1 魔力の器
いつも来て下さってありがとうございます。
ユリアスさんの章です。
数話分のつもりですが、この章のユリアスさんは色々ひどいです。
……主に性格が。
先に謝っておきます。すみません。
物心ついたときには既に、手足を動かすように魔力を操っていた。
まだヨチヨチ歩きだった頃だろうか。部屋の中で遊んでいて小火を出した。
近くには乳母も侍女もいたけど、誰も火が出た瞬間は見ていなかったので、何処から火が出たのかと皆が首を捻った。
僕もまだ当然、器があるかどうかさえ調べていない時期だったし、もし器があったとして、火の属性に適性があったとしても、そんな小さな子が発火現象を起こせる訳がない。
誰一人僕を疑おうとはしなかった。
僕はただ、皆が慌てて走り回るのを見て笑っていた。
次に覚えているのは風。僕の回りをフワフワ漂うそれは、少し意識を向ければ僕が思う方向に走っていく。
魔力の込め方次第でそよ風から突風へと変わった。
乳母は慌てて荷物をまとめ、僕を抱え、庭遊びはそこで終わってしまった。
また別の日、僕は庭で砂遊びをしていた。けど、山のように盛り上げた砂はすぐにサラサラと崩れてしまう。
まえはこんなじゃなかった。まえはちゃんとカタチがつくれた。
乳母にそう訴えると彼女は笑って、前は雨の後で地面が濡れていたからだ、と教えてくれた。
ぬれていればいいのか。
そう思っただけで、瞬く間に地面から水が染みだし、辺りは泥んこになった。
乳母は、誰がこんないたずらをするのか、と怒っていた。
僕は満面の笑顔で泥遊びを続行したけど。
僕にとって、魔法は見えない身体の一部のようなものだった。
なぜ、火が噴き出したり風が吹いたりするだけで、皆が慌てるのかわからない。
そんなこと、だれでもできることじゃないの?
邸の料理長は料理の火加減に魔法を使っているし、下女の一人は「頑張ったら鍋一杯分くらいの水なら集められる」と言っていた。
そんなある日の事。
初夏のものすごく暑い日だった。
別荘に避暑に来ていた僕らは、裏山でピクニックを楽しんだあと、ゾロゾロと別荘を目指し歩いていた。
乳母と侍女が二人。護衛代わりの馬番が一人。
僕は疲れたので乳母の腕の中だ。
「ああ、喉が渇いた。早く戻って冷たいお水を飲みたいわね」
侍女の一人がそう言った。
別荘の料理人は水を集めたり、冷やしたりする魔法が使えるのだ。
乳母に抱かれてウトウトしかけていた僕は、その言葉に少し目が覚めた。
ぼくだっておみずくらいだしてあげられるよ。コップいっぱいくらいでいいのかな?
突如降りだした滝のような豪雨に襲われ、僕らは濡れネズミになって、目と鼻の先まできていた別荘に駆け込んだ。
雨は降り始めた時と同様、いきなりピタリと止んでしまった。
僅かな時間の雨で、川が増水し橋が一つ流された。
幸い怪我人などは出なかったらしいけど。
山の天気は変わりやすいって本当なのね、と王都から付いてきた侍女が、びしょ濡れの姿で情けなそうに言うと、土地の者である馬番は、こんな天気は今まで知らない、とやはり身体中からボタボタ滴を落としながら首を捻る。
僕だけが知っていた。
この雨は僕が降らせたものだ。
だけど。
僕はコップ一杯の水のつもりだった。
僕はこの時、初めて少し怖くなった。
その頃、母上のお腹には僕の弟がいた。その時はまだ弟とはわからなかったけど。
あまり近づけなくなった母上の代わりに乳母と、そしてしょっ中やって来るようになった従兄弟のアッシュグレイと遊んだ。
アッシュは僕より二つ年上で、その分身体も大きい。
僕は、おにーちゃんおにーちゃん、と必死になってついて回った。
そんな僕をアッシュも可愛いと思ったようだった。
「僕は妹なんていらないんだ。あいつらすぐ泣くんだぞ。僕は弟が欲しかった」
アッシュのところは先日二人目の妹が産まれたばかりだ。
弟が欲しいアッシュと、お兄ちゃんという存在が珍しかった僕。
