24 眠れる竜
「では、私は被災地の様子をもう少し確認してから戻るとするか」
殿下はそう言って、吹きさらしとなった窓から空を見上げた。
いつの間にかすっかり日も暮れて、薄闇が辺りを覆っている。
「そうそう、ユリアス殿」
ふと思いついたように、殿下が振り返った。
「この突然の大嵐は、いかにも不自然だろう。どう報告する?」
僕は返答に困ってしまった。
リコの包帯を取った辺りまでは天気も良くて、確かにそんな荒れるような前兆はなかったはず。
原因が僕なんだからそれは当然だけど、僕が疑われる可能性は無いにせよ、たまたま現場にいた僕に原因を問い合わせてくる可能性はありそうだ。
眉間に皺を寄せ、言葉を失った僕に殿下はクツリと笑った。
「もうアレに泥を被ってもらえばいいのではないか?」
そう言って、この森と村と少し離れた湖に接する形で悠然とそびえる山を指差した。
希少種トルマリンの採れる鉱山を。
殿下が何を言っているのか、理解した僕は目を剥いた。
「殿下?」
「アレの生態など誰にもわからんのだから、もしも原因を追及されたら、夢を見て暴れたようだ、とでも言っておけばいい。ついでにその時アレが隠し持っていた玉が転がり出てきた、と報告しておけば復興資金の出所も勘ぐられなくて済むだろう。あの鉱脈がまだ採掘できる事は、できれば知られたくない」
そう言い残して殿下は、挨拶をする隙も与えず来たときと同じようにスルリと空間に姿を消した。
先程から殿下は一体何を懸念しておられるのだろう?
僕の魔力を知られるのは困る。
鉱脈の存在も隠しておきたい。
その上、ドラゴンの存在を喧伝するような事を……。
『筆頭』が預かる鉱山にドラゴンが眠っていることは、今では国の上層部以外あまり知られていない。
400年程も昔にそれは銅の採掘中発見されて大騒ぎになった。
そのため銅山は廃鉱となって、代々の『筆頭』が預かり監視・調査することになったのだけど、実際のところは眠るドラゴンを起こしてしまうのが怖くて何もしていなかった、というのが本当らしい。
ただ時おり見回るだけで何百年も過ぎて、国の上層部はもちろんその存在を把握していたけれども、一般の人々の間では忘れ去られてしまっていた頃、当時の『筆頭』だった土の魔法使いがトルマリンの鉱脈に気づいた。掘り起こしてみると、それまで出回っていたトルマリンに比べ格段に美しい。
たちまちのうちに話題になったそれは、初めは眠るドラゴンを刺激しないようにそっと。
やがて、身動ぎもしないドラゴンに安心したのか本格的に採掘されるようになった。
今は農業と林業で生活しているカーサ村は、その頃の鉱山夫たちが住んでいた村の名残だ。
そうやってドラゴンの存在を気にしつつ何年も掘り進められた坑道だったけれど、ある日を境に突然採掘は中止され、廃鉱となる。
1つの資料には、希少種トルマリンを堀りつくした、と書いてあるし、別の資料にはドラゴンがとうとう目を開けた、と書いてあった。
どれが正しいのかはもうわからない。どのみち百年近く昔の話だ。
そうしてドラゴンの存在はお伽噺になった。
人々は悪いことをした子供に、山のドラゴンがお仕置きに来るよ、と脅かしたりする。
そう言いながらも、どの山にドラゴンが居るのかはよく知らない。本当に居るのかどうかも。
人々にとって、この山のドラゴンはそんな存在だ。
僕も『筆頭』位を継いでからは、何度もそこへ行った。
僕が灯す炎しかない薄暗い洞窟の中、一番最初にそのドラゴンを見た時は驚きを隠せなかった。
硬い鎧のような鱗に被われピクリとも動かない小山のようなそれは、苔むして岩と同化してしまっている。
この存在がいつからここにいるのか、何故眠っていると判断されたのか、最後のドラゴンといわれているあの存在と何か関わりがあるのか。
僕には何もわからない。
そしてそのまま帰ろうとしたのだけど、その時僕はその鉱脈に気づいた。
それは明らかにそこにあった。
普通の人にはわからなくとも、『筆頭』と呼ばれる土に特化した魔法使いが気づかない筈がない。
それほどあからさまに、その鉱脈はそこに存在した。
それはつまるところ、
『鉱脈は尽きた』、と。
『ドラゴンが目を開けた』、と。
当時の筆頭が声高に叫ばざるを得なかった理由があった、ということだ。
その頃のこの大陸は、我が国も含めて戦乱の嵐のただ中にあった。
採掘された希少種トルマリンは、その殆どを軍事費用として徴収され、恐らくその豊富な資金が戦争を更に激化させ、長期化させた。
そして、伝説の最後のドラゴンは平和主義として知られている。
僕の想像でしかないけれど、当時の『筆頭』は戦争を止めさせるために、資金源のトルマリン採掘を中止させ、ドラゴンが目を開けたと噂を流したのじゃないだろうか。
実際、この国を巻き込み何十年と続いていた戦争は、その後徐々に収束し数年後には終結している。
それをきっかけに、周囲の国々も徐々に平和を模索し始め、ようやく大陸全土に平和が訪れたのがここ十数年の話だ。
殿下の一連のお言葉は僕に、嫌な連想をさせた。
殿下は当時の『筆頭』と同じことを考えている?
