27 酔っぱらいのお祭り騒ぎ
その場で僕の筆頭位は確定した。
少なくとももう表だって反対する者は誰もいない、と叔父上もそう言った。
そして筆頭位確定の第一報が『塔』へ送られるや否や、魔法使いたちによる、怒濤のお祭り騒ぎが始まる。
国中に散らばっていた魔法使いたちは、続々と派遣先から『塔』へ帰還した。
先ずは風と空間。そして土。
水たちはさすがに患者を放り出してくる訳にはいかなかったものの、3日ほどのうちには全員が段取りをつけて戻ってきた。
『塔』には、既に引退した魔法使いや市井の登録魔法使いまでもが一言祝おうと大挙して押し寄せる。そして、筆頭試験から一昼夜が明けた頃には『塔』にも、そして支所にも未だかつてなかったほどの魔法使いたちが溢れていた。
『塔』の長官の采配で彼らには酒が振る舞われ、初めは大人しく呑みささやかに祝いあっていた魔法使いたちも、酔いが回り目が据わればただの酔っぱらいでしかない。
何しろ長官自らが率先して呑みまくっていたという。あの、いつも生真面目に眉間にシワを寄せていた長官が!
2日、3日と経つうちにどんどん増えてきて『塔』に入りきれなくなった魔法使いたちは、裏の訓練場はおろかその辺の地べたに座り込んで肩を抱き合い、喜びの声を上げ、グラスを傾けた。そこへ遠方から着いた魔法使いたちが次々と加わり、また酒が追加されるといった具合だったらしい。
好き放題に呑み騒いで気まぐれに魔法を放ち、その辺で転がって眠り、目が覚めればまた呑んで騒ぐ。引き留める者がいないまま宴会はとめどなく続き、酒が切れかけると何処からともなく追加がやってきた。
町中の支所では道端に溢れるまではいかなかったものの、施設内の状況は同様。預けられていた幼い子供たちは早々に、叔父上の指示で公爵家の別邸に保護されている。
今『塔』に戻れば、間違いなく酔っぱらいに揉みくちゃにされる。
筆頭確定後、叔父上に連れられ幾つかの部所に挨拶に回るうちに『塔』の惨状を知った僕が、危機を回避するため久しぶりに実家に帰ろうと連絡を入れると、レイズ侯爵家もとんでもない騒ぎになっていた。
困った僕は考えた末、叔父上の邸に滞在させてもらう事にしたのだった。
母方の実家であるローズウェイ公爵家は、僕にとっても馴染みの場所だ。今は引退して領地で暮らす祖父も僕が幼い頃にはまだここに住んでいたし、遊びにきてそのまま泊まる事も珍しくなかった。
なので何の気負いもないまま、数日公爵家にお世話になると決めた。
僕の家に祝いの品を持って次々と押し掛けてきているという、普段付き合いの無いような貴族たちも、流石にここまではやってこないだろう。
ところが一息ついた途端、王宮から筆頭就任に関する雑多な書類の山が届けられた。
解りにくい言葉でくどくどしい文章を連ねた書類は、記入欄も多く目を通すだけで一苦労だ。僕のサインが必要なものの他に、魔法局長である叔父上のサインが必要な箇所もかなりあった。
数人ではあったものの、ここに僕がいる事を知って顔を出す強者たちもいた。それなりの地位を持つ彼らにおざなりな対応をする訳にもいかない。
僕と叔父上が数日に渡ってそれらの来客の応対に追われ、書類の煩雑な手続きや何かに忙殺されている間にも、魔法使いや貴族を巻き込んだ大騒ぎは続いている。
そこへとうとう最後の火の魔法使いが戻ってきた。
『塔』の魔法使いたちの中では彼らが戻ってくるのが一番遅かった。
僕のいた2班は待機期間だったけど、1班と3班は例によって視察に出ていたからだ。
気を利かせた空間の魔法使いたちが手分けして迎えに行ってくれたそうなのだけど、彼らは元々人数も少ない上に、一度に連れて跳べるのは精々二人程度。それも短距離しか跳べない者が殆どだ。
二組に別れた火属性を捜し、総勢12名をその近くの転移門まで連れていくだけで、それなりの日数がかかっていた。
この期間、王都は魔法使いたちによる異変で満ち溢れている。
