6 二つ名と武勇伝
弟にとって初めての長期休暇で邸に帰るとき、僕は馬車の中で忘れずに念入りに、彼に口止めをしておく必要があった。
学校でひっきりなしに流れている僕に関する噂は意味不明なものが多く、僕はもうすっかりスルーするスキルが身についているのだけど、ジュリの耳には確実に入っていると思われる。
それらを家族の前で披露されるのはたまったもんじゃなかった。
するとジュリは不満そうに口を尖らせる。
「ええーーっ!山のように武勇伝を仕入れてきたのにーー」
「……武勇伝は絶対に禁止!それ99%嘘だからね。あと訳の分からない『二つ名』も言ったらダメだよ」
「校舎の裏の陽当たりの悪い花壇には、10年以上ショボイ花が咲いたり咲かなかったりだったのに、兄さんが優しく話しかけながら水を遣ったら、その年から大輪の花が咲くようになったって……」
「……それ、きっと園芸部の長年の努力の賜物だから。そんな噂聞いたら、園芸部員たちが泣くよ?」
「これ、園芸部員さんから聞いたんだよ」
「……」
「じゃあさ、兄さんが訓練や課外活動なんかで外に出るとき、雨が降った事がないってのは?雨が降っててもあっという間に雲がどっかいっちゃうんだって。お天気の神様も兄さんの笑顔を曇らせたくないんだろう、って話だった。だから、どうしても雨が降ってほしくない時は、皆こっそり兄さんを拝んでるんだってさ」
「……そんなのただの偶然だよ。だいたい僕一人で外に出る訳じゃなし、訓練も課外活動も何十人単位だよね。それに、拝まれてるとか初めて聞いたんだけど……本気で言ってるの?」
「じゃあ馬の話は?『女帝』って呼ばれてる凄く我が儘な馬を、微笑み1つで骨抜きにして他の馬たちを意のままに操つりーー「ジュリ……、僕が動物に嫌われるの知ってるよね?僕が女帝にお願いして乗せて貰ってるんだよ」
「えーっ!じゃあ、じゃあさ。放課後、旧校舎の三階廊下の突き当たりにある準備室に兄さんが入っていって、見かけた兄さんのファンが後を追いかけたら、他に出入り口はないのに兄さんの姿がなかったって……」
ーーなんかだんだん、学校の七不思議か怪談じみてきたんだけど。
僕がげんなりしたのを見て、ジュリは慌てて手を振った。
「あー、今のは無し無し!さすがにそれはないだろうと僕も思ったんだ。幽霊や転移能力者じゃあるまいし、きっとその人嘘ついたか幻でも見たんだよっ!」
幽霊と同レベル……。ちょっと傷ついた。
それは、間違いなく転移の実験をしてた時の事だ。普段あまり使う事がなかったから、どのくらいの時間でどれくらいの距離を跳べるのか、何度か試してみた時期があった。
ジュリの口から先に出たのが幽霊である事からもわかる通り、世間に転移能力者は殆どいない。見つかったが最後ランクに関係無く『塔』へ直行だ。
だから、こんなとき疑われなくてすむのは有難いけど、もっと周りに注意しておくべきだったな。
校舎裏の花壇は土がガチガチになってたから、ちょっと干渉して柔らかくしたんだったか。
花に優しく話しかけた覚えはないけど、あんまり手入れが悪いからブツブツ文句を言いながら、ついでに土質の改良をした記憶はある。
雨は……、誰だって雨に濡れるのは嫌だよね。ちょっと風を呼ぶだけで雨雲が散るんだから、ついつい使っちゃっても仕方ないだろう。
あれ?なんだか結構心当たりがある事ばかり?
