2 初めての社交界
夢の中にポツンと灯る光。
眠る度に現れるそれは、回を追うごとに少しずつ大きくなっていく。
真っ暗な中にぼんやり灯る光を、夢の中でジッと見つめる僕。
これは『彼』だ。
夢の中でははっきりわかっているそれは、目が覚めると霧散してしまう。
何の夢を見たのかも、覚えてはいない。
そしてまた夜になると、どこか懐かしいその光に会いに行く。
僕の中の何かを刺激するその光の様子が変わったのは、一月程も過ぎた頃だっただろうか。
光は弱々しく瞬き、今にも消えてしまいそうになっていた。
僕は驚いたけど、手を触れていいものかどうかすらわからない。
中途半端に手を伸ばして固まる僕の頭に、声が響いた。
助けて、と。
どうやって!?と僕は叫んだ。ここは夢の中だし、それに僕は治癒魔法が使えない。
そもそもそんなものが効くとも思えない。
……を、預か……欲しい。このままでは……が持たない。…は………る事が出来な……
途切れ途切れの声に僕は頷いた。
何でもいい。『彼』を助けられるなら。
……は……を損ね………すまな……
いいから、早く!!どうすればいいの!
僕は怒鳴りつけた。だって明らかに時間がない。
光は明滅を繰り返しながら僕に近づいてきて、一瞬躊躇ったように感じた。
次の瞬間、僕の中に飛び込んできた力の奔流。
渦巻き、流れ、ほとばしるそれは僕の体内を巡り、作り替え、新たな何かを僕にもたらし一ヶ所に収束した。
僕は恐らく、夢の中で気絶するという器用な事をしたんだと思う。
意識が途切れ、何もわからなくなった。
現実世界の僕は、高熱を出し一週間寝込んでいたらしい。
僕の瞳は片方だけ翠に変わっていて、母上は半狂乱になり乳母は卒倒した。
そして、いつもは忘れてしまっていた夢の出来事を、僕は覚えていた。
幾つか思い出した朧気な記憶と共に。
僕は、『彼』を助けられたのだろうか。
僕がその、人には有り得ない異質な魔力の塊を抱え込み、ようやくそれに馴染んできた頃に王妃様のご懐妊が発表された。
安定期を待って発表されたため、あと半年もせずに産まれるのだという。
ご成婚以降もう何年もご懐妊の兆しが見られず、周囲がヤキモキしていた中でのこの発表で、国中が沸きに沸いた。
そしてこの秋に9歳の誕生日を迎えていた僕は、春になったらアッシュの後を追うように騎士養成学校へ入学する事が本決まりになった。
そうしたら何故か今シーズンから、舞踏会に参加する事も決まっていた。
アッシュは二年前、学校に入学が決まった年のシーズンから公爵夫妻と共に舞踏会に参加している。
そして、来年は僕も騎士養成学校に入学すると聞いた社交界重鎮の皆様が、どういうわけか僕を、このシーズンから参加させては?、と言い出したらしい。
なんで赤の他人にそんな指図されなきゃならない?
顔をしかめる僕に、母上は困ったように言った。
「色々な噂があるから、きっと皆様少し興味があるだけなの。すぐに飽きてしまわれるわ」
「噂って何ですか?母上」
社交界で噂されるような、そんな目立つ事をした覚えはない。
不思議に思って尋ねると、母上の目が泳いだ。
「……母上、何かご存じなんですね?」
幾分冷たい声で問うと、母上は真面目な顔をして僕を見つめた。
「ユリアス。あなたにはまだわからないかも知れないけど、人にはね、やむにやまれぬ衝動というものがあるのです。
例えばとても美味しいデザートを見つけたとして、その味を誰かに伝えたいと思うのは当然でしょう?その味を誰かと共有したいと思うと共に、それを発見したわたくしを褒め称えてほしいというか……」
話がどこへ向かうのかわからず、僕はジッと母上を見つめた。
「ユリアス、お願い!お母様を助けると思って一緒に参加してっ!」
最後は泣き付かれた。
聞けば頭を抱えるような話だった。
母上は、御自分の実家のローズウェイ公爵家に嫁いできたマリー様と仲がいい。元々仲良しだったのだ。
アッシュのお母上であるマリー様とは、夜会やお茶会等で顔を合わせる度に、同じ顔で仔犬のように転げ回って遊ぶ可愛い息子たちの話で盛り上がっていたらしい。
それって一体何年前の話なの?
