていたらしい。
尢も『筋肉の国の住人』にとっては筋肉が全てだ。アッシュのとった方法はいたく彼のお気に召したようで、やがて新人いびりなんかより余程面白い、と認定されてしまった。
そして標的は完全にアッシュに移行した。
だけどそれこそがアッシュの狙いだったんだ。
アッシュは元々学生時代から剣技には定評があった。今はもう実戦経験のない頭でっかちの新人でもない。
筋肉自慢の騎士団長を翻弄できる程ではないにしても、そこそこ食らいついていける実力はあったわけだ。
「副騎士団長に声をかけられたのはその頃だな。補佐官に任命するから、今の要領で団長を邪魔にならないよう転がしておいてくれ、って」
「邪魔にならないよう転がす?どうして副騎士団長が自分でそれをやらないのさ。だいたい、そいつは何してるの?」
目を眇める僕にアッシュは慌てて手を振る。
「あいつはそれどころじゃないんだよ!ダニエルが副騎士団長になったのは6年程前なんだけど、その前からずっと団長とその従卒の様子がおかしいって思ってたらしくて、副騎士団長に任命されたのを機に早速そこを突いてみたら、あの団長自分の書類仕事全部従卒にさせてたそうなんだ」
「……え?全部ーーって全部?何もかも、なの!?」
「そう、なにもかも……だ」
目を剥く僕に、アッシュはため息をついて見せた。
従卒というのは、騎士団長や副騎士団長クラスの高位の騎士にだけつけられる、身の回りの世話から仕事のサポートまでする騎士のことだ。
もちろん弟みたいな新米じゃなくて、ちゃんとしたベテランの騎士が任務にあたる。
でも、だからってーー。
僕は学校で習った範囲でしか知らないけど、筆頭試験への出席が義務付けられている事でもわかる通り、騎士団長というのは国の要職だ。その書類仕事というのが多岐に渡り、重要な機密を含むものだというのは想像に難くない。
それを全部従卒にやらせてただって!?
呆れた僕に、アッシュは更に言いつのる。
「それも共謀とかじゃなくてさ、命令で無理矢理なんだよ。そして前任の副騎士団長は、それをずっと見て見ぬふりしてたんだ。その他にも色々あって、今更団長の責任を追及しようものならあちこちに飛び火して大騒ぎになるのは必至で、その従卒もただでは済まされなくなるからって、ダニエルは一旦全て腹におさめることにした。従卒は配置を変え、団長には改めて己の責務を果たしてもらおうとしたんだ。ところがーー」
酔いが回ったせいか、結界で声が漏れないという安心感からか、アッシュは饒舌だった。
そのダニエルという副騎士団長がどんなに丁寧に指導しおだてても、逆に脅してみても同じだった。騎士団長は碌に書類も読まず適当な処理しかしないため後々のチェックが必要で、結局二度手間三度手間になる。そうして1年も経つ頃には、副騎士団長は自分の仕事のみならず、騎士団長の分の仕事まで抱え込んでしまっていた。
そんな経緯を、水のようにエールを流し込みながら語ってくれた。
つられるようにグラスを傾けるうちに、僕もいつの間にか随分酔ってしまっていたみたいだった。
(ーー意気だ生意気だグャグチャと口煩い彼奴生意気だが彼奴がいれば役に立つから見逃してやってるんだ)
(ーーなんてくそ生意気な奴だ俺を見下すような目で見やがって今にみてろ)
(ーーあの腰巾着の彼奴も生意気だ公爵家だかなんだかしらんが所詮魔法使いの世話役だろうここにいる間は俺が法律なんだいつもいつものらりくらりとかわして逃げやがって今に目にもの見せてーーーー)
僕の耳元で押し殺したような声が呟く。
公爵家っていうのはアッシュのこと?
それならこれは王立騎士団長の言葉なのか?
ざわりと蠢く殿下の魔力。酔いのせいで抑えがゆるんだ?