「他にもあるの?」
つい先を促してしまった。
途端にジュリの目が輝く。
「あとはーーっ!衛生学の先生が試験問題作る時は必ず兄さんに問題チェックしてもらうとかー、剣の実技試験で兄さんが前人未到の20人ごぼう抜きしたとかー、食堂のおばちゃんが兄さんにだけ特別メニュー作ってくれるとかー、あっ!去年の文化祭イベントの大食い大会で兄さんが優勝したとき、見てたファンの人たちが皆ショックで3日間寝込んだ、ってのも聞いた。それと新聞部が無許可で作った兄さんの『非公式非公認ファンBOOK』が発売5分で売り切れて、ソッコーで先生にばれて無期限活動停止になったとか……あっ!あっ!脱いだらスゴいんです……、ってのも聞いた!」
……頭が痛くなってきた。
それからそれからととめどなく続き、まだまだいっぱいあるんだけど、と興奮するジュリの口をようよう手で塞ぎ、もういいよ、とにっこり笑って言った。
「ジュリなら、今までの話が本当なのか出鱈目なのかくらい、自分で判断できるよね?そんな話を吹聴したらダメなことも、勿論わかるだろう?」
目を見開いてコクコク頷くジュリに、だめ押しの笑顔を見せる。
「家でもしそんな話をしたら、もう二度と遊んでやらないよ?」
ブンブン上下に首を振るジュリの口を漸く放してやると、弟はつまらなそうに言った。
「でも折角帰るのに、土産話が全然ない、ってのもなぁ」
「……アッシュの話なら、幾らでも喋っていいよ」
「えっ!本当!?実はアッシュ従兄さんの武勇伝もいっぱい仕入れてあるんだっ!」
たちまち顔を輝かせるジュリ。
この反応からして、アッシュの武勇伝も推して知るべしだ。
衛生学の先生が作る試験問題は不備が多く、なんで誰も気づかないのかな、と思いつつ何度か指摘した事がある。
それ以降は気をつけているようで不備はなくなった。多分そのせいでそんな噂がながれてるのかな?
ジュリの集めてきた僕の噂は、よりによって半分以上が何げに心当たりのある事ばかりで、何こいつそういう才能があるのか?と驚いたけど、さあ…アッシュの噂に関してはどうだろう?
僕は心の中でアッシュに謝っておいた。尊い犠牲は……、なるべく忘れないからね。
あと、脱いだらーーってやつの出どころは絶対アーチだ。休暇が終わったら絞める、と心に誓った。
シーズン以外は、父上は領地の本邸に戻っている。この休暇の期間、王都の邸にいるのは母上と弟たちだけだ。
前の休暇の時には不機嫌な顔を隠さなかった母上は、今回は普段通りの母上だった。
フェリシアの話も出なかったし、ジュリがアッシュの話で散々笑わせてくれたお陰で、和やかな休暇を過ごす事ができた。
やがて休暇も終わり4年生の後半が始まる。
アッシュたち6年生は卒業を控え、進路についての懇談や説明会で慌ただしい。
誰もがアッシュの卒業後の進路を彼の父、ローズウェイ公爵の補佐だと思い込んでいたけど、僕は恐らくそうはならないだろう、と思っていた。
アッシュは根っからの武人肌だ。
公爵は元老院に名を連ねる一方、宰相の片腕として『塔』を管理し、又『塔』に在籍しない登録魔法使いや市井で魔法を生業にしている者たち全てを束ねていて、高齢の宰相の後継ぎとも目されている人物だ。
とてもじゃないけど、アッシュにその補佐が務まるとは思えない。
僕のその予想は当たったけど、彼の進路が王立騎士団だと聞いたときは、さすがに驚いた。
アッシュの家の家格なら、近衛騎士団に所属するのが当たり前だからだ。
名目上は近衛騎士団と王立騎士団の間に格差はない。けれど任務には大きく差があって、近衛騎士団は王族及び要人の警護と王宮全体の警備を担当している。
王立騎士団は王宮を除く王都の治安維持が主な任務だ。
自然、近衛騎士団には高位貴族の子弟が多く在籍する事になり、王立騎士団には下位貴族や庶民出身の騎士たちが集まる事となる。
生粋の大貴族の、それも嫡男が王立騎士団に所属するなんて聞いた事がなかった。
その日の夜、僕は久し振りに寮のアッシュの部屋を訪ねた。
ノックすると、ややあって鍵を開ける音がして、ドアが開く。
顔を出したのはアッシュではなく、噂の後輩だった。
彼は目を真ん丸に見開いて叫んだ。
「うわっ!先輩っ大変!『無敗の貴公子』だ!」
「あっ!バカ、本人の前でそれ言うなっ!」
慌ててアッシュが飛びだしてくる。
「すみません初めまして!ボクはーー「黙って!僕は君に会いに来たんじゃないよ」
