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異世界で幸せめざしてみた!!  作者: ひなもとプリン
五章 過去編 ユリアスの事情
70/92

29 閉ざされた洞窟の奥に

僕が強固な結界の奥に隠されたその場所に赴いたのは、1週間程前の事だった。


以前は火の魔法使いとして、他の魔法使いたちと共に徒歩で向かったその場所に、今度は転移の魔法陣を描き一瞬で跳んだ。







初めて行く土地勘のない場所に転移するのは、実はかなり面倒くさい。

まず、転移する先の最低限の手がかりが必要になる。

知っている人、又は特別な物、或いは詳細な地図などだ。

更にそこから座標を特定するのに相当の時間が必要で、転移するその見知らぬ場所に邪魔になる異物はないか検知するのにもそれなりの時間がかかる。

だから僕も、以前実験的に数回試してみたことしかない。


それに比べれば、過去訪れたことがある場所に転移で移動するのは簡単だった。

その場所を思い描くだけでおおよその座標を探せるし、あとは転移できる場所を特定し異物の検知をするだけでいい。


そこに僕が刻んだ魔法陣があれば、話はもっと簡単になる。座標の確認は必要ないし、検知も一瞬で終わるからだ。



師匠のアパートと、研究所の師匠の研究室を繋いだそれは、僕が初めて刻んだ転移の魔法陣だった。




僕が師匠の部屋へ転がり込んでまだ数週間。


あるどしゃ降りの朝、『外に出たくない』と師匠がため息をついた。

水属性の彼女にとっても、ここまで酷い雨は鬱陶しく憂鬱なものらしい。

そんな師匠をみて親切心で風を呼び雨雲を散らそうとしたら、いつもそんなことをしているのか、と青筋をたてて説教された。

世間には雨が降らないと困る人たちがたくさんいるのだそうだ。

なのに僕が安易に気象を変えたりすると、それらは巡りめぐって何時か僕らにも返ってくるのだという。今までそんなこと考えもしなかったので驚いた。

『好き勝手にそんなことしちゃって、水不足で野菜が美味しく育たなくなったらどうすんの!』 と怒った師匠は、その怒りの原動力の殆どが食い意地だった。


結局その日僕らはズルをして、転移で研究所へ移動した。こんな大雨の日に外に出るなんて僕だって御免だったから。




だけど、そんな経緯で空間魔法も使えることを初めて明かした僕に、師匠の反応はどこかずれていた。


『ユーリちゃん、いったいどこまでお買い得なの?』

買われた覚えはないし、普通の人は絶対そんな反応はしないと思う。



師匠の部屋に刻んだ魔法陣は、その時『転移門を使わずに転移するなんて初めて!』 とはしゃぐ師匠をみて思いついたものだった。


彼女の部屋は3DKの賃貸のアパートだ。1部屋を師匠が使っていて、物置になっていた残り2部屋の荷物を片付けたら1部屋に全て収納できてしまった。そうして空いた部屋に僕が居ついた訳だけど、そこは賃貸だから床に直接魔法陣を刻む訳にはいかないし、研究所も同様だった。


なので、1m四方程の薄い木の板を二枚用意し、一枚を師匠のアパートに、もう一枚を研究室に置いた。

そこに魔力で、それぞれの転移の魔法陣を焼きつけるように刻む。アパートと研究所の部屋を往き来するだけの双方向式の魔法陣だ。

昔から伝わる転移門の魔法陣を参考に僕のアレンジを加えたそれは、我ながら上出来だったと思う。


仕上がった魔法陣は人に見られたら説明に困るので、上からラグを敷いて隠した。

ラグの存在も魔法陣に折り込んだから、普段から敷きっぱなしで問題ない。

転移するたびに、アパートのラグと研究室のラグが入れかわるだけのことだ。



そしてこの魔法陣には、とある発動条件をつけてある。


転移門や教会の魔法陣には管理者が常駐しているけれど、ここにそんな者はいない。もし誰かが偶然ラグを踏んだだけで転移してしまったら大騒ぎになってしまう。

アパートはともかく、研究室の方は人の出入りがあるからあり得ない話じゃなかった。


かといって、常に僕が一緒でないと転移出来ない、というのでは師匠が不便だし、そもそも魔法陣を刻んだ意味もない。そのための発動条件というやつだ。

世間ではいわゆる呪文と呼ばれている。



«おおいなる空間の真理に捧げし我が祈りに答え、次元の狭間へ導きて、定められたる地に我を運べ。エラント ディメンション»