試験の翌日にはもう新たな筆頭の誕生は王都中に知られていて、2~3日の内には国中に広まっていた。
滅多にない事だから…と、最初は魔法使いによるささやかな異変をも黙って見守っていてくれた王都の人々だったけど、彼らの前でそれらはどんどんエスカレートしていった。
先ずは、真っ先に『塔』へ帰還した風属性たちが興奮し、歓声をあげる度にあちこちで、小さな竜巻が木の葉を巻き上げ人々の足元を踊りまわった。
そんな可愛いものから始まった異変は、その後配られた祝い酒でタガが外れたのか、突風が王都の空を吹き荒ぶようになり、今を盛りと咲き誇っていたサフィアの花が全て風にさらわれ舞い落ちた。土の魔法使いが叫び声をあげれば不気味な地鳴りが響き、そこへ水属性たちが合流してからは、断続的に雨が降り、時には季節外れの雪や氷の粒までが飛び交うようになる。
空は快晴なのに、突如として雨や雪、雹混じりの突風が唸りをあげる様は異常としか言いようがなかった。
そんな状態が何日も続き、これはいつまで続くのか…といい加減王都の住民は困惑していたのだけど、止めるべき長官は既にその輪に加わってしまっていた。
そもそもこんな有り様の魔法使いたちを止める方法なんて、いったい誰が知っている?
そして、この状況で火の魔法使いたちだけが大人しくしている筈などなかった。むしろ彼らが先頭を切って騒ぎだしたって不思議じゃない。
彼らはただ単に、全員が揃うのを待っていただけだった。
最後の一人の火の魔法使いが、空間の魔法使いと共に『塔』に帰還したのは7日目の事。
全員が顔を合わせた途端、乾杯と称しまたも浴びるように酒を呑んだ彼らは、ガルスの号令の元王都の空に雄叫びと共に無数の炎を打ち上げた。
いつか西の辺境の廃坑で、彼らが結界に向かって放っていたような規模のものだ。
気づいた風属性たちがすぐに風を止めなければこの時点で大惨事になっていたかもしれない。
だけどどうやらそれも理性があって止めた訳ではなく、空に拡がった数十もの炎の塊を見て『何が始まるんだろう』と興味を引かれたに過ぎなかったらしい。それくらい皆へべれけだった。水属性による雨も止み、地鳴りも収まり、皆が酒を片手に空を見上げた。
それは魔法使いに限らず、上空に燃え上がる炎の群れに気づいた王都の住民たちも、酔っぱらった魔法使いたちを警戒して『塔』を取り囲むように巡回していた騎士たちも、魔法使いたちの騒ぎを呆れた目で見ていた王宮の人々も、そしてローズウェイ公爵家で書類と格闘していた僕や叔父上も。
「ユリアス、あれは…何を始める気だ?」
空を見上げ目を剥く叔父上に、僕は答える言葉を持たない。
上空の炎は結合し、無数に分裂し、その度に細かな火の粉を散らす。長く尾を引き飛び交い、絡まりあい解れては王都の上空を所狭しと駆け巡った。それはまるで何かの模様を描いているかのようで、目が放せない。
呆然と見上げるうちに、固まり始めた炎は何処かで見たような姿を形作り始める。
炎の獅子だ。………恐らく。
だけどいつもより多人数で操っているためか、その殆どが酩酊しているからか、或いはその両方の理由で、以前よりもずっと大きな炎の獅子は今一つ形を成していなかった。辛うじて何かの動物だと分かる程度だ。
以前にも見ている僕や叔父上はともかく、初めて見る者にその姿は衝撃だろう。
そいつは歪んだ体躯のそこかしこから火を噴き出しながら、空を駆けまわる。
一蹴り毎に飛び散る大粒の火の粉は王都に降り注ぎ、それまで物珍しげに空を見上げていた人々は驚いて家や軒下へ飛び込んだ。
その様子に顔色を変え、慌てて馬で『塔』へ向かおうとする叔父上の腕を掴んだ僕は、ジリジリしながら転移できる場所を探し、数秒後には『塔』の最上階へと跳んでいた。
いくらなんでもあれは不味い。いつ火事になったっておかしくない。