今のこの平和な世の中で?
それとも、何か不穏な気配があるということ?
だけど式典に関連して行った、ここしばらくの諸外国の調査でも、きなくさい動きは無かった筈。
きっと考えすぎだと頭を振って、僕は一旦二階へかけ上がり、クローゼットを開けてブランケットを取り出した。鏡や窓ガラスの破片はこんな所まで入り込んでいないし、吹き込んだ雨も幸い中までは届いていない。
ソファーに横たわるリコをそれで包み、髪を撫でた。
金髪でも黒髪でも、リコならそれでいい。
これはもう執着だ、と解ってはいるけれど。
『塔』の長官に連絡をとる前に、僕自身ももう少し被害の情報を確認した方がいいだろうかと、取り敢えず探知魔法を使いソリタスの転移門の無事を確認したところで殿下が再び現れた。
戻る、と言ったのは王宮へという意味じゃなかったんだろうか。
「ユリアス殿、この面倒くさい道筋をどうにかしろ。出るのは簡単だが、入るのが厄介だ」
ぶつぶつ文句をいいながら、また床に座り込み僕を見上げた。
「ユリアス殿は先程の件を、急ぎ手配してくれ。やはり流された家の辺りで怪我人が出ているようだ。それに捜索活動も始まっている。ああ、ユリアス殿は向かうなよ?謹慎中だからな。風の魔法使いも、『塔』からの派遣で、探知魔法の、得意な奴を、寄越す……ように」
殿下の声がどんどん力を失っていく。
「わかりました、すぐ長官に連絡をとります。行方不明者の捜索については、必要であれば私も探知魔法を使い、秘密裏に誘導をかける事にします」
「そうだな、……人命第一で。但し……ユリアス殿は決して……表に顔を、出さないように……」
それだけ言うと、立てた膝の上にガックリと顔を伏せてしまった。
相当辛そうに見える。
「殿下、もしよろしければ部屋までお送りしましょうか」
王宮は転移禁止区域だから断られるのを覚悟で言ってみると、意外なことに、頼む、と言われた。
とすると、王太子宮へ伺ったとき時おり冗談のように、直接帰ってもいいぞ、と言っておられたのは本気だったんだろうか。入ってきた者が出ていかなければ騒ぎになるだろうからしないけれども。
「殿下はここへ来られる事を誰かに……」
「誰にも言っていない。寝室から……こっそり脱け出して……きたから、寝室へ戻してくれればいい。ーーさすがに今日は、使いすぎた。もう、……動けない」
使いすぎた、というのは魔力のことだ。
殿下の身体は、その強大過ぎる魔力を使うのに全く適していない。すぐに疲れて動けなくなってしまわれる。
「失礼致します」
僕は殿下の身体を抱き上げ、魔法陣を描いた。殿下の寝室の場所はもちろん知っている。
王宮には、誰も転移出来ないよう精密な結界が張られている。
何代か前の風に特化した筆頭が、転移門の魔法陣にヒントを得て、転移を防ぐための結界を創りあげ魔法陣に刻んだ。それを幾つも地下深くの要所に埋め込み、その上に建てられたのが現在の王宮だ。
但し、そのあと百数十年の間に何度も増改築が行われたため、その結界が作用しているのは現在の王宮の最深部を含む極一部でしかない。
そして当時としては画期的で精緻なものだった結界も、永い年月の間に土の中で破損し、綻びが生じていた。
修理しようにも王宮の遥か下に埋められた魔法陣に手を出せるのは、『筆頭』レベルの力がある土の魔法使いだけだ。そして、もしそんな魔法使いがいたとしても、彼らには風の領域の魔法陣の修復はできない。
それで、殿下からこっそり依頼を受けて、壊れた魔法陣の修復をしたのが僕だった。
そんなことを出来るのは僕しかいない。
結界という魔法は特殊で、他の魔法とは違って一度構築すると、創りだした魔法使いの手を離れてしまう。
