4 婚約と伝説の幕開け
ランバートン男爵家のフェリシア嬢が、僕の婚約者だという。
年齢は7歳。なら少なくともあと10年近くは結婚しなくてもいいという事か。
相手の年齢によっては、僕が学校を卒業して1~2年のうちに結婚しないといけなくなる可能性もあったから、それを思えば若いのはありがたい事かもしれない。
顔合わせのとき初めて見たフェリシア嬢は、豪華な金髪と白い肌が目を引く以外はまあ普通の女の子だった。
彼女の姉だという全く似ていない二人の女の子も、僕を見て目を真ん丸にしてる。
三人が示す反応は舞踏会で僕を遠巻きにヒソヒソ肘をつつき合う女の子たちとたいして変わらなかった。
試しに笑いかけてみたら、のぼせたように赤くなる。
うん、普通の子だな。
この時点で彼女たちへの興味はなくなった。
でも結婚する相手だし、少しは優しくしておいた方がいいんだろうな。
話しかける度にいちいち赤くなるのも面白いといえば面白いし。
そう思って、ちょっとやり過ぎかもってくらい優しく接したら、何故か父上に文句を言われた。
僕が文句を言われる筋合いはないと思うんだけど。
ランバートン家のみんなが帰っていった後で、お茶の片付けをしていた侍女を捕まえて聞いてみた。
「ね、あのくらいの小さい女の子が喜びそうなものって何だと思う?」
何かプレゼントでもしたらいいかな、って思ったんだけど、あいにくうちは男ばかりの兄弟で女の子には縁がない。誰かにプレゼントなんてしたこともなかった。
僕の質問に彼女はニコニコ笑って言う。
「坊っちゃんが選んだものなら、何でも喜ばれると思いますよ」
……僕が求めてるのはそういう答えじゃないんだよね。
なんだか面倒になってきたので丸投げすることにした。
「明日から5日分、僕が寄宿舎に戻る日まで何か適当に見繕って、毎日あの子に届けてやってよ。最後の日だけ、帰るついでに僕が持っていくから」
そう言うと、彼女は露骨にがっかりした顔でため息をついたのだった。
あの子からは、毎日お礼のカードが律儀に届いた。
それを見て、今日は花か、とか、お菓子だったんだな、とか思っていた。
夏の長期休暇を満喫して、今日は寄宿舎へ帰る、となった朝のこと。
約束通り侍女から最後のプレゼントを受け取り、馬車に乗り込んだ。
これを渡したらもう当分会うこともないし、精々愛想を振り撒いておこう、程度の気持ちだった。
だけど訪ねた男爵家の、庭師に教えられた道の先で聴こえてきたのは女の子たち二人が僕を拒絶する言葉。
そしてフェリシアの、あの言葉。
『し、か、た、な、く、私が婚約して差し上げたのよ』
へぇ、って思った。
ふぅん、と。
多少動揺したのは否定できない。
今までそんなこと、言われたことがなかったから。
僕の動揺を表すかのように風が唸りをあげた。
どうしたものかな、と一瞬考え、ここにいるのは不味いな、と思った。
その時にはもう踵を返していて、あれ?思ったより動揺してるのかな、と可笑しくなった。
さっき案内してくれた庭師を見つけ言い訳しながら、手にしたままだったプレゼントを押し付ける。
怪訝な顔をする庭師に、よろしくね、と笑いかけ、急ぎ馬車に戻った。
そして寄宿舎に向かう馬車の中で考えた。
さっきのフェリシアたちの言葉の意味を。
三人で押し付け合いして、フェリシアに決まったってことなのかな?
それまで会ったこともなかったあの三人に、それほど嫌がられるような何かをしただろうか?
女性にだらしなさそう、ってどういう意味だろう。
舞踏会とかで、女の子たちに笑いかけたり、ダンスに誘ったりするのがダメなのかな。
でもまさかそれくらいで!?