ラグの上に立ち、この意味のない単語を羅列しただけの呪文を唱えないと転移魔法は発動しない。

何も知らない誰かが、たまたまラグの上でそんな言葉を発する可能性なんてまずないから、それで魔法陣による転移の事故は防げるし、師匠一人でも呪文を唱えれば自由に移動できるようになった。



当然だけど、僕はそんな呪文唱える必要がない。

でも師匠は、大真面目にこんな呪文を唱えるのは恥ずかしいんじゃないかな?念のため長めの呪文を設定したけど、もっと短くするべきだった?


ちょっと顔をしかめつつ小声でボソボソと呪文を唱え、二つの空間を往き来する練習を何度も繰り返す師匠。


研究室でその姿を見ながら反省していた僕は、その数分後見てしまった。




向こう側(アパート)の様子も確認しようかと、転移した師匠に少し遅れてキッチンの片隅に跳んだ時のことだ。


«ーーに我を運べ!エラント ディメンションッ!!»

食堂の隅に置かれた魔法陣(ラグ)の上に立つ師匠はドヤ顔で、掠れた声を張り上げ、力強く呪文を詠唱しながらビシッとポーズを決めていた。



(ーーーーっ!!)



吹き出すのを辛うじてこらえた僕は師匠に気づかれなかったのをいいことに、咄嗟に数週間ぶりの『塔』の自分の部屋へ跳んだ。

師匠、面白すぎる!



一人の部屋で涙が出るほど笑って、それから自分が作り笑いでなく本気で笑ったことに気づいて呆然とした。

こんなふうに笑ったのはいったい何年振りだろう。



もうあらゆる意味で、師匠には一生勝てそうにない。




そうして、一息ついてからそ知らぬ顔で研究室へ戻ったのだけど、そのあとは真面目くさった顔で小さく呪文を唱えている師匠を見る度に、笑いを噛みころすのに苦労したのだった。


挙動不審な僕に師匠は胡乱な目を向けてきたけど、もし見られてたと知ったら彼女は二度とやらないだろうから、絶対に言うつもりはない。





その日から魔法陣は大活躍で、雨の日も雪の日もお手軽に利用した。買い物が大荷物になったときは、人のいない路地裏から邪魔な荷物だけを、師匠の部屋の魔法陣を目印にして送りつけたりもした。それはもちろん僕にしかできないことだ。