そのときはそう思っただけだった。
「ーーーーニエルはもう、自分でやった方が早いって開き直ってるからさ。副騎士団長には団長の代理を務める権限もあるし、団長には最低限のサインだけさせて、後は全部自分が引き受けてるんだ。でもあの騎士団長、時間が余ったからって新人いびりにますます熱が入るし、つまらんことにチョッカイだすしで、いい加減切れかけてたとこに俺が目についたって訳だよ」
「なるほどね。それでアッシュは、副騎士団長付き補佐官の名の元に王立騎士団長のお守りを務めることになった……って訳だ」
「そういう事だな。けど、もう3回に1回は取れるようになったぞ。打ち合ってて団長の歯止めがきかなくなったら、仲間が理由をつけて割って入ってくれるから、心置きなくやりあえるしな」
頬杖をつき、そう言ってニッと笑うアッシュもやっぱり立派な筋肉の国の住人なのかもしれない。
「ところでさ、副騎士団長とはそんなに親しい仲なの?」
「えっ?えっ?なんで……っ!?」
慌てるアッシュに冷たい視線を送った。
「気づいてないとか……。さっきから何度もダニエルって呼び捨ててるよ。仮にも上官でしょ」
「うわっ、人前では気をつけてたのに……」
やらかした、と顔をしかめるアッシュは相当ダニエルとやらに気に入られているらしい。
いや。この様子だと、きっとお互いに気に入ったんだろうな。アッシュは気の合う相手を見つけたら身分差も年齢差も気にしない。あの護衛がいい例だ。
そのダニエルとかいう副騎士団長も同じタイプなのかも。
なんとなく面白くなくて少し眉間にシワを寄せたら、「ユーリの前だからつい気を許してしまった。他の奴の前ではこんな失敗したことないんだけどな」とアッシュが苦笑するもんだから、あっという間に気分が浮上する。それがまた面白くなくて、我ながら面倒くさい性格だと自分に呆れたのだった。
アレクシスと会ったのはその翌日のこと。
場所は違えど、僕らは二人とも同じ王宮の敷地内に住んでいる。馬車を出すほどでもないだろうと、通用門の外で待ち合わせていた。
近衛騎士団に配属された知り合いも多いけど、彼らのほぼ全員が恐らく親衛隊絡みで、険悪とは言わないまでも疎遠になってしまっている。
ジュリはまだ新米で上層部の裏事情なんて分からないだろうし、どうしたものかと考え、思いついたのがアレクシスだった。
彼が卒業したのは親衛隊なんてものができる何年も前だし、恐らくその影響はないだろう。それでも、もし万が一断られたならまた別のルートを探すまでのことだ。
そんなつもりで出した使いは、二つ返事の了承を得て戻ってきていた。
僕と顔を合わせたアレクシスは先ず『筆頭』獲得の祝いを述べ、次にアッシュと同じように祝賀パーティーの不参加を詫びてきた。
但し、アッシュと彼とでは全く事情が違う。アッシュは仕事が忙しくての不参加だったけど、アレクシスの場合はそもそも招待されていなかったらしい。確かにあの日、ロチェス伯爵とその長男は挨拶に来ていたけど、次男であるアレクシスの姿はなかった……ような気がする。全然気にしていなかった。
「父上や兄上に、名代として出席したいって頼んだんだけど譲ってもらえなかったんだ。君と親しくしている僕が出席した方が、きっと君も喜ぶって言ったんだけどね」
少し唇を尖らせて言うアレクシスに、しおらしい顔を作ってみせる。
「その気持ちだけで充分だよ。今回のパーティーは王家の主催だから、招待客についても一任していたんだ。アレクシス先輩に招待状がいかないなんて、きっと何かの不手際があったんだね。申し訳ないことをしたよ」
さすがは殿下!と思いながら心にもないことを言うと、アレクシスは慌てて手を振った。
「とんでもない!あの祝賀パーティーはまだお小さい殿下の初の御公務だというじゃないか。手違いがあっても当然だし、ユリアス君が謝ることじゃないよ……あ、こんな呼び方はもう失礼なのかな?家格でも肩書でいっても君の方が遥かに上だ」
少ししょぼんとしたアレクシスは、近衛騎士団第5騎士隊の中隊長を務めているのだそうだ。
アレクシスにしては上出来の出世だと思う。