で、それを聞いた他の奥様たちの中で、僕らを知っていらっしゃる方々がその愛らしさを過剰に肯定したものだから、皆様は僕らが舞踏会に現れるのを心待ちにしていたという。
アッシュが初めて行った舞踏会ではご婦人方に取り囲まれ、大変だったそうだ。
そして、アッシュが入学する年のシーズンから参加し始めたのだから、僕も同じ時期でいいのではないか?という話がでてきた。
母上も初めは、まだ早いですから、と断った。
僕がそういうのに興味がない、と知っているから。
だけど、断られるとますます見たくなるものだ。
母上やマリー様を置き去りに、僕をアッシュと並べて見たい、というご婦人方の運動は過熱し、とうとう王妃様から、
「まあ、そんなに可愛らしいのなら、わたくしもお会いしてみたいわ」
という言葉を引き出した。
陛下は王妃様に甘い。
父上は陛下から直々に、
「私も会ってみたいな」
とのお言葉を賜ってしまった。
それじゃ参加しないわけにはいかないじゃないか。
それで僕はその年の12月、見世物になるためだけに、今シーズン一番初めの宮廷舞踏会に参加する事になった。
アッシュもきっと嫌がるだろうと思っていたら、彼はサバサバしたものだった。
「別にいいんじゃないか?ユーリが一緒なら楽しいだろうし。学校に来るのも楽しみにしてたんだぞ」
ニコニコ笑ってそう言われると僕も、アッシュがいいならまあいいか、という気持ちになる。
そして、その年のシーズンにアッシュと揃って、僕は王宮で開催された舞踏会に参加したのだった。
女の子はだいたい14~15歳くらいでデビューする。早くて13歳だろうか。
男は厳密には決まっていない。
きっかけとしては学校に入学した時、或いは家督を継いだ時など。
ただ、家格が高い程早くから参加する傾向があるみたいだ。
だから僕も決して早すぎるという訳ではない。
それでも。
社交界という煌びやかな世界を見渡した限り、僕はどうやら紛れもなく一番小さかった。
同じ年のデビュタントだって、最低でも13歳だ。
せいぜいバカにされるか、弟扱いされるくらいだろうと覚悟していたら、何故かみんな目を見開いてポカンと僕を見つめてくる。男も、女の子もだ。
この色違いの目が気になるんだろうか、と思って視線を合わせると固まる。
小首を傾げたら、ポッと赤くなった。
何?この反応。
まるでいつかの家庭教師たちや、乳母の息子と同じじゃないか?
あいつらが変なんじゃなくて、みんながこうなの?
会場のあちこちで同じ反応を見てうんざりした。
けどここは社交の場なので、それを態度に出してはいけないと教わっている。
うんざりよりはマシだろうと、無表情を装った。
今日の目的は王妃様だ。
少し遅れて現れた両陛下からのお言葉があり、やがてその周りに人が集まる。
こういった場では、こちらから陛下に話しかけてはいけない。回りに控え、お声をかけて頂くのを待たなくてはならないんだ。
ローズウェイ公爵夫妻とレイズ侯爵である父上と母上。その後ろにアッシュと僕が、少し緊張して並んだ。
両陛下はすぐに気づいて下さって、他の方々への挨拶もそこそこに、僕たちの方へ向き直られた。
そして僕とアッシュを見て絶句された。
「……これは、噂以上だな」
「本当に、兄弟のようですわ。アッシュグレイさんがお父様似で、ユリアスさんがお母様似ですのね」
小柄な王妃様が優しく微笑む。前もって聞いておられたのか、僕の瞳には言及されなかった。
僕たちは無事に挨拶を済ませ、陛下と父親たちが話しているのを横でお行儀よく待っていた。
王妃様は、お腹が目立たないようデザインされた衣装の、ゆったりとした腹部に手を添えておられ、時おり撫で擦っておいでだった。
僕は何故かそのお腹が気になって仕方なかったのだけど、ジロジロ見るのが不躾だって事ぐらいわかる。
我慢して見ないようにしていたのに、アッシュにはバレバレだったみたいで、あとから散々からかわれた。
父上たちの話が終わった後は、僕とアッシュの二人で会場を歩き回った。