そんな便利な魔法陣だったけど、僕がその部屋をでて『塔』に戻ったあとは、多分殆ど使われることもなくなったと思う。

考えたら師匠はそもそも自炊なんてしない人だった。


僕がいなくなれば、師匠はまた以前のように朝も晩も食堂の親父さんを頼るしかない。

彼女は部屋で一人で食事するのを嫌がるから、デリやパンを買ったりもしない。

つまり食事をとるためには、雨でも嵐でも部屋を出てテクテク歩かないといけないってことだ。


使われるとしたら、精々忘れ物をした時くらいだろうけど、その時の師匠はやっぱりドヤ顔でポーズを決めているのかもしれない、とこっそり思っている。





ともかく転移魔法というのはそういうもので、件の廃坑に行ったことがある僕は、いとも簡単に魔法陣を描き移動することができた。距離なんて関係無い。


僕はきっと、やろうと思えばこのラナリス王国内のどこにでも跳べると思う。試したことはないけど、国境線を越えた異国であっても出来るんじゃないかな。

それこそ初めての場所に跳ぶのは時間がかかるし面倒だから、別にやってみたいとも思わないけど。



前回と同様、ピクピク反応を示す殿下の魔力を抑え、先へ進む坑道を塞ぐ巨大な結界を横目に少し方向を外れた岩壁に手をついた。


この先へ進む方法は、僕には幾つもある。

過去の筆頭が張った結界に手を加え再構築してもいいし、時間はかかるけどこの奥に在る何かを辿って転移を試みてもいい。


だけど僕は考えた末、敢えて『土』を使ってみることにした。

普段あまり使う機会がないだけに、何を何処までできるのか、実地で試してみたかったから。


『塔』の、そして王宮の地下の魔法陣を修復したときのように、岩肌についた掌から土に、岩に魔力を流す。

修復したときはそうやって、地上にいたまま地下の魔法陣に干渉したけれど、今回は僕も入り込むつもりだから、その時よりもずっと多くの魔力を流し込んだ。


注がれた魔力をふんだんに内包したそれらは僕の意思のまま、僅かな地響きと共に形を変える。

たちまちそこには、ぽっかりと暗い穴が口をあけていた。


足元に魔法の炎を浮かべた僕は、躊躇いなく足を踏み入れた。

途端、またしても殿下の魔力が騒ぎだす。

だけど、僕ももうそんなものに構っていられない。何かが僕を、早く早くと駆り立てる。

訳のわからない焦燥感にかられ、走るように洞窟内を進んだ。僕の前ではまるで生き物の胎内のように岩壁がのたうち口を開け、視線の向かう先へ先へと穴を広げていく。ふと振り返ると、後ろの道はもう塞がっていた。


今、魔力が尽きたらこの土の中に生き埋めになるんだろうか?

自分の魔力が尽きる時が来るなんて想像もつかないけど。




そうしてそれまでただ闇雲に進んできた僕は、一息ついたことで漸く殿下の魔力の変化に気づいた。


それらは、僕がある方向に向かうとざわめきを大きくする。

どうやら道案内をしてくれるつもりらしいと思い至り、それらの反応を気にしながらどんどん先へ進んでいくと、突然全ての反応がピタリと止まった。


不審に思う間もなく、大きな闇が目の前に広がる。




それまで僕が灯していた炎は狭い洞窟内を照らすには充分だったけど、この広い空間では全く役に立たなかった。


もちろん炎を増やすのは簡単だ。



だけど、何故だろう。それをしてはならない雰囲気が漂っている。


ここは。


そう、ここはまるで斎場のようだ。




シンとしてしまった殿下の魔力。

物音1つ立たない静謐な空気。

そんな中、僕はただジッと暗闇に目が慣れるのを待った。



やがて横たわるその大きな影が小さな炎に照らされ、闇に馴染んだ僕の目に映し出されたとき、僕は驚きを隠せなかった。









()()を見たのだろう?どう思った?」



『筆頭獲得祝賀パーティー』なんてものの会場で、殿下は不安げに瞳を揺らしながら問いかけてきた。


いったい何を気にしているのか、どんな答えを望んでいるのか、僕には全く見当もつかない。


ーーだから、正直に答えるしかなかった。



「僕には、とても神聖なものだと感じられました。ただの洞窟なのに神殿の奥にいるような空気で……。そして、あの存在の側にいるだけで懐かしさと安心感が沸き上がってきた……」


僕が言葉を探しつつ話すと、殿下は用心深く僕を見つめる。

「嫌悪感はなかったか?」


思わずマジマジと殿下を見た。

「どうしてそう思うのです?」


殿下はその瞬間顔を背け、ため息をついた。

「いや、いい。アレを見てどう思うのか、知りたかっただけだ。気持ちのいい見た目でもなかっただろう?」


確かに、小山のようなあの姿は苔むした鱗に被われ、岩と同化していた。固く閉ざされた瞼はピクリとも動かず、呼気も感じられず。

鋭く尖った爪にも何かの結晶がこびりつき、あまりにも生命感のないその姿はどこか作り物めいて見えた。


だけど、人によっては嫌悪感を感じるのかもしれないその姿に、僕は全く逆のものしか感じなかったんだ。


あの感覚は、何年も前。

王宮の夜会で初めて殿下とお逢いした時に感じたあの感覚に近かったと思う。

あの懐かしさと慕わしさ。




「殿下、あれはいったい……」



あれはお伽噺で伝えられている、山にいるというドラゴンなのか?

いったいいつからあの姿であそこにいる?生きているのか、死んでいるのかもわからない。少なくとも呼吸はしていなかった。

最後のドラゴンと伝えられている伝説の存在との関係は?

何故僕はあのドラゴンに、これほどの懐かしさを感じる?僕や殿下の前世とどんな関係が?





あれはもしや殿下、……なのだろうか?

ここまで読んで下さってありがとうございます。


転移魔法の説明と回想シーンだけで1話使ってしまいました。なんということでしょう(>_<;)

『サクサクと』って何それ美味しいの?

(でもお茶目な師匠は書いてて楽しゅうございました)



……あ、今思いつきました。師匠との回想シーンとか、オマケで書けばよかったのか?

もはや手遅れですけどねww。


こんなのですが、少しでも楽しんで頂けてたら嬉しいです。

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