もちろん繋がってはいるから、誰かが結界に触れたり何かあればわかる。
又、創りだした魔法使いが死ねばその結界は消えてしまうけれども、一度構築した結界はそれ以上の魔力を必要としない。
だから昔の『筆頭』は、自分がいなくなっても結界が残るように魔法陣に刻んだんだろう。
ともあれ、それの修復をしたのは僕だ。
だから他の者にはできなくても、僕なら王宮最深部を自在に転移で移動できる。
僕以外でそれができるのは、人とは違う理の魔法を使う殿下くらいだった。
僕は一瞬で殿下の寝室に跳び、大きな寝台にその身体をそっと横たえた。
殿下はもう寝入ってしまわれたようだったので、そのまま上掛けを被せ深く頭を下げた。
結局きちんと謝ることもできなかった。
次、お会いしたときに必ず謝罪しようと決め、すぐに自分の家へ戻った。
僅かな時間でもリコを一人にするのが嫌だった。
その僅かな時間に何か取り返しのつかない事がおきてしまいそうで怖かった。
ソファーで変わりなく眠り続けるリコにホッとし、その頭をそっと自分の膝にのせた。
そうするとまるでいつも通り昼寝しているだけのようで、けれど包帯をしていない黒髪のリコを見ると、さっきのが現実だと思い知らされる。
ともかくすることをしてしまわなければ、と『塔』の長官に声を送った。
表向きの事情を簡単に説明し、魔法使いの派遣を要請すると怒濤のような文句が垂れ流しで送られてきて、それでも目を覚まさないリコを複雑な気持ちで見つめているうちに、文句の攻撃は終わったようだった。
何も聞いてなかったけど、多分重要なことは言われてないと思う。
言いたいだけ言うと長官は一転して、作成したリストが早速役に立つ、とご機嫌になった。
昨日僕が頼んだ、『得意不得意まで網羅したリスト』がもう出来上がっているらしい。
適切な魔法使い達を早急にソリタスに送る、と長官は約束し、最後に僕の体調を労って、それきり声は途絶えてしまった。
体調は全然悪くないから、少しだけ後ろめたい。
それにしても、長官の仕事の速さに吃驚だ。昨日頼んだばかりのリストがもう出来上がってるなんて。
叔父上に頼んで、彼のお給料あげてもらおうかな。それとも忙しい長官に代わって別の誰かが作成したとか?
そしてリコ。リコが目覚めたら、どう話を持っていこうか。
先ずは、大事なのはリコだけだって伝えないと。
リコさえ居てくれれば、あとはどうでもいいんだって。
どう伝えればリコはわかってくれるだろう。フェリシアは関係無いのだと。
上手く伝えられるだろうか。リコはわかってくれるだろうか。
また僕に笑いかけて、甘えてくれるだろうか。
それに、リコが最後に呟いた言葉の意味も気になった。
だから早く目を覚まして欲しい。でもその時が怖い。
この感情は、リコの目の包帯を取るときによぎったそれにも似ている。
そんな事をとりとめなく考えながら、僕は家の片付けを算段し始めたのだった。
ここまで読んで下さってありがとうございました。
「たまゆらの記憶」はこれで終わりです。
このあとはユリアスさんの章をポツポツとのんびり更新しながら、長らくほったらかしていた「聖女さまの聖猫さま」を進めたいと思っています。
といっても2ヶ月近く書いてないので、先ずは最初から読み返してリハビリしないと(笑)。
ユリアスさんの話については、彼の幼少期や学生時代にそんな需要はなかろうと思うので、なるべくサクサクと進めてそれがそのまま本編の導入部になる予定です。
本編の舞台は王都に移動し、ほぼリコ視点になるかな、と思ってますがまだ未定。
引き続き読んでいただけると嬉しいです。