二人で転げ回って遊び、色々なことを教えてもらった。
僕はもう魔法で遊ぶ事に飽きていた。
そんなもので遊ぶより、アッシュと遊んでいる方がよっぽど楽しい。
一緒に遊んでいると、僕らは兄弟にしか見えない。髪の色も顔立ちもそっくりだからだ。
但し、アッシュはどこから見ても男の子だったけど、僕は男の子の服を着ていてさえ女の子に間違えられた。
赤ん坊の時から、僕は可愛らしいと評判だった。
誰もが僕を見て目をみはり、抱っこさせて、とねだったらしい。
腕の中で笑うと、綺麗にお化粧した女の人たちも大喜びで変な顔をして見せてくれたんだそうだ。
僕が誘拐されかけたのは、4歳になって少し過ぎた頃の事。
その時僕はアッシュの邸に遊びに来ていて、庭で隠れんぼをしていた。
アッシュの邸の薔薇園は有名で、でも僕らにはただの隠れ場所でしかなかった。
植え込みの陰に隠れ、鬼役の侍女が探しに来るのを待っていたとき、後ろから知らない男に声をかけられた。
「お嬢様、お母様がお呼びですよ」と。
僕はなんだかわからないけど、おかしいと思った。
今ならわかる。
僕はあの邸の使用人の殆どを知らないけど、向こうは当然僕のことを知っている。
僕をお嬢様なんて呼ぶはずがないし、まして自分の邸のお嬢様と間違える訳もない。
けど、その時はわからないまま怖くなり逃げた。
恐ろしい形相で手を伸ばす男。
そいつの手が僕の肩に触れた。
地面が揺れた。
地面が揺れて、空気が揺れて、鳥が落ちてきた。
僕は恐怖で地面に這いつくばって動けず、目の前の男は地べたと空気の間で押し潰されそうになっていた。
蛙のようにひしゃげ、張り付いていた。
地面の震えは収まらず、視線の先に亀裂が走る。
僕と男の間を隔てた、十数センチの裂け目。
その地割れの向こうから男が、血の混じった涙を流し涎を垂らして、助けてくれ、と声にならない声で僕に訴える。
とまれ!とまれとまれとまれーーっ!
僕は泣いた。
大きな声で泣きわめいた。
乳母が金切り声で僕の名を呼び、大勢の足音があちこちから走ってくる。
揺れはいつの間にか終わっていた。
僕を抱き締めた乳母は、酷い地震だった、と言った。
でも、やっぱり僕はこれが地震じゃないことを知っていた。
あの男が潰れると思った。
僕のせいで。
もう、この魔力そのものが恐ろしく、疎ましかった。
薔薇園はめちゃくちゃになり、アッシュの目は潤んでいた。
不審な男は公爵家の家人に引きずられるように連れて行かれ、どうなったのかは僕は知らない。
僕が連れ去られかけたこの事件は、アッシュの心にも何かを残したようだった。
その前の年、器の検査を受けたアッシュはDランクで、小さな魔法を使える程度、と判断されていた。
そしてこの事件の後アッシュは、もっと強くなりたい、と剣を習い始めた。
僕はといえば、魔法を使うことを意識して止めるようになった。
今まで無意識に使っていた部分も多かったので、難しいかと思ったけど、切り換えてしまえばどうという事もない。
アッシュに合わせ、棒切れを振り回して僕らの日々は過ぎていった。
翌年、僕も器の検査を受ける事になった。
5歳になっていた。
このくらいの歳になると、器を持つ者はその力の片鱗を覗かせ始める。
器が小さい者もささやかなりに魔法を使ってみたり、そこそこの大きさを持つ者だったら、その属性に合わせて初級の魔法を使ってみたりする。自分の魔力の可能性と限界を知りたくてたまらなくなる頃だ。
僕はあれ以来、全く魔法を使っていなかったけど、自分の魔力がどうやら桁違いだという事には気づいていた。
そして属性についても、普通は一種類か多くても二種類しか使えない筈なのに、僕は火と風と水と土を使える。空間は使った事が無かったけど、使える事は何故かわかっていた。
この国では、魔力の器の大きい者は魔法使いとなって『塔』に所属し、その魔力で国に貢献する事が望まれる。
