26 予期せぬ来訪者と筆頭試験
そうして僕は、筆頭試験を保留のまま東の国境線へと向かった。
特筆すべき事は何もない。西の国境線を辿った時と同じ、ただ地図を睨みながら決められた道を決められた順序で進み、決められた項目をチェックするだけ。
西を巡った時のように寄り道をする事もなく、おおよそ4ヶ月かけて全ての行程を終え、王都に戻った僕を待っていたのは殿下だった。
正確には僕が戻った翌日の事だ。
今回は旅立つ前に殿下に宛て、暫く留守にする旨を手紙で言付けていたので、留守中に招待状が届いていた…といった事はなかったのだけど、こうして帰って来たからには帰還の報告もしておくべきだろう。
そう思った僕が、どう書くべきか…と悩みながら手紙をしたためている時に、彼は現れた。
一陣の風を伴い、たった一人で僕の部屋へと。
「え?殿下!?」
突然の事に目を剥く僕に、殿下は神妙な顔で言った。
「こんな形で、無断で訪れてすまない。どうしてもユリアス殿と二人で話がしたかった」
僕の部屋には小さな机と椅子、そしてベッドがあるだけだ。それ以外のものは全てクローゼットに押し込んである。
この手狭な部屋には殿下に座ってもらう場所なんてないのだけど、応接室に案内する訳にもいかない。
仕方なく机に付属の椅子を殿下に譲り、僕はベッドの縁に腰かけた。
「護衛の連中も女官たちも、何故あんなに過保護なんだろうな。ユリアス殿が私に何かするなどあり得んのに」
殿下は辺りを見回す事もなく、ストンと椅子に腰を下ろす。
「結論から言う。ユリアス殿の筆頭試験に反対するのはやめた。好きにするがいい」
180度変わった意見と、その突き放したような物言いに瞠目すると、殿下はクツリと笑みを浮かべた。
「この4ヶ月、私が落ち着いたと見るや、父上や母上…他の者たちからも嫌と言うほど諭された。的はずれな意見ばかりだったが中には頷ける部分もあった。ともかく、私がユリアス殿の筆頭職に反対した理由は1つだ。そしてその1つを私が徹底的に回避すればいいことだと結論づけた」
殿下の言葉はまるで謎かけのようだ。
「その反対した理由というのを、教えて頂けますか?」
「嫌だ」
即答だった。
「父上や母上には、気にしすぎだと笑われたからな」
殿下は口を少し尖らせ、拗ねたように言う。
そして、用件はそれだけだ、と軽やかに立ち上がり、机の隅に伏せた書きかけの手紙に視線を落とした。
「それは私宛だろう?予定通り届けてくれ。内容は私から母上にお伝えしておく。そうすれば近いうちにまた、私からの招待状が届くだろう」
では失礼する、と言い残し殿下は、また風に溶けるように去っていった。
そういえば以前、騎士養成学校に僕の助けを求めに来た時も、彼は風を纏い現れた。
魔力の制御が難しいと聞いていたけど、あのときよりもずっと気軽に使っているように思える。少しずつでも使いこなしつつあるのかもしれない。
半ば呆然と考えながら、僕は伏せた手紙に目を遣った。
伏せているのだから、当然内容なんて見える筈がない。誰宛か、なんて事も。
殿下には隠しても意味がないという事か。或いは僕の心を読んだ?
それとも、ただタイミング的にそうだろうと推察しただけ?
