28 祝賀パーティー
「それよりも、母上がまた暴走している」
殿下はため息をついて言った。
僕が首を傾げると、彼はチロリとこちらを見る。
「どうしても、ユリアス殿の筆頭就任のお祝いをしたいのだそうだ」
「お祝い、ですか?」
目を瞠る僕に、母上はユリアス殿がお気に入りだからな、と肩を竦めて見せた。
確かに気に入られてるのは認めるけど、それはあくまで殿下のお友達枠としてだと思う。
王妃様がいつも僕を呼び出すのは、ただ単に殿下と僕が仲良くしてるのを見たいだけなんじゃないかな?
首を捻りつつ聞いていた僕は、続く殿下の言葉に再び目を剥いた。
「差し当たって近いうちに祝賀パーティーを開くので、ユリアス殿の予定を聞いておきたい」
「……え?お祝いって内輪のお祝いではなく、パーティーなんですか!?まさか王妃様の主催で?」
内輪でのお祝いとしても恐れ多い話なのに、パーティー!?ましてや王妃様の主催だなんて、それはない。
愕然とする僕に、「何をバカなことを」と顔をしかめる殿下。
「ユリアス殿はもっと、社交界で自分がどういう立ち位置にいるか自覚すべきだ。母上がもし、主催なんかしてみろ。誰に何を邪推されるか分かったもんじゃない。ーーかといって国王主催としても、他国の賓客レベルになって大袈裟に過ぎるのでな。今回の祝賀パーティーは、友人代表という名目で私が取り仕切り、王家の主催とするよう母上からお達しがあった」
僕にたいする殿下の言い種はともかく、王妃様の主催じゃないと聞いてホッとしたのも束の間、彼はギョッとするような事を言った。
「ええと……殿下、今お幾つでしたっけ?」
「気にするのはそこか?」
呆れた視線を寄越す殿下は2ヶ月後の誕生日で漸く9歳になる筈だ。
いずれそういった公務に携わるとしても、まだ少し早すぎるんじゃないか?
だけど僕の杞憂など、殿下はどこ吹く風だった。
「祝賀パーティーなどユリアス殿が喜ばんのは分かっている。そんなつまらん公務、私もやりたくはないのだが、母上がすっかり浮かれているのでな。有難迷惑だろうが諦めてつき合ってやってくれ」
それに、と殿下は僅かに身を乗りだし、クツリと笑う。
「私に全く利がない訳でもない。今回の公務を引き受けるに当たって、父上と約束をした。その祝賀パーティーを恙なく終えたら、9歳の誕生日から公務の幾つかを任せてもらえる事になったのだ」
そう言って殿下は目をきらめかせた。
「……それで、構わないのですか?」
本性を隠しているという点では、僕も殿下も同類だ。
殿下が本気でやるとなったら子供の主催とは思えない、非の打ち所のない完璧なパーティーが開催されるだろう。
だけどそれを披露するのは、彼にとってはまだまだ先の予定だと思っていた。
これまでの様子から、勝手にそう思っていただけだけれど。
「確かに必要以上に注目されたくはないな。だができないと断れば、成功させる条件で公務を任せてもらえるという話もなくなるし、それみろやっぱりまだ早い、と誰かに指差されるのも業腹ではある」
それに、と殿下は僕を見た。
「父上との約束は、とりあえずこの祝賀パーティーが滞りなく終わりさえすればいい、というものだ。もちろんユリアス殿が、完璧なものを求めるというのであれば、私も全力でこのパーティーに取り組むのにやぶさかではないが?」
殿下は真面目な口調でそう言うけど目が笑っている。僕がそんなこと望んでないと知っているからだ。
本当にいい性格をしている。
僕は結局、「殿下のいいようにお任せします」と丸投げしたのだった。
それから3週間程して開かれた『筆頭獲得祝賀パーティー』は予め告げられていた通り、殿下のやる気のなさがあふれた退屈なだけの代物だった。でも、だからといって主役の僕がサッサと帰ってしまう訳にもいかない。
ここぞとばかりに祝いの言葉を垂れ流しながらすりよってくる連中に愛想笑いを振りまく気にもなれず、失礼にならない程度に適当にあしらっていたら、視界の端で二番目の弟が大きく手を振っているのが見えた。