視線をアッシュに固定したまま、話しかけるそいつを手で遮る。
固まって黙り込むそいつには目もくれず、アッシュに話しかけた。
「王立騎士団に行くって聞いたんだけど?」
別に怒るつもりじゃなく、どうして王立騎士団を選んだのかを訊きたかっただけだった。
だけど、部屋の主のように顔を出したリックスを見て、苛立ちが募る。
不機嫌を全開にした僕にアッシュはため息をつき、リックスを彼の部屋へ帰し、僕を招き入れた。
「なんでそんなに怒ってるんだ?」
困ったように問われたけど、そんなこと僕にだってわからない。ただ無性に苛々するだけだ。
「『無敗の貴公子』って何?」
いろんな二つ名をつけられたけど、これは今まで聞いたことがなかった。アッシュの反応からして、ろくでもない理由で付いたに決まってる。
彼の問いには答えずこちらから訊くとアッシュは、しまった、って顔をした。
「なに?」
重ねて問うと、渋々答える。
「お前、1年の時文化祭のイベントで優勝しただろ」
あれか……、と顔をしかめた。
美人コンテストっていう、男が大半を占めるこの学校でやるには、頭が悪すぎるとしか思えないイベントだった。
僕は当たり前のようにクラス代表に選ばれて、けど隣のクラスでは悪のりしたアーチが立候補していた。
女の子は当たり前のように誰一人参加せず男ばかりで争うことになり、女装なんかしなかったにもかかわらず、結局30人程の中で僕が優勝したんだった。
因みにアーチはノリノリのパフォーマンスが受けて、規定にない『奨励賞』を貰っていた。
「それで2年の時にも優勝したよな?」
2年の時はパイ投げ大会だった。
生徒の一人の実家のつてで消費期限の切れた食材を大量入手し、食堂のおばちゃんたちの協力の元、生クリームをたっぷりのせた掌サイズのパイが生徒の人数分準備された。
運動場の一角で、問答無用の全員参加で行われたそれは、手にしたパイを他者の顔に投げつけるという有り得ないもので、最後まで顔に生クリームが付かなかった者が勝ちというルールで行われた。
みんなはワイワイと楽しそうにぶつけあっていたけど、クリームまみれの顔を見てゾッとした僕は絶対ぶつけられたくなくて、密かに風を使った。
パイの軌道を変えると不自然になってバレるから、自分の身体を風で包み、パイの軌道からずらせて避け続け、やがて器用な避けっぷりに集中攻撃されたりもしたけど、終わってみれば顔どころか服すら汚れていなかったのは僕だけだった。
「で、去年は大食い大会だったろ?自治会のみんな、お前を3年連続で優勝させてなるものか、ってアレを選んだんだよ」
うん。だけど去年も僕の優勝だったよね。
「普段はともかく、お前が食べるっていったら凄い量を食べるのを俺は知ってるからさ。やめとけ、って言ったんだけど誰も信じなくてな」
遠い目をするアッシュ。
そう、あの時は出場するつもりもなかったんだけど、何故か『前回優勝者は必ず参加する事』っていう新ルールが追加されていた。それで適当にお茶を濁すつもりがムキになってる奴が一人いて、ついつい張り合ってる内に優勝してたんだった。
「ーーで、負け知らずの上に、その時の食べ方の『洗練された優雅な所作』ってのにやられた奴が続出で、『無敗の貴公子』」
「…出所は?」
「あー、自治会の連中…かな」
「自治会の責任者は?」
「……俺です」
へぇ……、と僕が半眼になり口元に笑みを浮かべると、アッシュは開き直ったのか、
「もう、あだ名の1つや2つ増えたって今更だろ。お前、目立ちたくないとか言ってるくせに、そうやって目立ちまくってるから名前が増えてくんだよ!」
とか言いだした。
「だいたいユーリ、さっきの態度は何だ?あいつがちゃんと挨拶しようとしてたのに!」
そうやってアッシュが彼を庇った事で、僕の苛々は頂点に達した。
「あいつは関係無いだろ!もうアッシュなんか勝手に王立騎士団でもどこでも行けばいいよっ!」
そう吐き捨てて部屋を出た。
アッシュが僕を呼び止める声が聞こえたけど、無視した。
なんでこんなに苛々するのか、自分でもわからなかった。
いつも読みに来ていただいてありがとうございます。
前振りが長すぎて、リコの存在が影も形もないよ(汗)
このユリアスさんの章で出てきた(くる)あの人やこの人が、本編に出てくると思われるので、もうしばらくお付き合いいただけたら有難いです。