僕たちが転移できそうな何もない誰もいない空間は、僕の部屋か最上階の『筆頭』のための部屋しか見つからなかった。でも考えたら、筆頭の部屋なら長官の執務室に一番近い。執務室も人の気配で溢れていたから、その内の一人が長官の可能性は高かった。彼の酔いを醒ます事ができれば、あの酔っぱらいたちをどうにかできるかも。
一度の転移で邸から王宮までの距離を跳んだ事に愕然とする叔父上を引っ張り、ドアを開けた。
けれど、廊下に充満する酒の臭いに辟易しつつ鼻をつまみ、何はともあれ長官の執務室へ向かおうとした時には、もう全てが終わっていた。
酔っぱらいたちはさしたる抵抗もないまま、突入した騎士団によって確保されていた。
ーーと思ったら、よく見れば彼らは転がったまま気持ち良さそうに眠っている。
寝息をたてる彼らを見下ろす騎士たちも、微妙な表情を隠せていなかった。
そして眠りこける彼らの周りに酒の臭いに混じって漂うのは、恐らく僕にしか解らない残滓。
だから、僕たちを見た騎士が慌ててアッシュを呼びにいき、駆けつけた彼が『お前が眠らせてくれたのか?』と言ったとき、僕にできたのはいかにも白々しく否定する事だけだった。
叔父上がまたギョッとしてこちらを見たのは分かっていたけど。
僕らは王宮に呼び出され、国王陛下と宰相から直々に叱責と厳重注意を受けた。
叔父上は『塔』の最高責任者だし、幾ら忙しかったとはいえこうなるまで放っておいたのが問題となった。
僕はといえば魔法使いのトップという扱いになる上に、そもそもの発端も僕なので甘んじて受けるしかない。
また、転移禁止区域である王宮内の転移についても、筆頭試験の時は特例扱いとされていたけれど、今回は二度目だ。非常事態として目を瞑るとは言われたものの、次はないと釘をさされる羽目になった。
そしてたっぷりと絞られたあと、国王陛下はニヤリと笑って言った。
「それにしても、酔った魔法使いたちだけを選んで眠らせるなど、器用な事をしたものだ。一体どうやったのだ?」
ーーそんなこと、人の魔力でできるなんて聞いたこともない。
だけど酔っぱらった彼らは、僕らが現れる直前のタイミングで全員同時に眠りについた上に、アッシュの言葉もあり誰もが僕がやったものと思い込んでいる。陛下にもきっとそう報告が上がっているんだろう。
みんな『筆頭』なんてものに馴染みがないから、最高レベルの魔法使いならそんなあり得ない魔法でも使える、と考えている?
だけど、あの現場にあった彼の魔力の残滓が理由で、僕はそれを肯定は勿論、完全に否定してしまう事もできない。
好奇心に満ちた眼差しを向ける陛下には、ただにっこりと笑って「私は何もしておりませんよ」と、わざと嘘くさく聞こえるように繰り返した。
そうして漸く騒ぎが落ち着いてから殿下にお目通りした僕は、彼に盛大に食ってかかる事になる。
「何を怒っている?丁度いいタイミングだったろう?」
「良すぎです!みんな私がやったと思っているんですよ!」
噛みつく僕に、殿下は口角を上げた。
「もちろん、それを狙った。睡眠薬を混ぜた酒を差し入れようかとも思ったが、それだと手間も時間もかかる上に、万が一後で酒の出所がバレたときに問題になるからな」
「だからって、もし私が完全に否定して、彼らが眠った原因を徹底的に調べられたらどうするつもりだったんですか?」
いい募る僕を見て、殿下は面白そうに目を細める。
「調べていったい何が解るというんだ?」
護衛の距離は、また以前のものに戻っていた。
こうして言い争っていても結界で声は届かないし、何より殿下が楽しそうだからじゃれあっているようにしか見えないんだろう。
「……いったい何をどうやったんです?」
殿下の魔力なのは解るけど、何故魔法使いだけが眠ったのかなんて解らない。
脱力した僕が多少の好奇心で訊くと、彼は何でも無さそうに答えた。
「呼気の酒量を目安にした。だから魔法使いに限らず、塔の付近であれほど呑んだくれた者が他にもいたなら全員眠った筈だ」
なるほど、と納得するしかなかった。
ここまで読んで頂いて、本当にありがとうございました!