そもそもここは魔法使いの『塔』だ。
かつてこの国の最高レベルを誇った風属性の筆頭が、その威信をかけ膨大な魔力を注ぎ込み、王宮深部の地下に刻んだといわれる侵入不可の魔法陣に匹敵するものが、この地下にも刻まれている。
時代を考えれば恐らく、過去この地にあった塔から現在の建物に建て替えられる時に仕掛けられたと思われるそれは、長い年月のうちに地の底で数ヵ所綻びていたけれど、僕が魔法使いとしてここへ来たときに、既にこっそりと修復済みだった。
訓練所の結界は今現在塔に在籍している風属性たちが張ったものだから、干渉すればさすがに彼らにはすぐにバレるだろうけど、こちらの分に関してはどうやらバレた様子はない。
だけどそうやって僕が手を入れ直した結界に、殿下は余りにも易々と侵入し出ていった。普通なら考えられない事だった。
僕の中にたゆたう殿下の魔力は、人のもつそれとは全く違う理のものではあるけれど、それと他人の構築した結界内を自由に往き来する事とは別問題の筈だ。
それが自在にできるというのなら、殿下にとって人の魔法など何の意味も成さないものだという事になる。
その辺りは、もしかしたら僕が預かっている殿下の魔力を使えば検証できるのかもしれないけど、今までソレを自主的に使った事は一度もないし、もし僕の思っている事が証明できてしまったら、人の身でそんな力を纏う自分をもて余してしまうかもしれない。
人とは思えない程の、この僕自身の極端な魔力でさえ把握できていないというのに。
僕は殿下の魔力について、考えるのをやめた。
どうせ、ただ預かっているだけの、いつかは返す力だ。
書きかけの手紙については、もう一度広げてはみたものの、ますます何をどう書いていいものか分からなくなり、結局定型文の他は『無事戻りました』の一言で済ませた。
それすらも、既に顔を合わせている殿下には蛇足でしかないけれど。
そうして数日のうちに、殿下の予告通り彼の名を騙る王妃様からの招待状が届き、僕はお茶会へと出向いた。
その席で、僕と殿下は素知らぬ顔で態とらしくも仲直りして見せ、僕たちの仲を取り持つつもりでいた王妃様を唖然とさせる事になる。
また、この喧嘩から仲直りに至る一連の過程において、僕と殿下との間にあった身分という名の壁が、少し薄くなったように思えた。
殿下の態度は以前も今も一貫して変わりはしない。だからそれはきっと僕の中だけの変化だ。
甚だ不敬ではあるけれど、この関係は朧気な遠い記憶の、僕や殿下たちが違う姿で旅の仲間として過ごした頃を彷彿させる。
今生のこの身分差でまさか敬語を取る訳にはいかないものの、かなり遠慮のない物言いをするようになった僕を、殿下も歓迎してくれている…と思うのは恐らく気のせいじゃないだろう。
そんな仲直りのパフォーマンスを見せた翌日、それまで筆頭試験に渋り続けていた陛下が突然首を縦に振ったと、叔父上からの報告が届いた。
そして、それまでのもたつきが何だったのか、という異例の早さで試験の日が決定したのだった。
ところがその後、試験の日取りは二転三転する。
宰相に外交上のどうしても外せない用事が入ったり、近衛騎士団長や王立騎士団長が相次いで体調を崩したり、といった理由だった。
筆頭試験は全員参加が大原則だ。一人でも揃わなければ試験は行われない。
早くしなければ、また次の国境線へと向かう期日が迫ってくる。
殿下から極秘の依頼を受け、王宮深部の地下に埋められた結界の魔法陣を修復したのは、ジリジリする思いで数週間を過ごしていたその頃だった。
先日『塔』を訪れた殿下は、以前からあった結界に僕の手が加えられているとすぐに気づいたらしい。
お茶会の折、彼に乞われ視てみると、王宮地下の結界も同人物の手になるだけあって、やはり幾つかの破損箇所が見受けられた。
殿下は急がなくていいと言ったけど、待つ身を紛らわせるためにも何度か王宮へ出向き、程なく修理は完了する。
そうこうする内に、漸く全員の都合を合わせ筆頭試験が行われる日がやって来た。
僕は試験に時間をかけるつもりなんてなかった。これまで散々待たされたというのもある。
近年における歴代の筆頭の能力については『塔』の資料室で調べていたし、自分の各々の能力が、たった1つの属性しか持たない彼らのそれを遥かに凌駕する事も知っていた。
試験は、王宮の大広間を完全に封鎖して行われた。
通常は大掛かりな魔力を扱うため郊外などの広い空間を確保するものらしいけど、僕は筆頭という名の自由が欲しいだけであって、僕の魔力を世間の晒し者にしたくはない。
そんな、お付きの者がぞろぞろついてきて、誰もが覗き見るような場所で披露するのはお断りだったから、叔父上に頼んでそうして貰った。
そのため試験に立ち会う人々には、かなり見くびられていただろうと思う。
幾ら大広間とはいえ、こんな室内でいったい何ほどの魔力を見せられる?……って感じで。
大広間の中央に位置する僕を、離れた壁際から見守る陛下とその重臣たち。元老院に名を連ねる叔父上もその中に混じっている。
彼らの値踏みするような視線の中、筆頭試験は始まった。
長引かせるつもりはない。けれど、過ぎる魔力を見せるつもりもない。
王宮や『塔』に現在まで残る結界の魔法陣を刻んだと名高い、何代も前の風の筆頭。
その彼と同レベルの、三層の結界を大広間中央に大きく張り巡らせ、その中でやはり何代も前の、火に特化した筆頭が戦場で操ったとされる一万度の炎を燃え上がらせた。
炎の一筋も、またその温度すら漏らさない堅牢な結界の檻の内で、見つめる瞳を焦がす程の熱量の炎を操り、王家の象徴であるドラゴンを形作って見せる。炎のドラゴンは結界の内側に優美な曲線を描くその姿態を踊らせ、首をもたげて辺りを睥睨した。
触れる炎の動きに連動して結界がバチバチと金の輝きを振り撒き、その威力を伝えている。
結界に阻まれ熱さなど伝わりはしないのに、眩しさに眼を眇めつつも食い入るように見つめ続ける人々の顔は赤く染まり、肌にはじっとりと汗が滲んでいた。
もう充分だろう…と僕は、炎のドラゴンと結界を収めた。
披露したのは炎と風。
この内のどちらか1つでも筆頭の資格には充分な筈だった。
けれど、全てがかき消えると共に夢から醒めたような顔をした彼らは、額を突き合わせ何かコソコソと話し始める。
顔をしかめる叔父上。
一体何の問題があるっていうの?