それで久しぶりに顔を合わせた家族とも少し話ができたのだった。
父上はまたしても叔父上に少しばかり腹を立てていたし、母上は数年ぶりに僕から『帰る』って連絡がきたのに迎え入れてやれなかった、って悔しがる事しきりだった。
あと、そんな大変なお役目につくならどうして事前に相談してくれなかったの!と文句も言われた。
どうやら叔父上からは何も聞いていなかったみたいで、父上が怒っているのもそれが原因らしい。
それなら僕も同罪だと思うんだけど、多分父上は、叔父上が何をしても気に入らないんだろう。
アッシュからは、最近仕事が忙しく出席できないと前もって連絡を貰っていたけど、弟たちは三人とも来てくれていた。
ジュリはいつの間にか騎士養成学校を卒業して近衛騎士団に配属されていた。今年いっぱいは騎士見習いとして先輩の騎士の身の回りの世話をしつつ、騎士団の仕事を覚えていくのだそうだ。
学校では寧ろ、年長者が年少者の面倒を見る部分が多い。前と逆になってなんか変な感じ、とぼやいていた。
王妃様の事件を引き起こした三人組の消息を聞いたのもこの時だった。
「名前は何だっけ?ほら、アーチ先輩が自主退学した頃に、退学処分になった三人がいたでしょ。あの人たち近衛騎士団で下働きしてたんだよ!洗濯とか寮のトイレ掃除とか、本当は見習いの僕らがしないといけないことを全部してくれててさ。でも、あの三人て確か貴族出身だったよね?いくら学校を卒業できなくて騎士になれなかったからって、下働きなんかする?そんなに騎士に未練があるのかな?あとね、たまに見かけた時、すごい目で睨まれたりするんだ。他のみんなは目が合ったことなんてないって言うんだけど……」
ジュリは少し困惑した声で言った。
あの三人の事なんてすっかり忘れてたけど、あの事件のあと彼らはそれぞれの家から勘当された上で、更正のため近衛騎士団の監督の元、下働きを命じられたんだった。
あれからもう何年も経つのにまだやってるって事は、反省の色がないって事だろうか。
王妃様に関係があるだけに、事件の事を広める訳にはいかない。あの当時の近衛騎士たち以外は事情を知らないとすれば、若い騎士たちが『彼らは自主的に下働きをしている』と思ってても不思議じゃないのかもしれなかった。
だけどジュリだけを睨むっていうのは気になるな。僕の弟だって認識してる?
ジュリはずいぶん背が伸びて、もう少しで僕を抜きそうな勢いだった。だけど顔立ちはまだあどけない。
「学生時代から素行が悪いって噂があった連中だからね、迂闊に近づかないようにして?極力かかわらないようにね?」
僕が噛んで含めるようにそう言うと、彼は頼りなげにコクリと頷いた。
レイとアーニーからは、やたらキラキラした目で「今度近くで、ものすっごい魔法を見せてね絶対絶対ねっ」とねだられて何だかこそばゆい。
でもその時ジュリだけは小難しい顔で、「兄さん、本当はいつから魔法を使えたの?」と小声ながらも鋭い追及をしてきた。
以前、僕に関する噂を山のように収集していたジュリだから、今になってその内の幾つかは魔法に依るものだったのかと疑いだしたのかも。
けど、いくらジュリでも殿下しか知らない事をそう簡単には言えない。
使えるようになったのはジュリも知ってる通りここ3~4年位の話で、そのあといつの間にかこんなに魔力値が高くなってしまったんだよ……と誤魔化し笑ったら、胡散臭そうな目で見られた。
さっきは、まだ素直だな……と思ったけど、前言撤回。だんだん扱い辛くなってきている。
『誰か特別に招待したい人や、反対に呼びたくない人はいるか』と殿下に問われた時に『特にない』と答え、何もかも全部殿下に丸投げしていたので、フェリシアが招待されていたことも知らなかった。
パーティーが始まって、早い時間にチラッと見かけた豪奢な金髪は挨拶にくることもなく、それきり視界に入ることもなく。