「でもそれじゃあ、アレクシス先輩は僕のことをなんて呼ぶつもりなの?肩書で呼ばれるとか絶対に嫌なんだけど?」
全く知らない相手ならともかく、それが誰であろうと知り合いから『筆頭さま』だなんて呼ばれたくはない。だから、これはかなり本気で言ったら、「じゃあ、今まで通りでも構わないのかな?」と嬉しそうな顔になった。
もちろん、と僕が頷くと「それなら」と彼は言う。
「僕のことはアレクシス、と。お互い、もう卒業して何年も経つのにいつまでも先輩後輩でもないだろう?」
正直、心の中では昔からずっと『アレクシス』と呼び捨てていたので、僕にとっては全く違和感がない。この場合の呼び捨ては当然親しさの表れではないけど、そんなことは黙ってればわからないだろう。
僕が嬉しそうに、「じゃあアレクシス、これからもよろしくね」と笑ってみせると、彼もまた嬉しそうに顔を綻ばせたのだった。
アレクシスを連れて行ったのは、僕の母上がまだ子供だった頃から懇意にしているgrand maison『マウリア』。
つまり元々はローズウェイ公爵家の、そして今ではレイズ侯爵家の御用達でもある店だ。
かつて王宮の総料理長を務めていた男が退職後に開いたこの店は、完全予約制で看板も何も出ていない。紹介者がいなければ足を踏み入れる事もできない、極端に客を選ぶことでも有名だった。
どうやら初めて訪れたらしいアレクシスは、噂の『マウリア』だと気づいたのだろう。門の前で瞠目する。
みっともなくキョロキョロされたら連れてきた僕が恥ずかしいな、と一瞬警戒したのだけど、一応伯爵家を名乗るだけのことはあり、それ以降は堂々と振る舞って僕をホッとさせた。
予約の時間よりほんの少し遅れて到着したためだろうか。ホールには既に案内人が待っていた。
だけど、その白髪の人物を一目見て内心驚く。かくしゃくとした小柄なその老人こそが、この店の支配人だったからだ。
支配人は以前この店の料理長だった人物で、この店を開いた本人でもある。
料理長の座こそ数年前弟子の一人に譲ったものの、『愛娘の名を冠したこの店に見苦しい客は寄せつけない』をモットーに、今も支配人として店の管理運営に目を光らせていた。
ともあれ、いつもなら案内に出てくるのは給仕長だ。
子供の頃からもう幾度となく通っているけど、これまで支配人が最初に顔を出したことなんてないし、彼は食事が終わった頃に挨拶にくるのが常だった。
今までになかった事態を怪訝に思っていると、彼は目を細め口元に笑みを浮かべた。
「お久しぶりです、ユリアス坊っちゃん。この度は素晴らしいお役目に就かれたとのこと、心よりお慶び申し上げます」
ああ、なるほど。それを言祝ぐために現れたということか。
腑に落ちた思いで支配人に言葉を返し、僕たちはそれぞれローブと上着をクロークに預けた。
支配人と目礼を交わしあったアレクシスは僕に期待の目を向けたけど、彼を紹介するつもりはない。
迂闊に誰かを紹介すると、そいつがこの店で何か問題を起こした時に僕の責任になるんだ。余程信頼できる人でないと紹介なんてできっこない。
僕が目を逸らすと、アレクシスは僅かに肩を落とした。
それが起こったのは、先に立ち案内役を務める支配人に続いて歩き出した時だった。
耳元で誰かの押し殺した声が囁く。
(ユリアス坊っちゃんが初めてご友人を連れて来られるというから見に来てみれば、凡庸だと噂のロチェス家の次男坊とは……)
ギクリとして、思わず足が止まった。
その言葉は、目の前の支配人からとしか思えなかったからだ。
ここまで読んで頂いて、ありがとうございました!
ブクマ・評価も本当にありがとうございます。(感想、誤字脱字報告もとっても嬉しいです)←小声。
このあとしばらくは『異世界で~』に集中して、ユリアスさんの章をおわらせようかな……と思っております。
とかいって、急に衝動にかられて違うのを書き始めたりするんですけどね(^_^;)
他の書きかけのやつも気長にお待ちいただけたらありがたいです、スミマセン。
次はもう少し早めに……、更新できたらいいなぁ。