そこまで大きな器の者はなかなかいないらしいけど、このまま検査を受ければそうなる、ということは僕にでもわかった。
アッシュは10歳になったら、騎士養成学校に入学することが決まっていた。僕もそこに行きたかった。
『塔』で魔法使いになるなんて、誰かに勝手に未来を決められるなんてお断りだ。
それに、僕にとって魔力は未だ恐怖でしかない。
検査を受けるとき、僕は『器』の存在の大部分を隠すことにした。
全部を隠してしまうのは、何故だか危険な気がしたから。
見せるのはほんの少しだけ。
見つからないように、幾重にも包むイメージで。
僅かな痕跡だけを残して。
やり方は本能が知っていた。
Fランクは器がないという事。
Eランクは、一番ささやかな器という事だ。
そして僕はEランクと判断された。
それから更に3年。
アッシュは予定通り、騎士養成学校に入学した。
そこは寄宿制を取っているので、もう長期の休みにしか会うことができない。ポッカリ空いた時間の幾らかは、家庭教師との勉強に費やされる事になった。
残りの時間の退屈をまぎらわせるために、僕は長らく考えもしなかった魔力を意識し始めた。
使用人を追い出した部屋の中で、誰もいない庭の隅で、僕は魔力の観察に耽る。
一番使いやすいのは火と風。意識する必要もなく自在に操れる。
次は土と空間。
土の魔法は地味だって聞いたけど、それはどうだろう。一番恐いのは『土』じゃないのかな。
僕の頭には、いつかの地べたに張り付いた男の姿が焼きついている。
ただあの時は、恐怖に震えたけど僕の意思で止められてた。
制御することはできる。
そして空間ーーー転移魔法。
離れた場所へ一瞬で移動する魔法だ。
空間魔法を使える者はあまりいないらしい。
けれど、器を持たない者でも一番手軽に使える魔法がこれだ。何百年も昔の魔法使いが、固定した魔法陣に座標を刻むことを思いつき、成功したから。
王都にある教会同士を繋ぐ魔法陣は無料で開放されているので、小さな子供以外なら誰でも使える。
空間の魔法使いは、この魔法陣を空中に描くことができる。言葉で説明するなら、移動先の座標を読み取りそこに異物がないか検知する。情報を魔法陣に織り込み描く、としか言いようがない。
感覚だけのものだから。
そして、器の大きさによって、座標を読み取る時間や移動できる距離が違うらしい。
水の魔法だけは、試す事すら怖かった。
魔力を調節できる自信がない。
コップ一杯の水であの有り様なら、全員の水を望んでいたらどうなっていた?
僕は水の魔法に触れるのをやめた。
その頃には僕の弟は3人になっていて、女の子が欲しかった両親は漸く諦めたようだった。
けど弟たちも3人で遊ぶときは、僕とアッシュがそうだったように転げ回って遊ぶくせに、僕の前では緊張してるかモジモジしてるかで、大人しい。
つまらない。
家庭教師は瞬く間に次々と変わり、4人目が辞めて、そのあとは誰も来なくなった。
だからといって、別に困らない。
むしろ、あんな目で見られるなら来なくていい。
僕は要領がいいのだそうだ。勉強にしても、ダンスや楽器にしても、少しかじっただけで人並み程度には出来てしまう。
だから何も困りはしない。
つまらないつまらない。何もかも。
一人でボーっとしている僕を、乳母は心配したようだった。
一緒に遊ぶように、と彼女によく似た目元の男の子を連れてきた。
多分、僕と同じ頃に産まれた乳母の息子だったんだろう。
勉強させて将来は僕の侍従にするつもりだ、と紹介された男の子は、僕を見るなり固まった。ジッと見つめるとポーッと赤くなり、しどろもどろで呂律も怪しい。
なんだ、こいつも家庭教師と一緒か。
何度かやって来たけど、全く興味が持てなかったので無視していたら、その内来なくなった。
不思議な夢を見たのはその頃だった。
ここまで読んでいただいて、ありがとうございます。
ちびユリアスさん、こんな小憎たら……ゲフンゲフン、こまっしゃくれた坊っちゃんでした。