それにあの子たちはまだデビューもしてないし、舞踏会や夜会で僕がどんなふうかなんて知らないだろうに。
あんな小さい子が、何を思ってあんなことを言ったのかわからない。
でも、見た目通りの子じゃなさそうだ。
この前、おとなしい風情で赤くなったりしてたのはお芝居だった?だとしたら随分役者だな。
不思議なことに全く腹は立たなかった。むしろ、思ったより面白い子なのかもしれない、と楽しくなる。
僕のことを特別視しない人に興味を持つのは僕の悪い癖だ。
だからかな。この時も、嫌われてたとわかってから少しだけ彼女に興味が湧いたのだった。
だけど僕の興味は別問題だ。
庭師に聞けば、僕があの場にいたことはすぐにわかる。
本音を聞かれたんだからもう誤魔化す必要もないし、きっとこの話は断ってくるだろう。
僕の方から断ったら女の子に恥をかかせてしまうし、後々面倒な事になるのも嫌だ。向こうから断って来たら受ければいい。
幾ら面白そうな子でも、嫌がる子を追いかけるのは趣味じゃないしね。
そう考えながら寄宿舎に戻って一月程の間に、フェリシアの父親から一度連絡があった。
娘が会いたがっているので、休みの時にでも時間をつくってやって欲しい、という打診だった。
正直、メンドクサイという気持ちしか湧かなかった。
どうせ断られるんだから、わざわざ会って言い訳を聞く必要もないし、聞きたいとも思わない。
何かあるなら家の方へどうぞ、と伝えると男爵はもう何も言ってこなくなった。
僕はもうそれで終わりだと考えていたし、次の長期休暇で家に帰ったときに、断られた、と告げられるだろうと思っていた。
だけど、どうもそんな話にはならなかったらしい。
家へ帰ると、待ち構えていた母上からは、フェリシアちゃんに会いに行かないの?とか、手紙を書いたら?とか、一緒にお芝居でも観に行けばいいのに、とか煩いほど構われて、嫌われてるのにそんなことできるわけないじゃないか、と思うと苛々も増す。
ついつい邪険に扱ったら、まあこれが反抗期って奴なのね!と目を輝かせたりするもんだから、付きあってられない。
素っ気なく対応するのが一番だってよくわかった。
フェリシアに関しては、そのうち断りを入れてくるだろうと構えているうちに、いつの間にか3ヶ月たち半年も過ぎてしまっていた。
まさかあれで黙って結婚する気なんだろうか。
いつまでもどっち付かずなのは鬱陶しいし、早くケリをつけてしまいたい。
もしかしたらフェリシアは、断りにくくて困ってるんじゃないかと思って、柄にもなく手伝ってあげようかな、という気になった。
要するに、断りを入れやすい理由を作ってあげればいいんだ。
よく考えたらあの子だって、あんなよくわからない理由では言いだしにくいのかもしれない。
僕にそれを聞かれた、とも言えないだろうし。
それとも、言ったけど男爵が取り合わなかったのかな。
どっちにしても、フェリシアのために理由を作ってあげる、というのはいい考えに思えた。
シーズンも始まっていて、僕のところにはまた大量の招待状が舞い込んでいる。
最初の頃は、アッシュとセットで出席するのが当たり前みたいになってたけど、今はいちいち打ち合わせたりしないし、向こうで会えば挨拶したり話したりする程度だ。
招待状の中から日にちや時間に都合のつくものを抜きだして、出席の返事を出す事にした。
先ずは、以前何度か行ったことのある伯爵家の夜会と、王宮で開かれる舞踏会。
それからアッシュの邸、ローズウェイ公爵家主催の舞踏会にも。
伯爵家では、いつも顔をあわせる女の子たちも来ていた。みんな一度は踊ったことのある子で、僕が二度は踊らないことを知っている。
5~6人で固まっていつも通り、話しかける勇気もない、とばかりに遠巻きに僕を見てるだけだったんだけど、今夜は僕の方から彼女たちに近づいた。
女の子たちの目が真ん丸になって頬が上気する。
どうしてここへ?いったい誰に?って書かれた顔。
僕は女の子たちの中で、淡いピンクのドレスに身を包んだ子の前に手を差し出した。
特に理由はない。なんとなくその子が目についただけ。
「ね、僕と踊りたい?」
そう言って首を傾げ微笑むと、途端に周りの子たちが、ひゅっと息をのんだ。