苛々する僕の元に、途切れ途切れの彼らの声が運ばれてくる。また殿下の魔力だ。
相変わらずお節介な事だ…とは思ったけど、今度は制止しなかった。
「……前代未聞…」
「…室内で行われ……実際のところ…」
「…副属性であの威力……」
「…慎重に……」
叔父上の眉間には、恐ろしい程のシワが刻まれている。
陛下は特に発言をされていないようだった。
待たされる時間に。
そして、漏れ聞こえる勝手な言い草に苛立ちばかりが募る。
やり直しをするだって?ふざけるな。
やがて皆の意見を取りまとめたらしい宰相が、僕の元へやって来た。
機嫌の悪さを押し隠し頭を下げる僕に、白髪の彼は言い放つ。
今回の結果は別室にて協議し、後日結果を伝える、と。
やり直しはしない方針になったらしい。
けれど、直ぐには決定もしない。
僕が彼らの顔を見渡すと、前の方に立つ近衛騎士団長と王立騎士団長が何かを囁き交わし、こちらにチラリと視線を投げ僅かに口角を上げるのが見えた。
「そうですか…」
僕は殊更にゆっくりと、艶やかに微笑んで見せる。
宰相が一歩後退った。
彼の後ろでも、息を呑む幾つもの声にならない声。
さっきまで熱気が支配していた大広間は、今や肌寒いばかりの空間と化し、静寂のなか僕の声だけが響く。
「お忙しい方々に、余分なお手数をおかけして申し訳ありません。せめてものお詫びに、会議室までお連れ致しましょう」
笑みを浮かべたまま、口上を述べつつ頭の片隅で会議室の位置を割り出し、座標を確認。異物の検知。
使用されていない会議室は、清掃のためだろうか。長机や椅子らしきものの存在が全て片隅に寄せられているようだ。ーーー好都合。
僕は優雅に礼を取り、瞬時に魔法陣を展開させた。
目を瞠り言葉もない十余名を一度に、建物1つ離れた会議室へと送り届ける。
目を限界まで見開いた彼らの姿が視界に映り、ふつりと消えた。
ふん、ざまあみろ…ってやつだ。
なんだかアッシュやアーチっぽい言い回しだな、と思いながら口中で呟き、苛立ちしかないこの場所から早く塔へ戻ろうと踵を返す僕の耳に、大勢がバタバタと走る足音が聞こえて来たのは、まだ僕が大広間から足を踏み出してから然程の時も過ぎない頃の事だった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました!
もうすぐ初めての小説を投稿してから1年がたちます。ちっとはマシになってきたでしょうか。
そして、そろそろ『~ジョブチェンジ』の続きを書きたいのですが、リアルが忙し過ぎて一行も進まず。
ユーリちゃんも漸く筆頭位を手に入れましたが、しばらくナメクジ更新が続きそうです。
早く15歳のレヴィン君書きたいなぁ。(レヴィン君というより、ユーリちゃんと絡んでるレヴィン君やアーチを書くのが好きです。リコも早く復活させたい……)
でもとにかく今は眠いのにかえって目が冴えて眠れない。ヒマがあれば寝る努力してます。睡眠時間少なすぎてそのうち事故りそう(笑)。気をつけなければ。