程なくアッシュは女の子をダンスに誘いに行ってしまったので、給仕からジュースを受け取り、壁に背を預け周囲を観察する。
男同士でずっと喋っているのは、女の子に対して失礼にあたるのだそうだ。
お前も気に入った娘がいたら誘ってみろよ、とアッシュは言い残して行ったけど、女の子たちは集団で僕を遠巻きに見ているだけで、何だか感じ悪い。
男たちは男たちで、やっぱりこっちをチラチラ見てくるので、非常に感じ悪い。
何だかムカついてきたから、僕をずっとチラ見してる男の中の一人に視線を合わせ、にっこり笑って見せた。
15~16歳くらいに見えるそいつは、あっという間に耳まで赤くなる。
周りにいた他の男や女の子たちまで同時に赤くなったのは予定外だけど。
思った通りの反応につまらなくなった僕は、男から視線を外し、辺りを見回した。
アッシュの、僕と同じ色のプラチナブロンドは、こんなに華やかな会場内でもよく目立つ。
彼はホールの真ん中近くで、金髪を結い上げたデビュタントの女の子をリードして踊っていた。
あれじゃ当分戻ってきそうにないな、と諦めて、どうやって時間を潰そうかと考えながらジュースを口に含んだ途端、さっきの男が意を決したようにこちらに歩いてくるのが見えた。
なんだか面倒くさい事になりそうだ、とうつ向いてため息をつくと、僕の前で立ち止まった男が緊張した声で言った。
「初めまして。えーっと…君、ユリアス君だよね、レイズ侯爵家の」
噂通りで凄く驚いた、と続ける男。
噂ってなんだよ、それ本人に向かって言うことじゃないよね?
僕が半眼になって睨みつけると、男は慌てて手を振った。
「あ、ごめん、気を悪くした?僕はアレクシス。ロチェス伯爵家の次男なんだ。君、今期から養成学校に来るんだよね?僕も同じ学校だから、何か困ったことがあったらいつでも頼って…「よう、先輩!」
男の言葉が終わらないうちに、アッシュの声が被さった。
「俺の弟分に何か用事でも?」
いつの間にかアッシュが僕の隣に立っていた。腕を組み、蒼の瞳を瞬かせてニヤリと口角を上げる。
まさか、さっきの女の子置いて来ちゃったの?
吃驚してそっちを見ると、白いドレスの女の子は途方に暮れたように立ち竦んでいた。
「バカ!アッシュ何やってんの。早く戻ってあげなよ!僕は平気だから」
頬を膨らせたアッシュを女の子の方へ押しやり、ちゃんと戻って行ったのを確認してから、男ーーアレクシスの方へ向き直った。
「それで、僕の噂って何の話?」
たじろぐアレクシスから聞き出したところによると、騎士養成学校では『アッシュグレイにそっくりの天使が入学してくる』、と密かに噂が流れているらしい。
所詮噂だと思ってた、とアレクシスは言った。
「だってあのアッシュグレイにそっくりっていう時点で、天使じゃないだろう?」
僕は頷いた。アッシュはガキ大将だ。どう見ても天使ではない。
それに勢いを得たのか、アレクシスは身を乗り出してきた。
「だから君を見て吃驚したんだ!本当に天使がいるって。それにその瞳……とても神秘的だ」
うわっ、やっぱりこいつ変だ。
僕はサッサと逃げる事にした。こういうのは相手をしてると切りがないんだ。
「色々ご親切にどうも先輩ではまたいずれ」
一息で言い切り、頭を軽く下げ、彼が僕を引き留めようと伸ばした手を掻い潜って、人混みの方へ足を踏み出した。
後ろで何かに足を取られた誰かが、転んで悲鳴をあげたけど気にしない。
そいつの、足に何か当たったんだけど!?、と当惑する声が聞こえたけど、こんなところに一体何があるっていうんだろうね?
そして僕は掌の中で空気の塊を弄びながら、もうこんなところは御免だ、とばかりに両親の元へ戻ったのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
一般的なシーズンは12月~8月頃らしいですが、この世界のシーズンは12月~5月辺りまでという設定です。暑い時期にはもう田舎の領地に帰ってたり、避暑に行ったりもするっぽいです。