ピンクのドレスの子は、プルプル震える手でそれでも僕の手を取ったので、僕は彼女の前に片膝をつき、彼女の手を包む自分の手の親指にキスをした。
傍目からは彼女の手にしたように見えたかもしれない。
それから夢見心地でフワフワしてるその子を広間の真ん中へエスコートして一曲踊った。
いつも女の子をダンスに誘うときはこんなことしない。型通り、踊っていただけますか、と手を差し出すだけだ。
だからその日の僕の行動はあっという間に噂になって、女の子たちの間を駆け抜けていった……らしかった。
翌日、王宮で開かれた舞踏会ではいつも以上に女の子たちが目についた。
舞踏会って銘打たれると基本若い男女がメインになるんだけど、それにしても多い。そしてなんだか全員が僕を見ているような気がする。
「よう、お前何かやらかしたらしいな」
いきなりポンと肩を叩いたのはアッシュだった。
「やらかした?」
アッシュは頷いた。
「もう、うちの妹どもが朝から大変だ。今日はここに来る予定じゃなかったし出席の返事もしてなかったのに、何がどうでも連れていけ、ってナディアが父上に泣きついて……ほら」
と、アッシュは大広間の端ーーー女の子たちの塊の1つを指し示す。
僕がそちらに目をやると、きゃあーっ!と声が上がった。
中には今年デビューしたばかりのアッシュの上の妹、ナディアも混ざっていた。
「何あれ」
「だから、お前がやらかした結果」
生ぬるい目で僕を見るアッシュを蹴り飛ばしたくなった。
それにしても原因が昨日のアレだとすると、噂が広まるのが早すぎるだろう。
きっと文字通り魔法を使ったんだろうな、と思うとなんだか可愛いだけに見えていた女の子たちの目がギラギラしているような気がして辟易した。
でもそんな気持ちを露骨に表すほど子供でもない。
女の子たちの方へ歩き出そうとするとアッシュが、アイツと踊ってやってくれんの?、と彼の妹を示すから、明後日のアッシュんちの舞踏会でね、と返しておいた。
明後日は彼女が主催者側になるから、絶対踊らされるのはわかってるんだ。
僕が女の子たちに近づくと、彼女たちは一斉に固唾をのんで僕を見つめた。
なんだか檻の中の動物になった気がする。
デコルテを大きく開けた流行りのドレスの子が目についたので、手を差し出した。
この子も前に一度踊ったな、と思いながら、目を細め笑みをつくる。
「!」
目を見開き真っ赤になって固まる女の子に、僕と踊ってくれる?と聞くとおもちゃのようにブンブン首を振るので、後で首が痛くなるんじゃないか、と少し心配になった。
カクカクとぎこちない動きのその子を大丈夫かなと気にしつつ、大広間の真ん中辺りまでエスコートして踊りだすと、よっぽど緊張してるのか単純なステップで何度もつまずく。
前はこんなに下手じゃなかったと思うんだけど、これじゃ仕方ないな。
すっかり涙目の彼女を腰にまわした手でグッと引き寄せ、耳元に唇を寄せて、少し我慢して、と囁いた。
そのまま片腕で抱き寄せるようにすると、彼女の脚は爪先以外ほぼ床から浮いてしまう。
呆然とするその子の体重の殆どを預かる形で、ダンスを最後まで踊りきった。
別に重くはなかったけど、なんだか疲れた。
ふと見ると、さっきの子が友達に囲まれて何か話している。
さっきからキャーキャー騒がしいのはあれか、としか思わなかった。
翌々日のローズウェイ公爵家の舞踏会ではもっと凄い事になってるなんて、この時の僕にわかる筈もなかったのだった。
そのあとも休暇の期間中、時間が許す限り色んな所へ出向いた。
シーズン中は連日連夜のように、どこかで何かが行われている。
それこそ僕の邸で主催することだってあった。
その時目があった子だとか、今日はリボンをつけた子とだけ踊ろうとか、その日の気分でダンスに誘ったし、気がありそうな子とは茂みに身を隠して軽く戯れあったりする事もあった。
同意の上だし、別に罪悪感なんてない。
そんな話が母上の耳に入るのはすぐの事だった。
こうして『ユリアス様の華麗なる伝説』が幕開けたり開けなかったり(笑)
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