恐らくお義理で顔だけだして、すぐに帰ったんじゃないかと思う。
このあと、たまたま見つけた師匠を暇潰しにからかって遊んだことで、その先何年もろくでもない噂が囁かれ続ける……なんてこの時の僕はもちろん知らないし、パーティーに参加はしたものの僕に近づくこともできなかったご令嬢たちが、新たな二つ名を幾つも冠し広めてくれた、なんて事も当然知らなかった。
後半は人避けに、ずっと殿下の側に張りついていた。彼の横にいれば、多少は寄ってくる連中が減る気がするからだ。
殿下には見透かされているようで、大して変わらんだろう? と言われたけどそんなことはない。少なくとも家格の低い貴族連中は遠慮して、挨拶もそこそこに離れていく。
養成学校時代の、知り合いレベルの先輩や同級生たちが近づいてこないのは、もしかしたら例の親衛隊とやらのせいかもしれないけど。
殿下が嫌がらないのを良いことに、ずっと隣でグラスを傾け雑談を交わし過ごしていたら、僕は彼から思ってもみなかった話を聞く事になった。
「近衛騎士団長も、王立騎士団長も……、ですか?」
「そう、気づかなかったか?二人共だ。奇遇もいいところだろう?近衛騎士団長と王立騎士団長が仲がいいなどと聞いたことはないが、意外と気が合うのかもしれんな」
何が面白いのか、殿下はくすくすと笑う。
その姿に呆気にとられている僕を見て、彼はキョトンとした。
「ユリアス殿は、彼らの事は知らないのか?」
「ええまあ、今まであまり接点がなかったもので……」
王立騎士団長の姿なんて各学年の卒業式の時に遠目に見た位で、直近では筆頭試験の時に顔を合わせた程度だ。
近衛騎士団長に至っては、1年ほど前に高齢を理由に前騎士団長が引退したため、今の騎士団長の顔を初めて見たのが筆頭試験の時という事になる。
そういえば、試験の時も騎士団長たちはずいぶん仲良さそうに見えたな。
その時の彼らの嫌な笑いを思い出し内心ムッとしていると、殿下は唇に拳を当てて少し考え込んだ。
「ふむ。個人的な因縁がないとすると、魔法使いに対する意識の問題だけか?」
殿下の話では、二人の騎士団長はこのパーティーに出席の返事を出しているにもかかわらず、今日になって体調不良を理由に欠席しているのだそうだ。それも二人揃って。
代理としてそれぞれの副騎士団長が出席し挨拶にきていたけど、各々の団長の欠席の理由までは聞かなかったし、あまり気にもしていなかった。
それより、近衛騎士団長も王立騎士団長も、それぞれ別の日だったけど筆頭試験の時にも体調不良を訴えていた筈だ。それで二度も試験日がずれたんだから、間違いない。
僕の表情の変化に、殿下は面白そうに目を細めた。
「なかなか好き放題してくれて愉快だろう?」
その笑顔がどこか獰猛なものに見えたのは恐らく僕の気のせいじゃない。
幸いというべきか、今の僕にはどちらの騎士団にも伝手がある。ジュリの件もあるし、少し騎士団のことや騎士団長たちのことについて調べてみようか……と思ったのだった。
殿下はこの時、廃坑の事にも言及した。
筆頭就任と同時に様々な書類上の手続きを経て、つい先日僕の財産とする権利と共に監視する義務を負った、あの朽ちた鉱山の事だ。
早速のように、強固な結界に遮られたその先へ行ってみたことを、当然ながら殿下は既にご存じだった。
「アレを見たのだろう?どう思った?」
訊きたくないけど訊かずにはいられない。そんな、どこか不安げな声色だった。
あとになってみれば、あの鉱山を訪れたことが切っ掛けとなり、このパーティーでの殿下との会話が引き金になった、と言えなくもない。
いや……。
兆候自体はずっと以前からあったんだ。それこそ、もう何年も前から。
たいした事じゃない。まだ、自分でどうにでもできる。
そう思っていたのが間違いだったと、僕は間もなく知ることになる。
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